私家版2011年海外ミステリ ベスト10

 年末ですので書評サイトらしく一応2011年のベスト海外ミステリなんぞを挙げてみます。ちなみに私家版です。刊行年数などにかかわらず私が2011年に読んだ本の中から選ばせていただきましたのであしからず(順位も付けていません)。

夜は終わらない

夜は終わらない (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

夜は終わらない (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 最近の警察小説によく用いられているモジュラー形式の作品ですが、本書の場合は警察官の視点からの事件だけでなく、親や子の視点からの家庭内の事件や犯罪者からの視点、さらには過去の事件と現在の事件とが描かれています。すなわち、過去と現在の時間軸と、複数の視点とが平行して絡み合う複雑な構成が本書では用いられています。様々な思惑が錯綜する”夜の園芸”を実直かつ重層的に描いた力作です。
【関連】『夜は終わらない』(ジョージ・ペレケーノス/ハヤカワ・ポケット・ミステリ) - 三軒茶屋 別館

ミステリウム

ミステリウム

ミステリウム

 ミステリウムならぬミステリ有無とでもいうべき作品。間口はミステリですがすぐにアンチ・ミステリの世界へと読者を誘い込み、さらにアンチ・フィクションとでもいうべき奥行きを見せていく奇妙な逸品です。
【関連】『ミステリウム』(エリック・マコーマック/国書刊行会) - 三軒茶屋 別館

二流小説家

二流小説家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

二流小説家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 ミステリとしてのメインストーリーの合い間に作中の主人公ハリーが様々なペンネームで書いてきたミステリやSFやヴァンパイア小説、そしてポルノ小説の断片が挿入されているという変わった構成の作品です。単純なミステリ作品としての面白さはもとより、ミステリというジャンル、さらにはジャンルそのものに対しての向き合い方などなど、極めて興味深い示唆に富んだ内容の本です。多くの方にオススメしたい逸品です。
【関連】『二流小説家』(デイヴィッド・ゴードン/ハヤカワ・ポケット・ミステリ) - 三軒茶屋 別館

いたって明解な殺人

いたって明解な殺人 (新潮文庫)

いたって明解な殺人 (新潮文庫)

 タイトルのとおり「いたって明解な殺人」ではあります。ただ、そんな「いたって明解な殺人」が、サスペンスにして法廷小説にしてミステリという、それぞれに異なるジャンル性を感じさせる3部構成によって描かれているという特異な構成が特徴的です。「肩入れしたくなる登場人物がいない」というなんとも素敵な作品です(笑)。
【関連】『いたって明解な殺人』(グラント・ジャーキンス/新潮文庫) - 三軒茶屋 別館

最初の刑事 ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件

最初の刑事: ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件

最初の刑事: ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件

 実際に起きた事件をもとに「カントリーハウス・ミステリ」という小説形式に仕立てて読者に提示した作品です。基本的にはノンフィクションに分類すべき作品でしょうから、オフィシャルな海外ミステリ年間ベスト企画などで本書が選ばれることはおそらくないでしょう。私家版ベストならではの気楽さです(笑)。それに、個人的にはこれくらいのフィクション性があれば十分ではないかとも思ったり、です。
【関連】『最初の刑事 ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件』(ケイト・サマースケイル/早川書房) - 三軒茶屋 別館

犯罪

犯罪

犯罪

 「事実は小説より奇なり」といいますが、現実の事件に材を得て描かれた本書の物語は、理性的な文体によって「奇」から受ける衝撃的なインパクトが薄められています。結果として、いわゆる「奇妙な味」とでもいうべき読後感を伴う作品集に仕上がっています。弁護士の視点から「犯罪」と「犯罪者」を描いた条理と不条理の物語です。
【関連】『犯罪』(フェルディナント・フォン・シーラッハ/東京創元社) - 三軒茶屋 別館

暗い鏡の中に

暗い鏡の中に (創元推理文庫)

暗い鏡の中に (創元推理文庫)

 古典にして紛うことなき傑作です。ネタバレせずに本書について語るのは難しいのですが、いわゆるドッペルゲンガーが題材の幻想ミステリの傑作、くらいなら許されるでしょう。ストーリー自体はシンプルですが、ミステリとファンタジーという両ジャンルの愛憎半ばの関係を顕在化した作品として、極めて稀有な傑作です。有名な類例としてはカーの『火刑法廷』を挙げることができますが、恐怖度でいえば本書のほうが上です。
【関連】『暗い鏡の中に』(ヘレン・マクロイ/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館

探偵術マニュアル

探偵術マニュアル (創元推理文庫)

探偵術マニュアル (創元推理文庫)

 謎の失踪。謎の事件。そして謎の女。ハードボイルド調のリアリスティックな展開でありながら、物語は徐々にファンタジー(あるいはSF)としての姿を徐々に見せ始めます。ミステリでもありファンタジーでもあるジャンル横断的な作品です。メタといえばメタな作品ですが、しかしそれは形而上ではなく形而下への誘いを描くためのメタだといえます。
【関連】『探偵術マニュアル』(ジェデダイア・ベリー/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館

装飾庭園殺人事件

装飾庭園殺人事件 (扶桑社ミステリー)

装飾庭園殺人事件 (扶桑社ミステリー)

  ∧_∧
⊂(#・ω・)
 /   ノ∪
 し―-J |l| |
         人ペシッ!!

【関連】『装飾庭園殺人事件』(ジェフ・ニコルスン/扶桑社ミステリー) - 三軒茶屋 別館

三本の緑の小壜

三本の緑の小壜 (創元推理文庫)

三本の緑の小壜 (創元推理文庫)

 一人称多元視点の描写の採用によって事件が多面的に描かれています。丁寧な心理描写によって小説としての奥行きが生まれている一方で、ミステリとしてはミス・ディレクションとしてそれが機能しているのが巧みです。ミステリ的ゲーム性の維持と心理的描写のリアリティとのバランス感覚が絶妙な一冊です。
【関連】『三本の緑の小壜』(D・M・ディヴァイン/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館


 海外ミステリを選ぶにあたって頭を悩ませることになるのが新訳作品の存在です。今年で言えばカー『火刑法廷』やバークリー『第二の銃声』とかが新訳で出たりしています。そういうのは当記事みたいな私家版であれば適当でもよいでしょう。しかし、そんな当記事にしてもディヴァイン『五番目のコード』についてどうしたものかと悩んだ末、ディヴァインは『三本の緑の小壜』が本邦初訳で堂々と選べるからいいか、ということで『五番目〜』は泣く泣く外すことにしました。ましてやオフィシャルな年間ベスト企画とかですと非常に悩ましい問題でしょう。
 海外ミステリについては、Twitter上にて海外ミステリの厳しい現状が話題になりました(【参考】海外ミステリの読ませ方は夜中に徹夜で語り合おう - Togetter)。それについてはアウトリーチの問題じゃないかなと個人的には思います。海外ミステリについての情報発信源として、例えば翻訳ミステリー大賞シンジケートは実直な記事を日々更新し続けています。ただ、その分野に興味のある方にとってはとても有意義な更新内容だと思う一方、感心のない方に対しては求性のある更新内容ではないなぁとも思うのです。もう少しケレン味のある記事がたまにはうpされないと厳しいように思います。
 私も場末の書評ブロガーなりに、来年は海外ミステリに絡んだネタ記事をできるだけ書くようにしたいです。
【関連】私家版2010年海外ミステリ ベスト10 - 三軒茶屋 別館