『ビブリア古書堂の事件手帖 2― 栞子さんと謎めく日常』(三上延/メディアワークス文庫)

―古書店の魅力はどのようなところにあると思いますか?
三上 「僕の口から説明するのは少しおこがましい部分もあるのですが、本の魅力は書かれている情報と、装丁を含む本そのものの魅力、両方あると思うんですね。古書店では、今はもう絶版となっている、骨董品のような本に出会って触れられることが魅力の1つだと思いますね」
「ビブリア古書堂の事件手帖」著者 三上 延さん bestseller's interview 第36回より

 ビブリア古書堂シリーズ2作目です。大輔が本格的にビブリア古書堂で働くことを決意したこともありまして、本書では古書堂の日常業務が前作よりも踏み込んで描かれています。古書店好きには嬉しい内容です。
 いわゆる新古書店と新刊書店の関係がクローズアップされることがありますが問題、古書店の立場というのはときに微妙です。私自身、一介の本好きとして新刊書店と古書店の両方を利用していますが、新刊書店で買えるものは新刊書店で買う、ということを常に心掛けています。とはいえ、ほとんどの古書店で新刊書店で買える本も扱われているわけで、それは別に法的に何の問題もありませんが、それでも、せめてお話の中では新刊書店と古書店との住み分けがなされていればいいと思うのです。その点、本書はそうした理想が自然な形で物語化されています。
 本書は、「第一話 アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』(ハヤカワNV文庫)」「第二話 福田定一『名言随筆 サラリーマン』(六月社)」「第三話 赤塚不二雄『UTOPIA 最後の世界大戦』(鶴書房)」の三話がプロローグとエピローグに挟まれている構成になっていますが、三話とも絶版だったり、あるいはお話自体は今でも新刊書店で入手できるものの出版元的などに新刊書店では入手できなかったり、はたまた何らかの事情があったりと、新刊書店では入手できない本が題材になっています。つまり、「書かれている情報」も含めた「装丁を含む本そのものの魅力」が描かれています。新刊書店の利益をあんまり*1損なうことなく、古書店を舞台とした本の物語が描かれています。
 三話構成のそれぞれのお話で、古書ネタというか本ネタが軸となっていますが、決して単なる知識自慢のお話にはなっていません。それは、一話一話に古書ネタだけでない人間模様や過去と未来をつなぐ物語が描かれているからです。「第一話 アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』(ハヤカワNV文庫)」では表題作以外にもネットでの本の購入や読書感想文といった本にまつわる話が盛り込まれています。ミロのヴィーナスは腕があったほうがいいのか否か? みたいなことについて考えさせられます(ナンノコッチャ)。「第二話 福田定一『名言随筆 サラリーマン』(六月社)」では大輔の元カノ登場で、そこはかとない恋愛模様が展開します。そして、「第三話 赤塚不二雄『UTOPIA 最後の世界大戦』(鶴書房)」では、栞子の過去について語られます。「本好きに悪い人はいない」と本好きなら思いたいところですが、現実にはそんなことあるはずもなく……。とはいうものの、本好きにとって無条件に優しいお話になっていないところが逆に好印象だったりします。
 『わたしたちは書いたものを削除することはできる。しかし、書かなかったことにすることはできない』*2。一方で、言葉しなければいけない思い、伝えなければならない思いというのもあります。他方で、言葉にしなくても伝わる思いもあって……。そんな言葉と行間を読むことが本に触れる醍醐味です。古書に込められているのはそれなりに時が経った思いだったりしますが、それを単なる知識としてのみ扱うのではなく、未来につながる物語のための要素として描かれているのが本書の魅力だといえるでしょう。古書ネタ的にも人間関係的にも続きがとても楽しみです。
【関連】
・『ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち』(三上延/メディアワークス文庫) - 三軒茶屋 別館
・『ビブリア古書堂の事件手帖3 ―栞子さんと消えない絆』(三上延/メディアワークス文庫) - 三軒茶屋 別館

*1:まったく、と言い切れないのが悩ましいところです……。

*2:本書p87で引かれているバージェスの言葉。