社交不安症の患者に対する認知行動療法の治療効果を安静時脳機能MRIで証明~社交不安症患者の治療効果を予測するバイオマーカー開発に期待~
本研究成果は、学術誌Frontiers in Psychiatryに2023年12月21日(現地時間)オンライン公開されました。
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研究の背景・目的
社交不安症は、社交場面での他者からの注視や否定的な評価を強く恐れる精神疾患です。治療の第1選択としては、選択的セロトニン再取込阻害薬による薬物療法と、不安を強くする考え(認知)や行動を変える心理療法であるCBTです。しかし、CBTの治療機序について、明確になっているとは言えません。
一方、近年の画像解析技術の発展により、脳画像を用いた精神疾患の研究が多く行われるようになりました。これまでは脳の構造や特定の課題における脳活動状態を計測した研究が多く報告されていましたが、安静時の脳活動状態から疾患の特徴や治療反応を予測する研究はあまり進んでいませんでした。安静時の脳活動は特定の課題を必要としないため、課題遂行に関連する影響を気にせずに検証することができます。また、被験者が安静時にfMRIで7分程度計測するだけで、脳内の機能ネットワークを抽出できることから、精神疾患の判別や治療効果を予測するためのバイオマーカー(注3)となることが期待されています。
研究の成果
研究グループは、社交不安症に対するCBTの治療反応が、安静時の脳機能状態から予測できるかを調査しました。
調査では社交不安症患者20名に対して12週間のCBTを行い、治療の前後にfMRIで安静時脳機能画像を撮像しました。さらに、リーボヴィッツ社交不安尺度(LSAS)(注4)を用いて、社交不安症の重症度を評価しました。点数が高いほど、症状が強くあると判断します。CBTの前後でLSASによる評価の結果、社交不安症の重症度は平均82.6点から38.2点と、有意に下がりました(図1a)。さらにLSASの改善量と関連する脳領域を、治療前の安静時脳機能画像を用いたマルチボクセルパターン分析(注5)により同定しました。その結果、脳の両側の視床の安静時脳機能画像信号のパターンが、LSASの改善量と関連することが明らかになりました(図1b)。
次に、治療反応を予測する脳内ネットワークを探索するために、両側視床に関連した脳の機能的な結合を用いて回帰分析(注6)を実施しました。その結果、視床と前頭極の安静時脳機能ネットワークの強さが、CBTによる治療反応を65%説明することができ、予測因子の候補となることを発見しました(図2a, b)。
この脳内ネットワークを用いた予測精度は、CBT前のLSASの点数を用いた予測精度よりも高い結果を示しました。さらに、CBT後の脳内ネットワークの変化を捉えるため、両側視床における活動変化を治療前後で比較しました。CBT前後の群間比較の結果、CBT後に視床と前頭極のネットワークが低下することが明らかになりました(図3a, b)。このことは、CBTにより視床の活動が上昇したことで、共に情動を制御している前頭極の活動が軽減され、安静時脳機能ネットワークが低下したことを示唆しています。
今後の発展・展望
本研究成果の活用により、治療前に撮像した脳fMRI画像が、今後CBTを受ける社交不安症患者の治療効果を予測するバイオマーカーとなる可能性があります。
用語解説:
注1)fMRI:磁気共鳴機能画像法(functional Magnetic Resonance Imaging)のこと。脳血流の変化を測定することにより脳の活動部位を三次元的に観測することが可能。二次元の画素を表すピクセルに相当する「ボクセル(voxel) 単位: 1〜8mm立方程度」で示される。
注2)安静時脳機能ネットワーク:被験者が安静状態での脳の活動のネットワークを指す。fMRIなどの脳画像技術を使用し、安静時における脳の異なる領域の活動パターンを記録することで、特定の課題や刺激に対する応答ではなく、脳の機能的な結合やネットワークの構造を理解することが可能となる。
注3)バイオマーカー:疾患や症状、治療の効果の指標となる生体由来のデータのこと
注4)リーボヴィッツ社交不安尺度(LSAS):社交不安障害を測定する目的で開発された尺度。様々な24の状況に対する「恐怖感/不安感の程度」と「回避の程度」を4段階で答える。
注5)マルチボクセルパターン分析:fMRIの分析方法の一つ。多数のボクセルの空間的活動パターンの違いを分析し、脳活動が表現する情報をより直接的に読み取る方法。従来の方法よりも、より多くの情報が得られる。
注6)回帰分析:関連する要素が結果にどの程度影響を与えているかを分析する手法。
研究プロジェクトについて
本研究は以下の助成金による支援を受けて遂行されました。
・AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)「戦略的国際脳科学研究推進プログラム」『縦断的MRIデータに基づく成人期気分障害と関連疾患の神経回路の解明』(JP18dm0307002)
・独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究(B))「不安症・強迫症に対する認知行動療法の治療効果予測」(19K03309)
・独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究(C))「社交不安症に対する個別認知行動療法による安静時大脳-小脳連関の変化」(21K03084)
・独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究(C))「不安症・強迫症リスク因子の脳機能ネットワーク解析とバイオマーカーの開発」(22H01090)
論文情報
タイトル:Individual cognitive therapy reduces frontal-thalamic resting-state functional connectivity in social anxiety disorder.
著者:Kohei Kurita, Takayuki Obata, Chihiro Sutoh, Daisuke Matsuzawa, Naoki Yoshinaga, Jeff Kershaw, Ritu Bhusal Chhatkuli, Junko Ota, Eiji Shimizu, Yoshiyuki Hirano
雑誌名:Frontiers in Psychiatry
DOI:10.3389/fpsyt.2023.1233564
出版日:2023年12月21日
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