ゴーグル型やメガネ型のデバイスを使って、仮想空間をつくるVR(バーチャル・リアリティ)技術注)。一般向けのデバイスが普及し始め「VR元年」と呼ばれた2016年以降、この技術を活用したソフトやビジネスモデルが次々に登場している。
医療分野において、そのフロントランナーの一社になりそうなのがVR/ARを軸としたソリューション事業を手掛けるsilvereyeだ。同社は東京医療保健大学と共同で、一体型ヘッドマウントディスプレイ(以下、ヘッドセット)とスマホアプリを連動させた高齢者向けリハビリテーションツールキット「RehaVR」を開発、2019年に発表した。
高齢者にフォーカスしたVRサービスは、まだ、世界でもあまり例がないという。どのようにVRを用い、何ができて、この先、どんなことを目指しているのか。開発者の2人に聞いた。
ペダル運動で観光名所の散歩を疑似体験
ゲームやコンテンツ配信などのエンターテインメント分野では身近になった感の強いVR。若い人にとってはおなじみのこの技術が、高齢者を対象とした医療の分野でも活用され始めている。
2019年に上市されたリハビリシステム「RehaVR」がそれだ。ゴーグルのようなヘッドセットとコントローラーから成るシステムで、ゴーグルを装着すると目の前に観光名所のパノラマ映像が投影される。コントローラーをフィットネスバイクなどの歩行トレーニングマシンのペダルに取り付けると、その回転と連動し、漕ぐスピードに合わせて映像が動く仕組みで、装着した人はその風景の中を実際に自転車に乗って走っているかのように感じる。
この仕組みをリハビリテーションに取り入れることで、患者が長く歩きたくなるなどのモチベーションを高め、リハビリの効果を上げていくことが当面の目標だ。
8K対応360度カメラで撮影された映像は鮮明。「ディスプレイと上映機材が一体型なので、場所を取らずに使用できるのが特長の一つ」と話すのは、このシステムを開発したsilvereye 代表取締役の汲田宏司氏だ。同社は主にVRやARを軸としたデジタルコンテンツ、ソフトウエア開発を手掛けるスタートアップだ。
汲田社長は、自身が以前、リハビリを受けた経験から「もっと楽しくリハビリをできないか」と考えてこの装置を開発したという。
「世界を見渡しても、日本ほど高齢者市場の大きい国はない。ここをターゲットにしたVRのサービス開発が日本で先行するのは自然なこと」と汲田社長は話す。ある市場規模予測では、医療分野でのVR関連の市場は2026年には340億円という数字もある(下のグラフ)。
だが、国内でVRを搭載したリハビリテーション機器をビジネスとして展開しているのは、「今のところ、当社を含めて2社しかないと認識している」と汲田社長。
「実はVRを用いたリハビリの研究は四半世紀以上の歴史があり、研究対象としては目新しいトピックではない」と解説するのは、同製品の監修・共同研究者である東京医療保健大学の今泉一哉教授(専門はバイオメカニクス)だ。
今泉教授によると、VRで映像を見せトレーニングすることで歩行機能向上や転倒リスク低下などに一定の成果があることを示した研究も複数存在し、論文もある(下のグラフ)。しかし、研究はあっても臨床応用が進まなかったのは、パソコン処理能力の限界や機械が大がかりなこと、高コストなどがネックになっていたからだ。