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この記事はC++ Advent Calendar 2022の9日目の記事です。
私も相変わらず色々と高速化している日々ですが、最近、私が書いたループ展開のコードを見て「どういう仕組みで展開されるんですか?」と社内で聞かれたことがあったので、せっかくなので共有しておきたいと思います。
N段ループ展開コードは、最近のC++機能を使えば以下のように簡潔に書けます。
template<std::size_t... unrollIndices>
void vectoradd(double z[], const double x[], const double y[], const std::size_t n,
std::index_sequence<unrollIndices...>)
{
for(std::size_t i = 0; i < n; i += sizeof...(unrollIndices))
{
const auto x_ = std::array{(x[i + unrollIndices])...};
const auto y_ = std::array{(y[i + unrollIndices])...};
const auto z_ = std::array{(x_[unrollIndices] + y_[unrollIndices])...};
((z[i + unrollIndices] = z_[unrollIndices]), ...);
}
}
template<std::size_t UnrollN>
void vectoradd(double z[], const double x[], const double y[], const std::size_t n)
{
vectoradd(z, x, y, n, std::make_index_sequence<UnrollN>());
}
ループ展開とは、1回の反復の中で1要素ずつではなくN要素ずつ処理することで高速化する、古くからよく知られた一般的な技法です。
ここではループ展開の効果や高速化される理由・原理については触れません(詳しく知りたい方には計算科学技術特論Aの片桐先生の講義資料p.65あたりからがオススメです)。簡単な例を挙げると
void vectoradd(double z[], const double x[], const double y[], const std::size_t n)
{
for(std::size_t i = 0; i < n; ++i)
{
const auto x_i = x[i];
const auto y_i = y[i];
const auto z_i = x_i + y_i;
z[i] = z_i;
}
}
のようなn次元ベクトルxとyを足してzに格納するような処理vectoradd
があった時、例えば2要素ずつ処理する「2段ループ展開」した関数vectoradd_unroll2
は以下のようになります。
void vectoradd_unroll2(double z[], const double x[], const double y[], const std::size_t n)
{
for(std::size_t i = 0; i < n; i += 2)
{
const auto x_i0 = x[i + 0];
const auto x_i1 = x[i + 1];
const auto y_i0 = y[i + 0];
const auto y_i1 = y[i + 1];
const auto z_i0 = x_i0 + y_i0;
const auto z_i1 = x_i1 + y_i1;
z[i + 0] = z_i0;
z[i + 1] = z_i1;
}
}
さて、このような高速化コードを書く時、困るのは以下の2点です。
特に2番目については、手動コピペは番号の打ち間違いなど小さなミスで気づきにくいバグを埋め込む原因となります。そのため、この解決方法として、従来は
などの方法が取られていました(コンパイラに任せる方法などは記事末尾の付録を参照)。しかし前者はソースコードを他で生成するため使用するツール・言語が増えてしまっており、また後者は原理的に段数Nに上限値が存在するという欠点がありました。また、どちらにしても、コードが実際に書かれている場所(スクリプト中の雛形やマクロ関数の定義)と、実際の関数の定義場所(ファイルやマクロの呼び出し元)が異なってしまい、保守性(特にデバッグのしやすさ)が悪くなるという弱点がありました。
このような弱点を克服した書き方が、今回紹介する方法です。
今回の方法は、最近のC++、特にC++17の機能をしっかり使っています(業務での実用性を考慮してC++20以降についてはここでは使いません)。そのため、C++03/11までしかキャッチアップできてない方や、ベターCとしてしかC++を使ってない方にはいきなりは理解が難しいかもしれません。そこで、まずどんな機能を使っているのかを軽く解説したいと思います。
なお、ここでは初心者向けの平易な解説のために、厳密さは求めず説明を省略している部分もあります。厳密や詳細な説明が必要な方は、規格書を読むかcpprefjpなどのしっかりとしたリファレンスサイトを参照してください。
まず大前提として、昔からC++にあったテンプレート引数に型以外を与えることができる機能を用います。
よく見るテンプレートは、以下のように型を可変にするものだと思います。
template<typename T>
T twice(const T x)
{
return 2*x;
}
このテンプレート引数Tの部分ですが、整数も入れることができます。
template<typename T, T multiplier>
T times(const T x)
{
return multiplier*x;
}
重要な性質として、このようにテンプレート引数に渡された値はコンパイル時定数であることが保証されます。普通の引数で渡した時には、基本的に実行時引数となりコンパイラはその入力された数字がいくつであるかを知ることができないことと対照的です。
この機能は、今回はループ展開の段数をコンパイル時定数として指定するため等に使います。
次に、variadic templateを紹介します。
この機能は、テンプレート引数で任意の個数を受け取れるものです。これ自体はC++11の機能ではありますが、汎用ライブラリを作ろうとしないと自分で書く機会があまりないため、特にアプリ開発者には馴染みが薄いかと思います。
例えば以下のように、前後処理を入れて別の関数を呼び出したい時に使ったりします。
template<typename... Args>
void ExecuteWithLog(Args... args)
{
log << "Start";
func(args...);
log << "End";
}
// ExecuteWithLog(0, "hi");と呼ぶと、ログに開始終了が記録されてfunc(0, "hi");が呼ばれる
可変長テンプレート引数が実応用の中で使われているのをよく見かける場所としては、完全転送などがありますね。
渡された可変長テンプレート引数は、…を使って展開したり演算したりすることができます。
以下にいくつかの例を示します。
template<std::size_t... indices>
void func(double src[])
{
constexpr std::size_t i[] = {indices...}; // A
double g[] = {(src[indices]*i[indices])...}; // B
double sum = ((g[indices]) + ...); // C
constexpr std::size_t N = sizeof...(indices); // D
}
ここで、例えば、func<2, 0, 1>({0.1, 0.2, 0.3});
と呼ばれたとすると、A,B,C,Dはそれぞれ以下のようになります
可変長引数...
という形を取っています。こうすると、単純に引数の中身がそのまま展開されます。つまり、例ではindices...
は2,0,1
に展開されます。つまり、iは{2, 0, 1}
というコンパイル時配列になっています(可変長引数を含む式)...
という形です。このようにすると、引数の値それぞれに式が適用されてから展開(つまり拡張)されます。なので、(src[indices]*i[indices])...
はsrc[2]*i[2],src[0]*i[0],src[1]*i[1]
となり、gはそれらを要素に持つ配列となります。(可変長引数を含む式 演算子 ...)
という形です。これはC++17の機能で畳み込み式と呼ばれます。効果は、値それぞれに式が適用されてから、演算子で連結して展開されます。畳み込み式にはいくつかの種類がありますが、今回は+演算子で単項右畳み込みを使っています。そのため、sum=g[2]+g[0]+g[1]
となり、総和を計算していることになります。sizeof...
演算子を使っています。使う時は…の位置に注意してください。このように使うことで、ループ展開するときに使う配列の要素番号(インデックス)等をコンパイル時に渡せるようになります。
先述の可変長テンプレート引数を使うと要素番号を外部から指定できることがわかりました。しかし、「N段」を展開したい時に、0,1,2,…,N-1という番号を手動で指定していてはN毎のコピペコードから抜け出せません。
それを解決するのがstd::make_index_sequenceです。
使い方は以下のような感じになります。
template<std::size_t... indices>
void func(std::index_sequence<indices...>)
{
// indicesに0,1,2,...の数列が入っている
}
template<std::size_t N>
void func()
{
func(std::make_index_sequence<N>()); // Nを指定して0,1,2,...,N-1を生成する
}
funcの実行時引数に入っているstd::index_sequence
は型推論に使うだけで実際には使わない引数です(そのため仮引数名がありません)。これで、N個の連続した数列をコンパイル時に生成することができました。
C++11から導入されたlambda expressionですが、これは関数オブジェクトをその場で直接定義できるようにしたものでした。
const auto getMin = [](const double x[], const std::size_t n)
{
auto ret = x[0];
for(std::size_t i = 1; i < n; ++i)
{
ret = std::min(x[i], ret);
}
return ret
};
const auto m = getMin(x, 10); // 10次元配列xの最小値
このラムダ式ですが、1回しか呼ばれないのであれば、わざわざ関数名をつけなくても、定義したその場で実行することができます。
const auto m = [](const double x[], const std::size_t n)
{
auto ret = x[0];
for(std::size_t i = 1; i < n; ++i)
{
ret = std::min(x[i], ret);
}
return ret
}(x, 10); // 10次元配列xの最小値
このようにした時、見かけ上は関数の実行が入るように見えますが、コンパイラからは、即時実行されていて他から呼ばれていない関数であることが自明です。そのため、最近のC++が使えるようなまともな品質のコンパイラ(gcc, clang, MSCVなど)であれば、実際にはインライン展開され関数呼び出しはなくなります。
このラムダ式の即時実行を今回は、複雑な処理をループ展開する場合に、複雑な処理を1つの式とみなすように変形する時に使います。
今回の技法に必須ではないのですが、記法を簡潔にするために使っているのがC++17の機能であるCTADです。
これは、簡単に言えば「コンストラクタの引数から、クラスのテンプレート引数を推論してくれる」機能です。例えば以下のようになります
auto a = std::array<double, 4>{0.1, 0.2, 0.3, 0.4}; // 従来では、double, 4を指定しなければいけなかった
auto a = std::array{0.1, 0.2, 0.3, 0.4}; // 引数を見て自動でdouble, 4だと指定してくれる
上記で使う機能・道具は揃いました。これを使って、N段のループ展開の書き方を、いくつかの例題を見ながら段階的にに紹介します。
なお、説明簡略化のため、以下では配列長(反復回数)nは、ループ展開数Nで割り切れて余りがないという前提を置きます。実用上は端数処理を入れてください。
まずは、最も簡単な例として、単に配列を2倍にするだけの以下のような処理を考えてみます。
void twice(double x[], const std::size_t n)
{
for(std::size_t i = 0; i < n; ++i)
{
x[i] *= 2;
}
}
これに今回の手法を適用する手順としては以下のようになります。
std::make_index_sequence
でN個の連続数列を作成実際にコードにしてみると以下のようになります(コメントの番号が上記の手順番号に対応しています)
template<std::size_t... unrollIndices>
void twice(double x[], const std::size_t n,
std::index_sequence<unrollIndices...>) // 2
{
for(std::size_t i = 0; i < n; i += sizeof...(unrollIndices)) // 3
{
((x[i + unrollIndices] *= 2), ...); // 4
}
}
template<std::size_t UnrollN>
void twice(double x[], const std::size_t n)
{
twice(x, n, std::make_index_sequence<UnrollN>()); // 1
}
最内の4は、式(x[i + unrollIndices] *= 2)
をカンマ演算子,で連結しています。なので、結局、最内は
x[i + 0] *= 2,
x[i + 1] *= 2,
x[i + 2] *= 2,
(以下略)
と展開されたことになります。カンマ演算子a,bはaを実行した後にその結果を捨ててbを評価する演算子ですから、これはそれぞれの式を順番に上から実行することになります。実際、これをx64向けにClangでN=2としてコンパイルしてみると
twice_naive(double*, unsigned long): # @twice_naive(double*, unsigned long)
test rsi, rsi
je .LBB0_3
xor eax, eax
.LBB0_2: # =>This Inner Loop Header: Depth=1
movsd xmm0, qword ptr [rdi + 8*rax] # xmm0 = mem[0],zero
addsd xmm0, xmm0
movsd qword ptr [rdi + 8*rax], xmm0
inc rax
cmp rsi, rax
jne .LBB0_2
.LBB0_3:
ret
void twice<2ul>(double*, unsigned long): # @void twice<2ul>(double*, unsigned long)
test rsi, rsi
je .LBB1_3
xor eax, eax
.LBB1_2: # =>This Inner Loop Header: Depth=1
movsd xmm0, qword ptr [rdi + 8*rax] # xmm0 = mem[0],zero
movsd xmm1, qword ptr [rdi + 8*rax + 8] # xmm1 = mem[0],zero
addsd xmm0, xmm0
movsd qword ptr [rdi + 8*rax], xmm0
addsd xmm1, xmm1
movsd qword ptr [rdi + 8*rax + 8], xmm1
add rax, 2
cmp rax, rsi
jb .LBB1_2
.LBB1_3:
ret
となっていて、内側の命令movsd
(メモリ読み書き)とaddsd
(足し算=2倍処理)が2つずつに増えており、ループカウンタrax
がinc
(1増やす)からadd 2
(2増やす)になったことがわかります。
twiceでは内側の式が1つしかありませんでしたが、複数の式から構成されている場合を考えましょう。
例として、先にも出した以下のようなvectoraddを考えます。
void vectoradd(double z[], const double x[], const double y[], const std::size_t n)
{
for(std::size_t i = 0; i < n; ++i)
{
const auto x_i = x[i];
const auto y_i = y[i];
const auto z_i = x_i + y_i;
z[i] = z_i;
}
}
これをループ展開すると以下のようになります。
template<std::size_t... unrollIndices>
void vectoradd(double z[], const double x[], const double y[], const std::size_t n,
std::index_sequence<unrollIndices...>)
{
for(std::size_t i = 0; i < n; i += sizeof...(unrollIndices))
{
([x, y, z, n, ii = i] {
const auto i = ii + unrollIndices;
const auto x_i = x[i];
const auto y_i = y[i];
const auto z_i = x_i + y_i;
z[i] = z_i;
}(), ...);
}
}
template<std::size_t UnrollN>
void vectoradd(double z[], const double x[], const double y[], const std::size_t n)
{
vectoradd(z, x, y, n, std::make_index_sequence<UnrollN>());
}
元々の処理のループの内側が複数の式で構成されているため、これをまとめるためにラムダ式(の即時実行)にしました。実行時引数はないため省略されています。実際に、先と同様にN=2に対してx64 Clangでコンパイルすると、以下のようになりました。
vectoradd_naive(double*, double const*, double const*, unsigned long): # @vectoradd_naive(double*, double const*, double const*, unsigned long)
test rcx, rcx
je .LBB0_3
xor eax, eax
.LBB0_2: # =>This Inner Loop Header: Depth=1
movsd xmm0, qword ptr [rsi + 8*rax] # xmm0 = mem[0],zero
addsd xmm0, qword ptr [rdx + 8*rax]
movsd qword ptr [rdi + 8*rax], xmm0
inc rax
cmp rcx, rax
jne .LBB0_2
.LBB0_3:
ret
void vectoradd<2ul>(double*, double const*, double const*, unsigned long): # @void vectoradd<2ul>(double*, double const*, double const*, unsigned long)
test rcx, rcx
je .LBB1_3
xor eax, eax
.LBB1_2: # =>This Inner Loop Header: Depth=1
movsd xmm0, qword ptr [rsi + 8*rax] # xmm0 = mem[0],zero
addsd xmm0, qword ptr [rdx + 8*rax]
movsd qword ptr [rdi + 8*rax], xmm0
movsd xmm0, qword ptr [rsi + 8*rax + 8] # xmm0 = mem[0],zero
addsd xmm0, qword ptr [rdx + 8*rax + 8]
movsd qword ptr [rdi + 8*rax + 8], xmm0
add rax, 2
cmp rax, rcx
jb .LBB1_2
.LBB1_3:
ret
しっかり、mov/add命令が2つに展開されていることが確認できます。
先の書き方では、ループの中すべてをラムダ式で包んで展開しました。その書き方でも良いことも多いですが、欠点もあります。
具体的には、依存関係をしっかり記述することが難しいです。先の手動展開の時には、展開方法は
void vectoradd(double z[], const double x[], const double y[], const std::size_t n)
{
for(std::size_t i = 0; i < n; i += 2)
{
const auto x_i0 = x[i + 0];
const auto x_i1 = x[i + 1];
const auto y_i0 = y[i + 0];
const auto y_i1 = y[i + 1];
const auto z_i0 = x_i0 + y_i0;
const auto z_i1 = x_i1 + y_i1;
z[i + 0] = z_i0;
z[i + 1] = z_i1;
}
}
と、先にx,yの読み込み→演算→zへの書き込みの順にしていました。このように記述するのは、コンパイラに「x,yの読み込みは最初にやってよい」(zの書き込みを待たなくて良い)ことを示して、メモリ読み書きのレイテンシを他の命令の裏に隠蔽するようにうまく並び替えてもらうためで、よく使われる高速化技法です。
しかし、先の全体をラムダ式で包む方法では、読み込み→演算→書き込み全体を展開しているので
void vectoradd(double z[], const double x[], const double y[], const std::size_t n)
{
for(std::size_t i = 0; i < n; i += 2)
{
const auto x_i0 = x[i + 0];
const auto y_i0 = y[i + 0];
const auto z_i0 = x_i0 + y_i0;
z[i + 0] = z_i0;
const auto x_i1 = x[i + 1];
const auto y_i1 = y[i + 1];
const auto z_i1 = x_i1 + y_i1;
z[i + 1] = z_i1;
}
}
という手動展開に等しくなります。これでは、x[1], y[1]の読み込みは、z[0]の書き込みが終わるまで待たないといけなくなります。せっかくループ展開の効果に「レイテンシの隠蔽」があるのに、それをうまく活用できていないことになります。実際、先のN=2のx64の命令列を見てもmov+add+movが2つ連続しています。もっと分かりやすいのは、展開数Nをもっと増やして、例えばN=16とかにしてコンパイルした結果を見てみると
movsd xmm0, qword ptr [rsi + 8*rax] # xmm0 = mem[0],zero
addsd xmm0, qword ptr [rdx + 8*rax]
movsd qword ptr [rdi + 8*rax], xmm0
movsd xmm0, qword ptr [rsi + 8*rax + 8] # xmm0 = mem[0],zero
addsd xmm0, qword ptr [rdx + 8*rax + 8]
movsd qword ptr [rdi + 8*rax + 8], xmm0
movsd xmm0, qword ptr [rsi + 8*rax + 16] # xmm0 = mem[0],zero
addsd xmm0, qword ptr [rdx + 8*rax + 16]
movsd qword ptr [rdi + 8*rax + 16], xmm0
movsd xmm0, qword ptr [rsi + 8*rax + 24] # xmm0 = mem[0],zero
addsd xmm0, qword ptr [rdx + 8*rax + 24]
movsd qword ptr [rdi + 8*rax + 24], xmm0
movsd xmm0, qword ptr [rsi + 8*rax + 32] # xmm0 = mem[0],zero
addsd xmm0, qword ptr [rdx + 8*rax + 32]
movsd qword ptr [rdi + 8*rax + 32], xmm0
movsd xmm0, qword ptr [rsi + 8*rax + 40] # xmm0 = mem[0],zero
addsd xmm0, qword ptr [rdx + 8*rax + 40]
movsd qword ptr [rdi + 8*rax + 40], xmm0
movsd xmm0, qword ptr [rsi + 8*rax + 48] # xmm0 = mem[0],zero
addsd xmm0, qword ptr [rdx + 8*rax + 48]
movsd qword ptr [rdi + 8*rax + 48], xmm0
(以下略)
と、ひたすらにmov+add+movが塊として繰り返されていてレジスタも常に0番(xmm0)しか使用されない命令列が出てきます。
このような状況を回避するには、ループの内側を丸ごとではなく、しっかりと1文毎に(最低でもメモリ読み書きの単位で)ループ展開してやる必要があります。そのような展開は、以下のようにすれば実現できます。
template<std::size_t... unrollIndices>
void vectoradd(double z[], const double x[], const double y[], const std::size_t n,
std::index_sequence<unrollIndices...>)
{
for(std::size_t i = 0; i < n; i += sizeof...(unrollIndices))
{
const auto x_ = std::array{(x[i + unrollIndices])...};
const auto y_ = std::array{(y[i + unrollIndices])...};
const auto z_ = std::array{(x_[unrollIndices] + y_[unrollIndices])...};
((z[i + unrollIndices] = z_[unrollIndices]), ...);
}
}
x,yを固定長の配列(std::array
)に先に入れておくように変更されています。これは見た目上は配列(メモリ)への読み書きが発生しそうですが、コンパイラからは不要なことが自明なため、無駄なアクセスは省略されレジスタで済ませてくれることが期待されます。実際にx64 Clangでの結果を見ると、
void vectoradd<2ul>(double*, double const*, double const*, unsigned long): # @void vectoradd<2ul>(double*, double const*, double const*, unsigned long)
test rcx, rcx
je .LBB1_3
xor eax, eax
.LBB1_2: # =>This Inner Loop Header: Depth=1
movsd xmm0, qword ptr [rsi + 8*rax] # xmm0 = mem[0],zero
movsd xmm1, qword ptr [rsi + 8*rax + 8] # xmm1 = mem[0],zero
addsd xmm0, qword ptr [rdx + 8*rax]
addsd xmm1, qword ptr [rdx + 8*rax + 8]
movsd qword ptr [rdi + 8*rax], xmm0
movsd qword ptr [rdi + 8*rax + 8], xmm1
add rax, 2
cmp rax, rcx
jb .LBB1_2
.LBB1_3:
ret
となって、想定通り、movが2回→addが2回→movが2回となっていて、レジスタも0,1番を使って、それぞれ先に読み込もうとしているのが確かめられます。展開数を16にしてもレジスタを15番(最大数)までしっかり使います。
この方法について補足しておくと、例えばポインタに(標準規格外ですが)restrictなどをつけてエイリアシングがないことを指定してやれば、ラムダ式のような包んだ状態でもある程度は回避が可能な場合もあります。しかし、ループ展開をするようなレベルの高速化コードを書くのであれば、ソースコード上から自明にメモリアクセス順序が分かってコンパイラに(ついでに人間にも)分かりやすいコードにしておいたほうが良いと思います。
これまでの例は、いずれも配列に対して要素毎にそれぞれ独立した処理でした。最後に、もう少し複雑な処理として、配列を水平方向に処理する演算、いわゆるリダクションをどう書くのか紹介します。
例として、以下のような内積計算r=x・yを考えます。
auto dot(const double x[], const double y[], const std::size_t n)
{
auto r = double{0};
for(std::size_t i = 0; i < n; ++i)
{
const auto x_i = x[i];
const auto y_i = y[i];
const auto r_i = r + x_i * y_i;
r = r_i;
}
return r;
}
この水平演算を展開するのは、ここまでの内容を少し応用するだけです。以下のようになります。
template<std::size_t... unrollIndices>
auto dot(const double x[], const double y[], const std::size_t n,
std::index_sequence<unrollIndices...>)
{
auto r = double{0};
for(std::size_t i = 0; i < n; i += sizeof...(unrollIndices))
{
const auto x_ = std::array{(x[i + unrollIndices])...};
const auto y_ = std::array{(y[i + unrollIndices])...};
const auto r_i = [&]
{
auto r_i = r;
((r_i += x_[unrollIndices]*y_[unrollIndices]), ...);
return r_i;
}();
r = r_i;
}
return r;
}
template<std::size_t UnrollN>
auto dot(const double x[], const double y[], const std::size_t n)
{
return dot(x, y, n, std::make_index_sequence<UnrollN>());
}
少し複雑なところとして、展開した中でのローカルの和を求めるのに一段ラムダ式(の即時実行)を挟んでいるところでしょうか。畳み込み式の中身自体の書き方は前と同じで、結果への足し込みも含めてそのまま書くだけです。
これまでと同じようにコンパイルしてみた結果は以下の通りで、しっかりfma命令が2回実行されていますね。
auto dot<2ul>(double const*, double const*, unsigned long): # @auto dot<2ul>(double const*, double const*, unsigned long)
test rdx, rdx
je .LBB1_1
vxorpd xmm1, xmm1, xmm1
xor eax, eax
.LBB1_3: # =>This Inner Loop Header: Depth=1
vmovsd xmm0, qword ptr [rsi + 8*rax] # xmm0 = mem[0],zero
vmovsd xmm2, qword ptr [rsi + 8*rax + 8] # xmm2 = mem[0],zero
vfmadd132sd xmm0, xmm1, qword ptr [rdi + 8*rax] # xmm0 = (xmm0 * mem) + xmm1
vfmadd231sd xmm0, xmm2, qword ptr [rdi + 8*rax + 8] # xmm0 = (xmm2 * mem) + xmm0
add rax, 2
vmovapd xmm1, xmm0
cmp rax, rdx
jb .LBB1_3
ret
.LBB1_1:
vxorps xmm0, xmm0, xmm0
ret
このような少し複雑な水平演算を畳み込み式で書く方法は、他にはNifty Fold Expression Tricksにまとまっているので、実際に自分の手元のコードを展開するには参考になると思います。
なお、少し補足しておくと、今回はあえて少し複雑な書き方をしており、ただの内積であれば実際には以下のような書き方のほうが簡潔です。
const auto r_i = (r + ... + (x_[unrollIndices]*y_[unrollIndices]));
と書くことができます(wandbox, godbolt)。((r += x_[unrollIndices]*y_[unrollIndices]), ...);
と書くこともできます(wandbox, godbolt)。どの書き方をしても、結果・命令列に大きな変化はありません。お好みの書き方で良いと思います。個人的には、min/maxなどのリダクションにも統一的に書けるので、最初のラムダ式を使った書き方が好みです。
というわけで、しっかりとC++を使うことで、煩雑になりがちなループ展開のコードを分かりやすく速度劣化なしに書ける技法の紹介でした。
お気軽スクリプト言語(Pythonとか)や、古代言語(CやFORTRANとか)ではなく、処理速度と機能の両面を考慮して進化し続けているC++ならではの方法だと思います。みなさんも、ハードウェアの性能をソフトウェアで最大限に引き出す(もちろんバグも少なく)ために、ぜひ最新のC++を使ってみてください。
途中のgodboltでの出力で、O1でコンパイルしているのを見つけた方もいるかもしれません。なぜO1にしたかというと、O3などではコンパイラ最適化によって書いたコードから大きく変わってしまって説明がしづらかったからです。
具体的には、最近のまともなコンパイラであれば、しっかり最適化オプションをO3などつけてやれば
あたりをある程度やってくれます。完全自動でなくても、コンパイラ拡張で、例えば#pragma unroll (N)
でN段展開を指示することができます。なので、それで満足できるのであれば、今回のようにわざわざループ展開のコードを書く必要はありません。
しかし、それでどんなコードがどう出てくるかは結局コンパイラのご機嫌次第です。あまりループ内が長すぎたり複雑すぎたりすると、(書いてるプログラマ本人には自明でも)諦めたり、余計なことをして却って遅くなるなんてこともあります。ソフトウェアでしっかり高速化を突き詰めるのであれば、高度な機能のご機嫌伺いするより、今回ぐらいのコードは四の五の言わずにさっさと書いてしまったほうが最終的には早い&速いと思います。
また、古典的なループ展開方法として、インライン関数&再帰関数で書く手法が紹介されていることもありますが、再帰関数の展開は少し複雑な機能で、どこまで複雑な文がどこまでなら展開してくれるかは確実性が高くないため、ここで紹介した自動展開系とあまり事情は変わりません。
今回、ループ展開した番号はstd::size_t
であることを前提で直にハードコードして書きました。ハードコードをやめたい場合はどうしたら良いでしょうか?
まず一般論として、展開した番号は、コンパイル時に展開されてしまう整数なので、型をあまり真剣に考える必要はありません。3という番号がintだろうとunsigned longだろうと、コンパイラが型をあわせてくれます。
しかし、汎用ライブラリを作る場合、場合によってはどうしても違う型を使って指定したい場合もあると思います。
そんな場合は、例えば以下のようにできます。
template<auto... unrollIndices>
void vectoradd(double z[], const double x[], const double y[], const std::size_t n,
std::integer_sequence<decltype((unrollIndices,...)), unrollIndices...>)
{
for(std::size_t i = 0; i < n; i += sizeof...(unrollIndices))
{
const auto x_ = std::array{(x[i + unrollIndices])...};
const auto y_ = std::array{(y[i + unrollIndices])...};
const auto z_ = std::array{(x_[unrollIndices] + y_[unrollIndices])...};
((z[i + unrollIndices] = z_[unrollIndices]), ...);
}
}
template<auto UnrollN>
void vectoradd(double z[], const double x[], const double y[], const std::size_t n)
{
vectoradd(z, x, y, n, std::make_integer_sequence<decltype(UnrollN), UnrollN>());
}
詳細は解説しませんが、それほど難しい機能は使っていないので、cpprefjp等で調べてみてください。
将来、規格がしっかりして、今のC++17程度には多くのコンパイラに次期規格がしっかり実装されてその品質がよくなった時、業務で使える規格のバージョンを上げることができればラムダ式にテンプレートを使っても良くなります。なので、それを即時実行すれば以下のように、多重定義せず1関数にまとめられることが期待されます。
template<std::size_t UnrollN>
void vectoradd(double z[], const double x[], const double y[], const std::size_t n)
{
[&]<std::size_t... unrollIndices>(std::index_sequence<unrollIndices...>)
{
for(std::size_t i = 0; i < n; i += UnrollN)
{
const auto x_ = std::array{(x[i + unrollIndices])...};
const auto y_ = std::array{(y[i + unrollIndices])...};
const auto z_ = std::array{(x_[unrollIndices] + y_[unrollIndices])...};
((z[i + unrollIndices] = z_[unrollIndices]), ...);
}
}(std::make_index_sequence<UnrollN>());
}
ただし、先述の通りC++は今後も進化し続けていく(はずな)ので、もっと将来ではもっと便利で分かりやすいループ展開技法が使えるようになるかもしれません。今後のC++にご期待ください!!
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