特集
徹底解明。VAIOが電源オフでもバッテリを使っている真の理由
~VAIO開発者が語るUSB PD設計の難しさ
2020年8月18日 06:55
昨今では、USB PD(Power Delivery)対応のType-Cポートを持つデバイスはめずらしいものではなくなり、モバイルノートでは標準の装備と⾔えるまでになった。
USB PDの充電器やモバイルバッテリの数も増え、適合するPDO(Power DATA Object)――15V/3Aなどの規定の電圧・電流の組み合わせ――さえ持っていれば、これまでのように独⾃のACアダプタを使⽤する必要がないので、持ち運びも含めてユーザーの利便性に⼤きく寄与している。スマートフォンもType-C化が進んだため、充電器とモバイルバッテリを共有して荷物を減らせるという意味でも、USB PDのメリットは計り知れない。
しかし、USB PDの実装に関して⼀筋縄ではいかない実情があるようだ。現時点では最⼤100Wの電⼒を扱えるUSB PDだが、⼤電⼒であり多種多様な充電器とバッテリが存在するからこそ、互換性を確保するための苦労がある。
今回、弊誌編集者である筆者が14型モバイルノートの「VAIO SX14」を使⽤していたときに気づいた疑問を通じて、VAIOの開発者の⽅からUSB PD機能の実装にまつわる興味深い話をうかがうことができたので紹介したい。
電源を切っているはずなのに数%バッテリが減っている……
筆者は現在PC Watchでの記事作りに「VAIO SX14」を使⽤している。VAIOはとりわけビジネスでの利⽤を意識しているため、前モデルとの互換性維持などといった理由で、独⾃コネクタのACアダプタを採⽤しているが、今回の話のテーマであるUSB PDもしっかりとサポートしている。
最近は新型コロナウイルスの影響で、在宅ワークを⾏なうことが増えてはいるが、筆者は基本的にノートパソコンをつねに持ち歩いている。夜に突発的なニュースが⼊ったり、ライター諸⽒から原稿が送られてきたりと、職業柄⾃宅で作業することも多く、ハード/ソフトウェア環境を完全に統⼀できて⾯倒がないからだ。
そのため、⼟⽇に仕事をする必要がない場合は、通勤カバンにVAIO SX14を⼊れっぱなしのまま、⽉曜⽇に会社に着いてから2⽇ぶりに電源を⼊れるというときがあったりする。
そうした2⽇放置後の⽉曜⽇のことだ。出社して席に着き、いつもどおりVAIO SX14にACアダプタの電源を差し、OSを⽴ち上げると違和感があった。タスクバーの電源アイコンが充電中の状態になっていたのだ。
「あれ? バッテリが減っている……」。
確か先週の⾦曜⽇はスタンバイではなくシャットダウンしたはずだった。筆者はバッテリの寿命を延ばすため、VAIOの「いたわり充電」機能を使って最⼤充電量を80%にとどめているが、それが78%になっていた。
ただ、減ったといってもほんの2%。そのときは、もしかしたらスタンバイにしていたのだろうと気に留めなかった。だが、また休⽇明けに同じように2%ほど減っていることに気づき、不審に思って確かめてみたところ、シャットダウン状態で1⽇あたり1%減っていることがわかった。やはり電源を切っていてもバッテリを消耗しているのだ。
いまどきのノートパソコンであれば、CMOS電池を搭載せず、内部時計の保持などに本体バッテリから電⼒を拝借するものが少なくない。しかし、VAIO SX14のバッテリ容量は35Whもある。システムの設定や時刻保持のために、1⽇でそのうちの1%も消費するには多すぎる。
不具合かとも思ったが、筆者がこのことをVAIOの広報に問い合わせてみると、考えていなかった回答が来た。
「USB PDコントローラをスタンバイさせるため、バッテリを消費している」というのだ。
だが筆者が前に使っていたUSB PD対応のノートパソコンでは、そういった消費の仕方に気づきもしなかったので、そもそもそのようなスタンバイ機能が使われていないか、そこまで消費されていなかったように思える。
そのことについても確認してみると、実はあらゆるUSB充電器やモバイルバッテリで不具合なく完全に動作させるために、最近のVAIOノートでは意図的にこうした仕様になっているという。
開発者を悩ませるUSB PD
VAIOはいまとなっては数少ない国内パソコンメーカー。独⾃にCPU性能を上げる「VAIO TruePerformance」を搭載するなど、モバイルノートの快適さを追求し、意欲的な機能の開発に取り組んでおり、ビジネス⾯に特化した設計および信頼性が魅⼒の1つと⾔える(なぜ同じCPUでも性能差が出るのか? 新VAIO TruePerformanceが教えてくれるノートPC設計の難しさ参照)。
筆者が遭遇したバッテリの消費の仕方も、そうした開発者の考えがあってのものであり、モバイルノートに求められる利便性を追求した結果だという。そこには開発者を悩ませるUSB PDの実装の苦労があるようだ。
USB PDの仕様は業界団体のUSB IF(USB Implementers Forum)が策定しており、現在ではバージョンが3.0まで上がり、給電と充電の役割を同一ケーブル上で即座に切り替えるFRS(Fast Role Swap)といった機能が追加されている。
対応するPDOは、5V/3A(15W)、9V/3A(27W)、15V/3A(45W)、20V/3A(60W)、20V/5A(100W)と、最大100Wまで用意されており、ゲーミングノートには厳しいが、モバイルノートであれば十分な電力を供給できる。
また、USB PDによる5Aの通電をサポートするUSB IF認証済みのType-Cケーブルには「eMarker」というチップが組み込まれており、充電器側(ソース)と受電側(シンク)デバイスの要求電圧や電流などを確認するためのネゴシエーション機能が働いている。これにより、デバイスに対する仕様範囲内での安全な給電が行なえるようになっている。
大電力を扱えるUSB PDだからこそ、きちんとした仕様が定められているわけだが、意外とこの実装が開発者泣かせであると、VAIOでモバイルノートの開発・設計などを務める江口修司氏は語る。
江口氏は、まず筆者のVAIO SX14で発生したバッテリの消費の仕方について、ノートパソコンの電源を切断した状態でも、USB PDコントローラに微妙に電力を与えて受電待ちにすることで、世のなかに出回っているさまざまな充電器やバッテリに対応できるようにしていると説明。
これについては、どうやらUSB PDの規格に準拠している充電器やバッテリであっても、相性問題が起きる可能性は避けられないという実情があるようだ。
江口氏はデバイスとの相性について、「いろいろな充電器やバッテリが存在するなかで、充電する側に原因があるのか、システム(パソコン側)に原因があるのかを判別するのは難しい。しかし、電力が低くて安定しないデバイスが存在し、そこが相性の原因の1つであることがわかっている。
ものにもよるがとくにモバイルバッテリでは、電源の立ち上がりのタイミングの問題なのか、パソコンの電源を落とした状態だとうまく動作できないというものが確認されている。非常に低価格なバッテリといった出所の怪しいものには、そういった性質が見受けられる」という。
筆者自身、以前使用していたノートにおいて、特定のUSB PD充電器で充電できるときとできないときがあるという状態に遭遇したことがある。仕様上60W出力で供給されており電力は十分なはずなのだが、システムから電力が不十分と言われてしまう。同じ充電器をVAIO SX14で使ったときはそういった症状が起きなかったので、その別パソコンでは相性問題が起きていた可能性がある。
また、相性の問題はケーブルについても言える話で、江口氏自身が開発当時に実際に市販のType-Cケーブルを何種類か購入して試したところ、きちんと動かないものが含まれていたとのことだった。現在では比較的にUSB PDの浸透が進み、粗悪な製品と出会いにくくなりつつあるが、少し前の状況であれば同じような目に遭ったことがあるという人もいることだろう。
江口氏は、「USB Type-Cでは電源だけでなくデータや映像出力など、さまざまな信号がやりとりされている。過去にUSB PD非対応のType-Cポートを備えたモバイルノートを開発しているときに、映像出力でトラブルが発生したことがあった。そのときは信号の同期のタイミングが重要だったようで、その部分がうまくいっていないと動作しなかった。Type-Cデバイスはトラブルが結構多い。
そのため、USB PD周りでも問題が出やすいと考えているが、充電器またはモバイルバッテリとUSB PDコントローラのネゴシエーションがきちんとはじまりさえすれば、デバイス同士のコミュニケーションがとれて通常どおりに動作する」という。
要するに、パソコン側のUSB PDコントローラに微量な電力を与えて待機状態にしておくことで、充電器やモバイルバッテリとの相性をある程度は緩和できるということだ。
USB PDコントローラをカスタマイズして互換性を高める
前述したとおり、現状のUSB PD 3.0では、100Wまでと幅広い電力を扱えるように規格を定めており、パソコンメーカーはこの規格に準拠したUSB PDコントローラを採用して製品に実装している。
今回、分解済みのVAIO SX14を見させてもらい、実装されているUSB PDコントローラを確認したところ、Etron Technology製の「EJ899T」が搭載されていることを確認できた。ただし、製品やそのロットによっては採用されるチップが変わることもあるので、あくまで今回の分解機での話ということに注意してほしい。
Etron Technologyが掲載しているEJ899(末尾のTはついていない)の仕様によれば、USB PD 3.0に準拠しており、最大で100W(5V/20A)出力に対応する。
ただし、江口氏は現行世代のVAIO SX12/14について、「USB PDのコミュニケーションとしては100Wに対応しているが、回路の構成上60Wまでという制限をかけている。これは、バッテリで降圧するさいに発生する熱の問題があるためだ」とする。なお、この降圧の熱がどのような問題になるのかは後半で説明する。
また、シャットダウン状態でも電力供給を受けて待機状態を維持するといった機能は、USB PDコントローラが用意しているものであり、これにも段階があって一番深い状態だと電源が切れてしまうので、ある程度は電力を消費しているという。筆者のVAIO SX14のシャットダウン時のバッテリ消費もこれによるものだ。
USB PDコントローラへの常時受電については、初代のVAIO A12/SX12/SX14から対応がはじまったということだが、当時はまだUSB PD対応の充電器やモバイルバッテリの黎明期ということもあり、開発の段階ではかなり相性問題が出やすかったそうだ。
江口氏はUSB PDコントローラについて、過去から何社も試しており、いまではかなりの数に上っているという。そのなかでも、どうしてもダメだというものもあったが、最近はかなりまともになってきた印象とのことだ。
「USB PDコントローラによって仕様が決まっており、どこまで電力を落とせるかは、ベンダーの作り方次第。一番深い状態だとコントローラの電源が切れてしまうので、システムとしては低い状態まで落としているが、コントローラとしてはそれなりの電力が与えられている。ただ、USB PDコントローラには、ベンダーが標準で用意している設定と、それをカスタマイズできる設定があり、VAIOではこれをカスタマイズして、使いやすいようにしている」とする。
USB PDコントローラをそのまま実装するだけでは、相性といった問題に対処できないというわけだ。これはパソコン自体にかぎらず周辺機器も含めてのことで、たとえばVAIOがオプションで用意している45W出力のUSB PD充電器「RP-OPCF001」はRAVPowerのODM製品だが、問題なく使用できるように、USB PDコントローラのカスタマイズを入念に行なっている。
そして、ノートパソコンについては相性の緩和にかぎらず、予期せぬ動作にも注意する必要があるという。たとえば、ほとんどのUSBデバイスは5Vで動くが、以前に6Vで動くモデム(内部で6Vを作る)といったものがあり、それが逆流してシステムを壊しかねないような事例があったそうだ。
「同じ型番のバッテリや充電器だったとしても出荷時期によってチップやファームウェアが異なることもある。USB PD周りは真面目に設計をするとかなり悩ましいデバイスだ」とさまざまな事態を想定した作りが必要であると説明した。
スマホ用モバイルバッテリでも充電できるVAIOの「5Vアシスト充電」
USB PDの機構とは異なるが、VAIO SX14を含む“SXシリーズ”のモバイルノートは「5Vアシスト充電」機能を備えている。
5Vアシスト充電とは、その名が示すとおり、5Vの電圧で動作する充電器やモバイルバッテリでVAIO本体を充電できる機能のことだ。さもスマートフォンを充電するかのように、5V/1A出力の小電力な充電器でもVAIO本体を充電できてしまうのだ。
江口氏は5Vアシスト充電について、「緊急事態を手元にあるものでなんとかリカバリするというのが大きな目的の1つ。外出先や出張先でACアダプタを所持していなかったときなどに、コンビニでも買えるような出力の低いモバイルバッテリでどうにかその場をしのぐことができる。USB PDのネゴシエーションも含めて、いつでも受電できるようにシャットダウン状態でもそのために微力な電力が使われている」と述べた。
筆者は江口氏から直接話を聞く前に、シャットダウン時の電力消費の原因の1つとして、5Vアシスト充電機能が関係しているのではないかと思ったが、シャットダウン時も微量ながら電力を消費しているのは、USB PDコントローラの仕様によるものであり、5Vアシスト充電はそのコントローラを利用する機能に過ぎないという。
具体的には、5Vアシスト充電はUSB PD規格ではなく、USB BC(Battery Charging)1.2準拠で動作している。USB PDではType-C Currentによる5V/1.5Aまたは5V/3Aを流せるが、5Vアシスト充電についてはUSB PDコントローラが持つBC1.2の規格が使われている。
5Vアシスト充電では、1~1.5A未満もしくは1.5A以上の電流を流せる充電器/モバイルバッテリで充電が行なえる。もちろんUSB PDに非対応のスマートフォン向け製品などでだ。これはVAIOがUSB PDコントローラを介して独自に実装している機能であり、他社のモバイルノートではこういった充電の仕方は普通サポートされていない。
いまではUSB PD対応のモバイルバッテリはめずらしいものではないが、ノートパソコンを充電できるような製品だと、容量が大きく、重くてかさばるものが多いため、スマートフォン向けならいざ知らず、普段から持ち歩いているという人は多くはないだろう。
筆者はUSB PD対応のモバイルバッテリと充電器、USB PDケーブルをカバンのなかにいつも入れているが、それだけで500g近い。これにノートパソコンやカメラ機材などが足されると、3kgを超えてしまい、片手持ちのカバンではちょっとしんどい。
とは言え、ビジネスマンとしては万が一のことがあると、取り返しがつかない。そういった致命的な痛手を回避するために、この機能が搭載されているわけだ。しかし、この程度の電力だとシャットダウンやスリープ状態ならともかくとして、OS動作時ではとてもじゃないが充電が追いつかない。あくまで苦肉の策としての利用が前提になることに注意したい。
なお、5Vアシスト充電で、1~1.5Aまたは1.5A以上の2つの設定を用意した理由について江口氏は、「BC1.2には曖昧なところもあり、3A対応を謳っていても1Aしか流れない製品が多々あったりした。1Aしか流れないのに3Aを引いていると故障につながり、最悪熱を持ってしまったりするので、安全のために1Aを用意している」という。
また補足として、「システムのバッテリ容量不足で強制的に電源が落ちてしまい、データ消失など、システムにダメージを与えるといった場合も想定し、本体バッテリが不足した状態で低出力なモバイルバッテリにつないでいるさいは、システムを起動しないように設定している」と説明してくれた。
これは、本体のバッテリ容量と、何Aの充電器/モバイルバッテリが接続されたかを確認して、起動するかどうかを見ているとのことで、おそらく本体のバッテリ残量が5%以下といった状態で、2A未満の出力の充電装置をつなげた場合などの条件なのだろう。
江口氏は、USB PDの搭載を問わず、電源周りは不測の事態を想定して作られており、データ保護の観点でもビジネスノートにおいてはこうした配慮は欠かせないと強調していた。
メイン電源とバッテリを両活用する電源回路
降圧設計への変更でCPUの応答速度を向上
前述したとおり、VAIOのノートパソコンはビジネス用途を重視しており、とくにインターフェイス面では従来機との互換性を維持するため、ミニD-Sub15ピンといったレガシーなポートや、モバイルノートではもはやめずらしいmicroではないSDカードスロット、LANポートなどを装備している。
ACアダプタもそのうちの1つであり、VAIO SXシリーズといったUSB PD機能を備えているモデルにも、独自コネクタのACアダプタが使われている。
もしACアダプタをメインに使っていて、ほとんどUSB PDを使わないのであれば、USB PDコントローラの常時受電状態を維持する必要はなさそうに思える。これについて江口氏に聞いてみたところ、「コントローラの常時受電待ちをBIOSで切ったりすることはできない。ACアダプタとUSB PDが同時に接続されることもあり、USB PDコントローラでその接続有無を検知している」と説明した。
ACアダプタとUSB PDが同時に接続されている場合、両方からの電力を使うことはできず、どちらか一方のみを使う。これについてはより供給能力が高いほうが選ばれるとのことで、標準のACアダプタのパソコンへの出力が約40W(合計出力は45WだがUSB Type-A給電用に5Wを使う)であるため、USB PD側がそれを超える電力を供給できていればPDが選ばれる。
【お詫びと訂正】初出時に上記において、標準のACアダプタの出力に関して「45W」としておりましたが、パソコンに出力される分が「約40W」であることを記載しておりませんでした。お詫びして訂正させていただきます。
この電源周りの仕組みはかなり独自性があり、おもしろいところなので最後にこれについても紹介したい。
現行世代のVAIO SX12とSX14では、前のモデルよりも性能が向上しているが、これは単純にCPUが第9世代から第10世代のCoreプロセッサへと刷新されたからというだけではない。電源回路の挙動が改良され、CPUが瞬間的に性能を要求する場合などにおいて、そのさいの応答性が上がり、即座に高クロックを引き出せるようになっている。
詳しく書くと、VAIO SX12と14では高い負荷がかかった場合に、ACアダプタだけでなく、バッテリの電力も使用する仕様になっている。普段はバッテリに対して給電を行なうACアダプタだが、高負荷時にはバッテリへの電力供給を止め、バッテリと合わせてCPUにそのリソースを割くわけだ。
少し補足すると、ACアダプタの出力を上げれば、内蔵バッテリを使う必要はないのだが、VAIOではACアダプタを持ち運ぶことも含めてモビリティであると想定してるため、現在の45Wの小型ACアダプタにいますぐ変更を加える予定はないという。ただ、今後USB PDが完全に主流になった場合などは、設計を変えていく必要があるとしている。
話を戻そう。ACアダプタの電圧は10.5Vで、バッテリは7.6Vと使われる電圧が異なるため、DC-DCコンバータを使用してどちらか一方の電圧に合わせる必要がある。前モデルではACアダプタの10.5Vを基準電圧としていたのだが、現行モデルではバッテリ側の7.6Vが基準となっている。
つまり、前モデルでは高い負荷がかかった場合にはACアダプタにあわせてバッテリから電力を供給するため、降圧→昇圧への切り替えが発生していたわけだが、これについて江口氏は、「昇圧すると言っても一気に電圧が上がるわけではなく、なだらかに上がっていくので、その分の時間のロスが出てくる。逆に現行モデルのほうは昇圧が必要がなく、その分時間のロスがないので応答速度が上がっている」とのこと。
降圧で発生する熱をうまく逃がす設計が必要
それではなぜ前モデルでも降圧するように作らなかったのか?
「回路にもよるが降圧のほうがロスが大きい。電圧を変えるというのはロスを生むということであり、ロスはすべて熱になる。降圧による熱の発生を高い負荷時にも処理し切る手法を採ることができなかった」という。
ご存じのとおり、CPUは温度が上がり過ぎると損傷回避のためにサーマルスロットリングが働き、性能を落として温度を下げようとする。ノートパソコンのような冷却機構の大きさがかぎられる筐体では熱処理は大きな問題であり、たとえハイエンドCPUを載せたとしても、本来の性能が継続的に発揮できなければ意味がない。
VAIO SXシリーズはいまのモデルで3世代目である。これまでにもさまざまな改良が行なわれてきているが、この世代では熱処理を改善することで冷却能力が上がっており、降圧した分のロスを許容できるようになったという。
具体的には、DC-DCコンバータが発する熱を拡散させるためのシールドカンを取りつけたほか、VAIO SX12では筐体底面にグラファイトシートを、SX14では銅シートを追加してホットスポットの放熱効果を高めている。このほか筐体内のエアフローを微妙に改善するといった非常に細かい改良が行なわれている。
たったそれだけなら、ファンの回転数を上げるなどすれば良いのではと思う方もいるかもしれないが、江口氏は「ファンを回すとそれだけ電力も消費し、ファンの音が目立ってしまうというデメリットがある」と述べる。
また、「ヒートシンクを使えばCPUの熱を逃がすことはできるが、底面の熱などは一気に10℃とか下がるようなものではない。1つ1つヒートシンクを変えたり、エアフローを変えたり、いろいろ熱を拡げる配分を変えることで、それぞれコンマ数℃くらい下げることができ、その積み重ねで全体の温度を下げる。今回の3世代目では、かなり重箱の隅をつつくようにして改良を行なった」とし、パズルを組み合わせるように熱設計が行なわれていることを明かしてくれた。
モバイルノートはきちんとしたデスクの上で使うだけでなく、交通機関での移動時に膝の上に載せて使うといった場合もある。そのさい、あまりにも底面に熱がこもるようなものだと、ユーザーは不快に感じるだろう。これはキーボード面についても同様で、熱がうまく逃がされていないと、手汗がにじみ出てくるといったことになってしまう。
VAIOではこの点にもかなり気を配っており、江口氏によれば実際の温度は明かせないが、利用時の表面温度は何℃にするかといった温度目標を設定して取り組んでおり、その基準に達していない製品は出荷ができないようになっている。
VAIOの開発拠点と工場は長野県安曇野市にあるが、ここにはソニー時代から引き継がれた大がかりな試験室などがあり、さまざまな試験が行なわれているそうだ。
江口氏はその試験の一例として、「真夏の炎天下を想定した高温多湿の環境を試験室で再現し、そのなかで何十台ものパソコンを何日も動かして試験したりする。その一方で、マイナス何十℃といった環境での検証も行なわれているので、試験時には体調が悪くなる(笑)」とその内容を教えてくれた。
国内パソコンメーカーとして、非常に強いこだわりを持ってモバイルノートの開発に取り組んでいるVAIOだが、江口氏は開発陣の姿勢として、「性能が高いだけのパソコンはVAIOの目指すところではない。実用面を重視してモバイルノートを作っている。ただ、高性能とモビリティの両立は難しい。薄く軽くも重要だが、熱処理にはとくに気を遣っており、新素材が出たらすぐに試すなど、迅速に対応できるようにしている」とのこと。
また、「開発・設計だけでなく、製造や営業も含めて意見を聞きながら一丸となって取り組んでいる。風通しの良い開発体制はソニー時代の名残ではあるが、VAIO設立当初と比べても、各部署の垣根がさらになくなり、何か問題が見つかった場合でもすぐに連携を取ることができる。そのおかげか不良率はソニーのころから激減した」と述べた。
今回、筆者が遭遇した症状から、VAIO開発陣がユーザーの利便性を重視した上で、真剣にモバイルノートを設計していることが伝わった。ACアダプタをバッサリと切り捨てないあたり、保守的と感じる人もいるだろうが、逆に言えばこれまでのVAIOユーザーやビジネスマンに求められている使い勝手について、現実的に見定めているとも言える。
すでに述べた「VAIO TruePerformance」の導入や、性能向上のための緻密な改良など、つねに最善のモバイルノートを探求するという意欲的な開発姿勢もうかがうことができた。次のモバイルノートではいったいどういった進化が生まれるのか、これからもVAIOに注目していきたい。