●英EMIがDRM無しの配信を発表
EMIは2007年1月、実験的にDRMを付与しないMP3ファイルのダウンロード販売を行ない、好評を博したという。またこの実験から、ユーザーは多少の価格プレミアムがあっても、高音質なデータの購入を望むという結果が得られたため、新サービスではDRMを外すだけでなく、音質の向上も図ることにしたとしている。 このDRMフリーの高音質音楽ダウンロードを最初に行なうのは、AppleのiTunes Storeだ。これまでiTunes Storeで販売されていた音楽コンテンツは、データレート128kbpsでAACエンコードされ、Apple独自のDRM(FairPlay)が付与されたもの。価格は1曲あたり99セント(米国の場合)だ。5月から販売される高音質版は、価格が30セント上乗せされ1曲1ドル29セントになるものの、データレートが2倍の256kbpsに引き上げられたAACファイルとなり、DRMフリーとなる。 従来のDRM付の128kbps AACファイルの販売も継続されるほか、すでにDRM付の音楽データを購入したユーザーが、30セントの差額を払うことで、高音質版にアップグレードすることも可能だ。さらにEMIの音楽ビデオも、全面的にDRMが解除される。Appleは、現在EMI以外のレーベルにも同様なDRM外しを呼びかけており、年内にiTunes Storeが扱う楽曲の約半数、500万曲がDRMフリーになるのではないかと予想している。 さて、このプレスカンファレンスには、EMIのEric Nicoli CEOに加え、AppleのSteve Jobs CEOも参加した。飛行機嫌いと言われているJobs CEOがロンドンのイベントに参加したことでも、今回の発表に対してApple、あるいはJobs CEO個人に強い思い入れがあることがうかがえる。 2007年2月、Jobs CEOはAppleのWebサイトに「Thoughts on Music」と題した文書を掲載した。ここで同氏は、FairPlayを他社に公開しない理由を述べると同時に、向かうべきはFairPlayを公開することではなく、FairPlayのようなDRMのない世界であると述べている。 ただ、iPodとiTunes Storeの世界的な大成功、ヨーロッパを中心にAppleがDRMによる囲い込みを利用して音楽市場を独り占めしようとしているのではないかという懸念が強まっていること、Thoughts on MusicでDRMの付与を求めているのはAppleではなくレーベル側であると述べたことなどを受けて、これがFairPlayを公開しない「言いわけ」ではないか、という批判も受けた。今回のEMIとの事実上の共同発表で、本当にDRMのない世界をAppleが望んでいるのだと示すことができたかもしれない。 もちろん、すでにiPod/iTunesの勝ちで勝負が決着した後にDRM(囲い込み)なしを主張するのは卑怯だと批判することもできるだろう。しかし、各ユーザーのiTunesライブラリで圧倒的な割合を占めるのが、DRM無しで売られている音楽CDをリッピングしたデータであること、勝ち負けがめまぐるしく入れ替わるのがデジタルの世界の常であることを考えれば、この批判にそれほどの説得力があるとは思えない。iPodがトータルでみて最も優れた音楽プレーヤーであり続けない限り、iTunesが最も優れた音楽管理ソフトであり続けない限り、ライバルの逆襲は常にあり得ることだ。 一番有効な批判は、音楽のDRMフリーを主張するのであれば、その他のコンテンツ、たとえば映画のDRMフリー化は推進しないのか、ということかもしれない。特に、Jobs CEOがDisneyの大株主にして、社外取締役であることを踏まえて、ディズニーの映画をDRMフリー化するべきではないのか、という批判は常に受けることだろう。 これに対してJobs CEOは、もともとDRM無しの流通(音楽CD)が大半を占める音楽と、DRM付の流通(DVD等)が当たり前の映画では、同列には論じられない、という言い方で批判をかわしており、音楽ほど歯切れは良くない。ただどんな批判的な人であろうと、DRMのない音楽データの配信サービスについて、AppleやJobs CEOが果たした役割は認めざるを得ないのではないかと思う。
●潮流から取り残される日本市場 今回の発表で、1つだけ残念かつ悲しいのは、日本でのサービスが現時点で不明なことだ。英EMIのリリースに出ている料金も、ドル、ユーロ、ポンドはあっても、日本の円はない。これとは別に3月30日に発表された「Complete My Album」のサービス(1曲を購入した場合、割安なアルバム料金との差額で残りの曲を入手できるサービス)も、日本は今のところ除外されてしまっている。DRMでガチガチに縛られた着うたサービス等を考えると、Appleが日本でDRMフリーの配信サービスを行なうのは難しいように思えてならない。最近、あまり耳にしなくなったが、デジタル音楽プレーヤーに私的録音補償金を上乗せしようという論議が行なわれていたことがある。それが現在どうなっているのかは知らないが、もし補償金を要求するのであれば、音楽配信のDRMは全面解除するべきなのではないか。DRMのかかったデータは自由な私的録音(複製)ができないのだから、補償する必要もない(少なくとも低い)ハズだと思う。補償金をとる以上は、補償の対象となる私的複製が完全な形で認められるべきだ。 デジタル放送に対する画一的なコピーワンス制限といい、どうして日本のユーザーはイビツな形でDRMを強要されるのか。日本のユーザーは大人しすぎるのかもしれない。
□EMIのホームページ(英文) (2007年4月3日) [Reported by 元麻布春男]
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