「写真映え」より「人の温度」。日本を愛するイタリア人エッセイスト・マッシさんに聞いた、良店の探し方

日本在住18年、イタリア人の視点で日本の食文化の魅力や面白さを伝えるエッセイスト・マッシさんに「お店の探し方」について聞きました。


食べ物に惜しみなくお金や時間を使う人、いわゆる「フーディー」たちは、行くお店をどのように選んでいるのでしょうか。
今回お話をうかがったのは、雑誌やWebで活躍中のエッセイスト、マッシミリアーノ・スガイさんです。日本で長く暮らし、日本の飲食店をこよなく愛するマッシさんに、お店選びのコツや極意を教えてもらいました。

マッシミリアーノ・スガイさん

マッシミリアーノ・スガイさん

1983年、イタリア・ピエモンテ州生まれ。トリノ大学院文学部日本語学科を卒業し2007年から日本在住。日伊通訳者の経験を経てからフードとライフスタイルライターとして活動。書籍『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(KADOKAWA)の他 、ヤマザキマリ著『貧乏ピッツァ』の書評など、雑誌の執筆・連載も多数。 日伊文化の違いの面白さ、日本食の魅力、食の美味しいアレンジなどをイタリア人の目線で執筆中。ロングセラー「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」(note)は170万PV達成。

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「白米は味がしなかった」。マッシさんが日本食の魅力に気付くまで

ーーマッシさんは幼い頃から日本文学や日本語に興味を持たれていたと伺いました。食への好奇心も昔から強かったのでしょうか?

マッシさん:子どもの頃から「よりおいしく食べるにはどうすればいいか」と考えるのが好きで、食材の組み合わせや食べ方を実験のように楽しんでいました。

母や祖母も食べることにこだわりがあって、週末は珍しい料理を一緒に作るような家庭でしたね。母や祖母が料理を作っているのを隣で見ながら、「この食材がこんなふうになるんだ」と発見したり感心したりしていました。

ーーそんな食への関心が強いマッシさんでも、来日した当初は日本の外食にカルチャーショックを受けたことがあるそうですね?

マッシさん:たくさんありましたよ! まず、あんこ。僕は北イタリアのピエモンテで生まれ育ったんですけど、豆といえば煮込み料理やスープに使うもの、というイメージしかなくて。まさか豆が甘いスイーツになるなんて、想像もつきませんでした。

豆といえば、パスタに納豆を乗せることにも衝撃を受けましたね。そして、それがおいしいことに二重で驚きました。

イタリア人は伝統的なレシピを大事にする傾向があるので、パスタに日本の食材を合わせようとは考えないはず。でも僕は、日本人のそういう柔軟さや発想力がすごく好きです。

マッシさんの著書『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』にも日本食に驚いたエピソードや日伊の異文化が多数綴られている

マッシさんの著書『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』にも日本食に驚いたエピソードや日伊の異文化が多数綴られている

ーーあんこも納豆パスタも「食べてみよう」と果敢に挑戦するのがすごいですよね。

マッシさん:実は、昔は白米も苦手だったんですよ。リゾットのお米はアルデンテが基本だし、味つけも濃いので、比較すると「(白米は)味もないし柔らかいな」ってすごく違和感があって。

でも、最初は苦手だなと思っても、何度かチャレンジすると食べられるようになりました。それに、当時の僕が理解不足だったんですよね。

ーー理解不足?

マッシさん:定食を注文しても、コース料理のように、まずお味噌汁、次にごはん、そしてお肉……というように、一品ずつ順番に食べていたんです。だから、おかずだけ食べると「味が濃いな」と感じていたし、白いごはんだけ食べると「味がないし柔らか過ぎる」と思っていました。

それから少しずつ勉強して、「三角食べ」や「口中調味」という習慣を知りました。今では白米が大好きで毎日食べています。

「金沢おみそしる倶楽部」で食べた豚汁定食/マッシさんご提供画像

「金沢おみそしる倶楽部」で食べた豚汁定食/マッシさんご提供画像

――逆に、イタリアで日本の食文化との違いに戸惑うことはありますか?

マッシさん:そっちもたくさんあります。イタリアに帰ると、スイーツは甘過ぎるし、なんでも量が多いし、お肉は大きくて分厚いし、パンもチーズも硬め。食べると、2~3日はアゴが痛いくらい(笑)。日本の、甘さ控えめで小ぶりなスイーツや薄切りのお肉とは大違いです。

「何を食べるか」より「どう過ごすか」。マッシ流・お店探しのコツ

ーーマッシさんは普段どのようにお店探しをしていますか?

マッシさん:その時の自分が食べたい味と、どんな空間や雰囲気で楽しみたいかを考えたうえで、Googleマップで今いるエリアから行ける範囲のお店を探して、写真や口コミをチェックします。

良さそうなお店を見つけたら、現地まで行って外観や店内の雰囲気をうかがいます。お客さんもスタッフさんも楽しそうにしていたら、もうそこで決まりです。「何を食べるか」と同じくらい、「どこでどう過ごすか」も僕にとっては大事なんです。

――Googleマップの口コミで、特に注目するポイントはありますか?

マッシさん:高評価の口コミは内容がだいたい同じなので、あえて低評価の口コミを読みます。「料理が出てくるのが遅い」のような、その人が「悪い」と思ったポイントはたいてい詳しく書かれています。それを「僕ならどう感じるだろう」と考えてみて、許容範囲なら行ってみることもありますね。仮に低評価の口コミと同様の状況になっても、心の準備をしているからプラスに思えることも多くて。

ーー面白い視点ですね! GoogleマップだけでなくSNSも確認されていますか?

マッシさん:SNSも見ますが、お店の公式アカウント以外の情報発信はあまり参考にしませんね。なぜなら、そのお店が本当に伝えたいことを知りたいから。

というのも以前、誰かのバズった投稿を参考にお店を選んで「投稿と印象が違うな」「接客も自分に合わないな」と感じたことがあったんです。

ーー公式アカウントから得る情報の方が、お店の伝えたいことが分かりやすいですからね。その他、マッシさんならではのお店探しのルールはありますか?

マッシさん:オープンしたばかりのお店には、少なくとも3カ月くらい経ってから行きます。客足も落ち着いているし、料理のクオリティーも安定しているんじゃないかなと。スタッフさんとの会話も楽しみたいですし。

ーー確かに、そのくらいたった方がお店本来の魅力が感じられそうです。では逆に、「入ってみたけど、ここは合わなかったな」と感じるのはどんな時ですか?

マッシさん:例えば、「これはどういうメニューなんですか?」と聞いても「確認します」を繰り返されたり、食べ終わったお皿をすぐに下げられてしまったりすると、たとえ料理がおいしくても気持ちがスッと冷めてしまいますね。

「今日はいいお天気ですね」「観光ですか」「料理はおいしかったですか」というスタッフさんとのちょっとした会話から歓迎の気持ちが伝わりますし、ひとりの人間として接してもらえるような接客のお店だとまた行きたくなります。

「KAIFAN the Parlor」で食べた中華/マッシさんご提供画像

「KAIFAN the Parlor」で楽しんだ点心/マッシさんご提供画像

ーーマッシさんは来日した海外のご友人をアテンドされることも多いと思いますが、みなさんは日本のどんなお店に興味を持たれますか?

マッシさん:共通しているのは、「ちゃんと作っていること」が伝わる店を好むところですね。目の前で調理しているのが見えたり、カウンター越しにスタッフと会話できたり、職人の技が感じられたり。また、内装や雰囲気から歴史や文化を感じられるお店が好きな人も多いですね。 

通いたくなるのは、「料理」と「会話」を一緒に楽しめるお店

ーーマッシさんが何度も行きたくなるお店には、どんな共通点がありますか?

マッシさん:改めて考えてみると、料理のこだわりを聞くなど、スタッフと楽しく「会話」できるお店に通っていると思います。

僕がよく行く金沢のインド料理店「アシルワード」は出身地が違うインド人のスタッフが、それぞれ自分のふるさとの料理を出しているんです。メニューにはその料理の特徴から、現地ではどんな時に食べるかとか、すごく詳しく書いてあって、まるで教科書(笑)。

「アシルワード」オーナーの千葉さんにカレーの説明を受けている様子/マッシさんご提供画像

「アシルワード」オーナーの千葉さんにカレーの説明を受けている様子/マッシさんご提供画像

スタッフの方にちょっと質問すると、5分くらい詳しく説明してくれます。料理に対してこれほどこだわりや情熱を持っているお店に来られてうれしいなって、すごく感動するんですよ。気付けば週1で通っていました。

ーー背景となるエピソードやこだわりを聞くと、より深く料理を味わえますよね。

マッシさん:そうですね。あとは、東京のピンサ・ロマーナ(編注:ローマ時代のレシピを参考につくられた軽い食感のピッツア)専門店「Bontà Italia(ボンタ イタリア)」では、いろいろな具材のピンサを食べたり、カウンターに座ってスタッフさんにピンサの歴史やピンサを食べたときの日本人と外国人の反応の違いなどを聞いたりして楽しんでいます。お店を出るときはいつもすごくほっこりした気持ちになります。

ーー料理の味だけでなく、マッシさんはコミュニケーションをすごく大事にされているんですね。

マッシさん:そうですね。逆に、おいしい料理とスタッフとの楽しいやり取りを期待して行ったのに、無言で料理が出てきて説明もないと、やはり物足りなさを感じてしまう。「お店の人との会話を含めた体験をいかに楽しめるか」。そこが通いたくなる理由のひとつにもなっているんだと思います。

――その「会話を楽しみたい」という感覚は、やはりマッシさんが育ったイタリアの文化も影響しているのでしょうか。

マッシさん:そうですね。イタリアのバルやカフェに入れば、初めてでもまるで自分の家に迎えてくれたような気安さでスタッフが話しかけてくれます。僕にとっては、それがすごく心地いいんです。

一般的に、日本のお店はスタッフとお客さんの距離感を大切にする接客が魅力ですが、時々「もっとフランクでいいのに」と、もどかしく思うこともありますね。

食いしん坊が個人店に求めるのは、作り手の「温度」

――では、日頃から食に関するエッセイを書いているマッシさんの視点から、個人店のSNS投稿やブログの書き方について、何かアドバイスをいただけますか? 

マッシさん:僕はエッセイで、最終的に「このお店のプリンがおいしい」と伝えたい場合でも、いきなりプリンの話は書きません。

なぜなら、プリンに関心がない人を含め、幅広い読者に、物語を読むようにエッセイを読んでほしいからです。それには、僕がどんな気分でそのお店を訪れ、何を感じたのか、その一連の体験をまず伝える必要があるのではないかと感じています。

飲食店の発信も同じで、食にあまり関心のない人にも料理の魅力を伝えたい場合は、シェフの趣味や最近ワクワクしたことといった、料理から少し離れた話から始め、本当に伝えたいことは最後に添えるくらいがいいと思います。

文章はあまり飾らずに、気を衒わず。日常の出来事や、少しギャップのある一面も伝えると、親しみが湧きますよね。そして何より、自身が楽しんで書くこと。それがもっとも共感を呼ぶのだと思います。

――確かに、お店の方の体温が感じられるような投稿を見ると「行ってみたいな」と思えそうです。

マッシさん:料理が完成した時にどんな気持ちになったのか、食べるとどんな気持ちになるのか、というストーリーが重要です。

発信できる場があるのに、料理人のこだわりや情熱を伝えないなんてもったいないじゃないですか。そのお店ならではのストーリーを伝えて、ぜひ「ファン」を作ってほしいなと思います。

金沢の街並みとマッシさん/マッシさんご提供画像

金沢の街並み/マッシさんご提供画像

ーーありがとうございます。では、もしマッシさんが日本で飲食店を開くとしたら、どんなお店にしたいですか?

マッシさん:スイーツやパニーニなどの軽食を手軽に楽しめる、カフェのようなお店がいいですね。朝から夜まで好きな時にふらっと立ち寄れて長居もできるような。接客も「いらっしゃいませ」というよりは「おかえり」って出迎えてくれるような。イタリアにはそういうお店が多いんですよ。

例えば、金沢の町家を改装したような歴史を感じる内装の、日本の古き良き風習とイタリアの食文化を融合させたようなお店にしたいです。僕が良いと思う世界に、みんなを招き入れたいですね。

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取材・文:田窪綾
編集:はてな編集部