先日、商店街のおもちゃ屋さんでこのようなものを購入しました。

ボードゲームのセットだそうです。

 

「よいこのたのしいあそび」というわりに子供たちがあまり楽しそうじゃないのが気になりますが、ひとまず開けてみましょう。

 

お歳暮?

 

タイトルを見ると「爪あつめ」「泣き子えらび」「三人母」とどれも聞いたことがありません。

新しい遊びを知るのは楽しみが広がっていいですね。さっそく開封してみましょう。

 

1.爪あつめ

まずは「爪あつめ」からいきます。どんなゲームなんでしょうか。

 

!?

 

なにかの呪いかと思いました。これ子供泣きますよ。

 

たんすを開けると大量の爪が入っていました。本当になんなんでしょうか。

 

さらに不気味なことに説明書の類がなにも入っていません。これでなにをしろというのでしょう。

 

大箱にも説明書らしきものはありません。

 

…?

 

ありました。

まさか緩衝材を兼ねていたとは。

 

それでは、説明書を読んで分かった範囲で遊び方をご説明します。

爪あつめの遊び方

・一番手を決める。

 

・一番手がサイコロをふる。

 

・出た目の数だけタンスから爪を抜き取る。

今回は「4」の目が出たので、4枚爪を抜く。

 

・時計回りに全員同じことをする。

これを繰り返し、最終的に一番多くの爪を獲得できた者が勝ちとなる。

 

しかし

 

二周目から新たなルールが追加される。

それがこのやぐら人形だ。

 

・やぐら人形を一番手のところに置く。

 

・一番手がサイコロをふる。

 

・出た目の数だけ爪を抜く。

今回は「五」の目が出たので5枚の爪を抜く。

 

・そのあと出た目の数だけやぐら人形を時計回りに回す。

 

やぐらが来たプレーヤーは持っている爪をすべて没収される。

 

つまりタンスの中の爪はやぐらの所有物であり、やぐらの目を盗んで爪を盗むという遊びなのである。

 

とのことです。

なぜ爪を盗まなくてはいけないのか、やぐらとは何なのか、いろいろと謎が多いですがゲームとしてはルールが簡単で小さい子供でも遊べそうです。(遊びたいかは別として)

 

さて、次のゲームに行きます。

三人母

タイトルからはどんなゲームなのか想像もつきません。さっそく開けてみましょう。

 

また変なのが入ってる。

 

赤ちゃんの人形、カード、サイコロ。

やや不気味ではありますが「爪あつめ」よりはゲームらしい見た目です。

 

ちなみに茶色いカードにはいろいろな絵が描かれていますが

 

一枚だけ「やぐら」と書かれたものがあります。

爪あつめのやぐら人形となにか関係があるのでしょうか…

 

 

三人母の遊び方

・はじめに一枚ずつ札をとる。

札には「きよ」「はな」「こと」という名前が書かれている。
これがゲーム上における各プレイヤーの名前になる。

 

・真ん中に赤子人形を置く。

「きよ」「はな」「こと」は三人ともこの子の母親である。

 

・カードを配る。

 

このカードは、母親が子を守るための道具である。

 

・次に、サイコロを振る。

サイコロは「子供に降りかかる災難」を意味している。

「蛇」が出た。

 

蛇を退治するためのカード

「短刀」

 

すばやく出す。

誰よりもはやくカードを出した者が勝ち。

 

勝者は他のプレイヤーが出したカードを獲得できる。

最終的に一番多くのカードを持っている者が優勝となる。

 

ちなみに

「雨」の目には

「傘」のカード

 

「病」の目には

「薬」のカードが対応しているが

 

「やぐら」のカードだけはどの目にも対応しておらず、このカードを一度でも出してしまうとその時点でゲーム終了させなければいけない。

 

以上です。

「すばやくカードを出す」という意味ではトランプのスピードに近いものがあります。

それにしてもやぐらの威力すごいですね。

 

 

さて、それでは最後のゲームを開封してみましょう。

 

「泣き子えらび」

 

 

もう慣れましたが、本当になんなんでしょう。

 

「奴頭」と呼ばれる江戸時代に流行った子供の髪型です。歴史のある遊びなのでしょうか。

 

どこを見てるんだろう…

 

 

説明書を見てみます。

 

「どの子供が泣くか、賭けます。」

ひどすぎるだろ。

 

レビューは以上になります。

「この世のあらゆるゲームを遊びつくしてしまって暇で仕方ない」という方にはおすすめしますが、それ以外の方はオセロとかを買ったほうがいいと思います。

 

※追記

先日、江戸時代について研究されている方のホームページにて、このゲームと関連性のある記述を見つけました。管理者様の了承を得て、以下に文章と画像を転載いたします。ちなみに、転載元の記事は2002年9月20日に公開されたものです。

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江戸後期、「きよ」という名前の女性がいた。

きよは現在でいう多重人格者であった。

彼女は自分の中に「きよ」「はな」「こと」という三種類の人格を有していた。

 

十九の年、きよは子供を産んだ。

父親は子供が生まれる直前に蒸発したという。

 

先天的に右手の爪が一つもなかったことを除けば、子供はいたって健康であった。

きよ、はな、ことの「三人」は、性格は違えど皆子供を愛していた。

 

しかし、多重人格者に対する知識も理解もなかった当時(実際、日本における多重人格の最初の報告例は公には大正時代だとされている)きよに対する風当たりは強かった。

「情緒の安定しないきよに子育てはできない」と判断した遠縁の親戚が、なかば引き離す形できよの子供を養子に入れた。

 

子供を失ったきよは悲しみに暮れ、家に引きこもったまま何年も何年も泣き続けた。

そして自らも気づかぬうちに

 

四つ目の人格を生み出していた。

それが「やぐら」であった。

 

やぐらは夜になると町を這いまわり、子供を見つけては襲いかかり右手の爪をむしりとった。

なぜやぐらがそのようなことをしたのか定かでないが、おそらく爪のなかった我が子への気がかりがそうさせたのではないかと私は考えている。

いつしか、きよもはなもことも「やぐら」に飲み込まれていた。

 

やぐらの噂はたちまち町中に広がった。皆やぐらを恐れ、憎んだ。特に我が子を襲われた親の憎しみは激しいものだった。

皆、やぐらを退治しようと躍起になった。

 

複数の町人からの報告により、やぐらの住処が特定された。

ある夜、一人の役人が意を決して家に忍び込んだ。

 

家の中には古いたんすがあるだけで、誰もいなかった。

たんすの中には大量の爪が入っていた。

 

夜明けごろ、家に帰ってきたやぐらはその場で捕らえられた。

 

 

やぐらが捕まったという知らせに、町人たちは安堵した。

それと同時に、やぐらの正体が「きよ」という女性であり、彼女には一人の子供がいたことが話題になった。

当然「その子供は今どこにいるのか」という話になる。

「狂暴な化け物の子供を野放しにしては危ない」「即刻、牢にとじこめるべきだ」と町人たちは騒いだ。

 

そこで役人は、「きよの子供には右手の爪がなかった」という情報をもとに、きよの子供を探し回った。

結果、三人の子供が候補としてあがった。両親たちは「我が子はきよの子供ではない」と主張した。きよの子供とあればどのような扱いを受けるか分からない。当然の反応だった。

 

そこで役人は一計を案じた。

三人の子供の前にやぐらを連れ出し、目の前で彼女を痛めつけるのだ。

実子であれば、母親が苦しむ姿を見て泣くだろう。ならば泣いた子供がやぐらの子供である。という理屈だ。

さらにその様子を町の広場で公開するというのだ。

 

江戸はその話で持ち切りとなった。当然、「残酷だ」「そんなことをしてはいけない」と主張する者もいたが、やぐらを憎んでいた町人たちの多くは、役人に賛同した。

中には「三人のうちだれがやぐらの子供か」で賭けをする者まであらわれ、一種のお祭り騒ぎになった。

 

そしてついにその日はやってきた。

多くの見物人たちの前で、年端もいかない三人の子供は首に枷をはめられ、さらし者となった。

 

やぐらが連れ出された。

二人の役人がやぐらを槍でつつく。

見物人たちは騒いだ。賭けをしていた者たちは目当ての子供が泣くかどうか息をのんで見つめた。

 

しかし、子供は誰も泣かなかった。

仮に三人の中にきよの子供がいたとしても、生まれてすぐに親戚に引き取られたのだ。母親の顔を覚えているはずがない。

 

いっこうに泣かない子供に町人たちは業を煮やした。

ある者が子供に向かって石を投げつけた。それをきっかけに、多くの石が子供に飛んだ。

三人は皆、泣き出してしまった。

 

その時だった。

 

やぐらは役人をふりはらい、石を投げた者に襲い掛かった。

やぐらは怒りとも悲しみともつかない表情で町人たちを睨みつけた。

そしてそのまま、近くの川に飛び込んだ。

 

三日三晩捜索がなされたが、結局やぐらは見つからなかったという。

 

 

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以上になります。

転載を許可してくださった管理者の方に厚くお礼申し上げます。

 

(おしまい)