業務系システムのクラウド適用の現状

2013年の夏・秋の状況の整理として記録しておきます。数年したら変わっているか、そもそも自分の仮説が違うかわかるのでそのポイントとしても記述しておきます。

4月以降、「業務系システムのクラウド化」ということで、顧客各社やマーケットへのヒアリングを行ってきています。対象はいわゆるWeb系は除いてあります。曖昧な言い方になりますが一般に「IT業界でエンタープライズ」と言われるセグメントにフォーカスしています。結果としてわかったのは、企業のクラウド利用についての意識は、言われているほどには高くはない、というのが現状です。ただし、これは一様に低い、ということではなく、かなり業界やセグメントや企業規模によって違いがあります。この違いの要因と今後どのようなところに影響するのか、というのが興味の焦点です。尚、これは自分個人の印象や某社でのヒアリングの整理のみをよりどころにしているので、たかだか200社弱程度のサンプルでしかないです。そんなわけで合っているかどうかは各自で勝手に判断してください。

また、クラウド利用については、特に「バックエンドの業務系の仕組み」のクラウド化に絞っています。Web系のフロントの仕組みとしてのクラウド利用については、ここについてはそれほど異論は見受けられません。単純にフロントのサイトだけを立てるという意味ではレンタルサーバーの延長線上(というかほぼ同一)の見方としてクラウドを利用する、というスタイルは普通のユーザー企業で一般的です。

この種のクラウド利用は、エンタープライズ企業においては「とりあえずクラウド対応しておけ」という経営陣のいかにもな指示に現場がとりあえず応えたというものが散見されます。特にB2Cのビジネスに強くコミットしているのでなければ、フロントに対外的な強力なサーバーを立てる必要もないので、とりあえず使ってみたいという要望にはうってつけというものが多いですね。よってその用途で使われるという事になります。また情報システム部経由だと予算や稟議の兼ね合いで社内処理が面倒なので、広報等の部署が費用化できる範囲でアウトソースの一つとして利用しているケースもあります。

いずれにしろここでは、このレベルではクラウドを利用しているとは言わないとします。

企業がクラウドを利用している、という意味では後段のバックエンドの仕組みとして利用しているか、どうかが大きな試金石になります。逆に言うと、バックエンドでクラウドが利用できないのであれば、企業ユースでのクラウド利用はインパクトはあまりないですね。(あくまで個人の意見です)

それで、バックエンドの業務系の仕組みの実行基盤としてクラウドを見た場合ですが、まず企業レベルでそもそも意識がかなり異なります。大手企業においてクラウドに注意を払っていない企業はない、というくらい意識はあるように見えます。実際に「検討はすべきではある」という声も多いです。その一方で中規模会社においては、その存在すらも視野の外、というのも現状です。これは、中規模以下の企業の、情報システム部のそもそも実態がきわめて弱い、ということが原因として大きいです。

[中規模会社以下]
中規模以下の企業については、ヒアリング・営業をした先では、件数として多かったのはERPやパッケージを導入かつ、SI屋に丸投げという状況です。クラウド以前の話として、そもそもIT投資自体も主導権がない、という企業もかなりの確度で散見されています。遠目で見ると、結果として資本装備率が低く、よって労働生産性の向上の余地が少ないように見えます。

本来的には低い資本装備率でも稼働できることがクラウドの一つのメリットなんですが、この前提にはそれを使いこなす人材の存在があります。中小規模企業ではそもそも人材の確保が出来ていません。よって、クラウドでのレバレッジのメリットは、中小規模企業では現状のままでは享受することが難しいという印象です。クラウドにしろ、SaaS(公共系の某SaaSが典型ですが)にしろ、初期コストが不要で、中小規模企業向きというメリットがあると喧伝されていますが、実態としてはその受け皿の中小規模企業は自社の人材のアウトソースをSI屋に丸投げしているため、まったく利用できない形になってしまっているようです。

余談ですが、個人的には、この現状は今後の中小規模の企業の行方の試金石に見えています(もちろん、外れる可能性も大ですが)。日本の産業構造的には、今後の労働市場では就業人口の供給が少なくなることが容易に推定できるため、景気の上向き時には賃金上昇圧力はかかることが想像されます。この場合は中小規模会社では、賃金上昇に見合う生産性向上が本来は必須なのですが、投資余力がなければ対応ができません。たしかにITは投資としては、そのひとつの例にしか過ぎないとは思います。しかし、今後の物流・ITへの投資能力が、各企業の投資余力のリトマス試験紙であることが多いことを考えると、今後の公共投資を中心とした(闇雲の)景気回復はむしろ中小企業にとっては決してプラス要因にはならないでしょう。むしろ、(現状よりもさらに)統合を促すことになるような気がします。逆に言うと、中小規模であってもクラウドを利用するようなレバレッジを効かせられる企業であれば、生き残る機会はあるかもしれません。が、現在はこのような企業は例外でしかない印象です。ま、個人的な印象です。

いずれにしろバックエンドのクラウド化というのは、中規模以下の企業のセグメントでは一部の例外的な扱いになるでしょう。例外的な企業やユースケースをピックアップして、「クラウド化は進んでいます」という声も”いろいろな思惑”から聞こえますが、少なくとも自分らの現場の素直なヒアリングの結果は正反対になっています。

ということでは問題は以下。

[大規模会社]
・大手企業におけるクラウドの位置づけ
セグメントによって大きく異なる、というのが現状のとりあえずの結論ですね。しかもかなり、あからさまに違います。これは各産業の歴史的・文化的な背景が大きいという印象があります。もちろん、ま、社内でも異論はかなりありますが、個人的な経験にも一致する印象なので、それほど間違っている気もしません。

○金融・証券・保険、および社会インフラ系
 ベースとしてクラウドの利用はあまり考えていませんねw。勿論例外はありますが、例外に過ぎません。現状では数社程度でしょう。(繰り言になりますがバックエンドでの利用という意味です。フロントエンドでの利用であれば、なんらかの形で利用しているところもそれなりにあります。)それ以外は利用は毛頭考えていない、というのが現状です。

 勿論、当局の規制、という側面はあります。実際、当局サイドの指導がなければ検討したい、というところもあるにはあります。が、では当局がゴーサインを出したとして、積極的に利用するか?ということに関しては疑義が残ります。(実際のところ、当局は明示的かどうかは別としてゴーサインはすでに出しているという話もあります。)

背景はそもそも以下ですね。

・そもそもインフラでは困っていない
 金融・社会インフラをはじめとした規制産業は、例外を除き基本的に保護産業としてスタートしているため、コスト意識が相対的に低いのが現状です。異論は各種あるとは思いますが、少なくとも、後述する流通サービスのセグメントに比べるとその差は残念ながら歴然です。
 したがって、多少のオーバーコストであっても社内にインフラを持つことが可能であり、良くも悪くも、インフラコストが一気に増加しないのであれば、既存のインフラを保持する方向を選択することが最初の選択になります。この点でクラウドの利用は積極的ではありません。

・あくまで自分のコントロール化で情報システムを管理することが責務であるという意識が強い。
 当局が要求する過当競争からの保護の見返りは、社会コストの負担です。その一部は間違いなくすべての顧客をちゃんとサポートしろ、ということに帰着しています。したがって顧客情報・個人情報の維持は企業としての責務であり、情報流失のリスクが最終的に定量化できないクラウドは一義的には敬遠されます。もちろん、セキュリティレベルが自社とクラウドでどちらが高いのか?という第三者的な定量的・定性的な分析では、一概に言えない(むしろクラウドの方がリスクが低い)というオピニオンは出ていますが、自社でリスク管理を行うことが社会的要求という背景がある以上、本来的にクラウドは使いにくいという側面は常につきまといます。
 また、クラウドセキュリティの「セールス・トーク」の大半がワールドワイドでFUD的な印象が強いのも腰が引ける要因に見えます。

○大規模製造業
・そもそもバックエンドに大きな仕組みが必要か?という問題もあります。IT的なバックエンドとして、FA的なものとの一体導入という意味ではERPが非常に浸透しており、同時にSI屋依存も強いです。その点ではバックエンドがクラウド化に進むのか?という問題はERPベンダー依存になっています。もちろん、販社のような組織体を同時に持つようなケースもありますが、この観点からは、後述する流通・サービスにその性格が近いでしょう。

・生産管理的な側面から見ると、ITのあり方としては、「巨大装置産業のデータ処理」という位置づけが強いですね。この場合、そもそもデータ量と処理能力がオンプレミスでまかなえるのか?という話が主軸になります。ここでクラウドの利用についての検討が始まる可能性があります。特にデータの取り扱いは、「よりリアル(というか細粒度と多層化)」というざっくりした方向性がマーケットの要請になってくるため、粒度感はともかくレイヤーリングは従来のようなSCM的な「横のつながり方」ではなく、より上位・下位に多層化し、より複雑化していく可能性があります。この場合は、さすがにオンプレミスでの計算空間ではサポートができません。この分野はまだまだ検討の余地があり、クラウド利用の可能性は高いと思われます。実際にそのような用途でクラウドをちょいちょい試しているという話も聞けてはいます。

ただしこの場合のクラウド要求は、従来とは異なり以下の二要素が求められている気がします。

・インスタント的な要素
収縮性はいらない、Elastic性は必須ではない、ということです。要するにまとめて計算機をある期間貸してくださいよ、とこういう要求に見えます。この場合はなるべくその期間で「いきなりスムーズに」借りられるということが大事ですね。そういうスキームが必要とされているように見えます。現行のクラウドのサービスとはちょっと違う感じです。「大量のレンサバを一気に簡単に借りる」という方向の方がむしろ近い気がします。

・貸しスタジオ的な要素
ある程度のテイラードのサービスをやってちょうだい、というニーズ。これ現行のクラウドと全然違います。ベア・サービスではなく、とはいえフルカスタムでもなく、ASPでもない、なんというか一種の「簡単なSI」なんですけどね。こういうニーズが強いように見えます。現行のSI屋さんだとこれは間接オーバーヘッドが強すぎてコストが合わないのですが、専門のブティック的なところだとうまく回るので、中小のSIがうまく回せるチャンスがある気がします。現行、徐々に中小規模のクラウドSIが頭角を現している現状も背景としてはマッチしてると思います。

○流通サービス
 前述の金融・社会インフラと対照的に、流通・サービスのセグメントの大手企業でのクラウドの積極的な利用は、各産業別に見た場合は群を抜いています。現状の業務系システムのクラウド利用の事例のほぼ80%がこのセグメントに集中しているのは故なきことではありません。確かに表に出ている絶対件数は少ないと思いますが、少なくともクラウド利用に対する抵抗感のなさは異常とすら言えます。

・非常にコストコンシャス
金融等の保護産業とは異なり、流通サービス業はむしろ当局から「規制される産業」であり、今現在もその流れにあります。常に競争に晒されており、また、競争優位になった途端に手足を縛られるということ方が多いのが実態でしょう。結果として、コスト的な余裕はまったく取れない環境におかれているようです。そのため、産業として相対的にコストコンシャスであり、その意味でクラウドへの注目が非常に高いです。曰く「一円でも安く」というカルチャー。コストコンシャスな割にはデータが量が多い、ということもこのセグメントの特徴です。

・使えるモノはなんでも使え
産業的に、使えるモノはなんでも使うという文化も背景にあります。これは過剰競争からの顧客ファーストの発想の延長線上に、手段よりも目的を重視しないとやっていけないという文化があるためです。目的達成のためなら手段の重要性は下がる、というプラグマティックな発想ですね。ま、このため、正直、オンプレとクラウドの区別はまったくしていない、というユーザーもかなりの確度で存在します。金融・社会インフラ業界とは好対照です。

という感じで、各セグメントでのバックエンドのクラウド利用のスタンスは、かなり異なるという印象です。

以下はこういう文化的な差がどうなるか?という個人的な予測です。たぶん外れます。が、こうなる可能性はなくはないです。

・クラウドを技術的な位置づけから見たときに

現状のIT側の新技術はハード・ソフトを含めて、ほぼすべてクラウド・サイドから供給されつつあります。したがって、IT技術へのキャッチアップはクラウド上で発達した技術を自分のモノにするということの延長線上にあります。その意味では、クラウドに親和性のある流通サービスや製造業がIT技術選択の先端に進む可能性もなくはないですね。つまり、現在の各セグメントにおけるIT技術の使い手としての優位性が、従来の金融系・社会インフラ系のセグメントから、流通や製造のセグメントに移る可能性があると思っています。

確かに汎用機・オープン系の採用や検討実績は、間違いなく試験研究のレベルではよりコストをかけられる産業の方が技術優位であることは間違いありません。実際にユーザー・セグメントから見た場合に、ITの先端性は金融・社会インフラ・通信と言った産業が常にリードを取っています。現状のスタッフィングや技術をドライブする能力、評価・実装・維持メンテ能力の人材のトップノッチは、間違いなく、金融をはじめとした社会インフラ系に人材が偏っているのは事実です、これはあと10年は変わらないでしょう。

とはいえ、技術選択・維持の能力は、採用している全体の環境に制限されます。いかに優秀な人材を抱えていても、新技術の発現ドメインに業務として直接コンタクトできないのであれば、総合的な技術力の向上も鈍化します。その意味では、普通に行けば、ITにおける従来の金融・社会インフラ>製造業・流通サービスの構図というのは変わらないのですが、クラウド技術の利用という点では、この図式は変わる可能性もあると思っています。このあたりのユーザー・セグメントへの勢力図はITセグメントのあり方にも一石を投じるかもしれません。

こんな印象を漠然ともっています。今後どうなるかですね。・・・

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以上は、実は現行のクラウドとオンプレミスのあり方の構造が大きく変わらない、という前提での観察なのですが、この話とは別に“オンプレミス”の位置づけが「対クラウド」という意味で変わってくるかもしれないな、と最近思っています。

「今のところの新技術」は残念ながらクラウドからしか出てきていないということで、クラウドベンダーの技術優位がはっきりしているのは間違いないのですが、これは実は例外があってユーザーそれ自身がクラウド的なものを“オンプレミス”で実装し始めるということになると話は全然変わる、と思っています。えっと、誤解のないように言っておきますが、これはいわゆる“プライベード・クラウド”と今言われているものではないです。まったくの別ものです。本来であれば別の言葉を当てるべきですが、今のところは適切な言葉がないですね。

・クラウドベンダーと「オンプレミス」ユーザーの競争について

ここが現在の興味のある部分です。日本企業はユーザーとベンダー両者含めて、残念ながら(一部を除いて)この競争の圏外なので、もっぱら海外での話になります。

現行のクラウドベンダーの技術的な最大の競合は巨大ユーザー企業になる可能性があると思っています。もっとも、そもそもクラウドベンダーとは名ばかりで、オンラインでの大規模小売と広告業が代表選手で、実際は巨大ユーザー企業ですよね?ということであればその通りなのですが。・・・ま、一応俯瞰で見れば、MS・IBMがAWS・Googleにクラウドに負けたという図式は、ピュアITがユーザーITに負けたという絵ずらにも見えるわけでして。んで、その勝者たるAやGに対抗するところはどこか?といえば、要するに別のでかいユーザー企業が本気出したとき、というのはあり得る話ではあります。

要するに、まだ登場していない(実際は登場してますが、ステルスモード全開っぽいです・・)別の巨大ユーザー企業がクラウド的な技術を「オンプレミス」的に発展させて、突然技術競争のトップに出てくるという、そんな話です。現在のクラウドベンダーの本質的な弱点は、アプリレイヤーからハードの下の建屋や土地までの一気通貫での最適化が難しいということです。そこをつくことができるユーザーは確かにいるでしょう。何しろ業務系アプリケーションの性格・必要性・課題を全部手元にもっているのがユーザーなので。ま、クラウドベンダーの人たちは鼻で笑うかと思いますが、いろんなプレイヤーが暗躍しているように見えます。油断大敵かと。

クラウド系の技術の一角は大規模分散系処理であることは間違いないです。前提としてはある程度の大数の法則が効くレベルのサイズが必要ですが、そのような本当の意味で“ビッグ・データ”を持っているグローバルのユーザー企業はいくらでもあります。(極東の某国ではデータを持っていないユーザー企業が多いので、マスコミやその手のコンサルタントの方々が、なんとか商売にするために、”ビッグ・データ”を矮小化する傾向が特に強いのですが、本質的に間違っていると思います。非常に退行的で褒められたものではないです。)特に、ある程度「現実をシミュレートする」という方向でデータ利用が進むのであれば、明らかにデータ量が級数的にふえるでしょう。したがって、そういう前提条件が現実に満たされる可能性は確かにあると思います。

また、その一方で大規模分散系処理は一般に制御が困難です。特に制約条件をつけないのであれば、まともに動かす事すら困難でしょう。よって、「どのような制限を、アプリからハードまで、垂直につけるか」ということは非常に大切です。能力のあるユーザー企業は、間違いなくこの制約については熟知しているわけで、そういったユーザー企業が、制限をうまく設けられない現状の「オールド・クラウド」に対して、新しい形のクラウド的なものあり方を追求し始めると、それはそれで別のゲームが始まるように見えます。

そもそも、某国のITベンダーは、海外のクラウドベンダーに数光年の差をつけられてますね、ということはもはや周知の事実ですが、ユーザー・セグメントのITにおいても同じ轍を踏みかねない状況かな、とちょっと思ったりもしています。いずれにしろ、「オンプレvsクラウド」といういかにもな対立軸だけを観点にしていると、いつの間にかゲームのルールが変わっていたということになるような気がしています。

とりあえずそんな感じで。