—ヴァン国 ブレンの街— ライスは目を覚ました。 瞼を開ける前に全てが夢であってほしいと願ったが、身体の節々の痛みが、現実を突きつけた。 椅子にもたれながら手を握っているリジを見て、なぜ彼女がいるのかわからなかった。 同時に自分が今、どこにいるのかも。 「リジ..」 ライスはリジの指を優しくなでた。 「..ライス、起きたんだね。体は大丈夫? どこか痛くはない?」 「うん。大丈夫だよ」 「よかった」 リジの笑顔は優しさに溢れていた。 「リジ、ここはどこなの?」 「ここは、ブレンの街、コーグレン家の別宅だよ」 「そっか。だからベッドがふかふかなんだね」 「うん」 「あのね、ロスさんが消えちゃったんだ」 「うん」 「ロスさんは、昔の人で、偉大な魔術師リベイルだった」 「うん、凄い人だったんだね」 「私が、勝手にロスさんの魔法の書にある魔法を使ったからあいつらがやって来たんだ」 「ライス、そんな風に自分を責めたらだめだよ」 「ううん。これは現実なんだ。そしてロスさんが消えてしまったのも現実なんだ」 リジは言葉が見つからなかった。 「ねぇ、リジ。なんで、ロスさんは自分の名前を偽っていたのかな?」 リベイルの日記を読んでその理由を知っているリジは、ライスのその問いかけが一番怖かった。 とてもではないが、リジは自分の口でそれを語ることが出来なかった。 しかし、事実を知れば、もしかしたらライスの心は壊れてしまうかもしれない。 「ライス、私はその理由を知っているよ。それは全て本に書いてあった。あなたは、いずれこの本を読んで全てを知ることになる。でも、これを読むには覚悟がいるわ。これを読む覚悟はあなたが決めなさい。覚悟が決まったら、私の所まで取りに来て」 「..そう。うん。わかった。リジ、私もう少し眠るね。そして、きっと次に起きたら本を取りに行くよ。ありがとう」 予想外なライスの反応だった。ライスはリジが見ている目の前でまた眠りについたのだ。 その顔はわずかに安心しているようでもあった。 リジはその顔を見て思った。 『何もわからないままのほうが、ライスにとっては不安だったのかも』と。 ・・・・・・ 翌朝、初春にしては暖かい朝、テラスでお茶を飲むリジのもとにライスが本を取りにやって来た。 ライスはテラスの長椅子に腰かけながら、本を読んでは時々空を見上げていた。 2時間ほどするとライスはリジのもとに来て言った。 「リジ、果樹園に行こう。あそこには祠がある。その中にはまだたくさんの本があった。それはロスさんが残したものだ。きっとそれは今の私たちが知るべきものなんだと思う」 まったく意外だった。リジはてっきり彼女が自責の念に囚われるのではないかと心配だったのだ。 だが、ライスは自分を責めることよりもロスがやり残したこと、ロスが自分たちに託したかったことを重視したのだ。 「ライス、私はあなたを尊敬するわ」 その言葉は慰めでも何でもなかった。リジはライスの決断に圧倒され、思ったことがそのまま口に出てしまったのだ。 「私は本を読みながら思い出したんだ。ロスさんが最後に私に言った言葉を。あの時、ロスさんは何かを言いかけてひっこめたんだ。そしてその後、私に果樹園の再建を願った。私はロスさんが本当に願ったこともやるし、果樹園だって再建して見せる。だって、私は..私は、あの偉大な魔術師ロス・ルーラの弟子だもん」 「それは違うよ、ライス。あなたは偉大な魔術師ロス・ルーラから全てを引き継いだ魔法使いだよ」 ライスの瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれていた。 そんな尊い素晴らしい友をリジは抱きしめた。 「さっ、そうと決まれば、向かいましょ!」 「うん、行こう!」 リジは部屋を出た。 無理をして気を張っているのはわかっている。自分の気持ちのベクトルを別の方向に向けなければ潰れてしまう。そんなことは、リジにもわかっていた。 だから心配でリジはすぐに部屋の前から立ち去ることが出来なかった。 部屋の中からライスの泣き声が聞こえることはなかった。 それを確認するとリジは自分の旅の準備をするのだった。
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