果樹園の魔法使い~形のない宝石を求めて

こんぎつね

読了目安時間:6分

エピソード:42 / 150

【前話までのあらすじ】 暴走するコラカに突き刺さる翠の矢。アシリアによりコラカの穢れた精霊は消え去った。チャカス族の心を取り戻したコラカは、息子ギガウに今の世の中を知れ、お前の眼で美しきルメーラを見るのだ。と伝える。そして地の精霊に愛されるチャカス族のギガウが仲間に加わった。 ◇◇◇

40話 ビュルルのツル

 翌朝、一晩眠りについたコラカは、思いのほか回復していた。  ロスは昨夜起きた真実をコラカに知らせる責任があった。  「コラカさん、実は私たちの仲間であるエルフ族のアシリアがあなたを矢で打ち抜いたのです。それは覚えていますか」  「 ..そうか。 ルースの矢だね。どうりで私が死ななかったわけだ。私の精霊パシャは逝ってしまったのだね。パシャとわしは12歳の時、背中に刻まれたタトゥとともに出会ったのだ。私のせいで、パシャにはかわいそうなことをしてしまった」  「そうでしたか。 どうかアシリアを恨まないで―」  「いや、大丈夫だ。それに私も森と共に生きて来た身だ。『恥知らずの..』いや、『氷のアシリア』のことは知っているよ。そして私はアシリアが優しいエルフということもな」  コラカはライスと同じ事を言っていた。  コラカの言葉が聞こえたのか、ライスの機嫌が凄く良くなった。  「父上、ひとりで大丈夫ですか?」  「大丈夫だ。私のことは心配するな」  ロスも老齢なコラカをひとり置いていくのに気が引けた。そしてロスは考えたのだ。    「ギガウ、やはり君も親父さん一人を置いていくのは心配だろう」  「なんだい、ロスさんまで。ギガウ、大丈夫だから行きなさい」  コラカは、今になって水を差すロスの発言を突っぱねた。  「いや、コラカさん、ここに私のメイド式紙をひとり置いて行こうと思います」  ロスが懐から出した式紙を投げると、ペドゥル国でしばらく一緒にいたメイドのカミラが出て来た。  「カミラ! ひさしぶり!」  「はい、ライスさん、久しぶりですね」  カミラはとてもスタイルが良い30手前の美人だった。  「こ、これは! やったぁ! 私の末期は最高か!!」  メイドのカミラを見ると、コラカは先ほどの精霊への悲しみがどこかへ吹っ飛ぶほど喜んでいた。  「カミラ、お前はギガウがここに戻るまで、コラカさんの面倒をしっかりと見るのだぞ」  「かしこまりました、ロス様」  カミラを見ては、にやけ顔が止まらないコラカ。  「うっほん。あのコラカさん、言っておきますが、カミラの役目は炊事、洗濯など家事であることをお忘れなきように。カミラは腕っぷし、強いですから」  「わかっとる。わかっとるよ!」  コラカは口を尖らせたが、カミラがにっこりと微笑むと鼻の下をだらしなく伸ばしていた。  「どうだい? 安心したかい?」  「はぁ、他の心配はありますが、これで旅には出られます」  そしてロスたちは討伐隊094部隊が本拠を構えるミミス村に向けて出発した。  天気は快晴、しかし山の天候は変わりやすい。  ロスたちは太陽の陽射しが暖かいうちに進めるだけ進もうと休憩を短めに前に進んだ。  「ギガウ、この地図にはミミス村の近くに人里がないのだが、実際に近くに人が住んでいるところはないのかい?」  「そうですね.. ミミス村から1時間ほど離れた場所になりますが、この谷のすぐ近くに杣夫(そまふ)の小屋があります。今の季節は空き家です」  「それはありがたい」  「でも、094部隊を制圧すればミミス村に泊まれますよ」  「ギガウ、094部隊の奴らはきっと『牢獄の魔道具』を持っている。戦闘になればミミス村が壊されてしまう。俺はワイズ救出を秘密裏に行いたいんだ」  「わかりました。では、ミミス村へ行く前に小屋とその道を下見いたしましょう」  そして北西のマロン山の麓に着いたのが午後を周ったころだった。  道が分かれていた。ひとつはミミス村、もう片方が谷への道となりほぼ獣道のようなものだった。  「ここから山の崖を周り込んだ場所にミミス村はあります。ここは丁度、村と小屋の中間地点です。では、まず小屋へ向かいましょう」  ギガウが進んだ道は分岐した道ではなかった。森の木の間を跨いでいくのだった。  「ロスさん、あの道は杣夫の罠ですよ。あの道をそのまま行けば谷に通じて小屋まで行く事は可能です。しかし途中に銀狼の縄張りと被っているんです。だから、杣夫や私たちのような山を知るものはこちらを通るのです。ほら」  ギガウが指さす木の根元をよく見ると松ぼっくりを頭に持つ木人形が置かれている。注意深く見なければそれが人形だと気が付く者はいない。  「しかし、ここには銀狼は来ないのか?」  「彼らは縄張りを滅多なことでは侵しませんよ。それにここは私が縄張りを張っている場所なんです。以前に杣夫たちに頼まれたんです。見ていてください」  ギガウが両手を地に付けるとタトゥが赤くなった。すると木々がぼんやりと赤色の光を発して、心なしか暖かく感じた。  「これは私のタトゥに宿る地の精霊フラカによるものです。たいていの猛獣や低級の魔獣も入ることは許しません」  「ギガウさん、もし入ったらどうなるの?」  「はっは、ライスさん、許可なく入れば、その者は死ぬまで森を徘徊することになります。もちろん森は彼らに食を提供することはありません。空腹のうちに息絶えます」  「それは最悪な死に際だね..」  食いしん坊のライスの顔が青ざめた。  森を進むと、途中から水の落ちる音が近づいてきた。  「なに、なに?」  興味を持ったライスが森を走った。  「待ってください! ライスさん、危ないです!」    「え?」  その声に立ち止まったライスの足元はすぐに崖になっていた。  ―ザァアアア という音を前に大きな滝が細かい水しぶきをあげていた。  森は何かで削り取ったように急に崖になり、下は深い滝つぼになっていた。  「ひやーっ」  ライスはぴょんと跳ねてリジに抱き着いた。  「一回落ちたらよかったんじゃない?」  「ひどいよ、リジ!」  「ははは、危なかったですね、ライスさん。落ちたら浮いて来られませんから」  しばらく崖沿いを歩くとギガウが指をさして言った。  「見てください、ロスさん。あれが小屋です」  「この崖を降りていくのか?」  崖は垂直に切り立っていて25m程の高さはあった。  「そう、思うでしょ?」  そういうとギガウは木に巻き付いているツルを一つ切って、それを握ると崖から飛び降りた。  「キャッ! ギガウさん!」  しかし、ツルはギガウの握ったところからゆっくりと伸びて、彼を安全に崖下まで降ろした。  「お、おお!」  「うわっ、面白そう!」  『みなさんもそこらの木に巻き付いているツルで来てください』  崖下に着いたギガウの声に、ロスが木のツルを切って2人に手渡した。  「せーのっ!」  3人は一緒に崖から飛び降りると、ツルは―びゅるるる という感触を手に伝えながら伸びていく。  最初に着地したのはライスだった。  「へへん! 一番!」  「ふっ.. 重いからね。 ライス、少し節制した方がいいんじゃないかしら」  ライスは膝をついて愕然とした..  「いや、凄いツルだ。こんな植物知らなかった」  「そうでしょ? このビュルルのツルはこの北の山脈の水場にしか生息していません。土地の人間でも知らない人がいるのですよ。まぁ、子供の遊具です」  幼少のころから住むギガウにとってこの山麓は遊び場だったのだ。  「で、どうやって戻るの?」  「ライスさん、今度はそのツルを握って、一度思いきり引っ張ってみてください」  「えっと、こうかな? きぁあああああ」  ライスがグッとツルを引っ張ると、今度は―びょん とゴムが縮むようにライスを跳ね上げた。  崖上に着いたライスが手を振っていた。  「正規の道を進めば銀狼、地に精霊フラカの縄張り、そしてビュルルのツル。これならもしも追われたとしても逃げ切れる。ありがとう、ギガウ」  自分が役に立てたことが嬉しく、その笑顔は厳格なギガウを子供のように映した。  もうすでに太陽は森の奥へと姿を消してしまった。  ロスたちは元の道に戻り、急ぎ足で094部隊の駐在地、ミミス村へ向かった。

0

この作品が面白かったら「いいね」を押してね!

会員登録をして、さらに応援スタンプ・コメントで作品を応援しよう!

コメント

コメント投稿

スタンプ投稿


このエピソードには、
まだコメントがありません。

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • 先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~

    なろうで84万PVの作品の改訂第二版

    1

    0

    0


    2025年1月5日更新

    無限の寿命を持つ、アルク族の先祖返りとして生まれた主人公。 彼には前世と思われるものの知識が存在した。 何もない里の生活に最初はとまどいながらも、だんだんと慣れ親しみ、成長した主人公。 成人した彼は、好奇心から里の外の世界へ向けて出発する。 腰を落ち着けた都市で魔道具職人として生活するも、親方の引退を機に、自分も後進へと席を譲る。 十分な貯蓄を得た主人公は、冒険心から傭兵へと志願する。そこで思わぬ武勲を立ててしまい、小さな村の領主となる。 村を少しでも発展させるために、日夜奮闘を重ねる主人公。 壮大な野望を胸に秘め、長い長い旅路の果てに、たどり着く場所とは───── 本作品は、小説家になろうのサイト等で公開している拙作の先祖返りの町作りに加筆修正を加えたバージョンになります。 同じ内容を、小説家になろうのサイト( https://mypage.syosetu.com/2087748/ ) と、私の自宅サーバー( https://www.kumahachi.xyz/ ) にも掲載しています。

    読了目安時間:25分

    この作品を読む

  • 超現実アナザー・ワールド ~異世界でもぼっちはぼっちだった件~

    異世界でも僕は友達ができない(泣)

    0

    2.5K

    0


    2025年1月5日更新

    友達がいなければ、頼れる相棒もいない。そんなぼっちな主人公が転生したのは、妙に現実的な異世界。 異世界でも友達ができなくたっていいじゃないか人間だもの。という言葉を胸に今日も彼は孤独に生きるのであった。 なお、このあらすじの4割ぐらいは嘘だし、主人公は信頼できない語り手であるとする。

    • 暴力描写あり

    読了目安時間:40分

    この作品を読む

  • ほら、復讐者

    「あの女に必ず復讐してみせる」

    1

    500

    0


    2025年1月5日更新

    「私の復讐を手伝ってくれない?」 個人でひっそりと便利屋をしているキリンは、店の常連であるカルミアから復讐の手伝いを依頼された。 カルミアに対して密かに想いを寄せるキリンは依頼を受け、彼女のために奔走する。 「あの女に必ず復讐してみせる」 果たして彼らは無事、復讐を遂げたのか…… ※気まぐれに更新します。 ※プロローグは、もどかしいかもしれませんが投稿された順番通りに読んでいただけると幸いです。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ツギクル、pixivでも掲載しています。

    読了目安時間:2時間35分

    この作品を読む

  • 「ちょ、俺が救世主!?」~転生商人のおかしな快進撃~

    勝手に世界最強に⁉その時景色が変わった

    157

    70.1K

    1


    2025年1月5日更新

    異世界転生、レベルアップ無双……だけど、何かモヤモヤする? ゲーム三昧の末に死んでしまった俺、元・就活失敗フリーターは、女神様(元・サークルの美人先輩!)のお陰で異世界転生。 しかし、もらったジョブはなんと【商人】!? しかし俺はくじけない! ゲームの知識を駆使して、ついに寝てるだけでレベルアップするチート野郎に! 最強の力を手にした俺は、可愛い奴隷(元・魔物)を従え、お気楽無双ライフを満喫! 「よっしゃ、これで異世界ハーレムつくるぞー!」 …なんて思ってたんだけど。 ある日、街の英雄「勇者」のせいで、大切な人が窮地に陥ってしまう。 「まさか、あいつ…そんな奴だったなんて…」 街の人気者「勇者」の正体は、実は最低最悪のクズ男だったのだ! 怒りに震える俺は、勇者を倒すことを決意する。 迎えた武闘会の舞台、最強の力を持つ俺は、勇者を瞬殺! ざまぁみろ! これで一件落着。 ――――のはずだった。 勇者を倒した時、俺の心に生まれたのは達成感ではなく、言いようのない違和感だった。 「あれ? そもそも異世界ってなんなんだ?」 「魔法の仕組みって…?」 最強になった俺を待っていたのは、世界の真実に迫る、更なる冒険と戦いだった――――。 これは、最強だけどちょっとポンコツな主人公が、大切な仲間と共に、世界の謎を解き明かす、爽快異世界ファンタジー!

    読了目安時間:9時間54分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 幸せのアンナ

    ある児童養護施設の日常

    0

    5.1K

    10


    2025年1月5日更新

    古民家を改装した児童養護施設。 ある四月の下旬、この施設にやって来たのは中学一年生の堀井アンナ。 いつも前向きで、幸せを見つけることが得意なアンナが施設で出会ったのは、車いすを使用して生活している少女、喜多サユキだった。 「私、自分が幸せだって思ったことないですし」 そう言うサユキにアンナは……。 【参考文献】 「児童養護施設の子どもへの精神分析的心理療法」 平井正三 西村理晃 編 認定NPO法人 子どもの心理療法支援会(サポチル) 著 株式会社誠信書房 2018年発行 「児童養護施設の日常とこころ 施設内心理療法家の観点から」 森田喜治 著 株式会社創元社 2013年発行 「児童福祉と心理臨床 児童養護施設・児童相談所などにおける心理援助の実際」 前田研史 編著 福村出版株式会社 2009年発行 「教育虐待 子供を壊す「教育熱心」な親たち」 石井光太 著 株式会社早川書房 2023年発行 「児童養護施設等の小規模化及び家庭的養護の推進のために(概要)」 社会保障審議会児童部社会的養護専門委員会とりまとめ 平成24年11月 https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/syakaiteki_yougo/dl/working4.pdf 「こども家庭庁ホームページ内『社会的養護の施設等について』」 https://www.cfa.go.jp/policies/shakaiteki-yougo/shisetsu-gaiyou 国立障害者リハビリテーションセンター自立支援局 別府重度障害者センター「在宅生活ハンドブック」 「「在宅生活ハンドブック №2」車いすの維持管理と基本操作」(理学療法部門 2021年) 「「在宅生活ハンドブック №24」自分で行う更衣動作」(作業療法部門 2022年) 「「在宅生活ハンドブック №31」移乗動作・移乗介助の方法」(医務課 2023年) https://www.rehab.go.jp/beppu/book/livinghome.html

    読了目安時間:51分

    この作品を読む

  • マスターの呟き~本と珈琲、ときどき顎髭~

    推理小説好きのマスターが出す謎の真相とは

    1

    59.3K

    410


    2020年7月27日更新

    梅雨の時期、読書喫茶でバイトする主人公は、マスターから「推理小説の苦手」を克服するため、とある謎を持ちかけられる。 安楽椅子探偵気分になってマスターの挑戦を受けた主人公は、果たして謎を解決できるのか。 ※2020.9.9ミステリー短編小説コンテスト(日常の謎コン)にて最優秀賞をいただきました。

    読了目安時間:18分

    この作品を読む

  • 雪夜の螢

    雪夜の螢は輝くことなく消えていく

    50

    72.5K

    102


    2025年1月4日更新

    【歴史伝奇小説】 雪夜に生まれた螢は輝くことなく消えていく。 消された春宮(はるのみや)、謀叛人の次男、凄腕の陰陽師……三人の出会いが運命を変えていく。 平安時代に歴史から消された春宮がいた。 春宮の母は美しく穏やかな女性ではあったが、実家の官位は低く後ろ盾はなかった。夫である天皇は静子を心から愛し慈しんでいた。だが、それを喜ばない者たちがいた。 やがて、静子は男児を出産した。その子は虚弱体質ではあったものの健やかに成長していく。十歳になる頃には母親に優しげな雰囲気を纏うようになった。 春宮が十二歳になるころ、悲劇が起こる。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:27分

    この作品を読む

  • 【完結しました!!】琴宮アカリは黄泉がえりたい。~ゾンビなJKと異世界逃亡者のやんごとなき死体探し冒険譚。幼馴染を守るのは熱血乙女のたしなみです!~

    死にかけたりもしたけれど、私はげんきです

    234

    273.3K

    1.4K


    2025年1月4日更新

    花も恥じらう女子高生・琴宮アカリは、子犬を助けようとしてトラックにひかれてしまった。 血は噴き出て肋骨は飛び出し足はぐちゃぐちゃ。 更には大股開いてパンツ丸見え。 『あまりに情けない恰好。でもまあ、辞世の句も読んだし、あとはお迎えを待つだけだ』 そんな諦めの境地にいたアカリだったが、いつまでたっても死は訪れなかった。 ――それどころか、身体が全回復している!? これというのも全て、手の中にある丸い石が原因だった。 「嬢ちゃんはワイの魔力の影響で、死んだか死んでないかわからんくらいのギリで助かったんや」 と、エセ関西弁でしゃべる石。 なんとか仮の命で生き永らえたアカリ、しかし石と離れると事故のダメージが戻ってきて死んでしまう。 「一生このままなのか……」 嘆くアカリに、石は提案を投げかけた。 「ワイに体があれば、蘇生魔法で完全に生き返らせてやれるで!」 ――ただし。 「条件は、死んで48時間以内の外傷の少ないフレッシュな死体であること」 「死体にフレッシュとかあるんかい!」 「もちろんや。腐ってたらゾンビになってまうやないか」 わけも分からず説得されてしまうアカリ。 「そや、もう一つ条件があるんやが……」 かくして黄泉がえりJK琴宮アカリは、厄介な条件付きの“やんごとなき死体”を探すことになってしまったのだった。 ※表紙及び作中で使用しているイメージイラストは、AI生成後に加筆修正して使用しています。 ©2024 猫鰯 All Rights Reserved. 本作はカクヨムにてカクコン10にも参加しています。もしアカウントをお持ちであれば、そちらの方でも応援を頂けるとありがたいですm(__)m

    読了目安時間:3時間57分

    この作品を読む