094部隊にはリジが『リジ・コーグレン』であることは知られてはいない。それどころかロスたちが銀狼に囲まれたあの状態から助かっているなど思いもよらないだろう。 ロスはワイズ・コーグレンの救出を予定通り翌日に行おうと思っていた。 銀狼たちはライスやリジをフカフカの体ですっぽり包み込むと、ライスとリジを深い眠りへと誘った。 「ロスさん、銀狼たちは嫌がっていません。むしろ私たちを歓迎してくれている。山はもっと冷え込みます。私たちも銀狼に体を借りて眠りましょう」 そう言うとギガウもラモックに包まれて眠りについた。 ―ガウゥ と銀狼がロスの近くに寄り添った。ロスもそのフカフカの中に入り眠りについた。 ・・・・・・ ・・ 翌朝、狼たちと別れの抱擁を済ませると銀狼の縄張りを抜けた。 ギガウは時々両手を大地に付けて、敵の精霊の縄張りを警戒しながら道をすすんだ。 094部隊は街道をつぶさに見張っているに違いない。途中から森を奥に進み裏からミミス村に接近することにした。 ミミス村を半分に分けると街道側は094部隊が占領し、森側は村民が暮らしている構図になっている。おそらくは、森側の防御壁にも村民が使用する出入り口があるに違いない。それは094部隊が緊急の時の脱出口にもなっているはず。 4人は手分けして裏の防御壁近くのより鬱蒼とした藪を中心に、その出口を探した。 ロスの読みは当たっていた。リジが背高い草が人の足によって踏み倒されている場所を見つけた。 藪を狩り取ると地面に小さな木の扉が着いていた。扉に縄張りがかかっていないのを確認し、扉を開ける。 「ライス、頼む」 [—ハリュフレシオ—] 小さな灯りが下まで降りていくと、長い梯子の下の先に地下道があるようだった。 ロスたちはその地下道を渡りきると、森の神を祭る社の中にたどりついた。 施設の近くにある備蓄庫に身を隠すと、ワイズ救出作戦を開始した。 昨夜のことから施設には地の精霊使いの縄張りが隙間なく張り巡らされているに違いない。 たとえその縄張りを、ギガウによって上書きしようと、敵に察知される事には変わりはない。 つまり、強行突破しか方法はない。異変を察知した部隊が戻ってくる前に、ワイズを救出し、ギガウが縄張りをはる森を抜け、杣夫の小屋まで逃げきる。素早さが勝敗をわけるだろう。 ギガウが大地に両手をつけ集中する。 「大丈夫です。近くに地の精霊使いの気配はありません」 「よし、では俺の式紙に働いてもらおう」 ロスが一枚の紙を取り出し息を吹きかけると、青緑の炎になり燃え尽きる。それはあらかじめ仕掛けておいた式紙を遠隔召喚する術式だ。 —グガウ ガルル 空気が震えるような威嚇音を発しながら白虎と黒豹が壁門をくぐりぬける。 見張りが弓矢を放とうとすると、身軽に城壁の上に登った黒豹が大きな声で威嚇した。 見張りは、慌てて弓矢を投げ捨て、城壁から逃げだすと警笛を鳴らした。 その知らせを聞くと施設内に残っていた隊員2人が壁門へ向かって走っていく。 「よし、行くぞ!」 ロスたちは施設の1階の馬小屋へ入り、藁をどけて扉を開こうとする。 「ダメだ。鍵がかかっているのか?」 「ちょっと変わってください」 ロスに変わってギガウが両手で扉を握り締める。 「ロスさん、地の精霊の縄張りがかけられています。今、奴らの精霊使いに知られました」 「じゃ、昨夜も私が扉に触れたせいで、奴らに知られたの? ..ごめんなさい」 リジは自分の考えなしの行動が昨夜の追跡に繋がった責任を感じていた。 「いや、リジ君、今は救出に集中しよう。まずはこの扉を開けなくては」 「ロスさん、私が縄張りの上書きをします」 「頼む!」 「—チャカス族、ギガウが願うはこの扉の占拠、精霊フラカよ、縄張りを張れ—」 ギガウの体中のタトゥが赤く光ると扉が真っ赤に閃光した。 「ぐあああ!」 ギガウが両手で観音扉をこじ開けると、引きちぎって投げ飛ばした。 ロスが先頭に下に降りていくと地下は奥へ広がっているようだ。 「だ、誰だ?」 「おじいさま?」 「リ、リジか?」 [—ハリュフレシオ—] 火の球が部屋の壁のロウソクを灯した。 「お、おじいさま!」 ワイズ・コーグレンは藁を敷き詰めた狭い牢屋に閉じ込められていた。 「おお、リジ。もう会えないかと思っていたよ」 「私はおじいさまの為ならどこへだって助けに参ります」 ワイズとリジは手を取り合った。 「お前、ケガはしていないか? な、なんでメイドの服など着ているのだ?」 「大丈夫よ。だって私には仲間がいるから」 「仲間か、この度は礼を—」 ロス、ギガウ、そしてライスの顔を見るとワイズは驚愕した。 「き、貴様はライス・レイシャ! 卑しい犯罪者がなぜここにいる!」 「やめて! おじいさま。ライスは私の仲間だし友達よ。とにかく今は急いでここを出なくちゃ!」 「あ、ああ」 「おじいさま、なるべく隅の方へ行ってください」 [ —聖なる空の剣よ、この鋼鉄を斬って— ] リジが聖なる剣を握ると鞘の中に空気が集まっているのを感じた。 大きな錠舞に狙いを定めると鞘から一気に圧縮された空気が解放され、その勢いとともに剣が高速で放たれた。—リィィンという音とともに錠舞を2つに割った。 狭い牢に閉じ込められうまく立ち上がれないワイズをギガウが背負った。 ワイズは嫌がっていたが、有無を言っている場合じゃない。 素早く地上に出ると、社の出入り口へと向かった。 白虎と黒豹は隊員たちを威嚇してはうまく立ち回っていた。 「(しばらく任せたぞ..)」 梯子を降り地下道を通り防壁の外へ....脱出成功!? 「ロスさん..」 「ああ、わかった。俺たちは泳がされたな」 この森の気配は昨夜の地の精霊と同じ気配がしていた。 しかも爪でガラスをキキィっと引っ搔くような、嫌な感触がする。 「これは、これはご苦労さん。昨夜はお前らが助かったのは何となくわかっていたよ。あの銀狼をどうやって手懐けたかはわからないがな。でだ、お前らが『何を』目的にしているのか知りたかった」 「『何を』とはなんだ?」 「ああ、その前に自己紹介をしよう。私は094討伐部隊長のゲルだ。お前らの名前は.. 知らんでもいいか。どうせくたばるんだしな」 「じゃ、こっちだってあなたの名前なんか知らなくてもいいよ。あんたなんかすぐに倒しちゃうんだからね」 「ん~、なんか虫が鳴いているなぁ」 ゲルの煽りにライスは顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいる。 「あいつ、すっごく憎たらしいね、ロスさん」 ロスはそれどころではなかった。それはギガウが今にも暴走しようとしているからだ。 ゲルが使う『牢獄の魔道具』.. この森に漂う嫌な感じは精霊の穢れが始まっているからだ。ギガウは、それに対し、我を忘れんばかりの怒りを覚えているのだ。 「ギガウ、どうか落ち着いてくれ。他の敵も『牢獄の魔道具』を持っているかもしれない。冷静に奴らの攻撃を見極めるんだ」 「あいつら.. 殺してやる!」 ロスは勘違いをしていた。怒りはギガウのものではなく地の精霊フラカのものであったのだ。 「やる気満々と言ったところか。では、始めるとするか」 [ —シュラクタル・チキル— ] ゲルの左足から白い光が地面を駆け巡るとロスのパーティはバラバラに分断された。
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