港町ケロットを出港し間もなく船酔いしたのはギガウだった。それは地の精霊フラカが水の上では地底を認識することが出来ない為であった。その影響がギガウを襲ったのだ。 次いで船酔いしたのがスレイだった。あまりにも鋭敏な感覚器を持つ彼には揺れ続ける船は拷問そのものだった。 意外なことにアシリアは船酔いにやられてはいなかった。それは砂漠の旅とは違い、船上には植物を置くことが出来たからだ。ユウラ王に頼んで積めるだけの植物を運び入れてもらったのだ。木の葉の陰に隠れるアシリアは葉っぱのベッドで寝ている状態だ。 船旅の洗礼を受ける一行に『ははは。死にはしないだろう』と船乗りたちは笑うばかりだった。 スレイは2日もすると揺れに合わせ感覚器を調整する術を身に着け普通に動けるようになったが、ギガウの船酔いは改善するどころか悪化するばかりだ。仕方なく、船はある島に入港することになった。 「ここはだいたい陸と島の中間地点だ。海が大荒れになった時の待機場所さ。俺が船長に頼んで寄ってもらった。早く何とかしなくちゃな」 さすがキャスリン国の元密偵をしていたマイルだ。航海図さえもその頭の中に入っているのだ。 港に入港するとギガウを大地に寝そべらせた。すると10分もたたずに回復したのである。 「いや、面目ない。船旅がこんなに辛いとは思わなかった」 しかしあと残り2日間、何か方法を考えなくてはギガウの身が持たない。彼は船にいる間、嘔吐を繰り返すばかりで一度も食事をとれていないのだ。 「アシリアが植物を積み込んだように、土を大量に積み込むなんてどうかな」 「いや、大地という概念が無ければ、少量の土では床板と大して変わらないだろう」 いくつかの案を出し合うが、なかなか良い方法を見つけることができない。 「ねぇ、リジの聖剣にいる精霊フゥは平気?」 リジは聖剣『空の羽』にはめ込まれている魔法石を見つめて答えた。 「うん、いたって元気よ。フゥは空属性の精霊だしね」 先ほどから黙っていたアシリアがリジの答えに合わせて発言する。 「いや、属性の問題だけではない。やはりもともとの原因はギガウの船酔いだろう。地の精霊フラカはギガウのタトゥを拠り所としている。精霊フラカはギガウの船酔いを追体験しているのだ。そしてその精霊フラカの船酔いをさらにギガウが感じ取ってしまっている。互いが互いの船酔いを体験しあっている状態なのだろう」 「ゲッ、そうなのか?」 ギガウが青ざめていた。 「じゃ、どうすればいいんだろう?」 『ふぅ.. 仕方がない....』とアシリアが呟いた。 「スレイ、まだ魔石は持っているか?」 「うん、持っているよ」 「その中から黄色魔石を探してくれないか」 スレイは袋から魔石を取り出して並べた。 「あったよ、ほら」 手渡された魔石を光に透かして見るアシリア。 「うん、これならいいだろう」 「ねぇ、アシリア、それでどうするの?」 「ああ、ちょっと昔の経験を生かしてな.. 」 そういうとアシリアは砂浜に向かって歩いていく。 みんなが何をするんだろうと後ろから見つめていると、アシリアがライスを手招きした。 トットット と走ってアシリアのもとへ行くと、トットット と軽快に走って帰って来た。 「今からアシリアが服を脱いで海で身体を清めるんだってさ」 「おお~」男性陣が声をあげる。 「でも、少しでも見たらその目ん玉とアレに矢を打ち込むってさ」 男性陣は顔を青くした。 胸を隠す白金の髪は風が吹くと軽やかに舞い上がり、淡い青色の光を放つ白い肌にキラキラと光る水滴、そして何よりもその表情は闘いに身を置いていたアシリアとは別人のように穏やかで高貴だった。彼女の瞳は澄んだ海のごとく深く静かであり、その微笑みに萎れはじめた花さえも輝きを取り戻していた。そこには確かに生命に対する安らぎと感謝があった。 ギガウ、スレイ、マイルは海とは反対方向に向いて目をつむっている。 海の方から近づいて来る足音とともに優しいジャスミンの香りがした。 「さぁ、ギガウ、私と参りましょう。ライス、リジ、一緒に来てください」 4人は近くの森の中へ入って行った。 残されたスレイとマイルが森を見つめていると赤色の光の後に黄金の光が天を貫いた。 しばらくしてリジに付き添われながらギガウ、衣服を着装したアシリアとライスが帰って来た。 「アシリアはいったい何をしたの?」 「アシリアはギガウの精霊を一時的に黄色魔石に移したんだよ」 スレイの質問にライスが答えた。 「ああ! アシリア、もしかしてキース先生が言っていた森の巫女ってあなたのこと?」 リジが思い出したようにアシリアに尋ねると彼女は目を伏せ呟くように答えた。 「いいや、それは私の姉エレンフェのことだ。私の姉はきっと王国キャスリンの先にある水の国リキルスにいる。私は姉を連れ戻さなければならない」 「アシリア..」 「うん、わかった! 私たちは『形のない宝石』も見つけるし、アシリアのお姉さんエレンフェも見つけよう! ね、アシリア」 そのライスの優しい微笑みにアシリアは『うん』と素直に答えた。
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