キャスリン国は、ほとんど他国と交流を持たない孤立した島国であった。 国の経済は、主に内需によって支えられている。農作物や漁業によって国民の生活が成り立っているのだ。それは、キャスリンが自然の実りに恵まれた豊かな国であることを示している。 しかし、鉱物であるティアール鉄、燃料のラマリなどは、輸入に頼らざるを得ない。 キャスリン国の唯一の交易国は、砂漠の王国マガラである。対価に関して細かいマガラは、常に相場に敏感な国であり、どの国よりも信頼できる良い交易国なのだ。そしてマガラ国の燃料や鉱物に対して、キャスリン国が支払うものは主に農作物や海鮮物だ。砂漠の国にとって、これほどありがたいものはない。 しかし、キャスリン国とマガラ国の間には、青い海と黄色い砂漠があり、それは決して短い旅路ではない。では、この長い旅路に農作物や海鮮物の鮮度をどのように保つのであろうか。 それがキャスリン国の国土の礎となり、周辺の海底から無尽蔵に採掘することが出来る『ツルツル岩』なのだ。 農作物や海鮮物をこのツルツル岩で作った箱にいれれば、不思議な事に何日でも鮮度を保つことが出来るのだ。 そして今、ライスたちは島に隆起したツルツル岩の頂上にあるキャスリン城へ足を踏み入れた。 ―キャスリン城 玉座の広間― キャスリン国のレミン女王は、友好国マガラのユウラ王からの書簡に目を通している。 レミン女王がお付きの者に合図をすると、大きな虫メガネが手渡された。 「最近.. 最近、少し目が悪くなってしもうてな」 誰もそのことに関しては触れていないのに、レミン女王は先に虫メガネを使う事を弁解した。だが、弁解する必要などなかった。すでに70歳を超えたレミン女王がレンズを使用することなど自然なことだからだ。 「うむ。よくわかったぞ。お前たちが、いかにマガラ国のため、果敢に魔獣どもと闘ったか。そしてギガウよ、お前がラークマーズの墓を見つけてくれたことは、キャスリン国にとっても有益な事だ。お前たちには、特別な待遇を約束しよう」 「ありがとうございます」 女王への対応は、全てギガウに任せることになっていた。 「で、お前たちがキャスリン国へ来た理由も、この手紙に書かれているのだが、何ゆえに水の国リキルスに渡りたいのじゃ。まずはその理由を聞かせよ」 「はい。私たちは.. 禁止されている『牢獄の魔道具』を追ってきました。そして、それに水の国リキルスが関与しているのだと思っています」 「水の国リキルスがか.. 魔道具の出どころでも潰そうと思っているのか?」 「 ..レミン陛下、私はチャカス族です。私たちは地の精霊とともにあります。精霊の穢れも気にすることなく使役する『牢獄の魔道具』を見過ごすわけにはいきません」 「うむ。理にかなっておるな。して、そこの者はエルフ族だな。はて、お前はどこかで会うた気がするな」 レミン女王が昔の記憶を辿ろうと考えていた。 「このエルフ族は、私の友でございます。私同様、この島へは初めてでございます」 「ふむ、そうか。まぁ、よい。チャカス族のギガウよ。お前はマガラ国にとっては英雄と言ってもいい存在。先に申した通り、お前の活躍は我が国への交易に関しても貢献度が高い。お前がリキルスへ渡ることを止める理由は何もない。我が王家だけが知るリキルス国への行き方も教えてやろう」 その言葉を聞くと昨夜の心配は杞憂だったと、ギガウはやっと肩の力を抜くことが出来た。 「しかしだな、リキルス国へ行くために必要なものが、ここにはないのだ」 「もしや、それは『キャカの木』でございますか?」 その言葉がギガウの口から出た時、レミン女王の眉が動いた。 「ほぉ.. キャカの木を知っておるのだな。..そうか。ギガウよ、お前はコラカとどういう関係じゃ」 レミン女王は、ギガウの言葉で、すぐさま50年前に島へ呼び寄せたチャカス族のコラカとギガウを結び付けた。そして探る言葉なく直球の質問をぶつけてきた。 「コラカは私の父でございます」 「 んふふ.. ふふふ はははははは。馬鹿な、コラカが子を作ったと申すのか?」 「はい、それが私でございます」 「 では、母は誰だ? コラカはいったいどこの誰と結婚したのか申してみよ!?」 レミン女王の語気は感情的に強さを増した。 「 ..知りません。 私が物心ついたころ、母は既におりませんでした」 そのギガウの返答を聞くと、レミン女王は考えなしの質問に後悔の表情を見せた。 「 いや、お前の母は関係ないな。すまなかった、ギガウよ」 「いいえ、お気になさらないでください」 「そうか.. 『キャカの木』のことだったな。実は種はここにあるのだ。お前はコラカから聞いていたのであろう? お前の父コラカが発芽させることができなかった種のことを」 「はい」 「実はな、コラカが島を出た後、発芽しなかった種を掘り起こし、城に持ち帰ったのだ。どうしても諦めきれなかったのでな。だが、どんなに優秀な研究者や魔法使いが、種を発芽させようとしても、ついに叶うことはなかった。お前は、それを成し得ることが出来ると申すのか?」 やはり、蠟燭岩の見える場所から、種は掘り起こされていた。しかし、その種が城にあるとすれば、ギガウは自分がするべきことは、ひとつだけだと覚悟を決めていた。 「はい。父コラカは、歴史上、最も地の精霊に愛されている私を、誇りに思ってくれました。父の名に誓い、その種の殻を破ってみせましょう」 「よくぞ申した、ギガウよ! その種から憎たらしい芽を引っ張り出して見せよ。このレミンもお前に最大限協力しよう」 「はっ! ありがとうございます」 レミン女王が合図をすると、細身の男がツルツル岩の箱に入った種を持ってきた。 膝を着き平伏しているギガウに箱を差し出す男は声をかけてきた。 「ギガウ様、ギガウ様!」 ギガウはゆっくりその男の顔を見た。 「あっ! お前はミレク!」 「またお会いできましたね♪」 「な、なぜお前が!?」 「ギガウよ、実は昨日、そこのおと.. 者がマガラ国からの使いで参ったのだ。なんでも、そのミレクがお前の力になるということだが、ギガウ、お前には何のことかわかるか?」 「はい、この者がいれば、キャカの木はすぐにでも大きな枝葉をつけることができましょう。このミレクもまたチャカス族の優秀な男でございます」 「そうか、それは心強いな。 では、そのキャカの木が育つのを楽しみにしている。そして、その時、お前たちに水の国リキルスへの行き方を教えよう」 「はい、ありがとうございます」 「追って連絡する。宿で待っておれ」 「はっ」 「 ふふふ.. そうか、キャカがついに芽を出すのだな。 あの方へも報告しよう.. 」 うれしそうに独り呟きながらレミンは広間を出て行った。その様子に近衛兵が苦々しい顔をしていたのをリジは見逃さなかった。 ライスが数刻前から光りはじめた秘想石を鞄から取り出すと、秘想石が壁に映像を映し出した。 びっしりと本が並ぶ棚、その横には幼き子供が描いた水彩画が飾られている。どうやら子供部屋のようだ。 その映像を見ると近衛兵は驚きと焦りの表情を浮かべ、ライスのもとへ詰め寄った。 「なんだ、それは!? そのような怪しいモノは早くしまって帰るのだ!」 ライスは慌てて鞄に秘想石をしまった。 「よいか! 間違ってもそのようなものをレミン様の前で見せるなよ」 近衛兵に追い立てられるように、ライスたちは城から退去させられた。 しかし、キャカの種の発芽を条件にリキルス国への旅が約束され、城内に『形のない宝石』が存在することも確認できた。 ライスたちにとって、この謁見は多くの成果をもたらしたものだった。
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