【本編】 パキパキと乾いた音を鳴らして折れるブレン桃の枝。 どの区画の木々も花芽が茶色に変わり果て、枝先がポキポキ折れてしまう。 ロスは土を掘って木の根元を見る。 「ダメだ。どれもこれも根元から枯れちまっている..」 両ひざを突きロスがうなだれていた。 「ロ、ロスさん..」 「ライス、お前、ちゃんと俺の言うとおりに手を使って堆肥をまいたのか? どうなんだ?」 「わ、私、魔法で.. ご、ごめんなさい」 「ククク.. そうか、俺は言ったよな。手を使って愛情を込めるんだって。愛情を込めなければ、ほら、この通りだよ。俺が長い年月育てた果物畑が全滅だ!」 「ご、ごめんなさい、ごめんなさい」 「お前なんか、拾って働かせるんじゃなかった。このドジ野郎が.. もう俺の前から消え失せろ」 ロスは怒鳴らなかったが、悔しさと怒りを抑えた声がライスの胸をえぐった。 —ごめんなさい.. ごめんなさい! 涙で歪んだ瞳には、まだ消えないでいる就寝用ロウソクで揺らめく天井が見えた。 「(夢か..よかった。そうか、夕食にお酒なんか飲んだから..)」 夕食の時間、ロスはマイルが持ってきた果実酒の封を開けた。 ライスはそれを果汁飲料と思って大喜びした。 ロスは軽い気持ちでライスをからかうつもりで言ったのだ。 「これは果実酒だよ。まだお子様のライスには早いだろ?」 その言葉を聞くとライスはもう自分は大人だと言い張り、果実酒をコップに注ぐと飲み干したのだ。 当然のようにクラクラと目が回り、気が付けば.. 今の状態だ。 「 ..痛っ」 軽い頭痛はしたが、夜空を見ると星が綺麗だった。 ライスはバルコニーに出るとベンチに座り酔いを醒ますことにした。 そんなライスの肩にふわりとケープを掛けたのはロスだった。 「今日は星が綺麗だな」 そう言いながらライスの横に座った。 「うん。そうだね」 そう返事をするライスの瞳が赤いのは酔いの為か、それとも泣いていたのか、ロスには判断できなかった。 初春の冷たい風が軽いケープを跳ね上げようとした。 ロスはライスの肩に手をまわしてケープの温かさが逃げてしまうのを防いだ。 「温かい」 そう言いながら見上げるライスの瞳にロスの胸はどきりとした。 「そ、そうか..」 「ロスさん、私と出会った日のこと、覚えてる?」 「ああ、君が『あきらめないで!』って叫んで助けてくれたんだよな」 「うん。本当はね、あの言葉は私自身に言った言葉だったんだ.. 私、あの時、パーティは追い出されちゃうし、お腹は減るし.. 本当は、ロスさんの果樹園の桃を黙って食べてしまおうってあそこにいたの。ごめんなさい。でも、ロスさんが猛獣に襲われそうになって、自分が『皆のための魔法使いになろう』って決めたことを思い出したんだ」 「そっか.. ライスはあきらめなかったんだな」 「ロスさん、もう少しだけでいいから、そばにいさせて。私に出ていけなんて言わないで」 ライスの瞳から涙がこぼれていた。 ロスは..ライスを抱きしめる衝動に抵抗する。 一度、強くこぶしを握ると、ライスの肩をポンポンと2回たたいた。 「そんなこと言わないよ。君が飽きるまでいるといいよ」 「ありがとう」 ライスはロスの胸に飛び込んだ。 長いこと、それは長い年月、ひとりでいたロスの胸にライスの温もりがしみ込んだ。 ロスはライスに何も言わず、しばらくの間旅に出ようとした決心がゆらぎそうになった。 ライスと出会った時、彼女に内在する魔法力を使って目的を果たそうと思っていたロスだった。 ——しかし、『形のない宝石』の近くにはきっとあいつらがいる。 『闇の従者』 やはり奴らは危険だ。 そんな危険な旅に、俺の目的を果たすためだけに、ライスを巻き込むのは間違っている。 もしも彼女に何かあったとしたら、俺は.. ——— いつしか、ライスはロスの胸で寝息を立てていた。 そんなライスの額にロスは唇をあてた。 そして彼女を抱きかかえて、ベッドまで運んだ。
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