近くで、パラパラと砂粒が落ちる音がする。右に頭を向けると、すぐ脇の岩壁にめり込む魔物の鎌が見えた。結局、マーサの攻撃では、左鎌は斬り落とせなかったのだろう。そして、その打撃力は健在のようで、突進してきた際に僕の頭を潰そうとしたものの、幸運にも狙いは外れたらしい。
瞬時に恐怖が襲ってきた僕は、眼前の魔物に拳銃弾を撃ち込まんと、銃把に左手を添えようとした。だが、できなかった。左腕が動かないのだ。
眼球だけを動すと、左に何かが見えた。肩に、鎌を失った魔物の右腕が刺さっている。いや。よく見ると、刺さってはいないようだ。だが、強く押さえつけてくるその腕に、身動きがとれない。ただでさえ打撃で痛む左肩が熱い。
やむを得ず、右手だけで拳銃を撃つ。ライトに浮かぶ魔物の口に向かって。頼もしい咆哮が、三度響く。だが銃弾は、禍々しい大顎を一切傷つけていなかった。それは当然だろう。いくら、.45口径が強力だとはいえ、小銃弾でさえ破壊できない甲殻に敵うはずがない。
左手が使えないこの状況では、マガジンの交換は非常に難しいだろう。つまり、あと五発しか撃てない。ならば、どうするか。
そうだ。先ほどの銃撃で、魔物の右目を破壊できた。もしかしたら目玉なら、拳銃弾でもダメージを与えられるのではないか。
銃のライトを、魔物の目玉の辺りに向ける。潰れた右目は、付け根の部分とともに斬り落とされたようで既に無く、斬り口からは白い体液が溢れていた。その横で、奇妙な色を放つ左目が、じっと僕を見ている。
魔物の目玉に向けて引き金を絞ろうとしたその時、僕の顔面に何かが降ってきた。臭い液体に、両目がしみる。拳銃を握ったまま、右袖で拭うが、視界は白くボンヤリ濁る。
魔物の切創から、体液が垂れてきたようだ。更にゴシゴシとそれを拭い、あらためて拳銃を振り上げると、先程までは無かったものがそこにあった。
いつの間にか、壁にめり込んでいた鎌が、本来あるべき場所に収まっていた。そしてそれは、小刻みに震えている。まるで、膨大な力を蓄えつつあるかのように。その上にある、僕を見つめる目玉に、突然、炎が点ったかに見えた。
『まずいわ! コイツ、アンタの頭を狙ってる! 逃げて、ノエル! 早く!!』
ソニアが叫ぶが、左肩を押さえられて身動きのとれないこの状況で、どうやって逃げろというのか。
僕は、ヘルメットで頭部を守ろうと首をもたげた。そして、銃を持ったままの右腕で、その上からカバーする。だがそれは、気休めに過ぎない。岩をも砕くあの鎌の直撃に、腕やヘルメットが耐えられるはずがないだろう。よしんば耐えられたとしても、その強烈な衝撃で、頸椎が粉砕される。どう足掻こうと、確実な死だけが待っているのだ。僕は、その時を待つしかなかった。
悪い、ポグラン。お前を地上へ連れて帰れない。
マーサも済まない。僕の勝手で、こんな事態に巻き込んでしまって。
カリーニャ、ごめん。君のお父さんとの約束、守れなかったよ。
そして、ソニア。僕はここで死ぬ。こんな暗い廃坑に置き去りにすることになって、ごめんよ。本当に、ごめん……。
耳に響く大きな音と伝わる衝撃。僕の人生は、あっけなく終わった。
霞目に何かが動く。炎が照らしているかのように、辺りが明るい。人は死ぬと、光に包まれながら天界へ導かれると聞く。これから僕の魂は、天使達とともに空へ向かうのだ。心地よい温もりが、僕を包み込んでいく。
再び響く打撃音と衝撃。なんだ? また、鎌で殴られたのか? 僕は、もう死んでいるというのに。どうやら、死体になっても殴りたいほど、魔物は僕のことが憎いらしい。
橙色に明るい視界の隅で、再び何かが動いた。天使が来たのだろうかと思い、目を凝らす。
滲む視界に、馬に跨がる女性の姿が霞んで見える。その周りを、浮かぶ炎の玉がゆっくり回っていた。あれは、天女だろうか。あの天馬に一緒に乗って、僕は天界へ向かうのか。
天女が何かを手に構えると、また音が大きく辺りに響いた。だが、今度は衝撃は感じない。何が起こっている? あの天女は何をしているのだ。
『魔物が怯んだ! 今よ! ここから抜け出すの!!』
ソニアの声が耳に響く。僕は死んでいないのか? 彼女の声に辺りを見回すと、鎌は未だに畳まれたままだ。そして、押さえつけられていた左肩からは、魔物の腕が外れている。
今だ! 僕は体を左に捻り、その場から転がり出る。そして、魔物を振り返ると、予想もしない光景がそこにあった。
岩壁に頭を突っ込ませた体勢の魔物を取り囲むように、幾つもの火の塊が浮遊している。そして、魔物の側頭部の甲殻には、三本の棒が刺さって炎を上げていた。
突如、空気を切り裂く音とともに、青白い光に包まれた矢が甲殻に突き刺さり、発火する。
「ノエル! これで分かったでしょ? わたしだって、役に立つんだから!!」
背後からの声に思わず振り向くと、そこに見えたのは、ロバに跨がるエルフの姿だった。
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うさみしん
1,000pt 100pt 2023年11月13日 1時08分
カリーニャ登場! はい、出現のタイミングを計ってると確信しておりました! 物理防御が高い相手には魔法であります! やはり戦いで勝利するには情報が重要と確信した回でありました。最初から巨大シャコが相手だと調べられていたら、カリーニャを同伴させて楽勝だったわけであります押忍!
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うさみしん
2023年11月13日 1時08分
乃木重獏久
2023年11月13日 21時34分
いつも応援下さり、ありがとうございます。お待たせ致しました。満を持してのエルフの登場です。仰る通り、情報無くして戦はできずですね。事前に自走式ドローンや、それに類する使役魔物を坑道に投入できれば良かったのですが、そんなものは望むべくもなく。今後ともよろしくお願いいたします。
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乃木重獏久
2023年11月13日 21時34分
羽山一明
1,000pt 100pt 2022年2月3日 2時07分
これぞまさしくエルフの姿! 戦っていない時とのギャップをつい思い浮かべてしまうような戦乙女の御姿、味方の心をも射止めること間違いなしですね。ソニアの不調の原因究明、および早急な対処と対策が求められます。ノエルの戦術は、ソニアが全開である前提に強く依存しているようですし……。
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羽山一明
2022年2月3日 2時07分
乃木重獏久
2022年2月3日 22時05分
いつも応援くださいまして、ありがとうございます! 普段はダメルフなカリーニャですが、兵士に囲まれて育ったため、戦士の素養は高いようです。ソニアの不調は相変わらずですが、原因は今のところ不明です。しかし、いずれ明らかになるはずです。そしてそれは、物語の大きな鍵になるかもしれません。
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乃木重獏久
2022年2月3日 22時05分
tm
500pt 100pt 2021年5月10日 17時40分
この窮地に仲間の登場は熱い! 炎の魔法まで扱えるとは頼もしいですね。普段の言動とのギャップが良いアクセントになってます。今度こそ魔物にとどめをさせるでしょうか……? しかし、マーサはいったいどこに……こちらも気になるところ。
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tm
2021年5月10日 17時40分
乃木重獏久
2021年5月11日 21時30分
いつも応援いただきありがとうございます! ここで仲間が揃いました。ソニアは不調のままですが、カリーニャがそれを補ってくれることでしょう。しかしマーサはどうしたのか……。近いうちに、明らかになると思います。今後ともよろしくお願いいたします。
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乃木重獏久
2021年5月11日 21時30分
tm
ビビッと 100pt 2021年5月10日 17時23分
《岩壁に頭を突っ込ませた体勢の魔物を取り囲むように、幾つもの火の塊が浮遊している。そして、魔物の側頭部の甲殻には、三本の棒が刺さって炎を上げていた。》にビビッとしました!
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tm
2021年5月10日 17時23分
乃木重獏久
2021年5月11日 21時25分
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乃木重獏久
2021年5月11日 21時25分
長月 鳥
ビビッと 1,000pt 50pt 2021年5月10日 22時54分
《背後からの声に思わず振り向くと、そこに見えたのは、ロバに跨(また)がるエルフの姿だった。》にビビッとしました!
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長月 鳥
2021年5月10日 22時54分
乃木重獏久
2021年5月11日 21時32分
いつも応援いただきありがとうございます! カリーニャが助けに駆けつけたシーンをビビッと下さり、感謝いたします! 励みになります。今後ともよろしくお願いいたします。
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乃木重獏久
2021年5月11日 21時32分
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