ダンジョン攻略は海兵隊魂で！（乃木重獏久） - 第１５話　衛士隊長ライカンの妙計

『あのさ、アタシ全然意味わかんないんだけど。ライカンって、昨夜の厳(いか)つい軍人サンでしょ？　何であの人が、この娘(こ)を逃がせって言ってくるのよ？　確かに、そんなに悪い人には見えなかったけどさ、ボスはあのクソハゲなんでしょ？　そんなことしたら命令違反じゃない。軍人として、それはあり得ないと思うんだけど。もしかしたら、それって罠なんじゃないの？　あのクソ殿下の』　少し間を置いて、気を取り直したソニアが疑問を口にする。同じ思いだった僕も、ザンギの答えが非常に気になった。でもソニアはランツァのことを言っているのだろうが、この場でハゲと発言するのは如何(いかが)なものか……。　だが、ザンギは特に気にすることなく、その理由を語り出した。「あの男は、私がルミランで軍務に就いていた頃の部下で、戦技の弟子でもありました。既にご存じかもしれませんが、私がランツァ殿下の衛士隊長を解任され、その後任に就いたのが、彼奴(きゃつ)だったのです」『解任されたって言うけど、何かヘマでもしたの？　おじさん』「お父さんは悪くないの。悪いのは殿下。わたしが小さい頃、近くの村の若い女性に乱暴を働こうとした殿下を、お父さんが強く諫(いさ)めて逆鱗に触れたって聞いたわ。兵隊さんは、みんなそう言って怒ってた。わたし達がお城の官舎から追い出されるとき、兵隊のみんなもライカンおじさんも、とても悲しそうな顔をしていたのを今でも覚えてるよ」　突如、カリーニャの双眸から、大きな滴(しずく)が溢れ出した。辛い思い出が蘇ってきたのだろうか。声を押し殺しながらも慟哭するエルフに軽く手を添えながら、父親は話を続けた。　彼の話によれば、現在ゲルタッシュの分城に駐屯している正規の衛士は、もともとは領主であるガスタール・アリーゴ直属の衛士隊として、領都ルミランにある主城に配置されていたそうだ。　それが、八年前のランツァ蟄居(ちっきょ)の折り、一番信頼の厚い衛士隊長ザンギの率いる部隊をランツァ専属衛士として、この地に派遣した。しかし、その結果が隊長の解任だった。「ライカンは終戦後に帝国諸侯軍から帰隊すると、すぐに私の後任に就くよう命じられ、非常に戸惑ったようです。赴任してきてからも、言葉にこそ出しはしませんでしたが、常に私に気を遣(つか)っている様子で、度々訪ねて来ては、カリーニャの遊びに付き合ってくれたものです」　その後、理不尽な解任を哀れに思ったのか、娼館の女性オーナーから酒場と宿屋の主人として住み込みで働かないか、と誘われたという。あまり気は進まなかったものの、娘を養わなければならないことから受諾したそうだ。「でもね、お父さんには悪いけど、わたし、それでよかったと思ってるんだ。兵隊さん達と暮らしていた時も楽しかったけど、酒場でお父さんと働くようになって、いろんな人と知り合えて、いろんな土地の話も聞けて、毎日がとっても楽しいの。なにより、殿下の顔を見なくていいのが最高だった」「ここしばらく、殿下が毎夜うちの店に来られていると耳にしたライカンは、カリーニャの身を案じていたそうです。そんな折り、いよいよカリーニャを正室に召し上げることになったという噂が城内に広まり、なんとかそれを防ぐ手立てはないものかと、昨夜の殿下の外出に無理矢理同行したというのです」　そして、その場に僕の姿を認めたライカンが、一夜でこの絵図を描いたという。　蟄居の命もあり、日が出ている間はランツァは城内で眠り込んでいるということだ。そしてランツァの腰巾着である傭兵達も、城内からは出てこない。つまり、ライカン率いる衛士隊が味方である以上、作戦を昼間に実行する限り、失敗の可能性は非常に低いとの事だった。　そして、正規の衛士隊が自分たちの味方であることを示唆したザンギは、ゆっくりと立ち上がった。「カリーニャは旅の準備を続けなさい。ノエルさんはどうぞこのまま、お食事をお楽しみください。準備が出来ましたら、呼びに参ります」「あの、ザンギさん。実は先程、武器屋のドルフにある仕事を依頼したんです。それも日数がかかりそうな仕事を。ですから、しばらくこの町に逗留しようかと思っていたところなんですよ。でも、僕が誘拐犯として行方不明になったとなれば、当然の事ながら依頼は無効になるでしょう。しかし、それでは非常に困るんです」　事態の急速な展開を感じた僕は、気がかりであり、かつ重要な件について、ザンギに話すことにした。「内容については詳しくは話せませんが、非常に重要なことなんです。今後の旅の行く末を左右するとも言えるでしょう。ひいては娘さんの今後にも影響しかねない。ですので、ドルフにだけは事情を説明したいんです。他にも相談したいことがあるんで、今から彼の店を尋ねたいのですが……」「いや、ノエルさん。あなたはもう、この町の中であまり姿を晒さない方がいいでしょう。ドルフは私がここへ連れて参りますのでご安心を」　そう言うと、ザンギは娘を伴い部屋を出て行く。僕は貴賓室に一人取り残されるが、あまりの事態の急変に気持ちが追いつかないためか、あれだけ旺盛だった食欲は何処かへ消え去り、もう食事を続ける気にはならなかった。

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