ダンジョン攻略は海兵隊魂で!

乃木重獏久

読了目安時間:6分

エピソード:3 / 225

第1章 独言の魔戦士

第1話 深夜の酒場とエルフの給仕

 足を踏み入れると、酒場の喧噪は静寂へと変わった。すべての視線が僕に集まっている。初めての店ではお馴染みの、初見の来店者を品定めする、あの視線だ。  僕は小柄であるうえに、あまり一般的とは言えない格好をしていることから、大抵はこの後、品のないからかいの言葉を浴びたうえ、気性の荒いゴロツキどもに絡まれる。  しかし、この夜は全く違った。遅い時間にもかかわらず、ほとんどの席が埋まる店内からは、揶揄(やゆ)の言葉は一向に聞こえてこない。  だが、そこにいる者たちすべての目を、僕が一身に集めていることには疑いがなかった。そして彼らの表情は、なぜかいずれも、怯えているかのように見えた。  後ろ手で扉を閉めながら、空席がないものかと顔を巡らすと、いかにも柄の悪そうな男たちは、すぐに僕から視線を外して下を向く。  ヘルメットから下がるゴーグルが、目隠しのように僕の両目を覆っているから、決して目が合うことなどないはずなのに、何をそんなにうろたえるのだろう。  いつもとは全く違う雰囲気の出迎えに、思わず足を止めてしまった。しかし、空腹を抱えた僕は気を取り直し、わずかに席が空いているように見える店の奥に向かって、再び歩を進める。  厚底のブーツで床板を踏み鳴らす僕の前には、誰も立ちふさがる者は現れず、通路に足をはみ出させていた巨漢の戦士は、僕が近づくと見るや、慌てて行儀よく座り直す。人相の悪い男達のグループも、決して一言も発することなく、僕が通り過ぎるのを見守るだけだ。  そして、沈黙と緊張の支配するなかを、僕は何のトラブルに遭うこともなく、目的の地に到達することができたのだ。  果たして、空席はそこにあった。混み合う酒場の一番奥にある六人掛けのテーブル席。その壁際に、背の無い木の丸椅子が、ぽつんと一人分だけ空いている。  そしてそこでは、冒険者風の身なりをした五名の若者が、酒を楽しんでいた。いや、楽しんでいたはずだ。僕が来る前までは。  当初は他の酔客と同様に、僕に視線を向けていた彼らは、僕が近づいて行くにつれ、次第に目を見開き、今では視線を外してじっと俯いている。心なしか、皆、全身を小刻みに震わせているように見える。 「あの、相席してもよろしいですか?」  僕の問いかけに、ビクンと全身を震わせたかと思うと、下を向いたまま、ただ頷くだけの先客達。快く相席を承認してもらえたところで、壁を背にした椅子に腰を下ろすと、店内の全景があらためて目に入る。  ガレイド山脈を越えて、初めて訪れる小さな町の、荒くれ者たちが集っていそうな酒場。路地の角にあるその店は、真夜中だというのに、多くの酔客で賑わっている。  しかし、多様な食べ物や酒のにおいと、男臭さが渾然一体となった、熱気と湿気と臭気にあふれた薄暗い社交場には、なぜか冷たい緊張の糸が張り詰めていた。  いつもなら、闖入者(ちんにゅうしゃ)の見定めが終わると、酒場は再び喧噪に包まれるものだ。ある者はすぐに興味を失い、再びカードゲームに興じ、またある者は、新しい来店者が与しやすい相手だと見るや否や、舌なめずりしながら歩み寄ってくる。しかし、この夜は全く違った。 「何だよ、この雰囲気? 貸し切りか何かで、店に入っちゃ、まずかったのかな?」  異様な空気に当惑して、思わずつぶやいた言葉に、周りの緊張が、さらに高まったかのように思えた。 『アンタの噂が、ここにまで轟いているってことじゃない? 海兵隊の装備って、この世界じゃ特徴的な見かけなんだから、無理もないんだろうけどさ』  僕の左側に立つ相棒のソニアが、ヘルメットを脱いで赤い前髪を掻き上げながら、たいして気にする素振りも見せずに返してくる。  確かに彼女の言うとおり、地元では結構名前が通っている。しかし、ここまで顕著な反応はなかったものだ。 「それにしても、大げさな気がするけど」 『地元から、大きな山脈一つ越えたところだから、アンタの噂に尾ひれはひれが付いているのかもね。知らないけどさ』  確かにソニアと共に旅に出てから、無法者達を退治したことは幾度かあった。ガレイド山脈を越えた際も、山賊団を一つ壊滅させたところだ。とはいえ、こんな遠方にまで噂話は広まるものなのか。それにこの怯えようは一体何だ。 「今は何か食べられさえすれば、そんなことは別にどうでもいいさ。旨そうな匂いで、余計に腹が減ってきたし」 『食事するのはいいけど、装備品を盗られないように、注意だけは怠らないでよ』 「分かってるって。だから、いつも用心しているじゃないか。それに、今までだって大丈夫だったろ? 本当にソニアは心配性だなあ」  相席の冒険者達が、ソニアと交わす僕の言葉を耳にして、俯きがちでありながらも、気味悪そうな表情を浮かべているようだ。  まあ、それは当然のことだろう。僕と同じ砂色の戦闘服を身に(まと)う、頼れる相棒は精霊だ。実体を持たないその姿は、僕がかぶっているヘルメットのゴーグルに備わる魔鏡(ディスプレイ)を通してでしか見られないし、言葉もヘッドセットかスピーカーを介さなければ聞こえない。  誰にも見えない精霊と話す僕の姿は、(はた)から見れば、独り言を呟き続ける異常者にしか見えないことだろう。ともすれば、不埒者どもの格好のおもちゃになるところだが、そうなったことは一度もない。  なぜならば、僕は無敵の魔戦士として名を馳せるほどの力をもっているからだ。あまり嬉しくない異名とともに。 「いらっしゃいませー! おかしな仮面のおにいさーん!!」  突然、緊張感の漂うこの場にそぐわない、妙に明るい声が響いた。顔をあげるとソニアのすぐ脇に、純白の頭巾とエプロンをまとった金髪の少女が笑顔で立っていた。どうやら、この酒場の給仕らしい。  給仕の邪魔にならないよう、ソニアが立ち位置を少しずらす。実体がないので、決して邪魔になるわけはないのだが、その振る舞いは、とても自然に見える。  それにしても、おかしな仮面って、失礼な。まあ、実際のところ、鼻から上をゴーグルが隠しているのだから、そう思われてもしようがないか。ゴーグル自体も、知らない他人が見れば、ただの砂色をした小箱にしか見えないし。  まさか、その内側の魔鏡をとおして、まわりの全てが様々な情報と共に見えているなんて、誰も想像さえできないことだろう。 「はいはぁい、おにいさん。ご注文は何にする? ウチのおすすめはねぇ……、ええとねぇ……。何だろう……?」  大丈夫か、この娘……。よく見ると、突き出た両耳の先端が頭巾からはみ出ている。どうやらエルフのようだ。これは珍しい。 「まあ、何でもおすすめなんだけどね! ウチは何でもおいしいよ! まかないご飯もすんごくおいしいし! 昼まかないの『玉子かけチーズ野菜炒め』なんか、もう絶品だったんだから! そうだ! おにいさんへのおすすめはこれに決まりだね!!」  いやいや、まかない飯をおすすめされても困るんですけどねえ……。  給仕のエルフは、燭台の明かりを映す大きな瞳で僕を見おろしながら、弾むような口調で話しかけてくる。それに合わせた彼女の楽しげな動きが、明るく優しい雰囲気を醸し出していた。

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  • タイムトラベラー

    六葉翼

    ♡200pt 〇300pt 2021年1月30日 21時16分

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    楽しませていただきました

    六葉翼

    2021年1月30日 21時16分

    タイムトラベラー
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    2021年1月31日 0時10分

    いつもありがとうございます! その上大量のWポイント、本当に恐縮です。最近少しスランプ気味なのですが、おかげさまで気力が湧いてきました! 今後とも、よろしくお願いいたします。

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    乃木重獏久

    2021年1月31日 0時10分

    ひよこ剣士
  • ミミズクさん

    羽山一明

    ♡1,000pt 〇100pt 2021年5月13日 3時05分

    初見です。不思議な世界観に釣られました。 タクティカルヘルメットというと現実的にはナイトビジョンが精々ですが、CES2021でパナが発表したVRグラスの例もありますし、作中のようにM16を構えてAIと話すことのできる世界も、近い将来訪れるのかもしれないですね。

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    羽山一明

    2021年5月13日 3時05分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    2021年5月14日 0時09分

    お読みいただきまして、ありがとうございます!大量のWポイントも恐縮です!作中の装備は現行装備から大きく逸脱したものですが、米軍のHoloLens 2導入を見ても、軍用MRゴーグルの時代は、近くまで来ているのかも知れません。コメント、励みになりました。今後ともよろしくお願いします。

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    乃木重獏久

    2021年5月14日 0時09分

    ひよこ剣士
  • ミミズクさん

    ピーター

    ♡1,000pt 〇100pt 2021年2月8日 19時33分

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    初見です よろしくお願いします

    ピーター

    2021年2月8日 19時33分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    2021年2月8日 21時23分

    お読みいただきありがとうございます! そのうえ、大量のWポイントまでいただき恐縮です! 引き続き、お楽しみいただけましたら幸いです。今後ともよろしくお願い致します!

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    乃木重獏久

    2021年2月8日 21時23分

    ひよこ剣士
  • 女魔法使い

    ろじねっくす

    〇70pt 2021年1月5日 11時08分

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    にゃかにゃか良い

    ろじねっくす

    2021年1月5日 11時08分

    女魔法使い
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    2021年1月5日 20時09分

    ノベラポイント、ありがとうございます! 話の進み方は比較的遅いですが、長いお話しとなる予定ですので、引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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    乃木重獏久

    2021年1月5日 20時09分

    ひよこ剣士
  • しろくま

    筑紫 次郎

    ♡300pt 〇10pt 2022年7月14日 22時24分

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    初見です よろしくお願いします

    筑紫 次郎

    2022年7月14日 22時24分

    しろくま
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    2022年7月15日 21時49分

    お読み下さいまして、ありがとうございます! Wポイントも恐縮です! 長い物語ではございますが、引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。これからも頑張って書き進めて参りますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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    乃木重獏久

    2022年7月15日 21時49分

    ひよこ剣士

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