ダンジョン攻略は海兵隊魂で!

乃木重獏久

読了目安時間:4分

エピソード:87 / 225

第4話 廃坑の闇で

 僕はてっきり、廃坑内へは町から少し離れた山際(やまぎわ)の坑口から入るものと思っていたが、そこは魔物を封じ込めるために厳重に封鎖されているとのことで、町の顔役に案内されたのは、マーサとトレーニングをした公園の側にある石造りの小屋だった。  何故こんな町中に出入り口があるのかと聞くと、工事人達が地下に向かうための作業用通路だとのことだ。  槍を持った二人の立ち番が開いてくれた、重く厚い石の扉を(くぐ)って小屋に入ると、砂利敷きの床には、大人二人がようやくすれ違える程度の狭い通路が、地下奥深くへ向けて口を開けていた。  番人は火の点いた松明を手渡そうとしてくれたが、銃で手が塞がっているうえに、より明るい照明器具があるので断った。何故かマーサも松明は不要だと言う。剣を自由に構えることができなくなるからだろうか。はっきりした理由は分からないが、彼女のことだ。何か考えがあるのだろう。  照明が一切灯されていない狭い階段を、小銃に備え付けたフラッシュライトの明かりを頼りに、僕が先頭となって下っていく。ソニアは不測の事態に備え、その姿を消している。  その長い下り階段は、横幅は狭いものの、高さはそこそこあった。おそらく工事道具を担いだ工事人のためなのだろうが、おかげで巨体のマーサでも辛うじて通ることができた。とはいえ、後ろを振り返ると、彼女は凹凸(おうとつ)の目立つ天井に頭をぶつけないように前屈みで下りてくる。通路の幅もぎりぎりに見え、どうにも通りにくそうだった。  天井には真鍮製の長いパイプが取り付けられていた。人の腕ほどの太さをしたそれは、手すりなのだろうか。それにしては位置が高く意味が無いように思える。では一体何なのだろう。博識なマーサに聞こうかと思ったが、下りにくそうに階段を下る彼女の姿を思い出して止めた。  非常に長いその階段を抜けると、手を広げた大人が四人ほど横に並んでも難なく歩けるほど広い幅の斜坑に突き当たった。ソニアが周辺を探索するが、怪しい影はないようだ。顔役によれば、海の方向に下っているこの斜坑を道なりに進めば、いずれ魔物に遭遇するだろうとのことだった。  ということは、反対側に向かってこの坂を登れば坑口に出るのだろうか。そう思ってライトを向けても、近くの壁面が見えるだけで、奥に闇が続くばかりだ。坑口が封鎖されているからだとは思うが、仮にそうでなかったとしても、ここまで陽光が届くはずがないから、当然のことだろう。  あらためて斜坑内をよく見ると、アーチ構造の天井や壁面は煉瓦で固められ、岩肌はどこにも見られない。  どうやらこの辺りは、海底トンネル開通を見越した投資がなされているようで、ここだけを見ればすでに完成しているかのようにも思える。マーサでも飛び跳ねられるほどの高い天井や煉瓦敷きの路面から、荷車や小型の馬車の通行を想定したものだということが推測できた。  しかし、その舗装された路面は、土や泥でかなり汚れていた。至る所に土の塊が落ちており、泥汚れの足跡や荷車の車輪跡、中には輓獣(ばんじゅう)の足跡らしきものまで残っている。おそらく斜坑奥の工事現場から坑口に向けて採掘土砂を運び出した際の跡なのだろうが、湿り気のある坑道内であるにもかかわらず、その乾ききった土跡は、工事が中止されてからの時間の経過を示していた。 「こんなに大きなトンネルがあるんなら、馬を借りて坑口から入ってきた方が良かったんじゃないかな。それなら時間も短縮できるだろうし」 「しかし顔役のあの様子では、坑口の封鎖は簡単には解いてもらえそうになかったぞ。よほど魔物を恐れているのだろうな」 「それなら、今下りてきた階段だって封鎖すべきじゃないか。むしろこっちの方が町に直接出られるんだから、危険性も高いと思うけど」 『もしかしたら、魔物は人よりもかなり大きくて、この細い階段を上れないと思い込んでいるのかもね。そして、さっきの石の扉さえ閉めておけばいいって考えているのよ。魔物の正体が分からないのにもかかわらず。全く危機管理の概念が無いのかしら。こんな坑道、さっさと埋めてしまって工事も中止すべきなのよ』  会話を交わしながら、今し方下りてきた長い階段の出口をライトで照らすと、そのすぐ脇の壁に小さな鐘がぶら下がっている。鐘の近くの壁面には、真鍮製の漏斗(ろうと)のようなものが固定されており、階段の天井から伸びる真鍮パイプが繋がっていた。どうやら、階段の謎のパイプは伝声管だったようだ。地下に何かあれば、あれを使って地上に連絡が取れるのだろう。  試しに鐘を鳴らして「聞こえますか」と言葉を投げ込むと、「聞こえております。ご武運を」との答えが返ってきた。伝声管はしっかり機能しているようだ。これならば、怪しい魔物が階段を上ってこようとしても、音でその動きが掴めるだろうから、不用意に石の扉を開けることもないだろう。そう考えると、ソニアが言うほど危機管理がないとも言えないように思う。  下りてきた階段をあらためて見上げると、暗く細長い空間が、遙か上方へ続いていた。先に光が見えないところを見ると、入口小屋の扉は既に閉じられたらしい。まあそれは当然のことだ。  万が一、僕たちの救出作戦が失敗に終わり、怒り狂った魔物が町中(まちなか)に現れでもすれば、それこそ大惨事となるのだから。もっとも、あの石の扉がどれほど魔物に有効なのかは分からないが。  僕は地上から隔絶された心細さを抱いたまま、フラッシュライトの白い光だけが照らす魔の道に足を踏み出した。

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  • れびゅにゃ~

    tm

    ♡1,000pt 〇200pt 2021年4月7日 22時04分

    狭い坑道が雰囲気ありますね~。 真鍮パイプを使った伝声器のアイデアは面白い。実際の歴史でも使われていたのでしょうか? 次回はいよいよ魔物との対決でしょうか?今から楽しみです。

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    tm

    2021年4月7日 22時04分

    れびゅにゃ~
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    2021年4月9日 0時09分

    いつも多大な応援を頂戴し、大変感謝いたします! 伝声管は国内の炭鉱でも古くから使われていたそうです。坑内電話よりも信頼性があったとか。魔物の登場、もう少々お待ち下さい。この先もお楽しみいただけるように頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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    乃木重獏久

    2021年4月9日 0時09分

    ひよこ剣士
  • ひよこ剣士(Lv46)

    うさみしん

    ♡1,000pt 〇100pt 2023年11月3日 2時02分

    実は活きの良い冒険者を贄にして町の安寧を図る罠である可能性も微レ存でありました。何か違った様で何よりであります押忍。あと坑道内の緻密な描写! 拙者まるで一度も入ったことの無い廃坑に潜ってく気分でありました。次回、何が起こるのか期待してますぞ押忍!

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    うさみしん

    2023年11月3日 2時02分

    ひよこ剣士(Lv46)
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    2023年11月4日 0時09分

    いつも応援下さいまして、ありがとうございます。実は当初のプロットでは、冒険者を陥れる罠だったのですが、こねくり回しているうちに今のお話に落ち着きました。なので、頂戴したコメントに驚きです。引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。

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    乃木重獏久

    2023年11月4日 0時09分

    ひよこ剣士
  • ミミズクさん

    羽山一明

    ♡1,000pt 〇100pt 2022年1月24日 8時23分

    有事には坑道内に悲鳴が飛び交うでしょうから、そういった意味でもこの伝達手段は有用でしょうね。この小屋の番に任じられる兵としては、魔物は怖いわ、人がいても閉めねばならないわで、二重苦でしょうけども。なんの役にも立たない可能性があるので爆破すべきでしょうが、それこそ怒り狂うかも……?

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    羽山一明

    2022年1月24日 8時23分

    ミミズクさん
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    2022年1月25日 0時15分

    いつも応援下さいまして、ありがとうございます! おすすめも戴き感謝します。この坑道は、海底街道として再整備が進められていたようで、結構中が広そうです。これなら巨女剣士でも、何とか戦えるかも知れません。今後のことを考えれば、仰るように爆破してしまうのが良さそうですが……。

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    乃木重獏久

    2022年1月25日 0時15分

    ひよこ剣士
  • メタルひよこ

    長月 鳥

    ♡500pt 〇50pt 2021年4月7日 23時48分

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    見事なお点前で

    長月 鳥

    2021年4月7日 23時48分

    メタルひよこ
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    2021年4月9日 0時10分

    いつも応援ありがとうございます! ダブルポイントも恐縮です。おかげさまで、頑張れます。今後ともよろしくお願いいたします。

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    乃木重獏久

    2021年4月9日 0時10分

    ひよこ剣士
  • 水着ステラ

    特攻君

    ♡50pt 〇10pt 2022年5月7日 14時47分

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    さすがですね

    特攻君

    2022年5月7日 14時47分

    水着ステラ
  • ひよこ剣士

    乃木重獏久

    2022年5月7日 21時07分

    いつも応援下さいまして、ありがとうございます! お褒めのスタンプに、とても励まされます。この先も頑張って書き進めますので、引き続きお楽しみいただけましたら幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。

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    乃木重獏久

    2022年5月7日 21時07分

    ひよこ剣士

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