第１０話　償いのかたち

『なによ、それ！　全く同情の余地もないじゃない！　聞いて後悔したわ!!』 　僕の説明に、ソニアは開口一番そう言った。 『このバカ正直なノエルが、盗みなんかするわけないじゃない。それを勝手に泥棒扱いした上に、斬りかかってきたですって!?』 「いや、ただ斬ろうとしたわけではなく、私は首を刎(は)ねようと――」 『なお悪いわっ!!　挙げ句にノエルに発砲させて、通行人に怪我を――』 「いや、怪我はしてなかったよ、ソニア」 『そういう問題じゃないのっ！　実際に怪我したかどうかが問題じゃなくて、下手をしたらその人、死んでいてもおかしくなかったんでしょ！　もしそうなっていたら、その人の魂に、遺族に、どう責任をとるつもりなのよ!!　その上、お金を無くしたから助けてくれって、勝手なこと言うんじゃないっての!!』 　もう、ソニアの怒りはとどまることを知らなかった。ヘルメットのスピーカーは、がなり立て続けている。彼女の姿は見えないが、今までに聞いたことのない怒号から、たぶんとんでもなく恐ろしい表情をしているのだろう。 「あのね、ノエル。さすがにわたしも、今のお話はどうかと思うなぁ」 　カリーニャまでが、残念そうにそう言った。 「いや、この人、決して助けてくれとは言ってないよ。ただ、僕に謝り続けるだけだったんだけど」 『じゃあ、なんで今ここにいるのよ』 「申し訳ない。私のせいで不愉快な思いをさせたようだ。私はもう出て行く。それが貴様に対する一番の償いになると、今悟った」 　女剣士は踵を揃えて姿勢を正し、僕とカリーニャに深々と頭を下げると、部屋を出て行こうとする。 「ちょっと待ちなよ、剣士さん。一文無しで出て行ってどうするのさ。相談に乗るために連れてきたんだから、話だけはしようよ」 『何言ってんのよ。相談ってアンタ、人が良すぎるんじゃないの!?　出て行くって言ってんだから、好きにさせればいいじゃない！　そもそも、その人軍人でしょ。一文無しになったからって、助けてやる必要なんてないでしょうが。勝手に自分の部隊に戻ればいいじゃない。もし遠くから来てるっていうんだったら、この街の駐屯地か連絡事務所に泣きつけばいいだけの話じゃないの』 「いや、そもそも私は相談に乗って欲しいとは言っていない。元から頼るつもりなど無かった。ただ、申し訳ない気持ちでいっぱいで、償いたかっただけなのだ。馴染みのない遠方の地で全財産を失った今、私にできる唯一の償いは、褥(しとね)を共にするだけだ。そのためにここへ連れてこられたと思っていたのだが、エルフの伴侶持ちだとは思わなかった。諍(いさか)いを巻き起こす意図は全くなかったのだ。だから、私は出て行くことにする」 　え。この人、そういうつもりだったのか？　とんでもないことを厳めしく話す剣士の言葉に、部屋の空気が一層冷たくなった。顔に刺さる尖った視線に目を向けると、いつの間にか円卓脇の椅子に前後逆に腰掛けたエルフ娘が、組んだ両手を椅子の背に乗せ、ジト目で僕を見つめていた。 「ふーん。ノエルってそういうこと考えてるんだ。男の人には当たり前のことなんだろうけどさ、ちょっとショックかなぁー。もしかしたら、わたしのこともそんな目で見てるのかなぁー。旅に連れてくお礼を、わたしにも期待しているのかなぁー。なんだかやだなぁー」 「ちょっと待てよ、カリーニャ！　そんなつもりでこの人を連れてきたんじゃないんだ！　本当にただ、相談に乗ろうと――」 「別にわたしはいいですよーだ。わたし、ノエルの奥さんでも恋人でもなくて、ただの奴隷でございますから。わたしに手を出さない限り、ご主人様が何をしようと気にはしませんので、そうぞ好き勝手にやっちゃてくださいな。わたしはご主人様がこの人をどう料理するのか、じっくり見物させていただきますので」 「そうか。ならば何も問題は無いな。では改めて貴様に償うことにしよう。さあ、貴様も準備をしろ」 　女剣士はそう言うと、腰から下ろした剣と両腕から外したガントレットを円卓の上に置いて、いきなり鎧を脱ぎ出した。次々と全身に結わえた紐を解(ほど)き、一人で器用に装甲を外していく。 　以前、冒険者ギルドにいた頃は、板金鎧の着脱をよく手伝わされたものだ。どんなに実力のある剣士でも、到底一人で脱(ぬ)ぎ着(き)できるものじゃない。それをこの巨人は、いとも簡単に脱いでいく。 　 　胸部装甲が外れると、今まで押し潰されていた豊かな乳房が、身体の線を強調するアーミングジャケット(（※１）)の下にゆさりと揺れる。やはり胸の装甲は、そう厚いものではなかったようだ。あの時、弾が当たらなくて良かったと、今更ながら安堵した。 　いや、そんなことを考えている場合じゃない！　気がつくと、女剣士は全ての装甲を外し終わり、アーミングタイツまでも脱いでいた。今、彼女が着用しているのは、腰までの長さしかない短い丈のアーミングジャケット一枚きりだ！　腰から下には何も履いておらず、白い繁みが目に入る。どうやらこの女は、下から脱いでいくタイプの様だ。 　辛うじて天井に頭をぶつけずにすんでいる、その均整のとれた女性としての完璧な形を誇る巨体が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。口を半開きにしたまま言葉を発することもなく、壁際の寝台を背にして後ずさりをする以外に、僕にできることはなかった。 　カリーニャは眉間にしわを寄せながらも、これから起こるであろう肉弾戦を見逃すまいと、その爛々と光る青い双眸を見開いている。 『ちょっと、アンタッ！　本当に、いい加減にしなさいよっ！　ノエルは全然乗り気じゃないじゃない！　見て分かんないの？　軍人のくせに、一体どんな目してんのよっ、アンタ!!』 　目のことを言ってはいけないっ！　ソニアの言葉に剣士が再び凶暴になるのではと思わず身構えるが、その耳には何も届いていないのか、剣士は神妙な顔つきのまま、彼女を見上げる僕に迫る。 　女剣士は器用にアーミングジャケットの前後を留める紐を解(ほど)く。そして最後の一枚を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になった剣士は、不意に僕を抱きかかえたかと思うと、そのままベッドに放り投げる。突然の落下物に悲鳴を上げる寝台に、剣士も続いてのしかかってきた。 　そして僕をベッドの奥に押しやると、その空いたスペースに仰向けに横たわり、「おやすみなさい」と呟いたまま、女剣士は目を瞑(つむ)り――。 　何も起こらない。全く。寝台横の石壁に押しつけられた窮屈な姿勢のままの僕の横で、褐色の巨人は小さく寝息を立てていた。あまりの巨体に膝下がベッドからはみ出している。その豊かな乳房は、仰向けであるにもかかわらず、全く重力に負けておらず、かたち良いまま上下に規則正しく動いている。十個に割れた腹筋の上に軽く組まれた逞しい両腕からは、安らかな睡眠を欲する意図だけが感じられた。 　僕の貞操は辛うじて守られたようだが、予想だにしない流れに戸惑うばかりだった。 　その場を抜け出そうと、そうっと身を起こす。いつの間にか、僕の荒ぶる竜は屹立し、ズボンの中でうねっていたが、それを咎められる筋合いはないだろう。反対に、この状況でそうでなければ、男としてどうかと思う。何はともあれ、気付かれないように逃げだそうと膝を立てた瞬間、突然腕を掴まれた。 「貴様、一体何をしている。そのままでは償いにならぬではないか。貴様も服を脱ぎ、早く寝るが良い。確かに、こんなに早い時間では難しいかもしれんが、目を瞑っていれば、自然と寝られるはずだ。さあ、ともに眠りの淵を下りるとしよう」 「あの、剣士さん？　アンタの言う償いって……」 「だから、一緒に寝てやると言っておるのだ。男という生き物は、女と裸で寝ることが三度の飯よりも好きと言うではないか。だから私もこうしているのだ。余計なことを言わずに、早く寝るがよい」 「でも、さっき褥(しとね)を共にするって……」 「貴様、あまり語彙力が無いようだな。男女が裸で一緒に寝ることを、“褥を共にする”とも言うのだ。常に教養を深めることも、剣士の嗜みだからな。それくらい知っていて当然だ。そんなに褒めるな。照れるではないか」 　ベッドに横たわりながら、得意げに答える全裸の女剣士。この巨人にとって、常識とは一体何なのだろうか。