ダンジョン攻略は海兵隊魂で！（乃木重獏久） - 第１２話　覚悟を決めて

「一体何が……」『あれがシャコの必殺技よ。鎌を使った、強烈な打撃。あんな巨大な鎌の一撃を受けたら、人間なんてひとたまりも無いわ！　早く距離をとって!!』　目前に散らばる残骸が、敵の恐ろしさを物語っていた。あの、重く頑丈なゴンドラを、一撃で破壊するとは、なんて化け物だ。僕はただ、後退(あとずさ)りをするしかなかった。　敵はじりじりと迫ってくる。まるで、僕を追い詰めるのを楽しんでいるかのように。『何やってるのよ！　早く逃げて!!』　ソニアの叫びに、僕は踵を返して駆け出そうとしたが、何かに足を取られて盛大に転んだ。足もとに銃を向けると、ライトの明かりに魔剣の鋭利な輝き。どうやら、ポグランが手落とした剣に躓(つまず)いたらしい。そして、その側に動く影が見えた。同時に漂う生臭い空気。　恐る恐る視線を上げると、僕を見下ろす魔物と目が合った。恐怖が胸底(むなぞこ)から込み上げてくる。「――――!!」　僕は声にならない叫びを漏らしながら、目前にそびえる魔物に向けて思わず発砲した。引き金を引いた瞬間、つい先程銃弾を跳ね返された事実が脳裏を掠(かす)める。しまった。この距離で、跳ね返された弾に当たったら、確実に死ぬ。いや、死んだ。もう終わりだ。　言葉によらない思考が、瞬時に脳内を巡る。と同時に、左足に衝撃が走った。『ノエルッ！』とソニアの叫び声。太腿(ふともも)が灼ける。やられた。銃で撃たれるとは、こういうことなのか。だが、心のどこかで安堵する自分がいる。頭や胸でなくて良かったと。そして、すぐに思い直す。太腿に被弾したと言うことは、おそらく大腿動脈を損傷しているはずだ。そして、すぐに処置をしなければ、僕は間もなく失血死する。頭をやられたのと、結果は同じだ。　しかし、隠れる場所もなく、魔物の前に身を晒した状態で、止血処置などできるはずもない。そんなことをしていたら、手当て以前に鎌で殴られるか、あるいは首を刎ねられるかだ。つまり僕には、もう残された時間が無い。ならば、できるだけ抗(あらが)ってやる。僕の命が尽きるまでの間、ありったけの弾丸を、あの厚い面の皮に叩きつけてやろうじゃないか。「ここは、僕が引き受ける！　早くここから逃げろ!!」　マーサとポグランに言い放つと、意を決した僕は雄叫びをあげながら、仰向けに上半身を起こして再び引き金を絞る。何度も何度も、目前の魔物に向けて。銃声が走るたび、僕の周囲で弾が踊る。ヘルメットと胸に衝撃。左肩に熱い痛みが走る。時折聞こえる金属音。　弾が切れると、即座に弾倉を交換する。そして再び、鉛の鏃(やじり)を放つのだ。灼けた痺れに全身を苛(さいな)まれながら。銃を抱える両腕に、重い痛みが纏わり付く。そしていつしか、それ以上の痛みを感じなくなっていた。　何度目かの弾倉を交換しようとした時、魔物と僕の間に、別の巨大な影が立ちはだかった。一瞬、新たな魔物が現れたのかと思ったが、それはマーサの後ろ姿だった。「ノエル！　もういい！　後は私に任せろ！　貴様はよくやった！」「マーサ……。逃げろって――」「そう言われて、私が素直に逃げるとでも思うのか？」　僕を振り向き、マーサはニッと笑う。その向こうに見える、魔物の姿。あらためて見ると、魔物との間は十ミータほどになっていた。いつの間にか魔物が退いていたようだが、無我夢中で銃弾を撃ち込んでいた僕は気付かなかった。「しかし、貴様も痛かっただろう。あれほどの飛礫(つぶて)を浴びたのだからな。私も幾つかこの身に受けたが、鎧越しでも結構な衝撃だった」　そう言って、マーサは右上腕のアーマーを僕に見せる。確かに数カ所、少しばかり凹んでいるような気がする――って、小銃弾が当たって、板金鎧が凹む程度だと？　そんな馬鹿な！『跳ね返された弾の速度が遅くて、助かった。まあ、よくよく考えたら、正面から跳ね返された弾が、初速に近いわけないのよね。実際、跳ね返されてきた弾の速度は、人体を破壊するほどのものじゃなかったし。センサーがダメだから、正確な速度までは分からなかったけどさ。もちろん顔面に受けていたら、危なかったとは思うけどね』　そんな、まさか！　しかし、ソニアの言葉に、腕や足を検(あらた)めると、戦闘服のどこにも朱(あけ)は見当たらない。最初に弾を受けた太腿をはじめ、痛みが走る箇所に手を当てると、大きく腫れてはいるものの、服の上から見る限り、流血は認められなかった。　だが、全身に走る痛みは本物だ。左肩も、痛みに動きがぎこちない。ぎこちない？　銃弾を受けて、ぎこちないで済むのか？　そう言えば、肩に痛みが走ってからも、魔物に向けて、銃撃を繰り返した。肩を射貫かれた左腕で銃身を支えることなんて、できやしないはずだ。ということは、僕は死なないのか？　『それに、アイツが跳ね返してきたのは、撃った弾のごく一部だけ。ほとんどの銃弾は、アイツに着弾したわ。そりゃそうよね。音速の倍以上もある小銃弾を、そう何発も跳ね返されてたまるかっていうの』「とにかく奴は、貴様の攻撃で怖じ気づいているようだ。我々が、今まで相手にしてきた人間とは違うということに、ようやく気付いたようだな、あの化け物。どうやら、勝機が巡ってきたのかも知れんぞ!!」　全身の痛みに耐えながら、マーサの姿越しに魔物を観察すると、どうやら先程までとは様子が違う。奴は頭を低くし、全身を腹這いにしている。まるで、寸詰まりの巨大ムカデのように。よく見ると、右の目玉が歪(いびつ)に垂れ下がっている。どうやら意図せずして、銃撃で破壊できたようだ。「ノエルが切り拓いたこの好機。後は私が活かしてみせる。ポグラン殿！　この剣を、一時(いっとき)貸してはくれまいか」　後ろから聞こえるポグランの承認の言葉にマーサは礼を言い、魔物に正面を向けたまま、足もとの魔剣を手に取った。　突如、虫の羽音のような、高くも僅かな音が響くとともに、魔剣のブレードが仄かに光り出した。その朧気な薄い桃色の光は、次第に暗い紫に染まっていく。「なんだ……、これは」　マーサの口から戸惑いの言葉が漏れるが、その動作には一切迷いが見られない。そして、彼女は魔剣グリーノを構えると、魔物に向かって駆け出した。

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