ダンジョン攻略は海兵隊魂で！（乃木重獏久） - 第５話　それでも僕はやってない

　その人物は、足下まで届くほど長い丈のマントを頭から被っていた。その顔は、目深に被るマントの影でよく見えない。白く鞣(なめ)した革でこしらえたと思われるマントが陽光を滑らかに反射する様(さま)から、その高級さが窺える。　その下には、全身を覆う板金鎧が覗き、白銀(しろがね)色の装甲には辺りの景色と僕の姿が映り込んでいる。指先から前腕までを金属製のガントレットで覆う大きな右手には、僕から引き剥がしたカリーニャのボロ布が下がる。そして左腰には、竜と日輪のエンブレムを記した軍剣が佩(は)かれていた。　こいつは間違いなく帝国軍の剣士だ。それもかなり高位の。ポーターをしていた頃、勤め先の冒険者ギルドが魔物の生息域調査の依頼を軍から請け負ったとき、派遣されてきた帝国軍の剣士が同じような恰好をしていたから、おそらく間違いないだろう。　しかし、何という巨体だ。身の丈は、僕より腕一本分は優に越える。　その、妙にぶ厚い胸部装甲が特徴的な鎧を身につけた帝国剣士は、逆光に浮かぶマントの影から僕を見下ろしていた。「ほう、鍛えられたいい体をしているじゃないか。もし、食べ物に困っているのならば、軍に入らないか。小柄ではあるが、いい兵士になれるかもしれんぞ。だが、犯罪者を軍に入れてやるわけにはいかん。だから、ひとまず盗んだものを返しに行こう。な？」　言動から見るに、軍人にしては結構いい奴のようだ。しかし、あくまでも僕を盗人に仕立てたいらしい。「だから、僕は盗人じゃないって！　どこにもリンゴなんて持ってないだろ？」「気持ちは分かるぞ。相当腹が空いていたようだな、貴様。思わず食べてしまって、返したくても返せないんだろう。だから、しらを切り通す。でも、他人だけではなく己(おのれ)をも欺(あざむ)きだしたらおしまいだ。そうなる前に、けじめをつけろ。返すものがないなら、せめて謝りに行け。そうすれば、代わりに私が弁済してやろう。そして軍に来い。私が鍛えて立派な人間にしてやろう」　何故か僕の足下に転がっているリンゴの芯を見ながら諭すように語りかけてくる剣士に、ついに僕の怒りは爆発した。「アンタ、いい加減にしてくれっ！　だから、僕はやってないって何度言ったら分かるんだ!!　このリンゴの芯は、もとからここに落ちてたものだ。それにオレンジの皮や葡萄の果梗(かこう)も一緒に落ちてるじゃないか。盗まれたものじゃないって分かるだろ？」「なに！　リンゴ以外も盗んだのか？　なるほど、本当のようだな。こんなにも盗んでいたのであれば、少しばかり庇いようがなくなってくるな……」　剣士は僕の話を全く聞いていない。僕らのやりとりを聞いていた近くの露天商が、そのゴミは自分が散らかしたものだと口を挟むが、同じく耳に入らないようだ。もう相手にするのも馬鹿らしくなってきた。「もういい。僕は行くよ。そのボロ布はアンタにやるから、アンタもどっかに行ってくれ。どこを見ているのか分からないその節穴の目で、もう人に迷惑かけるなよ！」　僕はそう言い放つと、巨人の剣士を背にして歩き始めた。「――貴様、今なんと言った。私の目が節穴だとか言いおったな。この全てを見極める私の目を、言うに事欠いて節穴だと？　ならば、節穴かどうか試してみるが良い！」　何が彼の逆鱗に触れたのか、先ほどまでとは全く違う、怒気を孕んだ異様な空気が背後から押し寄せてくる。十歩ばかり歩み進んでいた僕が何事かと振り返ると、そこにはマントを脱いで地べたに放り投げる剣士がいた。僕はその姿に、驚きを禁じ得なかった。

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