麻生教授の魔法考古学

Ayane

読了目安時間:5分

エピソード:4 / 6

突然のプレゼント

 唐突な来訪者の音に樹は目を瞬かせる。  この研究室に来るようになって随分経つが、自分以外の来客は初めてだ。  驚く樹の背後で、頬杖を付いた麻生が口を開く。 「入っていいよ。ちょうど休憩中だ」  樹が「いいんですか」と問いかける前に、おそるおそると言った()()で扉が開かれる。  顔を覗かせたのは濡烏を思わせる黒く長い髪を腰まで伸ばした――世間一般的に言えば――美少女だ。  遠慮がちを被ってゆっくり部屋に入ってきた少女の着けた香水の嫌な匂いに、樹は一瞬だけ眉を顰めそうになるがすぐに固くなりかけた表情を和らげる。  美少女のすぐ後ろには、肩まで長い髪を茶色に染めた彼女とは正反対の印象を与える少女がいた。  黒髪の方の少女が一瞬、ためらいがちに視線をさまよわせ、その背中を茶髪の少女がそっと押して前に出させる。 「あ、あの」  少女がまず話しかけたのは樹だった。ここの主たる麻生ではなく、樹だったのだ。  礼儀もへったくれもないと、樹は内心で目の前の少女に苛立ちを覚えつつもそれを耐えて、薄い笑顔を浮かべる。  しかし、少女は「あの、その」と後ろ手にもじもじしつつ要領を得ない様子で、樹の苛立ちをさらに煽るばかりだ。 「ほら、がんばって」  茶髪の少女の言葉に、黒髪の少女はためらいがちに頷く。 「う、うん。あの、樹くんに渡したいものがあって……」 「俺に?」  反射的に迷惑そうな顔をしたことにも気づかず、彼女は目を瞑りながら、ついに後ろに持っていたものを差し出した。  勢いよく彼の前に差し出された物。それはピンクの包装用紙と赤いリボンでラッピングが施された四角い箱。  カカオ製品特有のほろ苦そうな甘い香りが漂ってくる。十中八九、チョコレートだろう。  五月も後半で、だいぶ時期外れだというのに。震える手で差し出す少女はしっかりきっちり、角度にして綺麗に九十度のお辞儀をしながら震わせた声で叫んだ。 「あの、これ、受け取ってください!」  少女の訴えに、冷めた瞳で箱を見下ろす。甘ったるい香りに鼻がもげそうだ。麻生がせっかく淹れたコーヒーの香りを、打ち消すほどに。 「……これは、チョコレート?」 「は、はい!」  さて、どうするか。  樹個人としては受け取りたく無い。  というか――この研究室の主人たる麻生に挨拶するという最低限の礼儀もこなさず、自分が何者かすら名乗りもせずにいるこんな無礼千万なやつの差し出してきた得体の知れない物を、いったい何故、どのような理由で受け取らねばならないのか。  しかし、ここで罵詈雑言のままに断ったら十中八九、面倒になる。短くとも長い十九年近い経験からくる本能が訴えてくる。  だからこそ、顔を輝かせながら上げた少女に向けて、表面上は申し訳なさそうな表情を浮かべつつ、樹はやんわりした口調で告げた。 「……すまない。俺は知らない人から物を、特に食べ物は受け取らない主義なんだ」 「そんな……」  明らかにショックを受けた表情を浮かべ、傷ついたというような少女に嫌悪感を抱きつつも、樹はキッパリと「だからこれは受け取れない」と首を横に振る。  しかし。 「ちょっと、それ酷くない!? この子がどんな思いで作って渡したとか、そういうのもうちょっと考えたらどうなの!?」  茶髪の女が姦しく喚いてきた。いや、お前は関係ないだろうと内心で頬を引き攣らせる。  友情だかなんだか知らないが、なんで断っただけでこんなに怒鳴られるのか。  後頭部に小さな青筋を浮かべつつ、樹は追撃した。 「手作りなら尚更だ。かつて嫌な想いをしてね」 「その嫌なやつとこの子が一緒とでも!? 最低! 冷血漢!」  はい、一緒です!  というかこちらは目の前の、何故かうるうると涙を浮かべる黒い女の名前すら知らないのだ。名乗られてもいないし、そもそもの話、受け取る義務も義理もない。  冷血漢なのは自覚しているが、さすがにプレゼントを受け取らないだけでここまで言われる覚えはないので、一言(一撃)入れてもいいかと樹が攻撃の体勢に入る。  険悪なムードが研究室に渦巻き始めたとき。 「いいじゃないか。受け取っても」 「教授?」  何故か、麻生が割って入った。  その視線は真っ直ぐにラッピングされた箱に向けられている。興味深い、といった様子だった。  敬愛する教授が興味を持っているという事実があるのなら、樹の答えは決まったも同然である。 「そうですね。さすがに失礼すぎますし」  あっさり手のひらを返した言葉とともに、甘ったるい赤とピンクの箱を受け取れば、涙を浮かべていた女は涙を引っ込め、パァッと顔を明るくした。今すぐにでも顔を潰したくなる。 「ありがとう……!」  苛立ちを抑える樹に気付いた様子もなく、もう用はないと言わんばかりに「一生懸命作ったから一口で食べてね!」という言葉を残して、うきうきとした様子で去っていく黒髪。それを追いかける茶髪。  過ぎ去った迷惑の塊の擬人化たちに微笑みを向けつつも、内心で中指を立てた樹は麻生へと振り返った。 「欲しいんですか?」 「なぜ?」  唐突に話を振られ、きょとんとした麻生のあどけなさに声が詰まりそうになるが、それを堪えて微笑みながら差し出す。  本当は視界にも入れさせたくない。しかし、彼の好奇心がどこからくるものか知りたかった。 「ずっとチョコレートを見ていたので。てっきり欲しいのかと」  理由を告げれば、麻生は頷いて手袋を着ける。 「まあね。あの様子だと、キミ以外には受け取らせなかっただろうし」  ビリィ!  受け取った箱のラッピングを遠慮なしに思いきり破っていく麻生は、現れた真っ白な箱を見ると顔をしかめる。  先ほどまでの乱暴さはどこへいったのか。  静かに蓋を開けて、中から出てきたピンポン玉サイズの茶色い六つの球体をそっと摘む。  ――ぐしゃり。 「随分とまあ、()()()()()な」  呟く彼の視線は真っ直ぐに潰れたチョコレート、否。その残骸から露出した細かな()()()に注がれている。  途端に室内を満たす甘ったるい匂いに、樹は口元を抑えながら嘔吐(えず)いた。

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