漫画村の閉鎖によって漫画の売り上げは回復したのか?
結論から書くと、漫画村の影響を現時点で判断することはできません。
世界はもっと複雑です。
こんな記事がありました。
漫画村消滅で電子書籍売上「増えた」 カドカワ川上氏が見解示す
以下、記事からの引用です。
『「漫画村が見られなくなってから、電子書籍の売上に変化はありましたか」との質問に対し、「それはもう増えましたね」と即答。』
こんな記事もあります。
メディアドゥが「海賊版サイトの影響」で業績下方修正 海賊版サイトの影響示すデータも公開
資料として4つのグラフが示されています。
・ある若年層向け電子書店の売上を示したもの
・ある電子書店における「ある大手漫画出版社A」の売上額推移をグラフにしたもの
・別の出版社Bの電子漫画売上(前年同月比)を月別にグラフ化したもの
・ある人気タイトルの最新刊とその前巻の売上を年齢別に比較したもの
漫画村が流行った時期、いずれのグラフも前年と比較して伸びが鈍化したり、売り上げが下がったとしています。
漫画村が閉鎖されて売り上げが上がったと喜んでいる漫画家のツイートも話題になりました。
『件の「漫画海賊版DLサイトが消えて印税10倍くらい上がった!」という作家さんの喜びのツイートいくつか横目で見ながら半信半疑でいたんですが…5月に出た明細みて驚愕…!「本当に印税が4~5倍になってる!」無料じゃなくても読んでくれた人いるんだ!って今泣いてます…ありがとうございます!』
6月26日現在、29,621件のRTがされています。
これら情報を見る限り「漫画村はやはり悪影響しかなかったんだ」「なくなって売り上げが伸びたんだ」という気がします。
だけど、世界は切り取る角度によってどんな形にでも見えます。
空き缶は横から眺めれば長方形ですが、上から眺めれば円です。
こんな論文があります。
「書籍海賊版の売り上げへの影響:日本のマンガをケースとして」
雑にまとめると「海賊版サイトが総効果としてコミック全体の売り上げにプラスに働くかどうかは分からないが、少年漫画など若年向け連載中作品の新刊の売り上げは減る傾向にあり、それ以外の完結作品の売り上げは増える傾向にある」という内容です。
調査対象としている作品は集英社、講談社、小学館、角川の4社に限られ、売り上げ客観データが出ているようなビッグタイトルが中心ですので、漫画一般に当てはめて結論づけることはできませんが、興味深い論文でした。
ここで、最初に紹介した記事とツイートを振り返ってみましょう。
まずは、カドカワ川上氏の見解から。
『「漫画村が見られなくなってから、電子書籍の売上に変化はありましたか」との質問に対し、「それはもう増えましたね」と即答。』
続く言葉は以下の通り。
『ただ、具体的な数字についてはまだ出せる段階ではなく、現状では「ほぼ伝聞に近い形です。申し訳ない』
続いて、取次大手メディアドゥが示した4つの資料。
・ある若年層向け電子書店の売上を示したもの
・ある電子書店における「ある大手漫画出版社A」の売上額推移をグラフにしたもの
・別の出版社Bの電子漫画売上(前年同月比)を月別にグラフ化したもの
・ある人気タイトルの最新刊とその前巻の売上を年齢別に比較したもの
「書籍海賊版の売り上げへの影響:日本のマンガをケースとして」という論文に従って、これらを見ていきましょう。
論文によると、海賊版サイトによって少年漫画など若年向け連載中作品の新刊の売り上げは減る傾向にあり、それ以外の完結作品の売り上げは増える傾向にあります。
調査対象としている作品は集英社、講談社、小学館、角川の4社に限られ、ビッグタイトルが中心であることも書きました。
メディアドゥが示した資料は「若年層向け電子書店の売上」「ある大手漫画出版社A」「人気タイトルの最新刊」と、もっとも海賊版サイトのマイナスの影響を受けやすい部分を切り出してグラフ化したものです。
「別の出版社Bの電子漫画売上(前年同月比)を月別にグラフ化したもの」に至っては、「そりゃ、前年比で伸びる会社もあれば落ち込む会社もあるでしょう。落ち込んだ会社のグラフを取り出せばそうなりますよね」という程度のもの。
青年漫画はどうだったのか?
中小出版社、マイナー作品はどうだったのか?
連載終了作品はどうだったのか?などには触れられていません。
最後に漫画家さんのツイート。
『件の「漫画海賊版DLサイトが消えて印税10倍くらい上がった!」という作家さんの喜びのツイートいくつか横目で見ながら半信半疑でいたんですが…5月に出た明細みて驚愕…!「本当に印税が4~5倍になってる!」無料じゃなくても読んでくれた人いるんだ!って今泣いてます…ありがとうございます!』
こちらはどうでしょうか?
一般論となりますが、5月に4月分の売り上げ明細は出ません。
作品をいろいろな電子書籍ストアで販売している場合、すべてのストアの4月分の売り上げが確定するのは6月末〜7月。
それが取次や出版社から実際に作家に振り込まれ、明細が発行されるのは8月以降です。
5月に明細が出るのは、1月か2月分ではないでしょうか?
1月2月と言えば、漫画村が盛り上がってた頃です。
この方の場合、「めちゃコミ」という電子書籍ストアで作品が先行配信されています。
「めちゃコミ」を運営しているのはアムタス。
他の遅れて配信されている電子書籍ストアのレーベル名を見ると「アムコミ」となっていました。
多分、アムタスが取次を兼ねていて、「めちゃコミ」先行配信後、他の電子書籍ストアに取り次ぐという座組みなのでしょう。
そうだとすれば、直営の「めちゃコミ」については翌月明細が出る可能性はあるかもしれません。
ただ、それで全体像を判断するのは早いです。
さて、ここまで第三者が公開している情報を分析してきましたが、自分の情報も出さないとフェアじゃありませんね。
実は僕の会社(佐藤漫画製作所)は電子書籍の取次をやっています。
「電書バト」という電子書籍取次サービスを運営しています。
電子書籍ストア各社と直接契約して作品を電子書籍配信したり、さらに二次的な取次と契約し、彼らを挟んで間接的にストアに作品を取り次いだりしています。
最初は僕の作品を配信するためにいろんなストアや取次と契約していったのですが、途中から「自分以外の作家の作品を取り次げるのではないか?」と考えるようになり、作家の立場に立った取次を目指して活動しています。
現在、取次可能ストアは約70箇所。
で、各ストア、取次からは、佐藤漫画製作所作品と電書バト作品の2種類に分けて月々のロイヤリティの報告書が届きます。
つい先日、とある二次的取次A社の4月分のロイヤリティが確定しました。
試しに今年に入ってからのA社ロイヤリティ確定値を並べて見ました。
すべての配信ストアのロイヤリティが確定するのはまだ先になりますが、10書店分以上のロイヤリティが確定したので、ある程度の参考値にはなると思います。
旧作中心、青年、一般作品中心の小さな取次の参考値です。
これで業界の全体像を語れるとは到底思えませんが、少なくとも1ストア1作品の数字よりは参考になるでしょう。
結果発表。
2018年1月
佐藤漫画製作所 ¥1,146,820円
電書バト ¥2,776,104円
2018年2月
佐藤漫画製作所 ¥2,338,228円
電書バト ¥2,248,533円
2018年3月
佐藤漫画製作所 ¥3,184,819円
電書バト ¥2,935,540円
2018年4月
佐藤漫画製作所 ¥2,824,496円
電書バト ¥5,719,291円
70ストア中の一部ストアのロイヤリティになりますので、これが最終的な合計金額ではありません。
合計額はもっと多いですが、ここでは書きません。
4月分が確定したのが取次A社だったので、とりあえず取次A社の数字だけを取り出しました。
佐藤漫画製作所作品を取り出して見ると、1月から3月まで114万〜318万円とロイヤリティ金額は上がり続け、漫画村閉鎖の4月は282万円に減っています。
一方、電書バト取次作品は1~3月は200万円台ですが、4月は¥570万円突破。
倍増です。
では、なぜこのような数字になったのか?
僕なりの見解を示します。
まず、基本的なことを言うと1月と4月は売り上げが伸びる時期です。
1月は年末年始で時間のある人が電子書籍を買います。
4月は新生活が始まる時期です。
新しいストアに会員登録して買い物をする人が増えます。
2月と3月は谷間。
なので、4月の売り上げが増えること自体は、実は「普通」です。
佐藤漫画製作所の数字から見ていきますと、1月は1,146,820円。
前年同時期はどうだっただろう?と確認して見ますと¥677,355円でした。
前年比1.7倍。
良い数字です。
そして、2月は1,146,820円→2,338,228円に倍増しました。
理由は新刊の発売とセールです。
「特攻の島」最終9巻が発売となり、それに合わせて1~8巻を無料にするセールを各電子書籍ストアで行いました。
これが爆発的にヒットしました。
「特攻の島」はもちろん漫画村にもアップロードされていましたが、8巻まで公式に無料で読める訳で、であれば安心の公式を読む読者が多かったのかもしれません。
8巻まで無料で読んだら、最後は「買ってやるか」という気にもなってくれたのでしょうか。
先に紹介した論文では「少年漫画など若年向け連載中作品の新刊の売り上げは減る傾向にあり、それ以外の完結作品の売り上げは増える傾向にある」そうなので、海賊版サイトで作品を読んだ読者に対しては、青年漫画、完結作品ということが、良い方向に作用したのかもしれません。
セールは3月中旬まで続き、結果、3月はさらに売り上げアップ。
4月はセールが終わりちょっと落ち着きましたが、また別のセールを組みまして、それもそこそこヒット。
微減の282万円となりました。
続いて、電書バト取次作品。
通常は佐藤漫画製作所作品の2~3倍あたりの数字です。
1月は佐藤漫画製作所 ¥1,146,820円で電書バト¥2,776,104円。
こんなもんかな、という感じ。
2月は佐藤漫画製作所 ¥2,338,228円、電書バト¥2,248,533円と並んでしまいましたが、佐藤漫画製作所は「特攻の島」効果ですので、電書バトは平常運転。
3月も平常運転の範囲内です。
ところが、4月になると¥5,719,291円といきなり倍増しました。
4月はまさに漫画村が潰れた時期。
その影響か…と思いたいところですが、多分違います。
「特攻の島」最終巻セールの際に考えたことですが、例えば、ボリューム10巻の作品があったとして、「全巻半額」というセールと「5巻無料、5巻値引き無し」というセールを組んだ場合、どちらが売れるでしょうか?
さすがに「5巻無料」は決断に勇気がいるので、「全巻半額」を選んでしまいがちですが、総額で値引率が同じなら、意外と「5巻無料」のほうが売れるのではないかな?と考えました。
インパクトもあるし、5巻まで読ませてしまえば後は有料でも読むしかないですからね。
その考えをさらに極端にし、「特攻の島」1~8巻無料セールというのを実行して見たところ、大爆発しました。
ということで、次は電書バトです。
最終巻以外無料はやりすぎなので、総ボリュームの半分無料、半分通常価格というセールをほぼ全作品で組ませていただきました。
あえて売り上げが伸びやすい4月に。
あえて漫画村が潮時の4月に。
その結果の¥5,719,291円だと思っています。
ちなみに、全ての月で前年を下回ることはなく、売り上げ自体は前年の1.5倍~底上げがなされています。
漫画村が正規の作品にどのような影響を与えたのかは、もっと時間が経たないと誰にもわからないことです。
誰にもわからないことを「潰れたら売り上げが増えた」と言いたがる人がいるということだけが、今の所判明している事実です。
業界全体の売り上げが確定し、研究が行われ、明確な事実が判明する時が来るかもしれません。
僕は海賊版サイトを肯定する立場ではありません。
海賊版サイトが駆逐され、正規版の売り上げが伸びる世界がくるというのなら、もちろんそれを歓迎します。
わからない時点で「こうだ」と断定してしまうのは、適切ではないだろうと考えています。