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2014/6/1 「太陽王−ル・ロワ・ソレイユ−」

★期待のフランスミュージカル、星組で日本初演

 星組トップスター柚希礼音がルイ14世を演じる。それだけでチケットを買う価値は十分にある、と思ったのは私一人ではあるまい。トップスターとしての長いキャリア、舞台上での存在感の大きさ、その身体能力を活かした伸びやかでダイナミックなダンスが持ち味の柚希ほど、太陽王ルイ14世にぴったりの男役スターはいない。

 さて、この「太陽王」は2005年パリ初演のフランスミュージカルだ。ネットで検索したところでは、オリジナルのフランス版「太陽王」はカメル・ウアリさんという著名な振り付け師の方が関わっておられたらしいが、日本での上演スタッフにその名前はない。脚本・演出は宝塚歌劇団の木村信司。音楽監督は長谷川雅大。振付に入っているのは、羽山紀代美、麻咲梨乃、KAZMI-BOY。原作はフランスミュージカルだが、今回の上演はフランス版とは異なると思っていて良いようだ。

 もう一つ、忘れてはならないのが、この公演が宝塚の演目としてはかなりの変則であること。星組は本来トップスター柚希とトップ娘役の夢咲ねねが組むのだが、「太陽王」に夢咲は出演しない(同時期に、日本青年館で専科轟悠が主演する「第二章」に出演)ことが事前に発表されていた。宝塚の基本は何はなくてもロマンス。トップコンビが、相手役とはそれぞれ別々のミュージカルに出演するというのは非常にレアなケースだ。しかも会場は東京・渋谷の東急シアターオーブ。関西が本拠地の宝塚歌劇団が東京でのみ公演を打つのは珍しい。

★第一幕、ルイ14世の初恋と別れ

 物語は喜劇作家モリエール(瀬稀ゆりと)が太陽王ルイ14世を紹介するところから始まる。中央から柚希ルイが黄金の衣装をまとって登場し、プロローグのダンスをソロで踊る。その後一転、舞台はフロンドの乱へ。重税にあえぐ民衆と貴族が結託し、王家への反乱を試みる。首謀者はルイ14世の従兄ボーフォール公(真風涼帆)とイザベル(夢妃杏留)。だが、この乱はすぐに鎮圧される。

 当時のフランスでは国王ルイ14世はまだ若く、政治の実権はルイ14世の母アンヌ(万里柚美)と宰相マザラン(十輝いりす)にある。ルイ14世にはムッシューと呼ばれる弟フィリップ(紅ゆずる)がいるが、彼は派手好みのお気楽者としてふるまっている。そんな中、ルイはマザランの姪の一人マリー・マンシーニ(綺咲愛里)に出会い、お互いに心惹かれる。だが、ルイの国王という身分故に二人は会うこともままならない。

 ルイは永年に及ぶ周辺国との戦争に自ら出征することを望む。マザランは将軍デュレンヌ(麻央侑希)に国王の身を守るよう命じたが、ルイは戦場で重傷を負って生死の境をさまようことに。アンヌやマザランがムッシューを次期王にと準備する中、一人マリーは戦場に赴き連日ルイの看病につとめる。その甲斐あってルイは回復。ルイとマリーは愛を誓い合う。読書好きのマリーの影響でルイは国王としての自覚を強めていくのだが、講和の証しにルイとスペイン王女との結婚を画策するマザランによってマリーは国外に追放されてしまう。ルイは愛する者を守れぬ我が身を嘆く。

 あらすじ的にはここまでが一幕だ。ルイ役の柚希は長い髪にマントとブーツが似合い隆とした男ぶりで、まさに若き王。だが、王家に生まれ王として生きることにまだ自信がない。ルイに読書による知識の光を通じて自信を与える女性が一人目のヒロインであるマリー。綺咲は小柄で愛くるしく、素直でまっすぐに若き王と向き合う感じは大変良い。知性の輝きでルイを導く、というにはやや幼い感じがぬぐえないのは何とも残念だが、二人のデュエットは見るものに恋する若者の幸せを感じさせてくれる。

★舞台セット、衣装、エピソードを連ねた構成

 舞台セットが凝っている。ブルボン王朝の百合の紋章フルール・ド・リスがちりばめられた背景の中央が大きく楕円形にくりぬかれている。最初はくりぬかれた向こう側に青空が見えている。中央から奥から手前に白い通路が続く。一番手前側が舞台中央にせり出した円形ステージになっており、周囲は階段。このミニステージ付きのセットが場面ごとに様々に印象を変えて使われる。通路の左右にセットを加え、右をマリーの寝室にするといった具合。装置は太田創氏。演出の木村信司氏とは星組公演「王家に捧ぐ」でも一緒に仕事をしている人、と言われれば、なるほどセットの感じはよく似ている。

 衣装も斬新。通常、宝塚の作品では過去の作品で使った衣装が使い回される。フランス王朝ものは何度も上演されているので「その他大勢」の配役は、そうした衣装を着ることが多い。フロンドの乱の場面で登場する民衆たちの衣装などには、そういったものが使われているようだが、太陽王の主要キャストの衣装は従来のフランス王朝ものとは一線を画している。王の衣装も、将軍の衣装も華美な装飾を排したモダンな雰囲気。宝塚の舞台では目にしたことがないので、おそらくこれらは新調だろう。王宮の女性たちの衣装もドレス正面の着丈が短く、皆足首まで見える。身分の低いマリーは素朴な柄の布を様々につなぎあわせたドレスだがそれがまた可愛い。衣装担当は宝塚歌劇団の有村淳氏だ。

 全体のストーリーは、モリエールの進行の下、場面ごとに印象的なミュージカルナンバーで綴られていく。一場ごとの独立性が高く、場面の転換はほとんどが暗転。一幕はそれぞれのエピソードを連ねた形で進行していく。

 メインキャストの一人、ボーフォール公役の真風は儲け役。冒頭フロンドの乱で登場して民衆とともに「フランス人なら」というナンバーを歌う。男らしさと押し出しが出ていてなかなか見栄えがした。国王の弟ムッシュー役の紅は、この役はこの人のためにあると言っていいほどのハマりぶり。取り巻きを従えて歌う「お気楽ものは最高」という歌も覚えやすいメロディー。ひん死のルイの次の国王にと乞われて「絶対に無理」と笑いを取るのも上手い。目元にラメを散らした化粧はピエロの様だが、すこし頬をふっくらするように見せているのはルイ役の柚希に似せようとしたのだろうか。

 マザラン役の十輝、ルイの母アンナ役の万里はいずれもベテランならではの安定感だ。
マザランがマリーを追放する一幕第13場では「マザランとマリー」という曲で、十輝と綺咲が掛け合いで一曲歌う場面がある。スターのヒエラルキーで役付の決まる宝塚では十輝がヒロインと掛け合い、しかも二人きりで歌う場面などまず存在し得ないので大変貴重なのだが、歌唱力はセンターで歌うには弱過ぎた。つまり、それだけこの作品が「歌える力」「歌いこなす力」を必要とすることが分かる。

★第二幕、太陽王と彼をめぐる女たちの運命

(二幕のあらすじ、結末に触れています。ご注意下さい)

 第二幕はマザランの死から始まる。彼の言葉に従って、ルイは今後は宰相は置かず、すべての決断を自分が下し、母アンヌの助けも排除すると宣言する。ここで歌われるのが「太陽のごどく輝け」、太陽王のテーマソングともいうべき一曲だ。柚希のソロと宮廷の人々によるコーラス、これは見事。ルイ14世が歴史に残した有名な「朕(ちん)は国家なり」という台詞も登場する。余計なお世話とは思うが、今どきの観客に「朕」という一人称が通じるのか少しばかり心配になる。

 絶対的な権力を握り、政治と宮廷を思いのままにしながらも、ルイの心はマリー・マンシーニを失った空洞を埋められない。ムッシューの後押しを得た妖艶なモンテスパン夫人(壱城あずさ)は「感覚がすべて」を歌い、ルイを誘惑して愛人の座を得ることに成功する。子どもを宮殿のパーティーに連れて行こうとする夫人に対し、寝かせておいてやりたいと懇願するのは養育係に雇われたフランソワーズ・ドビニェ夫人(妃海風)。ルイは子どもを守ろうとするフランソワーズの態度に心を動かされ、彼女に屋敷と「マントノン夫人」の称号を与える。

 豪華絢爛なベルサイユ宮殿の造営と増税を決めたルイのやり方に不満を持ち、民衆とともに反乱を起こしたボーフォール公は、その企てが露見して逮捕され、「二度と顔は見たくない」と言ったルイの言葉の通り、鉄仮面をかぶせられる。従兄すら信用できないルイの心はさらに孤独に閉ざされる。

 他方、スペイン王室から嫁いで来た王妃マリー=テレーズ(優香りこ)は、妻としてルイの心を求める。王として生きる術は学んだが、人として生きる術を知らないルイは妻を尊重しつつも打ち解けることができないのだった。第二女官長に出世したフランソワーズが、そんな王妃の心を慰め「自分自身を許し、何かを愛する心を持つことで人生は満ち足りる」と、「私は私を」というナンバーを歌う。

 王の寵姫として贅沢を欲しいままにするモンテスパン夫人は、その寵愛を失わぬよう媚薬を得るため、ラ・ヴォワザン(夏樹れい)を頼る。やがて夫人は黒ミサを行って、他の女性たちを呪い殺そうとする。それがルイの耳に入ることとなり、夫人は逮捕される。

 王妃マリー=テレーズは病気で世を去る。いまわの際にフランソワーズに「ルイにはあなたが必要だ」と後を託す。王はその身分の高さ故に妻の臨終に立ち会うことも許されない。ルイは完成したヴェルサイユ宮殿にフランソワーズを呼び寄せようとするが彼女はそれを断り「国王としてふさわしい人を妻に迎えるべき」と諭す。だが、ルイはあきらめなかった。フランソワーズの館を訪ねて「そばに居て欲しい」というナンバーを歌う。二人の心が通じ合い、ルイはようやく心の安らぎを得るのだった。

 エピローグは再び輝く衣装を付けたルイのダンス。そしてフィナーレと続く。

★三者三様の愛を演じた女役たち

 二幕でルイと絡むのはモンテスパン夫人、マリー=テレーズ、フランソワーズの三人の女たち。太陽王の後半はルイという主役をめぐる女たちの物語といってもいいくらいだ。

 演出の木村信司氏は、女役の主要キャストの一人をわざわざ男役にやらせることで知られるが、コケットなモンテスパン夫人に男役の壱城あずさをキャスティングしたのは正解だったと思う。国王の愛人という地位と財産を手に入れ、精神の安定を失って黒ミサに溺れていくなかなか難しい役どころ。顔立ちは女性的だが、本来男役だけあって押し出しが良く、野心家の女という面がよく出ていた。財務長官コルベール(十碧れいや)に罪をあばかれて、「陛下!」とすがり、ルイに「気安く呼びかけるな」と一蹴される場面は、男女の恋の駆け引きに幕が引かれるまさにその瞬間を切り取った様で、見事だった。

 王妃マリー=テレーズは受け身の役だが、主要場面は3つある。寝室でルイと二人きりの場面(第6場)、フランソワーズを呼び二人で話す場面(第11場)、死の床でフランソワーズに語る場面(第15場)だ。マリー=テレーズ役の優香は夫とすれ違う上品で無力な妻を丁寧に演じていた。

 ルイの最後の思い人となるフランソワーズ役の妃海は、声がよく通り、そして何といってもマリー=テレーズに語りかける歌「私は私を」が素晴らしかった。自己を肯定し受け入れることが幸せにつながるという意味の歌詞が今の時代に合っていることもあるが、今回「太陽王」という作品を支えた立役者の一人は間違いなくこの人だと思う。

 男役は総じて出番が多くない中、「自由・平等・博愛の世の中がやって来る」と説くボーフォール公の真風は二幕でも二枚目。財務長官コルベール役の十碧も長身でコスチュームがよく似合い台詞のキレも良いく印象に残った。モリエール役の瀬稀はこれまで意識して見たことのない人だが、出しゃばらず進行役に徹していてなかなかよかった。女役で少ない出番で強烈な印象を残すのがラ・ヴォワザンの夏樹。派手な衣装と妖しげな怪物たちを従え、ビートの効いた曲に載せて黒ミサを司る。穏やかに淡々と進んで行く物語の中で、彼女の存在と黒ミサの場面はパンチの効いたスパイスだ。

★宝塚版「太陽王」は傑作ではないが佳作である

 名作と言われるミュージカルや演劇には、ストーリーには起伏があり、心理的なカタルシスがある。「太陽王」というミュージカルを見ても、ぐーっと感情をわしづかみにするようなカタルシスが得られることはなかった。現代人であり、既婚の女性である私が、ルイ14世のような人物の生き方や感情にそう易々と共感できるわけもない。

 が、終わってみれば「太陽王」はなかなか楽しめるミュージカルでもあった。一番の見所(聴きどころ)は、多彩なミュージカルナンバー。私の印象では、10年前の初演の時でさえ、おそらく「懐かしい」と言われるレベル、ちょうど3、40年くらい前の洋楽ヒットチャートの上位に来ていた曲を彷彿とさせる。例えば、エレキギターの泣きっぷりに、私はサンタナの「哀愁のヨーロッパ」を思い出した。太陽王の生涯は、ポップス調だったり、ロック調だったり、カントリー調だったりと曲によって味付けは異なるが、覚えやすいメロディーの数々に彩られている。

 そして、普遍的で分かりやすいテーマ。絶対的権力者であった王やその妻である王妃も、王の愛人でさえも、愛に飢えれば不遇な身となり、愛に迷えば薬やまじないに走る。男にとっても、女にとっても、穴の空いた心を満たすのは、慈愛に満ちた身近な人の言葉(歌)であった、という結末が国や時代を超えたものであることに、私は安堵した。

 2014年の宝塚は創立百周年記念とやらで、過去の名作の再演が続いていて、いささか強引なキャスティングが目立つ中、全くの新作上演で、主演の柚希以下、出演者の個性を演出家がうまく役に活かしていたのも良かったと思う。宝塚版「太陽王」は傑作ではないが十分に佳作と呼んでいい。いずれ別のキャストで再演されることがあれば、また見に行きたい。

【作品DATA】2005年にフランスで初演されたロックミュージカル「Le Roi Soleil」の日本初演として、トップスター柚希礼音を中心とする宝塚歌劇団星組38名が2014年5月17日〜6月2日に渋谷・東急シアターオーブにて上演。日本版の脚本・演出は木村信司(宝塚歌劇団)。(なお、この期間星組は3グループに別れて公演。トップ娘役の夢咲ねねと娘役の早乙女わかばは専科轟悠主演の「第二章」日本青年館公演に、他の星組メンバーは礼真琴主演「かもめ」バウホール公演に出演)

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