『ラノベ天狗は笑わない』
※先に謝っておきます。上遠野浩平先生、ごめんなさい。
ラノベ天狗の問題は、俺にとって頭の痛い問題ではある。
何しろ、〝正義の味方〟だ。
さまざまな言説が気ままな突風のように吹き荒れるインターネットにあって、正義なんてのはあくまで相対的なものにすぎない。要は誰にとって正しいか、ということでしかなく、誰もが納得する絶対的な指針なんて結局のところどこにも存在しないのだ。
それはそれ、これはこれ、あなたのライトノベルだと思うものがライトノベルです……ただし他人の共感を得られるとは限りません。そんなものとしてやっていくしかない。少なくとも、俺はそう思うし、たいていの人もそう考えていると思う。
――だけど。
「あなたは、それでいいと思います」
彼女は穏やかにそう言う。
普段の彼女はとても理知的で、読書を愛していて、それでいてどこか一線を踏み込むのを躊躇わせるけじめを持った少女だ。だから、なのかもしれない。彼女は愛するライトノベルを軽々しく語られるのを極端に嫌う。
たとえ俺が新人ラノベ作家だとしても、だ。
「私は衝動的なんですよ」
彼女は据わった眼で呟く。なまじ整った顔だけに、かなり怖かった。
「〝最近のラノベ〟を雑に語る人間が現れると、私は我慢できなくなります。個々の作品を叩くのは構わない。でも、〝最近のラノベ〟と荒っぽく一括りにして語るのは、意見の押しつけであり、暴論です。少なくとも、碌に読んでいないくせに語るべきじゃない」
――これだ。
俺はため息をついた。
「どうしても、なのか」
「ええ。やめませんね」
「そんなことをしていても、何かが根幹的に変わったりはしないよ。……たぶん」
彼女は要するに、〝馬鹿〟が嫌いなのだろう。でも人類を愚かさから救うのは、イエス=キリストにだって不可能だ。
「勘違いしないでください。別に私は、何か〝いいこと〟をしているつもりになっているわけじゃないんです。ただ単純に、むかっぱらが立つから殴ってる。これはストレスの発散です」
そう言って、唇の端を挑戦的に釣り上げる。その自信ありげな顔つきが結構好きだから、俺はやっぱり複雑な気分になるのだ。
「なにげなくちょっと呟いただけで、殴られる方もたまったもんじゃないと思うけどなあ」
「仮にも世界中の人が読むネット上で、そんな覚悟もなく不用意に書き込む方が悪いでしょう。殴られてもしょうがないと私は思いますね」
そうだろうか。俺としては、それで彼女が憎まれたりしないかどうか、それが心配だった。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、彼女は滔々と語る。
「ライトノベルだって色々あるんですよ。何十年かですが、そこそこに歴史だってある。それなのに、やれ〝最近のラノベは文章が酷い〟〝最近のラノベはハーレムものばかり〟〝最近のラノベは全部同じで買う気がしない〟〝最近のラノベはつまらない〟……つまらないのはその無知、偏見、それに話者自身ですよ!」
憤懣を隠さず叫ぶ彼女は生き生きとしていて、少しまぶしくすらある。
「あなたには期待しています。ああいう連中を一発で黙らせるような作品をお願いしますね」
そんな、いい笑顔で言われても……。
俺は頭を掻いて、こまったふうな表情を作った。
「それは、骨太の作品をやれっていうこと? それとも、ハーレムとか魔王ものをやりつつ、批評的な内容を盛り込めっていうのかい?」
「そのすべての意味、ですかね」
贅沢だな、と俺は苦笑する。
「けど最近のラノベって、そういうの流行らないからなあ……」
――あっ。
と、俺は思った。やってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は言い訳をしようとした。違うんだ。ラノベ作家が「最近のラノベ」と口走るとき、それは「最近の(売れている)ラノベ」という意味なんだ。売れないと存在を認知もされない、そんな業界の空気に染まってしまっているから、無意識にそう考えてしまうだけなんだ……。
だけど、彼女にはそんなこと知ったことじゃない。
「そういう雑な語り、嫌いだって言ってるでしょう?」
おもむろにセーラー服から〝衣装〟に着替えた彼女は、俺に向かって弓矢を引き絞った。
鮮やかな赤い袴に山伏装束、そして天狗の面――。
「待っ――」
「問答、無用」
空中を疾(はし)った矢が、俺の額の真ん中を貫いた。
普段は花の女子中学生、『ニンジャスレイヤー』のヤクザ天狗をもじって名乗り、ガラケーユーザーで一匹狼。雑なラノベ語りをするとどこからともなく現れる。
而してその正体は――
ラノベ天狗。
ラノベ天狗は笑わない 「第一話 ラノベ天狗参上」closed.