選択的夫婦別姓への反論に反論します
先日、選択的夫婦別姓を実現するために訴訟を起こすことを決めました。その内容は、今回担当していただきます作花弁護士のブログを参照いただければ幸いです。(追記:私のこちらのエントリーにもまとめました。)
ちなみに作花弁護士は、2年前に再婚禁止期間で違憲判決を勝ち取り、民法改正につなげた敏腕弁護士です。(参考記事:「再婚禁止期間」は憲法違反 最高裁大法廷)
今回、私たちが訴訟することが毎日新聞のニュースになり、ヤフージャパンのトップページで取り上げられたり、検索ランキングで瞬間的に1位になったり、はてなブックマークが800以上もついたり、大きな反響がありました。
はてブのコメントを見てもわかるように、選択的夫婦別姓に賛成・応援する方が多数派のようです。しかし、一部からは懸念や反論をいただいていますので、さらに議論を進めます。
ただし、2つの原則を前提とします。それは、
1. 一人ひとりのニーズを尊重しよう。(多様な個性の尊重)
2. 社会の変化に合わせてルールを変化させよう。(生成発展)
の2つです。
1つ目は、例えば「親は大工だが、私は別の仕事に就く」とか、「両親はAさんと結婚させたいが、私はBさんと結婚する」とか、本人のニーズを尊重することが大事という原則です。とはいえ、全員のニーズを同時に実現することが難しいのも現実です。しかし、「できるところから個人のニーズを拾っていこう。それが社会の進歩である」という考え方が、原則1になります。
2つ目は、ルールは人間が時代に合わせて作り出したものであり、不具合が出てくれば変え続けなければならない、という原則です。例えば「以前は公的な場所で自由にタバコを吸えたけど、今は制限される」とか「以前は電話帳に名前を載せていたけど、今は個人情報として保護される」とか、「社会の変化に合わせてルールを変化させていこう。それが社会の進歩である」という考え方が、原則2になります。
この2つを原則として、いただいた懸念や反論について考えていきます。
「別姓にしたいというのは、単なるわがままである」
原則1に反します。ラーメンを食べたい時に食べられるように、別姓のまま結婚したいカップルは別姓のまま結婚できる社会を作る。わがままを受け入れようとする変化は進歩です。
「別姓にしたいなら別姓を認める国に行けばよい」
原則2に反します。この発想だと、永久にルールは進歩しません。日本という国が、これからも快適に暮らせる場所であることを目指すならば、ルールは変化させなければなりません。しかも、少子高齢化や人口減少が国家レベルの問題になっているときに、「他の国に行けばいい」という発言はいただけませんね。
「同姓にしても大して不利益はない」
原則1に反します。不利益だと感じる人がいるのであれば、それを解決する方向に変化するところに進歩があります。2年前、「(現行制度は)会社としての不自由、個人としての不自由さは全くないのではないか」と語った某経済団体の会長がいて、愕然としてアゴが落ちました。
「家族の一体感が失われる」
原則1に反します。同姓にすることで一体感を高めたい家族はそうすればいいし、別姓で問題ない家族は別姓でいい。一体感を高める手段はいくらでもあります。家族でペアルックなんか着たら、相当一体感が出ますよね。
「家族制度が崩壊する」「伝統が失われる」
原則2に反します。日本の家族制度も、変化を続けてきた結果、今があります。「制度が崩壊する」と感じるのは不安があるからでしょう。「選択的夫婦別姓」で損をする人がいれば、ぜひとも具体的にどのような損をするのか、声を上げていただきたいと思います。損だと感じる夫婦は、同姓を選択すればいいだけのことですが。
「子供の姓はどうするんだ」
今回の訴訟では、子供の姓のルール改正は求めていませんので、「結婚時に決めた戸籍筆頭者の姓に統一する」だけです。もし、別のニーズ(子供は新しい姓にするとか)が発生したら、また時代に合わせて改正を検討すればいいと思います。海外のように、両親の名字をくっつけて子供の姓にする時代が来るかもしれませんね。「ますだおかだ」とか。
「子供と親の姓が違うのがかわいそう」
原則1に反します。かわいそうだと思えば、その夫婦は同姓にすればいいだけです。しかも、現代社会においては、旧姓を通称として使用するケースが増えており、「親と子で姓が違う」ことは既に起きています。例えば、私は我が家では、ほぼ「青野」です。また、現行ルールでは、結婚すると夫婦のどちらかは必ず改姓するので、親と姓が違います。既に「かわいそう」は多発しています。
「子供がいじめられそう」
原則1に反します。多様な個性を尊重すれば、他人と違うことは自然なことです。いじめる側に問題があります。原則1に沿って考えれば、他人と違うことで叩かれる状態は改善が必要です。STOP THE イジメ。
「婚姻制度から見直すべきである」
こちらは議論の範囲(スコープ)が広がりますので、別途議論した方がよいでしょう。婚姻制度は、財産制度と密接に関係していますので、慎重に議論して進めていく必要があるかと思います。今回の議論は、シンプルに「名前」の問題です。すぐ実現できるはずです。
「別姓にしたいなら、事実婚にすればいいのでは」
原則1に反します。ニーズは「別姓のまま(=名前を変えずに)結婚したい」というものです。事実婚だと、法律で決められた婚姻による様々な義務や権利がなくなります。財産の問題も発生します。それらを含めて全体のルール設計を見直すことについては反対ではありませんが、議論の範囲が広がります。今回は単に「名前」の話です。
「姓を変えることで不利益を感じるのであれば、それはその人の実力不足である」
原則1に反します。目指しているのは「姓の変化を乗り越えられる」社会ではありません。「姓の変化を乗り越える」努力を強制する意味がわかりません。「俺は実力があるから、姓の変化なんて関係ないぜ」と自慢したかったんでしょうか。
「選択的夫婦別姓を認めると、離婚率が高まる」
その因果関係に根拠が薄いこともさることながら、「離婚はよくないこと」が前提になった発想です。離婚したければ離婚できる社会を目指すのか、離婚したいのに離婚しづらい社会を目指すのか。原則1に沿って考えれば明らかです。余談ですが、日本では離婚したとき、妻が子供を引き取るケースが8割と聞きますから、同姓にするなら妻の名字に合わせる方が合理的ですね。
「選択的夫婦別姓を認めると、システムの改正や荷物の配送などが大変になる」
原則1に反します。多様なニーズを満たすには工夫が必要であり、それが進歩を生みます。しかも、現在はすべての夫婦のどちらかが改姓しているので、改姓に関する様々な手続きや配送の混乱など、既に大きな労力を強いています。青野慶久は、生まれてから死ぬまで青野慶久であり続けた方が、発生するコストははるかに低いと思われます。また、外国人と日本人が結婚するときは既に別姓を選べますので、システム上の問題は小さいと推測します。
「選択的夫婦別姓を認めると、犯罪率が上がる」
理解し難いので、その根拠を説明いただけると助かります。むしろ、別姓を認めると、名前が一生変わらない人が増えるので、個人の特定はしやすくなるかもしれません。
「青野は左翼だ」
小学校時代は外野手ではなくショートでした。右投げ左打ちです。
「売名行為だ」
今回の訴訟は、私の名前を出した方が、注目を集めて社会変化を促せると考えました。反響は予想以上で、名前の認知度が上がった事実は認めざるを得ませんが、リスクが高いし名前を売るメリットも特にありません。
「お金目的だろう?」
さすがにそれはないです。
他にもあれば、後で足したいと思います。 →その2へ →その3へ →訴訟で実現したいこと