なぜ中国の若者は「日本のメンヘラ女」に憧れるのか
みなさんはメンヘラクソ女育成ゲームこと『NEEDY GIRL OVERDOSE』をご存じだろうか。本作はオタクライターのにゃるら氏が企画シナリオを担当したインディーズゲームであり、小規模制作としては異例の販売本数150万本を突破した超人気作である。
本作は明らかに日本の「メンヘラ女子あるある」を題材とした作品だ。一例をあげればキャラクターの回復アイテムが「ディパス」(悪名高いベンゾジアゼピン系抗不安薬のもじり)であったり、語彙がほぼネット用語だったり、キャラの衣装が(メンヘラに人気の)ゆめかわ風のパステルカラーを基調としていたりと、わかる人が見れば即「ネットのメンヘラクソ女の話だな」と理解できる作りになっている。
であるので正直なところ筆者は発売当初「ゲームは面白いけどネットで局所的に売れるくらい程度じゃないかなぁ」と予測していた。そもそも本作のインスピレーション元である成人向けビジュアルノベルの市場規模はごく小さい。販売価格の差はあるが『Fate/stay night』でさえPC版の売上は20万本程度、と言えばその規模感が(オタクには)伝わるだろう。
にも関わらず、『NEEDY GIRL OVERDOSE』は売上本数150万本という前人未到のセールスを達成した。一体なにが起こったのか。答えは中国である。「日本のメンヘラ女子あるある」的ゲームが、なぜか中華人民共和国で異常なブームを巻き起こしたのだ。
この報に接したとき、「意味がわからない」というのが筆者の率直な感想だった。なぜここまで「日本のメンヘラ女子あるある」を散りばめた作品が中国で売れているのか。まさか中国で日本のメンヘラ文化が流行っているとでも言うのだろうか。
この分野にくわしい識者から話を聞き、自分でも資料に当たってみたところ、シンプルかつ衝撃的な答えに辿り着いた。本当に中国では日本のメンヘラ文化が大流行しているようなのだ。本稿では知られざる「日式メンヘラ文化」の海外展開についてくわしく紹介していく。
中国市場を席捲する日式メンヘラ文化
中国における日式メンヘラ文化には様々な文脈があるが、最も直接的な影響が見られるのはファッションの分野だろう。
あまり知られていないが、中国では早くから日本式のコスプレ文化が受容されてきた。1990年代から香港や台湾で数多のコスプレサークルが立ち上がり、早くも2000年代には大手ゲーム会社とのタイアップなど企業活動の場におけるコスプレイヤーの露出が確立されたほどだ。ともすると企業活動とコスプレイヤーとコラボレーションにおいては日本よりも大陸の方が先行していたとすら言えるかもしれない。
そんな「コスプレ大国」たる中国では、狭義のコスプレ(アニメや漫画のキャラクターの仮装)以外のオタク系ファッションも流行していった。その最たるひとつがロリィタファッションだ。中国におけるロリィタの人気は日本の比ではなく、ひとつのファッション分野として既に莫大な市場規模を獲得している。
コスプレにしてもロリィタにしても日本ではどうしても「頭のおかしい女が着る服」という偏見から逃れられなかった感があるが、中華圏においては「最先端の外国(日本)の流行」という形で輸入されたせいか極一部のニッチなユーザーだけでなく比較的多数のオタク女性に受け容れられていったようだ。海外ブランドに弱いのは東アジア共通の悪癖なのだろう。このような流れで日本のオタクファッションは中国の若年世代に浸透していった。
ちなみに中国には「ロリィタ服」「日本のJK制服風ファッション」「漢服」の3ジャンルを統合した「三坑」という言葉まである。そして驚くべきことに三坑ファッションの市場規模は2025年までに2兆円規模に達するとまで予想されている。
比較対象として日本の服飾業界の数字を出しておくが、日本のアパレル産業全体の市場規模が8兆円ほどである。「オタクファッションだけで市場規模2兆」という中国の凄まじさがおわかり頂けるだろうか。ちなみに「三坑」とは「3つの穴」という意味合いで、この場合の「穴」は日本オタク用語における「沼」のような意味合いを持つ。三坑ファッションは概してきわめて高額であり、それにハマることは多額の継続的出費を意味する。だから「坑」(おとし穴)なのだ。これらのファッションを購入するため経済的な破産に至る若年女性なども時たま報じられるほどである。
ここまでなら「日本のコンテンツパワーが世界に」的なお話として受容できるかもしれない。ただ実際のところ「三坑」はもう少し闇が深い。
たとえば「三坑」の中で最も人気があるのはJK制服だが、中国国内においてJK制服は売春やフリーセックスといった性的問題行動のイメージと深く結びついている。
中国人が日本風のJK制服を目にする機会など日本のアニメとAVくらいしかなかったのだからこれはむしろ当然かもしれない。そもそも中国国内においてもっとも一般的な学生服は男女共用の運動用ジャージという背景もあり、十代の少女がミニスカートスタイルで生活を送ること自体きわめて性的に奔放な仕草に見えてしまうようなのだ。
したがって中国における「三坑」ファッションは単なるデザイン的流行という文脈に留まらず、「性的に奔放な(病んだ)少女」というライフスタイルに対する支持の拡大を包含している。
SNSで三坑ファッションを愛好する中国少女を探してみると、その多くが精神疾患やオーバードーズなどの問題属性をむしろ嬉々として晒しているに驚く。日本ではとっくに「ダサい」ものとして下火になったリストカットも大流行しているようで、きわどい自撮りに混じって血まみれの手首画像も大量に投稿されている。
ちなみに上画像にある「爸爸活」は「パパ活」「租借女友」は「レンタル彼女」を指す。といってもハッシュタグ自体はほとんど使われていないから、彼女らが実際に身体を売っているというよりはファッションの一種として自撮りにそうしたハッシュタグを付けているというのが正確だろう。つまり売春婦として刹那的な生活を営む日本のメンヘラ女は、中国のZ世代少女にとって「外国のかっこいいライフスタイル」
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