パワハラ指導者へ 安易な再チャレンジの機会が与えられる大問題
サガン鳥栖監督時代の2021年、選手、スタッフ、そして未成年のユースの子達に対するパワハラ、暴言・暴行が明るみになった金明輝(キムミョンヒ)監督。同年、監督退任。そして2022年には公認指導者S級ライセンスからA級に降級処分。しかしその年、町田ゼルビアのヘッドコーチとして指導者の立場にすぐ返り咲いた。
そして2024年終盤、アビスパ福岡の監督就任が報道されたことにより、当の福岡サポーターから就任に大反対の声が挙がっている。
パワハラが明るみになったことで処分が下った監督は金明輝監督以外にも湘南ベルマーレの曺貴裁(チョウキジェ)監督等もおり、なおかつ2020年末にチョウキジェ監督が浦和レッズへの監督就任報道がなされた際も、今回と同様に浦和サポーターから反対の声が挙がっていた。しかし、金明輝監督は選手やスタッフのみならず複数年にわたって未成年への暴行をした点で更に悪質性が高いこともあり、より大きな反対運動が繰り広げられている。
このような反対運動があったにも関わらず、福岡のフロントは12/13に金明輝監督就任のリリースを発表した。これに伴い、10年間クラブをサポートしたオフィシャルスポンサー契約終了を発表するスポンサーが出る等、就任後も騒動は静まらない。
今後もパワハラにより処分が下った指導者へのセカンドチャンスが話題になり、物議を巻き起こすことが今回の件に限らず想定される。そのため、Jリーグ、そしてサッカー界における一つの負の歴史として、騒動を残しておく。
何故ならこの件に限らず、選手・監督のポジティブな面の方がメディアや公式記録等では残りやすく、ネガティブな事象はサポーターの個人ブログのみにしか残らないことが多い。その場合、新たに参入したサポーターにとっては歴史を知ることができないため、こういった形で残す必要性がある。
自分は当事者であるサガン鳥栖・アビスパ福岡のサポーターではないため、中立的な立場から事実をベースにまとめていきたい。
(1)メディアによる「金明輝監督就任が決定的報道」
メディアによりチョウキジェ監督浦和就任の報道がなされた時、「決定的」、「最有力」、「大筋で合意」とまでは書かれなかったため、浦和サポーターによる大規模な反対運動が巻き起こることはなかった。
しかし今回の金明輝監督においては、ほぼ就任決定といった報道であるため、このままでは自分の応援するクラブに過去、パワハラの前科がある監督が就任してしまうという危機感から、激しい反対運動に至ったというのがチョウキジェと金明輝の背景の違いである。
(2)金明輝監督が福岡ダービーの相手である鳥栖の監督だったこと
福岡のサポーターが過敏に反応しているのは「金明輝監督が、ダービーの相手であり、福岡からすると大嫌いなクラブである鳥栖の監督経歴があるから受け入れられないのでは」と見る向きもあるが、これが正しいとは限らない。
福岡のサポーター達は「鳥栖を率いていたから嫌だ、嫌いだ」ではなく、「普段意識している隣のクラブを率いていたため、パワハラ問題についても当事者鳥栖サポーター並に注目していたから」という捉え方だ。これがダービーの相手でもなく九州のクラブでもない別のクラブでパワハラをしていたのとはワケが違う。より身近で普段から意識をしている鳥栖を率いていたので、福岡サポーターの情報量が段違いであるからだ。
ダービーの相手である鳥栖の不祥事を、福岡側が注目するのは当然。パワハラの具体的事例である暴行・暴言の詳細についても当事者並の意識で確認し、弾劾していた。
これはダービーのあるクラブなら理解しやすいと思う。浦和と大宮、G大阪とC大阪、横浜FMと横浜FC、FC東京と東京V……お互いの不祥事や問題について双方共にチェックするし、悪く言えばお互いのマイナス面をあげつらう。当事者の次に詳しく、意識するクラブとなっている。
なので、鳥栖の監督を率いていたことに対する拒否感ではなく、鳥栖の監督を率いていたからこそ、当時のパワハラ内容についてもまるで自分事に近い形で福岡サポーターは捉えていた。彼らは情報量が違う。そんな熟知されている中で舞い込んできた就任報道、それは騒ぎになるのが当然である。
もちろん、鳥栖を率いていたことが最も嫌悪する理由となっているサポーターも一定数いるだろう。
ただ、鳥栖−福岡間に限らずダービー間で移籍する選手は田代雅也や金森健志等多く存在するため、「鳥栖に在籍してたから」が一番の理由だと断定できない。「パワハラの暴行・暴言内容を熟知しているから」が最も大きな理由とも考えられる。
(3)パワハラの内容
率直に言って、金明輝監督が行ったのはパワハラという言葉では生易しいとも思えるような、「傷害」といった内容である。パワハラ表記では事の深刻さが伝わりづらく、暴行・暴言という表記が正しいのかもしれない。
詳細はJリーグ側での調査報告書に記載されているし、あまりにも醜悪な内容であり、読み手の方がここで改めて気分を害すことになるため全てを書きはしないが、鳥栖ユースの未成年の子達までもが数年間にわたって被害を受けたことがより深刻さを増している。
選手・スタッフというプロに対してだけではなく、アマチュアのユース選手に対して暴行・暴言を行った。フラッシュバック、今後の進路、人生を壊しかねない重大な行為。これが福岡で再発したらどれだけの被害が生じるか。再発しなくても、過去のパワハラを踏まえてユース、ジュニアユース等下部組織の未成年選手本人および親族が懸念を抱くことも想像に難くない。
(4)再チャレンジの機会
金明輝、チョウキジェ、永井秀樹等々、Jリーグはパワハラを犯した指導者に対する処分が甘いと認識される理由の一つが、再チャレンジの機会が早々に与えられることだ。
スポーツ界のパワハラ根絶に向けて活動しているスポーツハラスメントZERO協会理事・元ラグビー日本代表の平尾剛氏とのセッションにおいて、(金明輝監督に限定した話ではなく)Jリーグにおけるこの再チャレンジの早さについて質問を投げかけたが、平尾氏の回答は金明輝を指しているわけではなくあくまで一般論として、「早期復帰はすべきではない、Jリーグ側の対応が適切なのか疑問に思う」と一刀両断。
一般企業勤めのビジネスマンを含むサポーター等、外部からの目線においても疑問視されるような再登用の機会が与えられてしまっているのが今の日本サッカー界である。
ただ、ライセンス降級後、指導者復帰まで何年のペナルティを与えれば適切なのか?これについては根拠がないのも確かだ。3年、あるいは5年と設定しても「なぜ3年なのか」、その年月の理由や根拠は示しにくい。
比較になるかはともかく、ドーピング違反においては制裁期間として最大4年の出場停止処分となっていることを踏まえると、パワハラ処分の方は期間が短い。今回の金明輝監督は公式試合への出場資格停止は8試合というけん責処分だった。これでは単なる充電期間と捉えられる。
なにより、金明輝監督は降級処分から僅か半年程度で指導者現場に復帰、その2年後には監督として復帰することが「早い」という認識をサッカーファン、そして世間一般の大多数が持っているからこそ、これだけの騒ぎになっているのが実態だ。
前述のチョウキジェ監督にしても、2019年11月にS級ライセンスの停止処分後、こちらも僅か半年足らずで指導者現場に復帰、その一年後にはJリーグの監督として復帰している。
感覚論でしかないとは言え、世間から「Jリーグ、サッカー界はパワハラに甘い」と受け止められるリスクをもう少し考えるべきではないか。
(5)サポーター団体の意見表明
福岡のサポーター団体、ULTRA OBRIとエスコティーバ福岡が今回の件について就任前から意見表明を実施している。
これは有名サポーター団体がクラブ側に圧力をかけており越権行為だと見る人もいるだろうし、過去に問題を起こしたことのある団体が自分達を棚に上げて他人を断罪できる立場なのかと批判している人も存在した。
一方、個々のサポーターが意見表明しているのと同様に団体としても個々に意見表明をしているに過ぎない、もしくは、個々のサポーターから自然発生的に巻き起こっている反対運動を看過せず、団体としての存在意義・責任感を踏まえた上で意見表明をしていると見る人もいるだろう。
いずれにせよ、ここまでの騒ぎになっているので福岡のフロント側としては金明輝が監督就任した場合、過去のパワハラ問題について何も触れずに就任リリース出すことは不可能となった。クラブの名誉が毀損される可能性もあれば、就任に伴う様々なトラブルも今後も予見される中、ステークホルダーに綺麗事のみの説明で過去の問題に触れずに事を進めるのはもはや困難である。
(6)スポンサー関連
こういった最中、福岡公式が声明を発表。11/4に報道されてから4日後の11/8に主に以下の内容が発表された。
福岡やサッカー界に限らず、何かイベントやメディアで問題が起きた際、本体よりもそのスポンサーを狙い撃ちして抗議活動をするのが最も効果的(最も迷惑)であるのは知られているが、本件においても同様の抗議活動が実施されている。
しかし、このサポーターによるスポンサーへの個別連絡は完全に悪手である。
実際に、サポーターから監督人事関連でクレームを入れられたスポンサーはどう思うか?こんな迷惑なクレームがきたら、
「スポンサーというだけで何も悪くない我々が被害受けるならばクラブのサポートはやめよう」
「面倒だし関わりたくないから来季のスポンサーを降りよう」
となりかねない。ましてやクレーム対応で一部業務に支障が出るならなおさらだ。
仮に、スポンサー側が真にサポーターの意見を受け止めたとしても、「このような問題のある人事を行うクラブをサポートできない」と結局降りることに繋がる。
そのため、怒りにまかせてスポンサーへの連絡を入れた場合、クラブの予算縮小、チームの弱体化に直結することとなるため、完全に悪手である。仮にこのスポンサーを巻き込んだ抗議活動が功を奏して金明輝監督就任が撤回されたとしても、トレードオフとして来季からのスポンサー減・強化費削減に繋がった場合、サポーター含め誰も幸せにならない。
「こうなるのは予想できた話。その元凶を作った福岡フロントが悪い」との主張もあるだろうが、スポンサーへの迷惑行為をフロントの決断のせいだとして許される話ではなく、監督人事と第三者への迷惑行為は完全に切り離して考えるべきものである。
※ なお、スポンサードをしている企業側においても本件について、福岡のフロントへ意見提出をしていることも明らかになった。(大口ではなく小口のスポンサー兼福岡サポーターの方々が、福岡のフロントに対し意見を提出していたこと、また、それに対する返答は前述のプレスリリース文と同様のPDF文書が送付されている状況が判明)
(7)何故あえて金明輝監督にオファーをしたのか
これについては「意味が分からない」、「他にもっと適任がいるはず」、「あえてパワハラ前科ありの監督を選ぶ必要性がない」等々、疑問に思う人が大半だろうが、福岡のフロント側として理由は想像するだけでも複数ある。
そして性善説での考えと性悪説での考えがあるため、分類した上で述べていきたい。
○ 性善説でのオファー理由
・再チャレンジ機会を与え復活させたストーリー性
「パワハラを犯した人物に対し今の世間一般的には一発アウトとされ、世間から厳しい目が向けられている。しかしそんな中、あえて福岡がサッカーファミリーとして金明輝監督に再起の道を用意し、更正の機会を与える。そして監督とクラブが共に手を取り合って復活する」
これが理想の展開なのだろう。そして性善説で塗り固められたストーリーである。
この理由における福岡フロントの大きな問題点として、以下の二つが挙げられる。
(1)このストーリーを受け入れられる人が大半だと勘違いしていること
(就任報道でこれほど反発が来るとは全く思っていなかった)
(2)パワハラが再発しないと思い込んでいること
(彼が再犯し選手・スタッフ・ユース選手が被害に遭った場合どう責任とるのか)
・過去の実績を評価
「大口スポンサーであるサイゲームス撤退後、予算規模に乏しい鳥栖を4年連続でJ1残留に成し遂げた手腕は見事。その手腕を是非、福岡でも奮ってほしい」
こういった理由は一見、正しそうに見えて大きな落とし穴がある。
その手腕・結果は選手へのパワハラによって成り立っていたものであることだ。暴行・暴言といった恐怖政治によって導かれた結果は、その恐怖がなくなった際、果たして同じように成り立つのかという視点が抜けている。パワハラというドーピングなしでは結果が出ないなら失敗に終わるし、暴行が再発したなら目先の結果が出ても結局は問題が明るみになって同じ結末を辿る。どちらにせよ茨の道でしかない。
● 性悪説でのオファー理由
・相場より安い年俸で買い叩ける
普通なら、実績のある監督なのでそれなりの額で年俸を提示しなければならないところ、パワハラ前科持ちの監督であるがゆえに、交渉時に年俸を安く提示できる可能性がある。他の監督よりも若干安くてもオファーを受けてくれるならば、予算規模が決して潤沢ではない福岡からすれば有難い話だ。
・他のクラブが手を出さないので競争が激しくない
良い監督の場合、複数のクラブからオファーが舞い込み争奪戦となるが、今回のようにパワハラ前科ありの監督であればオファーに尻込みするクラブが出てくるため、激しい競争に至らず獲得が可能。
それこそ、チョウキジェ監督浦和就任報道においても最終盤で、「現場レベルでは打診していたが、親会社(三菱)が難色を示した」という報道がなされた。つまり、コンプライアンスの観点から親会社側がパワハラ前科を持つ監督を許さなかったと読み取れる。
過去に問題を起こしていない普通の監督に比べれば、競争が激しくなく、それは前述の通り高額年俸も避けられる。
・そもそもパワハラに対して問題と思っていない
福岡のフロントが「確かに処分が下ったのは把握しているが、内容的にこのぐらいの暴行・暴言はプロの世界でよくあることだし厳しい指導の範疇。大騒ぎするほどの内容ではない」と認識してしまっているパターンだ。
パワハラに対する世代間ギャップはかなりあり、20代、30代は忌避感が強い一方、50代以上ともなると「我々も同じような指導を部活や会社で受けてきた」として耐性があり、さほど問題だとは捉えない人が増えてくる。
仮に福岡のフロントが問題と思っていないのならば、オファーを出したのも頷けるし、現状の反対活動にはさぞかし驚いていることだろう。
(8)結論
率直に言って、これほど大きな問題になることを福岡フロントは何故予見できなかったのか、という点で見通しの甘さを強く感じる。反響の大きさを予想できなかった想像力の欠如により、悪い意味で注目を集めることとなってしまった。
一部サポーターが暴走してスポンサーに標的が向かっていることは同情すべき点だ。しかし、そういった事態が生じる可能性を考えていたかどうか、そこまで覚悟してオファーの決断に至ったのか。
本件に限らずパワハラ処分前科ありの監督が就任する際は、このように大きな問題となることを他のクラブは他山の石として強く認識すべきと考える。
残念ながら日本サッカー界は世間一般のコンプライアンス違反の意識と大きな乖離があり、甘いと思われてしまう。私が所属している会社においても、パワハラ処分者は人事上の懲戒および左遷・更迭に伴い自主退職に至り、安易な再チャレンジの機会は与えられていない。しかし、サッカー界は安易な再チャレンジがまかり通っている。
そしてメディアも甘い。金明輝監督や福岡フロントへの適切な批判をできない。そんなことをすればクラブや監督との関係性が悪化し出禁等の処分を食らい、今後の取材にも支障が生じるため、本件に深く切り込むことを避けている状況だ。
こういった内容を記載できるプロのライターや編集者は皆無であるため、何のしがらみもない自分のような一サッカーファンが騒動を歴史として記すしかできないが、このような出来事が過去にあったのだと、後世に残り、そして記憶に残れば幸いである。