『性差(ジェンダー)の日本史』展は私たちの”常識”に挑戦し、不快にさせる
国立歴史民俗博物館で企画展示として開催されている『性差(ジェンダー)の日本史』展に行ってきました。結論、久々に感動を覚えるほど常識を揺るがされ、良質な不快感を生み出し、自らの不知を恥じ、また一歩、過去の囚われから解放される契機となったため、ぜひ多くの方に足を運んでいただきたいと思い、扉までの案内人を務めたいと思います。
遠さの絶望は、心地よい違和感と向き合う時間に
大変失礼ながら、私は電車の中吊り広告でこの企画展を知った10月初旬、こんな罰当たりなツイートをしていました。
そうなんです、この国立歴史民俗博物館は千葉県佐倉市にあり、都心からだと車でも1時間半くらいかかってしまうのです。
しかし、このツイートを見た友人たちから、「これは絶対に行ったほうが良い」と連絡を受け、さらにはちょっとネジの外れた親友が早速チケットを予約してくれ、行く決意をすることに。(新型コロナウイルス対策の関係で事前予約が必要ですのでご注意を。)
しかし、この距離はとても重要でした。この企画展、特に男性にとっては相当に常識や固定概念を揺さぶられる内容で、必ず認知不協和や違和感に向き合わないといけないことになります。帰りの時間はこれに向き合える心地よい時間になりました。
「ジェンダー」としての性差はいかに作られてきたのか~古代~
社会的/文化的性差としての「ジェンダー」が日本の歴史の中でいかに形成されてきたのか。この企画展示では、特に①政治的空間における女性、②日常生活の中での女性、③経済圏での女性という切り口で、ジェンダーの形成が語られていきます。(あまりネタバレにならないよう、本当に扉までの案内人にしかならないよう努めます。公式アカウントからのツイートをいくつかだけ紹介します。)
まず、古代においては男女の区分は重要でないどころか、そもそも区別すらされていなかったという事実から始まる衝撃的なスタート。古墳時代には女性首長が3割~5割を占めていた記録が示されます。祭祀等宗教上の儀式においても、古代は男女の区別がなかったことが様々な展示によって明らかにされていきます。
ところが、あることを理由として律令制の下、「戸籍」制度が整えられ、性差が生まれ始めます(なぜか、どのように広がったのかはぜひ展示を御覧ください)。
性差(ジェンダー)により分断されていく世界~中世~
中世になると、女性は政治的、社会的、経済的に男性とは異なる役割を果たすようになり、男女の区別は際立っていくようになります。しかしこれは、分断化されたとはいえ、無力化・不可視化されたというわけではありません。宗教における女性の「罪業感」もまだこの時代は顕著になっておらず、宗教上も男女は異なる役割を持つとはいえ、男尊女卑的な価値観が成立していたとは言い難いことが様々な記録によって明らかになっていきます(ただし、次第に広がっていき、戦国時代頃には民衆にもこのような価値観が浸透していきました)。
性差(ジェンダー)により排除される女性~近世から近代へ~
近世は、「表と奥」、「公と私」という区分のもと、江戸城などの政治空間では女性は大奥に閉じ込められていたと考えられていました。しかし、近年の研究により、むしろ表立った儀礼の場とは別に、大奥の構造が明らかにされ、女性が果たす政治的権能の実態が解明されています。にもかかわらず、近代を象徴する明治憲法体制は、「家」を構成する者として古代、中世、近世と役割を発揮してきた女性の政治的権能を否定し、政治空間から女性を排除していくことになりました。(このあたりの実際の記録や展示物は大変興味深く、特に江戸城の無血開城や徳川家の存続に懸命に走った大奥の記録は必見です。)
皇位継承に関する議論の展示については、かなり見学者の関心も高く、明治政府内に女帝容認論を持つ人がいたのに対して法務官僚井上毅が強く反対したという展示には時間をかけて読む人が少なくありませんでした。(ここでも、皇室典範や大日本帝国憲法に関する枢密院決議で、ある文章に「男」という文字の追記修正がこっそり加えられている展示は必見です。)
性の売買の始まりと「近代化」による”自主的な”セックスワーカーの出現
新型コロナウイルスにおけるセックスワーカーへの支援のあり方が社会的に広く議論される中、この企画展示では、「性の売買の歴史」を一つのセクションを用いて丁寧に説明します。そして、近代において政府がいかに「国際社会」への建前を気にして(あるいは言い訳にして)、”自主的な”セックスワーカーを作っていったかを紐解いていきます。(ここでは特に「芸娼妓解放令」という悪名高き政策、それにより作られていったセックスワーカーへの社会的軽蔑に関する展示が必見です。)
記録の価値、過去からの解放
こんな簡単な案内ではその魅力の1%も語られていないことは百も承知です。上記以外にも見逃すべきではない資料や研究の成果が無数に展示されています。
この展示全体を通じて言えること、それは資料や記録への解説が異常なまでに丁寧であることです。ある資料や文書がいつ作られ、そのためにその後の日本社会のジェンダー観がどう象られていったのか。資料や記録がそのまま置かれていたとすれば自分自身で見いだせる発見はほとんどなかった上に、誤った解釈を生み出してしまっていたおそれもあります。展示物を選別し、丁寧な解説を加えてくださったキュレーターの方々(公式Webサイトによれば横山百合子先生(国立歴史民俗博物館研究部教授)他20名以上とのこと)には頭が上がりません。
ユヴァル・ノア・ハラリが言うように、歴史に学ぶことは、過去を振り返ることによって過去から自らを解放することに繋がります。今日抱いた心地よい違和感は、僕を縛る固定観念から僕自身を解放してくれるように感じます。
企画展の最後には、とても尊敬するある女性が、見学者に対して動画でメッセージを送っています。本当に素晴らしい女性からの希望あふれるメッセージなのですが、それが誰なのかは秘密にしておき、一人でも多くの方に企画展の扉をたたいていただこうと思います。