セルフ・アウェアネス 正しい自己認識は難しい

最も恐ろしいのは、気がつかないということです。気がついてしまえば、救う方法はあるものですよ。

郭沫若「歴史小品」 

これまでの長いこと、キャリア論においては「好き」と「得意」の重なる領域から仕事を選びなさいとアドバイスされてきました。例えば組織開発論の大家エドガー・シャインは、キャリア選択においては、

  1. 自分は何が得意か?

  2. 自分は何がやりたいか?

  3. 社会的意義があると感じるのはどのような活動か?

 という三点をよく熟慮すべきであると指摘しています。また、ほぼ同様なことをマイケル・アーサーというキャリア論の専門家も指摘していて、こちらは、

  1. 自分ならではの強みはどこにあるか?

  2. 自分が何かをしたいと思うとき、なぜそれがしたいのか?

  3. 自分はこれまで誰とつながり、どのような関係を築いてきたか?

の3つを挙げています。

言葉遣いは違うものの、二人とも「好きなこと」と「得意なこと」の重なる領域を基軸としている点では違いがありません。

一見して非常に説得力もありますし、これを踏まえて答えを出せば自分にフィットした仕事を見つけられそうな気もします。私自身も自分の仕事選びにおいて上記の様な観点を意識したこともありますが、その上であえて言えば、この様な問いは「念頭に置く」程度に留めておくべきで、クソマジメに答えを出すことに余り意味はないと思います。

ここでは、キャリア論のレガシーとして、よく言われる「何が得意か?」という問いの問題点について、二つの側面から考察したいと思います。

得意なものはわからない

理由は単純で、キャリア選択というのは殆どの場合、未経験の仕事について検討しなければならないからです。やったことがないのに何が得意かを判断することは、難しいどころの話ではなく、そもそもナンセンスです。

さらに加えて指摘すれば、それぞれの仕事は非常に複雑で多様なタスクから成り立っていて、単純に「何が得意か」を考えればフィットがわかるというようなものではありません。

例えば筆者が長らく関わった経営コンサルタントという仕事を取り上げてみれば、その業務は「問いを立てる」「リサーチをする」「インタビューをする」「情報から示唆を引き出す」「示唆をドキュメントにまとめる」「ドキュメントを人に説明する」「プロジェクトメンバーを育成する」「顧客とのトラブルを調停する」といった、かなり側面のことなるさまざまなタスクから成り立っています。

このように複雑で、毛色の異なるタスクが織り混ざった仕事である経営コンサルタントという仕事への向き不向きが、「自分は何が得意か」などというシンプルな問いの答えによって判断できるとは思えません。

これが「何が得意か」という問いを立てることの一つ目の問題点です。

人は適切に自己評価できない

次に二つ目の問題点です。それは、私たち人間は「何が得意か」を適切に判断するのが非常に苦手だ、ということです。人の自己評価には非常に強い上方バイアス、つまり実際の自分の能力よりも上側に誤って評価してしまう傾向が存在することがわかっています。

有名なのはコーネル大学の心理学教授デヴィッド・ダニングとジャスティン・クルーガーによる研究です。彼らは、心理学を学ぶ学生たちに、文法や論理思考、ジョークなどの様々なテストを実施し、各自の得点予想や他の学生たちに比べてどのくらいできたのかを自己評価するよう求めました。

結果、わかったのは「成績の悪い生徒ほど自己評価が高い一方で、成績上位の生徒は自己評価が控え目だった」ということです。論文から引用します。

一番低い得点を獲得した学生は、どれほど自分がよくできたかを大げさに吹聴した。(中略)最下位に近い得点を取った学生たちは、自分の技量を他の三分の二の学生たちより、一段とすぐれていると予測した。
さらにやはり予想していたことだが、高い得点を獲得した学生たちは、自分の能力をより正確に認識していた。が、(聞いて驚かないでほしいのだが)もっとも高い得点を取ったグループは、他の者たちに比べて、自分の能力を若干低く見積もっていた> 

ちなみに論文に掲載されていたグラフは次の通りですね。

この図では薄い線が実際のパフォーマンスを、黒の実線が自己評価を表しています。これを見ると、例えば「Reasoning=論理思考」では、成績最下位のグループの自己評価が最上位のグループと同じくらい高なっていることがわかります。

つまり「パフォーマンスの低い人ほど自己評価が高くなる」ということを二人は明らかにしたわけです。今日、この発見は「ダニング=クルーガー効果」という名前で広く知られるようになりましたが、このような現象は、ダニングとクルーガーの研究以外にも数多く確認されています。例えば、

  • 90%の人は自分が平均以上に運転が上手だと思っている

  • 60%の学生はコミュニケーション能力の上位10%に入ると思っている

  • 90%の教授は自分が平均以上に業績を上げていると思っている

何ともはや、人間というのは度し難いものだなと思いますね。少し横道に逸れますが、このようなデータを見るにつけ、会社組織における人事考課の難しさという問題を考えさせられます。

90%の人が自分が平均より上だと思っているということは、パフォーマンスが正規分布しているという前提であれば、少なくともそのうちの40%ポイント分の人は「君は平均以下だ」という評価宣告に対して強い違和感を覚えることになります。

話を元に戻せば、要するに私たちは「自分は何が得意か」という判断について、相当ポンコツな精度の判断能力しか持っていないのです。このような基準を置くことでどれほど多くの悲劇が生み出されているか。

このように考えていくと「何が得意か」という論点を軸足にしてキャリアの選択を考えることは、ほとんど無意味であるばかりか、むしろキャリアをミスリードする要因になりかねないと言えます。

セルフ・アウェアネスには二つの側面がある

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