なぜ「上司の説得」はムダなのか?
よく「環境関連のビジネスを提案してるけど上司が認めてくれない」「クリティカル・ビジネスのアジェンダを提案しているけど会社が認めてくれない」という悩みを聞きます。
この悩みの先には、必ず「どうやったら上司を説得できますか?」という質問が来るのですが、常に答えているのは
説得というのは、人間がやる行為の中で最もROIの低い行為です
ということです。ましてや「上司を説得する」などというのは、人生の無駄使いだろうと思います。
なぜ「上司を説得する」がムダなのか?マーケティングにおけるライフ・サイクル・カーブの理論を用いて考えてみましょう。
ライフ・サイクル・カーブの理論では、新しい製品・サービス・概念などは、次のような順序で社会に浸透していく、とされます。
イノベーションの浸透理論によれば、画期的な製品・サービスを最初に受け入れるのは「イノベーター」と呼ばれる人々で、これが社会全体の2.5%ということになります。
このフレーム自体はよく知られているので「何をいまさら?」と思った人もいるかもしれませんが、このフレームはマーケティングにおける市場浸透についての議論以外にも、例えば「金融投資の社会への浸透」や「変革ビジョンの組織への浸透」といった場面でも適用できる「懐の深い」フレームだと思っています。
ちなみに僕はスイスの資産運用会社のピクテのアドバイザリーも務めていますが、先日の議論で「日本ではNISAの影響などもあって金融投資を行う人が2000万人を超えたので、すでにアーリーマジョリティの人々が投資を始めていると考えた方がいい。したがって、これまでとは投資に関するコミュニケーションや教育を大きく変えるべきだ」という提言を行ったところ、非常にイメージが具体的になった、ということがありました。
さて、話をもとに戻しましょう。理解のカギになるのが「イノベーターと呼ばれる人は2.5%しかいない」ということです。もし「画期的な製品・サービス」を最初に受け入れる層が、社会の2.5%なのであれば、これら「画期的な製品・サービス」のアイデアを最初に聞かされた時、すぐに「ピン!」と反応できる人もまた、2.5%だということになります。
ということは、あなたがもし「画期的な製品やサービス」のアイデアを思いついたとして、それを上司に話して、その人が「ピン!」と反応してくれる確率もまた、2.5%だということになります。
これを逆さまにして言えば、あなたが提案した「画期的な製品やサービス」のアイデアが「拒絶される可能性」は97.5%・・・つまり「ほぼ確実」に拒絶されるということです。
これが「上司を説得するのは(確率的に考えて)ムダ」と私がいう理由です。
往々にして「上司が認めてくれない」「上司がわかってくれない」と嘆いている人は「自分は運がない」「自分は上司に恵まれてない」と思っているようですが、そもそもイノベーション理論の枠組みで言えば、元から「一人の上司を説得しようとして失敗する確率」は97.5%でなのですから、別に運が悪いわけでもありません。
そもそも「画期的なアイデアを評価する力を持った上司は出現率2.5%しかない」ということであれば、それがスタンダードだということです。
ここから組織的な運動論の話になります。
自分のアイデアを推進するためには、一定数の「応援してくれる人」が必要になります。応援してくれる人の数はそのまま「アイデアを現実化するパワー」につながります。
本来は、組織内でパワーを持っている人にアイデアを認めてもらう、というのが手続としては正統なのですが、先述した通り、そのアイデアが画期的なものであればあるほど、認めてくれる確率は低下し、それが「イノベーション」と呼べるものであれば、確率は2.5%まで低下し、たとえ10人の上司に話したとしても成功率は2割に満たないのです。
この問題をクリアするためには「アイデアに触れる人の数の桁を増やす」しかありません。
画期的なアイデアを理解し、受け入れる人の出現率が2.5%ということは、「10人の応援者」を作りたければ400人に、「50人の応援者」を作りたければ2000人に、自分のアイデアを聞いてもらわなければなりません。
個別に一人一人にアイデアを説明するというアプローチももちろんありますが、忙しい仕事をやりながらこんなことをやっていれば、いつまで経っても応援者を増やすことはできません。
ではどうすればいいか?
狼煙をあげる
しかありません。
自分が問題だと思っていること、本当にやりたいと思っていることを、周囲に宣言するのです。
トム・クルーズが主演した映画「エージェント」では、利益至上主義に陥り、アスリートを半ば食い物にしているスポーツ・エージェント・ビジネスのあり方に疑問を持った主人公が、何よりも「アスリートの成功」をど真ん中に置いた、本来のスポーツ・エージェント・ビジネスへ回帰しようと訴えるミッション・ステートメントを深夜に作成し、それを会社の同僚に配布します。
このシーンですね。
このステートメントは表面的にはポジティブに受け入れられるものの、クライアントの数を減らし、フィーの水準を下げようと訴える提案は、結局、会社には受け入れられず、主人公は退職を迫られるわけですが、このとき「僕と一緒に来たいひとは?」という質問に対して、たった一人の女性が「私が一緒に行きます」と手を挙げます。
画面を見る限り、ざっと50人ほどの同僚がいる中で、たった一人が反応しているので出現率は2%ということになります。そして、この一人が「本当の味方」になって主人公の人生を応援してくれるのです。
狼煙を上げない限り「本当の味方」はいつまで経っても現れません。目の前の人を説得しているだけでは「味方」など作れないのです。
ということで結論は
説得するな、狼煙を上げろ!
ということになりますね。
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?