企業勢Vtuber5年目の大きな壁 労働契約期間満了と無期転換回避による引退の可能性
要旨
・労働契約の観点から見ると企業勢Vtuberには3年目と5年目に壁がある。
・特に5年目の壁は大きく、引退の可能性が高いと予想する。
・近年導入された無期転換制度が理由。
前置き
・この記事の目的は単に労働契約に関する常識を記すことにとどまり、Vtuber業界への批判では全くありません。
・筆者は全てのVtuber、その関係者、及びファンの皆様を応援しています。
以下本文
先日、私が推していた企業勢Vtuberの方から、契約満了に伴い卒業する旨の発表があった。活動開始から3年目を過ぎようとしていた矢先の話であった。
「ああ残念だ。しかし3年間やってきたのに…3年…もしかしてそういうことか!」
以下労働契約の常識について分かりやすく説明する。
企業所属Vtuber第一の壁 3年目
まず単刀直入に結論から申し上げると、有期労働契約の期間の上限は3年であり、企業に雇われているVtuberも当然この制約を受けることとなる。これは長期の人身拘束を防止するという労働者保護の観点から設けられた制約だ。
労働基準法第十四条 労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、三年(中略)を超える期間について締結してはならない。
つまり、どんなに長い活動を当初から予定していたとしても、3年目を終えた段階で労働契約は必ず満了する。この段階で契約を更新するか、終了するかの選択が必ず発生するということだ。これが3年目の壁である。
ただ例外もある。Vtuber本人が有期雇用労働者ではなく、期間の定めのない労働契約を締結している労働者である場合(いわゆる正社員の場合)だ。この場合、契約の期間の定めがないので、契約満了ということ自体が発生しない。契約満了による引退は考えなくてよさそうだ。
他にも労働契約をもっと短期間、例えば1年や2年で結んでいる場合も考えられる。その場合、3年の経過を待たずして、契約期間満了のたびに更新か終了かの選択が発生することとなる。
※注意※本文の最初に挙げたVtuberの方の卒業の原因がこの3年目の壁であるかどうかは判断できない。筆者は彼/彼女の内情を探りたいわけではなく、単純に労働契約の常識を述べているだけであることを理解していただきたい。
企業所属Vtuber第二の壁 5年目
ここまで読んでくださった皆様はこう考えるだろう「3年目で節目を迎えるのは分かる。でもそこで契約更新を選べばいい話じゃないか!」
実はここに大きな問題が立ちはだかっている。3年目の壁が生じる根本的な原因として5年目の大きな壁が存在している。
無期転換という制度をご存じだろうか。平成25年4月1日に改正された労働契約法に盛り込まれたルールだ(第十八条)。簡単に説明すれば、労働契約が更新されて5年を超えることとなった場合、雇用されている労働者は、会社に申し込むことで期間の定めのない労働契約に転換することができるという制度だ。この申し込みを会社側が拒むことは不可能である。無期転換されてしまうと、会社側はもう簡単には労働契約を終了させられなくなる。無期転換した労働契約を終了させるとは即ち解雇するということだ。現代の労働法のもとで解雇を行うことはかなり難しい。
このような事態に陥るのを防ぐために会社側がとる措置は単純だ。無期転換申込権が発生する条件である「契約期間を通算した期間が5年を超える」を満たす前に契約を更新せず終了させればいい。これが5年目の壁である。皮肉にも、厚生労働省が雇用安定を意図して導入した制度のせいで、逆に契約を切られる事態が横行するようになってしまったのである。
※何も会社は悪意をもって無期転換を回避する訳ではない。もし無期転換してしまった場合、会社が存続する限り定年まで永遠に労働者の面倒を見なければならない。先行きが不透明な現代社会において、そこまでやってあげられる自信がないというのが実情だろう。
話を戻そう。無期転換申込権が発生する前に契約を終了させるために会社はどう行動するだろうか。そしてなぜ5年目の壁が3年目の壁の原因になるのだろうか。具体的なケースを考えてみよう。
【ケース1】3年間の契約を結んでいた場合。
3年間の労働契約を結んでいた場合、更新してもう一度3年間の契約を結んでしまうと合計6年になる。これは5年を超えているので、無期転換権が発生してしまう。つまり、初回の3年間の労働契約満了時に会社に与えられる選択肢は二つ。
選択肢①、雇用契約を更新せず終わらせる。
選択肢②、無期転換される覚悟を決めて雇用契約を更新する。
リスクを考えると選択肢②を取るのはかなり難しいだろう。
聡明な読者の方はこう考えるかもしれない「3年の後に2年だけの契約を更新すれば5年以内におさまるのではないか?」残念ながらそれは禁じ手だ。初回は3年の契約を結んだのに次は2年に短縮するというのは「無期転換ルールの適用を意図的に避けることを目的とした雇止め」と捉えられる可能性がある。労働契約法の趣旨に照らして望ましいものではない。
このケース(3年の契約を結んでいた場合)の結論としては、3年目を終えた時点で雇用更新せずに活動終了とすれば無期転換を回避できる。3年目が終わった時点で容易に雇用更新を選択できない理由、3年目の壁が生じる理由がお分かりいただけただろうか。
【ケース2】1年の契約を反復して更新している場合。
1年の契約を反復して更新している場合、1年が終わるごとに契約更新か終了かの問題が起きる。この場合、3年目の壁は関係してこない(3年目が終わった後に雇用更新しても雇用期間が4年になるだけであり、5年を超えないから)。しかし5年目の壁には直面することとなる。5年目を終えた時点で、会社は先のケースと同様の2択を強いられる。
選択肢①、雇用契約を更新せず終わらせる。
選択肢②、無期転換される覚悟を決めて雇用契約を更新する。
会社がとる選択肢としては、先のケースで述べたように、①の可能性の方が高いだろう。
このケース(1年の契約を反復して更新している場合)の結論としては、5年目を終えた時点で雇用更新せずに活動終了とすれば無期転換を回避できる。
※ただし、5年目になってその段階で初めて「今年度末は労働契約更新しないからよろしく」と労働者に通知するのはかなり問題がある。そのような行為は無期転換を意図的に回避するための雇止めと捉えられてしまう。これを防ぐため(まともな会社であれば)初回の雇用契約の際に、更新する場合の更新回数に上限を予め設定しておき、労働者と合意しておくといった措置が行われている(「労働者と合意しておく」というのが重要で、一方的に通知するだけでは不十分である)。
以上のケースで見てきたように、企業側が無期転換を回避しようとする結果、5年目の壁が生まれることになる。ただ、3年目の壁と同じく、Vtuber本人が有期雇用労働者ではなく、期間の定めのない労働契約を締結している労働者である場合(いわゆる正社員の場合)は、やはり5年目の壁は生じない。
5年目の壁の到来を覚悟しよう
現在、企業勢Vtuberで5年を超えて活動している例は確認できていない。最初のVtuberであるキズナアイさんの活動開始が約4年半前の2016年11月であるから、この5年目の壁を考えなくてはならなくなるのは早くても今年(2021年)の終わりからだろう。尤も、キズナアイさんに限って言えば、途中から独立した企業としてリスタートしていることから、2021年11月に5年目の壁に直面して活動終了となることは考えにくい(無期転換申込権は「同一の」使用者との間での契約が5年を超えた時に発生するため。さらに言うと、そもそも彼女が雇われている立場なのかどうかも不明。雇われていたとしても有期雇用なのか不明)。
むしろ今年心配なのは、2018年頃から多数登場している、オーディション形式で募集されたVtuberたちの方だ。2018年から活動を開始したVtuberが3年間の契約を結んでいた場合、2021年中に(5年目の壁を原因として発生する)3年目の壁にぶち当たり、活動終了となることが考えられる。
彼らが1年間の契約を結び反復して更新している場合、3年目の壁は考慮する必要がないので今年は取り立てて問題にはならないが、再来年2023年に大きな5年目の壁に立ち向かうことになる。筆者の予想では、よっぽど大量のファンを抱える超人気Vtuber以外は5年目の壁を超えられずに(無期転換されずに)活動終了すると考える。企業側からすれば、今後も継続して利益をもたらすか不確実な人材を無期雇用するより、期間を定めて雇用する新人を多数投入して当たるのを待つ方が遥かにリスクが低い。Vtuberグループを運営する企業が新人を次々にデビューさせる理由の一つに5年目の壁の存在があると言えるだろう。
この5年目の壁問題に対して我々が直接出来ることは、何もない。労働契約は私人間の決まり事であり、第3者である我々が口出しできる問題ではない。ただ間接的であれば方法はある。熱心に応援することだ。熱心なファンが多数ついていて、今後も長く続いていくと企業が判断すれば、Vtuberを無期転換雇用してくれるかもしれない。
もっと確実な解決方法は、遅くとも5年後にはお別れする覚悟を決めておくことだ。「推しは推せるときに推せ」この格言は労働法の観点から見ても理にかなっている。
参考:無期転換について分かりやすく説明している厚生労働省のウェブサイトはこちら
https://muki.mhlw.go.jp/