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「米利下げ・日銀利上げ」でも円高にならない? 為替市場を支配する【不都合な構造】

「そろそろ海外旅行に行きたいけれど、円安がひどくて手が出ない……」

そんな悩みを持っていた方の中には

「アメリカが利下げをして、日本が利上げをするみたいだから、これからは円高でしょ!」

なんて、思う方もいらっしゃるかもしれません。たしかに、一般的には「金利が高い国の通貨が買われ、低い国の通貨が売られる」と言われていますので。

しかし、現実はどうでしょうか。思ったほど円高が進まない、あるいは一瞬円高になってもすぐに円安に戻ってしまう、と感じている方も多いかと思います。

「教科書通りにいかないのは、なぜなんだろう?」

そう疑問に思ったまま、結局「よくわからないから」と考えるのをやめてしまうのは、非常にもったいないことに思えます。

よくわかんないからゲームでもしてよう

皆さん、こんにちは。村田雅志です。

今月の米利下げ観測や日銀の利上げ観測など、市場では「日米金利差の縮小」が強く意識されています。

それなのに、ドル円は150円を上回ったままです。なぜ円高は力強く進まないのでしょうか。

今回のコラムでは、多くのメディアが「金利差」という単純な図式で語る裏側で、為替市場で実際に起きている【複合的な要因】と、円高を阻む【最大のボトルネック】について解説します。

ちょっと難しく思えるかもしれませんが、今回の内容を知ることで、為替市場が考える構造的な問題を理解することができます。ぜひ最後までお付き合いください。



為替は金利差だけで決まらない

多くの方はご存知かと思いますが、為替相場は「金利差」だけで動く自動販売機のようなものではありません。

為替市場は

資金の流れ(マネーフロー)
リスク環境
投資家のポジション

そして
中央銀行・政府への信認
が複雑に重なり合って動いています。

このため「金利差が縮小しても、円高が進まない(あるいは円安が続いてしまう)」ということは、十分に起こり得ます。

メディアはわかりやすさを優先して「金利差縮小=円高」と報じがちですが、私たちはその一歩先を見る必要があります。

円高を阻む「複合要因」の正体

では、具体的に何が円高を邪魔しているのでしょうか。全体像を軽く整理してみましょう。

ドル側の事情:下がりきらない米金利

アメリカが利下げをしても、将来のインフレ懸念や財政赤字への懸念から、「米国の長期金利」が思ったほど下がらない局面があります。また、世界的なリスクオフ(投資家が守りに入る局面)では、「有事のドル買い」でドル需要が強まることもあります。

日本側の事情:止まらない「日本売り」

一部の方はすでに強く指摘していることですが、これが非常に根深い話です。新NISAなどを通じた個人の対外投資(外株・外債購入)や、日本企業の海外投資など、構造的に「円を売って外貨を買う」フローが続いています。

続くキャリートレード

日米の金利差が縮まったといっても、世界的に見れば日本の金利はまだ圧倒的に低いままです。

「少しでも金利が高い通貨で運用したい」という投資家にとって、円は依然として「調達通貨(借りて売る通貨)」であり続けています。

そのため、少し円高になると「今のうちにまた売っておこう」という戻り売りが出やすくなります。

そして、実は「名目の金利差」よりも、物価変動を考慮した「実質金利差」の方が市場に影響を与える場面があります。この実質面での差が埋まらない限り、円高への圧力は鈍くなります。

最大の壁は「日銀の不透明感」


複合要因の中でも、円高の動きを止めている主役は「日銀の金融政策に対する先行き不透明感」です。

為替市場で運用をする方々の多くは、「今回利上げするかどうか」よりも、もっと先を見ています。

「この先、どこまで金利を上げられるのか(ターミナルレート)」
「その利上げをどれだけ続けられるのか」

この2点を見通せないと、為替市場で運用する方々は怖くて円を買い持ち(ロング)できないのです。

日銀の不透明感の正体

では、日銀の不透明感とは具体的にどんなことなのでしょうか。私は以下の3点が市場の迷いを生んでいるように思えます。

①ゴールが見えない

現在の日銀から聞こえてくる話だけでは、
金利の最終的な到達点(1.0%なのか、もっと低いのか)が見えにくいままです。

②腰砕けリスク

植田総裁もその1人かもしれませんが、少し景気や市場が荒れると、利上げを止めるべきだと考えている日銀・執行部や審議委員は多いように見えます。

③判断のブレ

植田総裁や審議委員の方々の講演を聞いても、物価や賃金が本当に上昇基調にあるのかについて日銀内の判断が割れているように思えます。これでは利上げのペースについて確信が持てないままです。
為替は「現在の水準」よりも「将来の期待の変化」で動きます。日銀のスタンスがふらついていると、「将来、日米の金利差が急速に縮まる」という期待が形成されず、円高トレンドが長続きしません。

もう一つの重石:「高市政権」のインフレ・財政政策

そして、日銀の動き以上に海外投資家が注視しているのが、政治の動向――すなわち「高市政権の政策スタンス」です。

「積極財政」と「成長投資」を掲げる現政権下では、どうしても「インフレ圧力」と「金利抑制圧力」が同時に働きやすくなります。市場は以下のロジックで「円安バイアス」を感じ取っています。

①財政拡大による通貨の希薄化

「国債発行による財政出動」は、市場に円を供給し続けることを意味します。通貨の量が増えれば、一単位あたりの価値(=為替レート)はどうしても下がりやすくなります。

②日銀への「ハト派」圧力

政府が巨額の債務を抱えながら積極財政を行う局面では、国債の利払い負担を抑えるため、日銀に対して「急激な利上げを避けてほしい」という政治的圧力がかかりやすくなります(これを「財政による金融支配(フィスカル・ドミナンス)」と呼びます)。

投資家は、「日銀が利上げしたくても、政治がそれを許さないのではないか?」という疑念を拭えません。

③インフレ容認姿勢

デフレ脱却を絶対命題とする政権下では、多少のインフレ(=通貨価値の下落)は許容され、むしろ歓迎される傾向があります。政策的に「強い円」を目指していないことが透けて見えるため、投機筋にとっても円売りの安心感につながってしまうのです。

私たちが為替相場を見る上でチェックすべきポイント

では、私たちは日々の為替相場をどう見ればよいのでしょうか。
難しい分析はプロに任せるとして、皆さんは以下の「簡単な見分け方」を持っておくだけで十分です。

【円高「本気度」チェックリスト】
・戻り売りの強さ
円高になっても、すぐに値を戻されていないか?(すぐに戻るなら、円安圧力は根強い)

・反応する相手
ドル円相場が、「日米の短期金利差」よりも「米国の長期金利」や「株価(リスク心理)」の方に連動していないか?

・円安材料の強さ
貿易赤字や対外投資など、実需の円売りフローがニュースになっていないか?

まとめ:ニュースの「見出し」に踊らされないために

ここまで、少し専門的な話も交えながら、なぜ円高が思うように進まないのかを深掘りしてきました。

おそらく皆さんは、日々流れるニュースを見て、「アメリカが利下げする」「日銀が利上げする」という見出しを見るたびに、「これでようやく円高になる、生活が楽になる」という期待を抱いてきたのではないでしょうか。

それなのに、マーケットの現実はその期待を裏切り続けている――。そのもどかしさの正体が、今回の解説で少しクリアになったなら幸いです。

最後に、改めて全体像を振り返っておきましょう。
私たちはどうしても「日米の金利差」という、わかりやすい定規だけで相場を測ろうとしてしまいます。しかし、巨大な為替市場を動かしているのは、もっと複雑で人間臭い力学です。

たとえ金利差という「数字」が縮まったとしても、市場参加者たちの心理には、二つの大きな霧がかかったままです。

一つは、日銀の迷いです。
「本当に利上げを続けられるのか?」「景気が悪くなったらすぐに止めるのではないか?」という日銀への不透明感が拭えない限り、為替市場の運用者達は安心して「円買い」のポジションを長期で持ち続けることができません。

そしてもう一つは、高市政権という政治の引力です。
「国を強くする」「経済を成長させる」という力強いスローガンの裏には、どうしても「巨額の財政出動」や「インフレ容認」という副作用が張り付いています。
政治がアクセル(財政拡大)を強く踏み込んでいる横で、日銀だけがブレーキ(利上げ)をかけることは構造的に難しく、それが「円の弱さ」として表れているのです。

つまり、私たちが直面しているのは、一時的な需給の歪みではなく、「構造的な円安圧力」なのです。

だからこそ、これからの私たちは、単発の「利上げ・利下げ」のニュースに一喜一憂すべきではありません。

見るべきは、日銀が政治の圧力に負けずに独立したパスを描けるのか、そして日本の資金が海外へ逃げる動き(キャピタルフライト)が止まるのか、という大きな潮流です。

「なぜ円高にならないのか?」
その理由を論理的に知っているだけで、漠然とした不安は、「根拠のある警戒」へと変わります。そして、その警戒心こそが、皆さんの大切な資産を守るための最強の盾になるはずです。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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それでは、また次のコラムでお会いしましょう。

村田雅志(むらた・まさし)


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