旅行に行く際の準備は年々ずぼらになり、いつ大切なものを忘れるのではないかとひやひやする。それでもサバイブするさまを見て、旅慣れていると言ってくれる人もいる。けれど本当は内心ひやひやなのである。だれだって忘れ物や空港での余計な買い物はしたくない。
ついでに私は片付けが得意ではないので、家の中でもそれらがどこに行ったかわからなくなり、旅行前はプチパニックに陥ることが常だ。先日はついに、旅行など(私に連れ出されて)年に2回ほどしかしない同居人から、「持ち物のチェックリストをつくったほうがいいよ」と言われてしまった。(くっ!!くやしいけど正しいっ!!)
前後にゆっくりからだを揺らされながら、振り落とされまいと握りこぶし大の突起をぎゅっと掴む。長い首がゆらりと揺れて、眼前に広がる世界は砂と空で美しく半分に割られた。
砂か霞か、うっすらとぼやけたピラミッドの輪郭。遠くを進む別のグループのラクダの列が、ピラミッドと重なってみえる。まるで近頃はやりのAIによる生成画像のようだ。
仕事はじめの1週間の日記。
1月4日(日曜日)
何から話せばいいだろう。
エジプトに来た理由?
ピラミッドが建てられた本当の意味?
同行した友人とのひとつ前の旅のこと?
わたしも好きなものを書きだしてみたい。久しぶりにわくわくに満ちる記事に出会いました。(出会ったのは2025年。書き始めたままなかなか進まず、年を越してしまいました…!)
大麦こむぎさんの記事って、自分もやりたいって思わせる吸引力がすごいんです。私が誕生日のたびに年の数だけ本を買っているのも、こむぎさんの企画があってこそ。
エジプト3泊6日の最終日。全身の痛さで目が覚める。朝5時くらいからお祈りの音が響いている。その音をうっすら聞きながら二度寝する。

1月5日。
会社用のパソコンを開く。かろうじて忘れていなかったパスワードを入力して、部屋着のままでメールを眺める。内勤の私はそこまで問い合わせも挨拶も受けないので、メールがたまることもない。営業の彼氏は、数百件とか溜まっているらしいから、難儀なことだ。
エジプト3日目。もともと頼んでいたツアーではフリーの1日となっていて、でもエジプトはあまりにも素人が巡るのが難しそうなのでオプショナルツアーを申し込むことにした。

おはようございます、まゆです。
あっという間に年始が過ぎそうですが、今年もやりたいことを書き出したいと思います!そして昨年のリストの振り返りもしてみます。
新年ですね。メンバーシップにご参加の皆様、あらためましてあけましておめでとうございます。
年末の報告にも関連し、今年はまた新しいことがたくさん起きそうです。どきどきですね。
今年やりたいことは別途リストにするとして、どんなふうに過ごしたいかを考えてみたいと思います。こういうのを抱負というのでしょうか。
2025年は、新しいことを試し続ける年でした。プライベートをとにかく大事に、自分がやりたいと思うことを手当たり次第にやってみました。本を作ったり、noteのオフ会に参加したり、20カ国に行ったり、パートナーと将来について話したり。自分でもよく乗り切ったなと思うハードな時期もありました。
明けましておめでとうございます
本年もどうぞよろしくお願いいたします
家族と見る、ゆく年くる年が好きでした。昔から実家ではカウントダウンライブもガキ使も見られなくて、年越しは除夜の鐘と決まっていたのです。それが嫌ではなく、むしろ自分もこの時間が好きだと気づいたのは大学生くらいになったときでした。
ひとりで旅をするのが好きだ。テーマパーク以外はたいてい一人で行ったことがあるし、温泉も映画もごはんも海外も、ひとりならではの良さがあると思って過ごしてきた。最近はひとりクリスマスマーケットもデビューした。
外国人の上司には、「ひとり」で旅行に行けるなんて、なんて勇気があるんだ!自分にはできない!と言われるし、同僚は自分は誰かとじゃないと楽しめないタイプだな~と言う。自分とは違った価値観に触れるたびに、じゃあ一人を楽しめるのはある意味ラッキーってことだなあと一人時間をかみしめている。
今年は歌の力を改めて感じた1年だった。そして、推しの力を初めて知った年だったと言ってもいい。
No No GirlsというオーディションでHANAに出会い、私の人生は今までとは少し違う方向に回りだす。長年歌を聴き続けていたaikoのライブでは、好きの原点を見つけた。
2025年、はじめて自分のZINEを作って、文学フリマに出店しました。自分でもできるんだという喜びも、イベントに圧倒された衝撃も、私の本の世界のとびらをばーんと開きました。今まで読んでいる側からだけ見ていた世界は、違う入り口からだとまた別の光り方をしていて夢中になります。
文フリの振り返りをしながら、もう次の本が作りたいと思いました。1作目は自分の「作りたい気持ち」が先行したけれど、より多くの人に手に取ってもらえるハードルの低い旅行記もつくりたい。そして、2作目には私のnoteを読んでくれている友人から、恋愛をテーマにしてほしいとのリクエストも受けているのです。ああ、優先順位がつけられない。
2025年の旅行で、20か国と18都道県を訪れた(正確に言えば、今も最後の旅行中なので、訪れる予定だ。)
旅が好きなんだねと言われることに違和感はないけれど、もはや憑りつかれているというレベルに近い。最近作ったZINEでも、旅狂いという言葉を使った。今の自分を表していると思う。
こちらは今年最後のメンバーシップ限定記事です。どんな投稿をしてきたのかを振り返りつつ、最後にメンバーシップで見守ってくださった方へのご報告もあります。溜めるのは好きじゃないので先に言いますが、来年もメンバーシップは続きます。ぜひ参加を検討いただけたら嬉しいです。
今年も1年、本当にありがとうございました。この場所があるからかけていたことがたくさんあります。まずはふりかえりということで、まずは各月の中でよく読まれた記事をピックアップしてみますか。
2025年のベストバイを書いていこうと思ったのですが、何を買ったかっていうより、こういう習慣を取り入れてよかったなってものが多い気がしたので、特定の商品じゃないものも盛り込んでいきます。
冷凍の魚
今まで自炊と言えば名前のない炒め物ばかり作っていました。そういうときに役立つのは豚バラで、スーパーで一気に買っては小分けにして冷凍していました。でも、あるとき鮭が安くて試しに買ってみて焼いたら、それはそれはていねいな暮らし感で体も心も満足することに気づきました。すぐにふるさと納税で冷凍の塩鮭を頼んで、今では月に数回お魚を食べることができています。
noteを続けて5年目、2025年のnoteの1年をふりかえってみたいと思います。ちょっと早いですが、2025年も盛りだくさんだったなあ!毎日投稿が途切れたり、noteを読んでくださっている方と文フリで直接会えたり…
noteが作ってくれた記録によると、今年はこんなに読んでもらえたみたいです!
先日Xで、「落ち込んだ日に元恋人に電話をしてしまったら、結婚しているからもうかけてこないように言われた」というようなポストが回ってきた。
落ち込んだ時に元恋人。なるほど。理解できる気持ちとしたくない気持ちが半分半分。でも少なくとも今の私はきっぱりとそういう感情とはおさらばできていることを、清々しく、ちょっと誇らしく感じた。
今回も文フリでお迎えした18冊の感想をつづっていこうと思います。前回はこちら▼
実は昨日の呑み書き、直前までは違う内容で書いていました。今、政治があまりにも転換点な気がして、それの本音を思うままに書こうかなあと思っていたんですが、なんだかちょっと、そういうのってお祭りにはふさわしくないかなあと思って当たり障りのない話に変えました。大掃除について思っていることを書いてみました。
それはそれで書いてみたかったので、いい機会でした。でもね、やっぱり今の情勢に思うところはあるので、書いておこうと思います。無言はYESになってしまうのでね。無言によって政治利用されるのは本意ではないから、明確に現政権に反対の立場をとっておかないとと思いました。
マリナさん、のみかき、今回もありがとうございます。マリナさんの投稿にこの黄色のサムネが見えると、おお、もうそんな時期かってわくわくします。12月の終わりが近づいて、ってことは2025年がもう終わるってことで、早いなあって思っているうちにもう春になってそう。
MBTIという言葉が聞かれるようになってから早数年、今では新入社員の自己紹介のスライドにもMBTIが記載されている。「I(内向的)」なんだね、「E(外交的)」っぽいです!みたいな会話もできるようになってきて、特に若い世代での浸透度はかなりのものだと思う。ちなみに、私のMBTIはINFJ(提唱者)である。学生時代はずっとENFP(広報運動家)だったのに、仕事を始めてからはすっかりIで定着している。
そして、恋愛MBTIなるものも出てきたらしい。かなり前に流行っているな~と思っていたものの、なんとなく機会がなくてやっていなかった。性格診断は好きな方だけれど、恋愛MBTIでそこまで詳しく出るのかなと軽んじていたんだと思う。ぶっちゃけ、そこまで興味もわかなかった。画面も見たことがなかったと思う。
モーニングルーティーン的なものを書こうとしたのははじめてではない。実は社会人一年目の時にも書こうとして、それで長らく下書きで寝かせたままだったと思う。
今は住んでいる場所が変わり、仕事が変わり、ひとり暮らしから二人暮らしになり、あの時とはかけ離れた生活を送っている。ときどき、ひとり暮らしの自由さや狭い部屋の心地よさが懐かしい。けれどもあの時どうやって日々を過ごしていたかの記憶は、ゆっくりと、確実に失われつつある。