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「日本の野菜は水っぽい」をウズベキスタンに行って検証した

きっかけは、「日本の野菜は水っぽい」という外国在住経験のある方々の言葉だった。ウズベキスタン出身の方は「日本に来て料理時間が半分で済むからとっても助かるけれど味が弱い」と語り、フランスに住んでいた知人は「フランスの料理を日本の野菜で同じように作ると形がなくなる」と言う。

水っぽいとみずみずしいは紙一重だからと自分に言い聞かせながらも、やっぱり悔しい。それに親世代以上の方から「昔の野菜はもっと力強かった」とか言われると、その時代を知らないだけに、弱々しい時代を自分は生きているのだろうかと漠然と不安に駆られる。

実はこの野菜の味問題は、著書「世界の食卓から社会が見える」で一章を割いて考察して、「気候条件・土壌・栽培方法・品種」が寄与しているというところまではわかった。
(酸性土壌がどうとか日本は過剰施肥になりがちだからえぐみが残りやすいとか、そういう話を知りたい方はよかったら読んでください。)

しかし理論としてわかったという話であって、いったい「濃い」は何が濃いのか実感としてわからない。それぞれの要因のどれが効いているのかもわからない。調べるほどに、疑問が膨らんでいく。

  • そもそも、野菜の味の濃い薄いって何なのか?

  • 外国(ウズベキスタン)の野菜と日本の野菜は、本当に味が違うのか?

  • 味が違うとしたら、何が要因なのか?

これらを解き明かしたくて、ウズベキスタンに飛んだ。

ウズベキスタンを選んだのは、地図で見るとカラッカラに乾いた砂漠気候・ステップ気候だから。年間降水量は200~300ミリ。雨の多い東南アジアの国の人に「薄い」と言われた記憶はないから、乾燥はひとつの鍵なんじゃないかと思ったし、どうせならしっかり乾燥しているところがいいだろうと思った。あと、以前から中央アジアに行ってみたかった。

実は、降水量は少ないものの、灌漑農業が普及しているのでけっこう緑だった。

行ってみてわかった。かの国の野菜の力強さは、確かに言われた通りだった。家庭でよく作る料理の一つにショルバ(スープ)があるのだけれど、5時間煮込んでもじゃがいもやにんじんが煮崩れないどころかしっかり味がある。おばあちゃんに「どんなに短くても2時間は煮込まなきゃだよ」と言われ、「日本は30分だよ」と言い返したら鼻で笑って信じてすらもらえない。日本のじゃがいもを5時間も煮たら、溶けてなくなってしまうんじゃないだろうか。

またディムラマという野菜の重ねオイル蒸し料理があるのだけれど、これも大鍋に入れて火にかけること2時間強。それでも野菜はしっかり形をとどめ、スカスカになるどころか「まだまだ味を出すぞ」と言わんばかりの気合いなのだ。野菜の加熱時間が桁違いだ。とりあえず、何かが違うということは理解した。

① 味が濃く感じるのは、野菜の水分の違いなのか?

さて、野菜の味が「水っぽい」というけれど、これは本当に水が多いということなのだろうか。
水っぽさの話題になるとたいてい、「日本は雨が多いからね」「あちらは水が少ないからでしょう」という話が出る。しかし、そんな単純な話だろうか。雨があればあるだけ土に染みて、土に水分があればあるだけ吸うって、植物はそんなに調整機能がないものか?ほんとうは薄く感じるのは水分の多寡ではなく、たとえば糖とかビタミンCやカロテンといった栄養成分の量の違いなのではないか。ということで、野菜の水分を測定した。

野菜は収穫から時間が経つと、どんどん水分が減っていく。なので市場や店から買ってきて、すぐに測定したい。
現地で簡易に測定できる方法として、「大根おろしですりおろしてさらしで搾り、残渣の重量を測定する」という方法で水分を算出することにした。

滞在先のサマルカンドの家庭の庭で、100均のおろし器と携帯スケールで測定。

選んだ野菜は三種類、にんじん、じゃがいも、きゅうり。日々料理に使う野菜で、特に味の違いを感じていたものだ。
本当は1種類の野菜につき10サンプルくらい測定できたらよかったのだけれど、なにせ家庭に滞在していて、こんな謎行動を一人でする時間がなかなかとれない。加えて持参した100均のおろし器が想像を超えて力の要るもので、なかなかおろし進まない。そんなわけで、にんじん2サンプル、じゃがいも1サンプル、きゅうり1サンプルにとどまった。結果は以下。

注:手搾りなので、ここでいう"水分"は食品栄養成分表のような厳密なものではなく、相対値。

きゅうりは、今回測定したものの間では、ウズベキスタンの方が明らかに水分が少なかったと言ってよいだろう。実際、「きゅうりってほとんど水みたいな野菜でしょ?」とは言わせないくらい味が濃くて、折れる時の音も「バリッ」という迫力のあるものだったから、これは明らかに違うと私は言える。というかそもそも、品種が全然違う。

短くて太い、ずんぐり型がここのメジャーなきゅうり。

にんじんは、ちょっと差があるような気がするけれど誤差かもしれないという程度。日本のにんじんは春にんじんの季節だったので、ウズベキスタンのものがもし冬越ししたものだったとしたら、貯蔵期間のうちに水分が減っている可能性もある。

実はこの実験、やっているうちに「これ意味あるの?」という気持ちになっていた。薄々気づいてはいたけれど、野菜の個体差があまりに大きい。ウズベキスタンの2本のにんじんのうち、水分の少ない方は、すりおろしながら「パサパサでおいしくなさそう」と感じていた。たぶん収穫してから時間が経っていたのだろう。搾り汁はやっぱり木っぽくておいしくなかった。にんじんと言っても広い国土の中の全てを捉えることはできないし、同じ畑のものであっても、収穫時期・収穫からの経過時間によってもコンディションは変わってくるのだと思ったら、この比較がいかに全体を表していないかということが痛切に感じられてきた。

じゃがいもについては、日本の方が水分量が少なかった。しかしじゃがいもはにんじんやきゅうり以上に品種が多くてばらつきが大きいので、この数字から果たして何か言えるのだろう。

結果:

にんじんの水分は、誤差かもしれない範囲内で、ウズベキスタンの方が少なかった。
きゅうりはウズベキスタンの方が少なかったが、形状が明らかに異なる別品種なので、味の違いが水分の違いと言ってよいかはあやしい。
じゃがいもは品種が多すぎた。

② 土の養分に差があるのか?

作物が育つのに、土壌は重要だ。そこで土壌の養分を調べてみた。と言っても、土壌養分を測定するには高額の機器が必要になるし、土は日本に持ち込みできないので、現地でできる測定方法でないといけない。
そこで知人が教えてくれたパックテストを使う方法で、現地の3箇所の土壌の窒素およびリン酸を測定した。

簡単にいうと、乾いた土を拾ってきて、蒸留水とまぜてシェイクして、それを濾過した水の中にさまざまな状態で溶けている窒素やリン酸を、水質検査用のパックテストを使って測定するという方法だ。「土をひと握り分けてくれない?」と奇妙な日本人は畑を巡った。

唯一話ができた、畑の主。小規模なとうもろこし畑で、肥料は牛糞のみ。

そしてせっせとコーヒーフィルターで泥水を濾過し、パックテストをした。

パックテストは共立理化学研究所のものを購入

以下、結果。

注:数字は濾液の表した値で、土中の含有量を示すものではない。

結果

もうこれは、やっているうちに切なくなってしまった。畑といっても無限にあり、どの地方のどの作物のどの規模の畑かによってばらつきがあまりに大きいし、ある畑Aでどんな肥料をいつどれくらい投入しているのか、土づくりもわからない。トウモロコシ畑と思ったものがたばこ畑だったし、にんじん畑には出会えなかったし。通りすがりの人間に土壌分析なんてできるものかと大いに凹み、帰国した。日本の土壌を測定する気になれず、一応一箇所だけ土をいただいた。土を触っていて理解が進んだのは、数値以前にそもそも土壌の種類が違うということ。日本は褐色森林土であるのに対し、ウズベキスタンは全域砂漠土で、なかなか乾燥した塊になっていた。

土壌分布図。出典こちら

③ ひょっとして調理する時の水の違いでは?

このあたりで、「違いはあるけれど要因が分解できない」と行き詰まっていた。何が違うのかわからず途方に暮れていた。
そんなある日。お茶を淹れるのに「お湯を沸かして」と言われてやかんを開けて、びっくり。内側にびっしり白いものがついているではないか。水中のカルシウムやマグネシウム分が析出したものだ。

析出するほどミネラルがあるということは、水の硬度がかなり高い(硬水である)のではないだろうか。そう言えば、シャワーの時にシャンプーがまったく泡立たないし、日に日に髪がキシキシになっていくのに困っていたのだった。それもこれも、ぜんぶ水のせいだった!

水が変われば、料理も変わる。硬水で煮込み料理を作ると煮崩れにくいとか、軟水でお茶を入れるといい感じとか、そんな話を聞いたことがある(たとえばこちら)。ショルバを5時間煮ても煮崩れなかったのは、野菜そのものの違いだけでなく、水の違いも寄与していたのではないだろうか。

そんな仮説を持って帰国後、実験してみた。

左が水道水、右がエビアン。硬水の方がにごりがち?

近所のスーパーで買ったにんじん、じゃがいも、牛肉を、水道水(軟水)とエビアン(硬水)で2時間煮込んだところ、たしかに硬水の方がやや煮崩れにくく、味が残りやすかった、気がする。ただ、水の違いによる硬さに神経をとがらせた割に、「どんな水で煮ても新じゃがは煮崩れやすいな」ということの方が印象に残っている。結局、野菜による変動は大きい。
しかし、以下の研究では「硬水の方がじゃがいもは煮崩れにくく、肉はやわらかくなる」と結論づけているので、こちらを信じることにする。それから直接関係はないけれど、ウズベキスタンの鍋はル・クルーゼ並の重さで煮込みに適したものなので、もしかしたら鍋による違いも何かしらあるのかも?

結論:

野菜そのものの違いだけでなく、調理する時の水の硬度も煮崩れや味の"濃さ"に多少影響する。水の硬度が高いヨーロッパやウズベキスタンは、同じ野菜を料理するにも煮崩れしにくく、長時間加熱に耐えられる。

余談だが、「やかんの内側についた白い結晶」は、東京都水道局いわくスケールと呼ぶらしい。この名を知れたのが、この実験のせめてもの収穫だ。

④ 野菜の味は本当に違うのか?食べ比べ

ここまできても、「野菜の味が濃い/薄い」という感覚的な言葉がまだ微塵も理解できていない。濃いとか薄いって、一体どういうことなのか。水分が少なくてもパサパサのにんじんは味は濃くないし、ビタミンやミネラルの量が多いと濃いと感じるのか。

そこで食べ比べてみた。選んだ野菜は、にんじん。農林水産省の定める規定では、ウズベキスタンから日本へ通常の植物検疫で持ち込める野菜だ。
見た目は両者、大して変わらない。

1cmの厚さに切って、同じ水道水で30分間ゆでてみる。

左がウズベキスタン、右が日本

写真ではわかりにくいのだけれど、実は日本の方が透明感がある。かたさはさほど変わらない。
食べてみると、ウズベキスタンの方は栗や芋のようにほくほくした甘さ。食感もそれとそれと対応していて、かぼちゃのようにほくっと切れる。でも甘みだけでなく、無骨な苦味もある。
日本の方を食べると、口に入れた瞬間甘い。その代わり後味にほのかにエグ味のようなものが尾を引く。食感は説明するまでもなくいつものにんじんだけれど、ウズベキスタンのと比べると水気を含んだ感じ。「先味甘くて、後味舌に何か残る」といえるだろう。

先味というのは、食品メーカーの方々の語彙から借りたものだ。一口目に味の印象をつけることでリピートしてもらいやすくなるから、家庭料理にはない概念の「先味」が、商品開発では重要なのだそうだ。野菜も加工食品と同じ論理で味が作られているかはわからないけれど、この味の違いを説明するのにぴったりな言葉だと思う。売れるために作られた野菜、という感じ。

ところで日本の方が維管束の円周が小さいのはなぜだろうか。
また、両方すりおろして置いておいたら、日本の方がどんどん黒ずんでいった。何かが酸化している?ビタミンCが多いということ?

結論:

にんじんを同じ条件でゆで比べたら、たしかに味は違った。ウズベキスタンの方が密に詰まった感じで、甘みはでんぷん的。日本のはみずみずしく砂糖的に甘くて、特に先味の印象がつよい。

なお、ゆでたら差は強く感じたけれど、焼いたらほとんど差は感じられなかった。水分が飛んだとか、焼いた味が加わったとか、そういった要因によるのだろうか。ゆでると水っぽくなるならば、味を補う「煮る」という調理法は、日本の野菜にあったうまい料理法だ。

総括

野菜の味の違いは、確かにあった。ただし要因の分解は困難とわかった。
測定した範囲内では、水分の差は数%あったものの、品種によっても異なるし、たとえ同じ畑で育てたものでも季節や収穫してからの時間によっても大いに変動するので、二国の違いがあるとは言い切れない。
野菜自体の違いに加えて、調理方法や調理に使う水によっても、「野菜の味の濃さ」の体感は異なる。硬水で煮たり油で調理すると、軟水で煮るより味は濃く野菜は硬く仕上がる。

この調理の点について補足。人に言われて大いに納得したのだけれど、野菜の性質は「油脂が豊富に使える文化」か「水の文化」かによっても異なる進化を遂げていそうだということ。油で揚げると、フキノトウもタラノメも、苦味のあるものがおいしく食べられる。一方、水で調理する文化では、煮物でおいしく食べられるアクが弱いものが好まれていく。日本は水の文化であることに加えて、ここ数十年は共働きの増加や世帯人数の縮小で時短調理嗜好が強まってきた。油をあまり使わず、さっと炒めたり煮たりして"素材の味を楽しむ"現代日本の料理には、薄いと言われる野菜があっていて、そしてその料理や消費者の嗜好に合わせて野菜ができていく。野菜の味を作っているのは、土壌や水だけでなく、食べる私たちでもあるのだ。

識者の方々にいただいた意見

そんなうだつの上がらない実験を続けながら、各方面の知人や先生に意見や助言をいただいていた。おかげで今回の件は行き詰まったけれど、次に向けての光明が見えてきた。未来の自分のために、書き留めておきたい。

  • 野菜の味を決めるのは、遺伝要因 x 環境要因。遺伝要因は品種など既に決まっている形質で、環境要因は気候や土壌や季節など。遺伝要因の方を検証をフィールドで行うのは現実的でないので、違いを確認するにとどめる。環境要因については、それぞれの要素が複合的に絡み合っており、分離は困難だが「生育に要する日数を聞く」は手掛かりになるかも。日数が長い方が養分は蓄えられ、味が濃くなる。

  • 野菜の栄養素(味)は季節変動が激しい。また栽培方法や産地による差も大きい。日本の中でもこだわって小規模で作っている野菜や、固定種の野菜は、濃いと感じるかも

  • 調理の時の水が硬水だとマグネシウムが多く、そうすると野菜の緑色があせにくい。その色合いの濃さも、味が濃いと認識するのを手伝っているかも。(理屈:酸性の水で加熱すると、野菜中のマグネシウムが水素と置換され(フェオフィチン化)、退色する。マグネシウムの多いアルカリ性の水だと鮮緑色が保たれる。参考: http://hamadafs.co.jp/publics/index/84/

  • 調理の時の水だけでなく、育つ時の水も気になるところ。実地レベルでは、生育時に硬水を与えると繊維のしっかりした野菜に育つといわれたりする。

  • 野菜の主要な栄養素はビタミンとミネラルで、これが「味の濃さ」の正体の一つ。ビタミン(特にカロテンとビタミンC)は季節変動が激しく、ミネラルは土壌による差が大きい。ビタミンは光合成で作られ、ミネラルは土壌から吸収されるから(参考)。

  • それぞれの要因を分解するのは、困難。

野菜の味の濃さの謎は深まるばかり。でも、確かに野菜の味は違って、そして味の違いにあった料理文化が発展しているという当たり前のことは、実感できた。

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岡根谷実里 | 世界の台所探検家
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