親バカぐらいでちょうどいい
要約
成功した棋士には強烈な自信があり、常に自分が勝つと確信している
子供は楽観的に未来を見るが、大人は経験から慎重になりすぎる傾向がある
プロ棋士でも才能を見抜く目は完璧ではなく、予想以上に伸びる子がいる
棋士の子供が名人になった例が少ない理由は、親の目が厳しすぎるため
指導者は「親バカ」「師匠バカ」になるぐらいが、むしろ良い結果を生む
本文
プロ棋士として40年、たいして成功したわけでは
ありませんが、自分よりも強い棋士とたくさん
対局をしてきました。
そこで気づいたことがあります。成功した方々は、
強烈な自信を持っているということです。
「自分はできる」という気持ちを強く持っているのです。
対局をする時には打つ前から8割くらい自分が
勝つと思っているようです。
対局中の判断も、常に自分が優勢だと考えていたり
劣勢のときでも「最後は自分が勝つ」と考えています。
負けた時は「おかしい、自分が勝つはずなのに」
と思っているのです。
表向きにはそんなことは言いませんし、態度にも
出しませんが、長年プロをやってきた私には感じられます。
後でAIで検証すれば、その判断が間違っていることも
多く確認できます。それでも、大先生たちは少し
自分に都合良く思い込んでいる部分があると思います。
私はこれを批判したいのではありません。むしろ
これが「成功の必須条件」なのだと言いたいのです。
私たち凡人はそこまで思い込めません。
長年やってきて、失敗も多く体験をして、
「ああ、自分は下手だな」と
思わされることが、たくさんあるのです。
子供は楽観的です。囲碁を打っている時に、
「こんなことをしたら失敗してしまうのでは」
という心配をあまりしません。
どんどん自分の思いついた手を打っていきます。
自分が思い描く未来を正直に取りに行くのです。
大人は長く生きていると、だんだん未来を不安な目で
見るようになります。多くの失敗経験をすることによって
次第に怖がりになっていくのです。
「世の中そんなに甘くないよ」と。
親世代の私たちがそういうマインドを持ってしまう。
それが子供たちの成功を阻む面があると思います。
人生経験も多く、失敗のリスクを避けたい親が
子供の挑戦をたしなめてしまいます。
「プロになんてなれるものではない。」
「みんながチャンピオンになれるわけがない。」
と言って引き止めてしまいます。
かしこいから、客観的に判断できるから、そういう
風になるのです。しかし、大人のその賢い判断の
目は、必ずしも正しいとは限りません。
私が長年囲碁道場で指導していて、「この子は
伸びそうもない」「この子はこのくらいまでかな」と
判断しても、予想以上に伸びてくることがあります。
見る目があると思い込んでいるだけで、実はプロ棋士が
囲碁の才能を見抜くことさえ、簡単ではないのです。
間違えることもたくさんあります。
私が本因坊リーグと棋聖リーグに同時に入った時、
師匠の藤沢秀行先生が「お前がこんなに勝つなんて」と
驚かれました。それは師匠の評価を超えた成績だったのです。
藤沢秀行先生は中国から招かれて若い選手を見てほしいと
言われるほど、才能を見抜く目を高く評価されていました。
ご自身でもそう自負されていましたし、世界の棋士からも
そのように見られていました。
しかし、そんな先生でさえ「こんなに伸びるなんて」と
驚くセリフを、私自身に対しても、他の棋士に対しても
言われることがありました。
だから大人の判断力、人を見る目というのは当てには
なりません。
棋士の子供が棋士として大成した例は多くありません。
プロ棋士の子供であれば、囲碁を習う環境には恵まれて
いるはずです。しかし、プロ棋士の子供がプロ棋士に
なることはあっても、名人の子供が名人になった例は
ほとんどありません。
それはなぜかというと、高い評価の目を持っているために、
その子が上達していく過程で、「この子はこれくらいかな」
と見てしまうからです。
「すごい、うちの子は天才だ!」とは思えないのです。
高い技術を持っているから、つい
「ああ、こんな下手なことをして」と否定的に見てしまう。
ルールを覚えた子供が10級くらいになったら、
それはめちゃくちゃすごい進歩なのです。
それを「すごいね」と感動してあげられるでしょうか?
初段になる、五段になる。その時に
「うわあ、うちの子は天才だ」と思えますか?
いいえ、できません。
親がプロだから、親バカでいられないのです。
私は今プロ棋士を育てています。多くの成功した
指導者たちを見ていると、自分の弟子たちに入れ込んで
います。「うちの弟子はすごい、天才です。」
「お前は絶対に名人になれる」と。親バカのような、
師匠バカなのです。
井山裕太さんの師匠である石井邦生九段も、小さい頃の
井山さんにぞっこん入れ込んで、「この子は凄い。
この子が日本を救う」と言い続けて、実際にそうなりました。
「まだまだだな」なんて言わず、信じて褒め続けました。
こういう能力が師匠には必要で、親にも必要なのです。
私も今はそれを心がけています。
私も自分の子供たちに囲碁をたくさん教えてきました。
息子が5人いて、全員囲碁を打ちます。プロ棋士に
なった子供はまだいませんが、上の大きい兄たちの時は、
こういう点で良くなかったなと反省するところがあります。
だからネガティブな評価をしてしまうくらいなら、
教えない方がずっと良いと思っています。
離れていたほうが良いのです。
接する時には、良いところをひたすら
見て褒めてあげる。「親バカになれ。師匠バカになれ」
ということを、決して得意なことではありませんが
意識して指導をしています。
皆さんは、囲碁に限らず、何かに取り組んでいる自分の
お子さん、自分の生徒さんに対して、どのように接して
いますか?どのような目で評価されていますか?
この話が、少しでも参考になれば幸いです。
今回は「親バカぐらいでちょうどいい。師匠バカの方が
うまくいく」という話をしました。
それではまた次の放送でお会いしましょう。
囲碁棋士の三村智保でした。
この記事は「三村九段のミム囲碁ラジオ」第107回の書き起こしです。
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