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Red Bullに授けたのは、翼ではなく「位置の哲学」でした。

レッドブルの成功を「マーケティングの勝利」と語る人がいます。

しかし、本質はそこではありません。

彼らが見抜いたのは、まだ誰も立っていなかった「市場の立ち位置」でした。

この“空いていた位置”に立った瞬間、清涼飲料でも栄養ドリンクでもない、全く新しいカテゴリー「エナジードリンク」が姿を現したのです。

そして、社長ディートリッヒ・マシテッツは、それを断言しました。

「レッドブルのための市場は存在しない。我々がこれから創造するのだ。」

既存のルールも、過去の成功法則も、競合の常識も、すべてを無効化できる舞台。

その「無名の場所」こそが、レッドブルが選んだ、もっとも鋭い戦略の舞台でした。


「場所」にこだわった戦略の哲学。


1980年代の飲料市場は、すでに満席状態でした。

コカ・コーラやペプシといった巨人が炭酸飲料の席を占拠し、リポビタンDのような老舗が栄養ドリンクの席を譲らない。

ここで重要なのは、どちらの市場も

“既にルールが固まりすぎていた”

という事実です。

清涼飲料は、
「大容量 × 低価格 × マス広告」。

栄養ドリンクは、
「効能 × 薬用イメージ」。

そのどちらを選んでも、ルールに縛られ、若者の“気分”には届かない。

レッドブルの視点は、そんな縮こまったルールから外れた場所、

「市場の隙間」ではなく、
「ココロの余白」

へ向けられていました。

彼らが発見したのは、誰もが想像していなかった、たったひとつのポジションです。

「疲労回復」と「ファッション性」
を同時に満たす商品。

疲労回復を目的とする栄養ドリンクはイメージが古すぎ、気分を上げる炭酸飲料にはファッション性が足りない。

レッドブルは、この矛盾を抱えた分野に、ただそっと一歩を踏み出しました。

勝ち筋は、最初から「場所」で決まっていました。

ブランディングやマーケティングや広告展開の前に、「まず、どこに立つか」で勝敗が決まる。

レッドブルはこの

「位置の哲学」

に、誰よりも忠実だったのです。

競争を「回避」したのではなく、「無効化」することを選びました。

この揺るぎないビジョンこそが、後続の類似品を寄せ付けない牙城となったのです。


若者の「気分」が市場をつくる。

当時の若者は、「忙しいのに、退屈している」という矛盾を抱えていました。

それは、成分表や効能では満たされません。

彼らが求めていたのは、「気分が浮き上がる」という精神的な充足感でした。

ここで、レッドブルの定義が決定的な役割を果たします。

マシテッツ氏はレッドブルを、単なる飲料ではなく、

「エキサイティングな体験」
「スリルや冒険そのもの」

と定義しました。

機能性については一切語らず、訴えるものはイメージ、価値、思想(イデオロギー)。

「レッドブル、翼をさずける。」

というキャッチコピーも、商品の効能を一切説明しません。

これは、若者の心の中にあった

“まだ言語化されていなかった需要”

を、誰よりも早く「名付けた」だけなのです。

赤い雄牛のロゴ、珍しい形状のプルタブ。

デザイン一つに至るまで、すべてが

「飲むと強くなる」
「力を発揮する」

という精神的な充足感を与えるために、計算し尽くされていました。


「語りたくなる」場所にだけ存在させる。

ここが、レッドブルの「非競争の美学」が最も際立つ点です。

従来の飲料メーカーは、
テレビCMを大量に投下し、
スーパーやコンビニの棚を奪い合い、
イベントのスポンサー枠を買う。

「見える場所で戦う」のが常識でした。

レッドブルは、そこに姿を見せませんでした。

代わりに選んだのは、

友達や仲間に「語りたくなる」場所
にだけ商品を置く。

という、ゲリラ的でありながら圧倒的に効果的な戦略です。

バーのカウンターの上。
スケートパークの端。
大学の深夜の談話スペース。
クラブのトイレ横の自販機。

“広告される”のではなく、
“語られる”場所にだけ存在する。

通常は広告代理店を通してスポンサーになりますが、レッドブルは自前でイベントを企画・運営しました。

こうして、興行とロゴと商品だけがメディアに映り込み、従来のスポンサー活動とは比べものにならない「エキサイティングなイメージ」をつくり出します。

売上高の三分の一にも上ると言われるプロモーション費用も、従来の広告とは違い、

“文化をつくるための投資”

でした。

やがて、「カルチャーの一部」として認識されたレッドブルは、飲み物ではなく「ライフスタイル」へと昇華しました。

従来のマーケティングの常識を使わず、マシテッツ氏の明確なビジョンと意思のもとで、マーケットそのものを緩やかに書き換えていったのです。


歴史ではなく、ビジョンがブランドをつくる。

レッドブルの成功法則は、驚くほどシンプルで、そして深いものです。

新たなマーケットは、探すものではありません。

新たなマーケットは、
立つ場所によって勝手に生まれます。

新しい価値は、市場調査ではなく、創業者の「ビジョン」と「意思」から立ち上がる。

若者の「気分」という感情の領域を理解し、そこに寄り添うことで、市場そのものをつくり替えてしまう。

「プレイヤーが多いから無理」
「歴史がないから広まらない」

という常識を、彼らはすべて覆しました。

今日も世界のどこかで、誰かが缶を開ける瞬間。

気分が1ミリだけ浮き上がるあの感覚。

それこそが、レッドブルが示した「非競争」の哲学とビジョンの実行力がつくり出した、新しい市場の正体なのかもしれません。

そして、終身雇用への幻想が崩れ始めた日本でも、レッドブルの「挑戦」の物語から、大きなヒントが見つかるかもしれません。

“どの市場で戦うかより、どの場所に立つか”

視点を変えて、「位置の哲学」に注目してみてはいかがですか。

いま立っている場所を、そっと見直してみる。

それだけで、これからの人生の輪郭がすこし変わるかもしれません。





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