診断士が知っておきたい農業の基礎知識
私は中小企業支援機関の事務局に勤務していますが、最近、特に農家からの経営相談が増えています。しかしながら、中小企業診断士の中には、農業関係の支援を苦手としている方もいるようです。そこで、ここでは他産業とは異なる農業特有の特徴や最近の農業を取り巻く環境について、診断士として知っておいたほうがよいと思われるポイントを、かいつまんでご説明します。
■季節性や自然条件に左右されやすい
農業と他産業の一番の違いは、季節性や自然条件に左右される点ではないでしょうか。例えば稲作農家の場合、収入(売上)は秋の収穫期に集中し、それ以外の時期にはほとんどありません。したがって、先行する春先の支払いに耐えうる運転資金が必要になります。
また、台風で収穫間近の稲が水浸しになったり、熱波による野菜や果樹の不作などが、毎年のように起きています。病害虫やイノシシなどによる被害、豚熱や鶏インフルエンザなども深刻化してきています。
このように、農業は年間を通じて売上に波がある、また長期的にみても波が出やすいことが特徴といえ、これに備える事業計画(資金計画)、リスクヘッジが重要となります。(国の対応策については後述します)
■土地がないと始められない
農業のもう一つの大きな特徴は、「土地がないと始められない」点です。したがって、他産業と比べて創業(新規就農)のハードルが高く、参入障壁が大きいといえます。
農地を購入するには、農地法や基盤法に基づいたさまざまな条件があります。そのため、新規に農業をはじめたい人は、個人、法人にかかわらず、土地を賃借して始めるのが一般的です。また、既存の農家が農地を増やす場合も、売買より賃借で対応するケースが多いようです。
農地に関しては、農業人口減少に伴う耕作放棄地の増加も課題となっています。国はこれらの課題の解決を促すべく、農地中間管理事業などで、担い手への農地の集積・集約化を進めてきました。現在は、各市町村のマネジメントのもと、農業関係者全員参加で地域計画(目標地図)の策定を進めています。
■小規模経営(家族経営、兼業農家)が多い
農業は組織面においても特徴的で、小規模経営(家族経営)や兼業が多い産業です。これは、戦後の農地解放時に、小作農であっても耕作していれば農地所有を認め自作農とした名残ともいえます。
しかし、最近は農業においても新陳代謝が進んできており、小規模農家、特に稲作農家の退出が進み、中規模農家、大規模農家の割合が増加してきています。国としては農業経営の法人化を推進しており、前章のとおり、農地所有適格法人でなくともリース法人として土地を借りて農業を始める法人も増えています。また、若い新規就農者も徐々にではありますが増えてきています。
これらの最近の動向が、農家からの経営相談の増加につながっていると考えられます。
■生産性向上の余地が大きい
長らく生産性が低いといわれてきた日本の農業ですが、上述の就農者の大規模化や若年化に伴い、ようやく向上がみられるようになってきました。特にICTやAIを活用したスマート農業が注目されています。これまでは大・中規模農家が中心で、徐々に小規模農家にも浸透しつつありますが、本格的な普及はこれからです。農業はまだまだ生産性向上の余地が大きい産業といえます。
■販売(流通)に関する特徴
農産物の販売(流通)については、食糧の安定供給や販売価格の安定化を図るために、これまでは農協(JA)が重要な役割を担ってきました。しかし近年では、スーパーや農産物直売所への直接卸売、食べチョクなどのECサイトを活用した消費者直販など、販路が多様化しています。
また農業は、他産業に比べて地域性(土着性)が高く、近年はその特長を活かした地域ブランド化(夕張メロンなど)が進んできています。
一方で、これまでは国内のターゲットが主流でしたが、近年は海外への輸出も急激に増えてきています。(10年前と比べ倍増)
■お金に関する特徴
農業は、設備投資に多額の資金を要することが多いため、農業近代化資金、スーパーL資金といった農業者専用の制度融資が整備されています。また、他産業のように信用保証協会制度は利用できませんが、代わりに農業信用保険制度の利用が可能です。
さらに、食糧安全保障の観点から、農業を保護するため、経営所得安定対策としての交付金、農業経営基盤準備金、収入保険など、国の補助金、助成金制度が充実しています。ほとんどの農家が何らかの制度を利用していることから、農業の損益計算書をみる際には、「営業利益」よりも、営業外利益を含めた「経常利益」を重視する傾向があります。
加えて、農業特有の会計処理や感情科目にも注意が必要です。(農業簿記の特徴)
■農業をもっと知ってみよう
北関東は東京の「食糧庫」とも呼ばれるほど農業が盛んな地域であり、また各県とも農業事業者自らが農産物の加工や販売も手掛ける6次産業化が急速に進んできています。このような環境変化を背景に、最近は中小企業診断士が農業事業者の経営相談に対応する機会も増えてきています。今後は農業に関する知識が求められる場面も増加すると思われます。
農業について勉強する手段はさまざまです。例えば、各県の中小企業診断士協会の中にある農業研究会に入るにもよいでしょうし(関東地方では、茨城県、千葉県、東京都などにあります)、農業経営の専門家資格である農業経営アドバイザーの取得を検討してみるのも一つの手です。実際に体験したい場合は、農家での田植えや稲刈り、収穫体験などに参加してみるのもよいかと思います。
農業には日本の里山環境や地域コミュニティを守るという別の側面での大事な役割も担っています。診断士の皆さまもこの機会に、もっと農業への理解を深めてみてはいかがでしょうか。