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1本の動画で8,000冊の本を売った話

オンライン書店の VALUE BOOKS で働きながら、「積読チャンネル」という YouTube 番組で本を売っている。


2024年の1月から始まった番組なのだが、おかげさまでもうすぐ満1年を迎える。

ありがたいことに、想定以上の本が売れた(買っていただいた!)。

その中でも圧倒的な販売数を叩き出した「1本の動画で8,000冊の本が売れた事件」をここでは語りたい。


突然のDM


その本とは、全5巻の漫画『螺旋じかけの海』だ。


詳細は ↑ の動画で見ていただきたいのだけど、この漫画、類まれなる傑作であるにも関わらず一般の商業流通に乗っていない。つまり、町の本屋さんに置いていないのだ。

この漫画にスポットライトが当たらないのは、あまりにもったいない。

そう思って「積読チャンネル」での紹介を決めたのだけど、いかんせん商業流通に乗っていないので発注できない。

ということで、いきなり著者の永田先生に Twitter でDM をした。

DM の文章の一部


永田先生からはすぐにご返事をいただき、かつ、快く在庫を送っていただける手筈となった。

さて、何セット発注しようか。

VALUE BOOKS では特別価格として「5巻セット 6,000円」で売ることに決めた。全5巻とはいえ、読書のために6,000円を一気に払うのはいち消費者としては大変だ。

しかし、確実に売る見込みがあった。いや、仮に初速が悪かったとしても、絶対に売り切ってやると決めていた。


ということで、「200セットを買い切ります」と永田先生に伝えた。全5巻なので1,000冊となる。

永田先生は何度も「飯田さん、足りなくなったら送るので、一度にそんなに仕入れなくて大丈夫ですよ」と確認してくれた。なんて優しい人なんだろう。

実際、社内の倉庫スタッフからは「マジでそんなに発注するんですか?」と何度も聞かれた。売れなければそれだけ倉庫の棚を占有し続けるからだ。

出来らぁ!

しかし、関係ない。売ると決めたら売るのだ。書店員としての矜持がある。やってやらぁ!


「想定外」を必死で乗りこなす


そして、満を持して動画が公開された。





即完だった。

どれぐらい即完だったかと言うと、「動画が公開されたし、ツイートしないとな〜」と呑気に飯田がツイートした時には、実は在庫が霧散していた。

さて、この時の僕はどんな気持ちだっただろうか。

「発注量ミスった!!一秒でも早く追加発注しないと!!売り逃してしまう!!」

である。

動画公開後すぐの完売だったので、多くの視聴者が「あれ? 買えないよ?」と動画にコメントを寄せたりツイートをしていた。

しかもこの作品、商業流通には載っていないが Kindle はある。つまり、「VALUE BOOKS で買えないなら Kindle で買っちゃうか〜」という売り逃しが起き得るのだ。

(どんな形でもいいから、この作品が広まること自体はとっても嬉しいんだけどね)

とはいえ、商人としてはただ手をこまねいているわけにはいかない。夜中に必死で頭をフル回転させていた。


  • やばいやばいやばい。すぐに発注しないと Kindle 版の方が売れちゃう。

  • いやいやいや。発注って言ったって先生のところにそんなに在庫ないよ。

  • え、じゃあ刷ってもらうん? 買い切ることが確定なら先生の負担は軽いか…?

  • いや、でも何冊発注すんねん。印刷を小分けにするとそれだけ手間もかかるし、印刷費も上がるんだぞ。

  • てか明日うちの倉庫から一度に200セットが発送されるわけ? 倉庫やばくない? めっちゃ怒られちゃう?



的な脳内七転八倒を繰り返しながら、「兎にも角にも先生に相談だ」とその日のうちに連絡をした。


「こんな時間で申し訳ない」と言っているが、メールの送信時間を見ると


だった。

なりふり構わず、とはこのことである。


驚くことにこの打診も先生は快諾してくださり、深夜の作戦会議が始まった。

今でも覚えている。ちょうどこの時僕は東京出張のために上野駅に着いたばかりであり、上野駅の喫煙室でひたすら先生と電話していた。

途中で駅員さんに「閉めますよ」と言われて飛び出すものの、スーツケースを喫煙室に忘れてきて大変だった。とにかく、バタついていた。

先生は「ちょうど増刷のタイミングだったので、必要数分だけ刷りますよ」と言ってくださったのだが、個人的実感として「今回は、想像以上の数が動くかも知れない」という予感があった。

そこで、「予約を受け付けて、必要数を確定させてから刷る」という方針を取ることにした。


予約を受け付けて、予約期間が終えてから必要数を刷る、という流れにすると、お客様のもとに本を届けるまでにどうしても時間がかかる。

永田先生がもともと予定していた増刷のタイミングにあわせた方が、すぐにお客様に本を届けることができる。上野駅の喫煙室で「追加で200セット、買い切るんで増刷お願いします!」と先生に言えばいいだけだ。

永田先生も、せっかく欲しいと思ってくれている読者を待たせたくない…と気にされていた。


それでも、無理を通して予約制にすることに決めた。その方が読者を待たせてしまうとしても、だ。

急いで追加発注をして足りなかったら、目も当てられない。

矛盾するような言い回しだが「この本は僕が想像できない以上に売れるはずだ」という確信があった。


そして、その確信は的中した。予約の受付データを更新する度に100セット、200セット、と数が増えていく。

最終的に、1,223セットの予約が入った。

実際の予約数よりも多く仕入れておきたかったので、先生には1,400セットを印刷していただいた。

「印刷していただいた」と言葉にするのは簡単だけど、永田先生は個人でこの漫画を作っている。つまり、1,400セット、7,000冊分の印刷を個人のお金で払うのだから一大事だ。

「これ、詐欺だったらヤベェよな。先生の立場だったら不安でしょうがないわ…」と自分が元凶のくせに心配したのを覚えている。


予期せぬ着弾


さて、嵐のようなドタバタ劇だったとはいえ、予約が終了すれば一安心だ。

あまりに数が多いので発送作業は大変だが、事前に分かっていることではあるので、倉庫スタッフと調整してスケジュールも組み終わっていた。ふぅ〜、やれやれ。

「来週には予約分の7,000冊が来るのか〜」とのんびり過ごしていたら、不安げな顔をしたスタッフが走ってきた。

「なんか、予定のないトラックが大量の本を積んでやってきたんですけど…」


予定と違う日に7,000冊が着弾した〜!!!!!!!!

どないなっとんね〜〜〜ん!!!!!!!!


なお、このトラブルに『螺旋じかけの海』の著者である永田先生は一切関わっていないので、そこはしっかりご承知おきいただきたい。

あまりに印刷量が多いので、先生が増刷の発注を終えたあとは弊社と印刷会社が直接やり取りしていた。印刷会社から弊社に直接「◯◯日に送るからね」と言われていたのだ。


飯田「なんだこれ!! 急いで印刷会社の担当者に電話して!到着日間違ってるよ!!」

スタッフ「ダメです!!担当者不在だそうで繋がりません!!!」

運送業者さん「え????????」


運送業者さんも悪くない。彼らも印刷会社に言われた日に届けに来ただけだからだ。

運送業者さん「あの…フォークリフトあるって聞いてたんですけど…」


フォークリフト。重たい荷物もすいすい運んじゃうぞ!


そうなのだ、あまりに数が多いので「パレット」と呼ばれる木の板を使って梱包し、フォークリフトで本を移動させる予定だった。人の手で運ぶのは大変すぎるから。


そうそう、こんな感じ!便利だね!


しかし、うちはフォークリフトを常備していない。「予定していた到着日」にフォークリフトは手配していた。

そもそも予定していた日じゃない。人員も足りない。フォークリフトもない。

でも、何も悪くない運送業者の兄ちゃんに「うちは受け取れないよ。悪いけどこのまま帰ってもらえるかな」と言うのか? どうせうちに来る予定の7,000冊だぞ?


飯田「倉庫のみんな来て〜〜!!人力で運び出すよ〜〜〜!!!」


人力である。この世はパワー、パワーがすべてを解決するのだ。


ちなみに、到着したトラックはもう1台ある


段ボールをひとまとめにしていたビニールを荒々しく破り、一箱一箱を火事場のバケツリレーのようにえっさほいさと受け渡していく。

フォークリフトなんていらなかったんや!!


フォークリフトなんていらなかったんや!!


まぁ、後日「飯田、アレはないぞ」と社内で怒られが発生するのだけど、「すみませんでした!!でも、たくさん売れたんだから許してくださいよ〜」と謝りつつヘラヘラしつつ何とかやり過ごした。

ちなみに、印刷会社の担当者さんとはその後も連絡がつかなかった。ただ、終わったことを追求してもしょうがないので、こちらも執拗に連絡はしなかった。

意図せぬすれ違いがあっただけかも知れない。結局はパワーがすべてを解決したわけだし、想定外のトラブルを乗り切った爽快感で気持ちよく終わりたい。

多くの人の手に『螺旋じかけの海』が届いたことを思えば、それ以外のどんなことも些事に過ぎないのだから。


奇跡を糧に


ということで、最終的に『螺旋じかけの海』は

累計 1,600セット、
冊数にして 8,000冊、
売上にして960万円

という化け物じみた結果を叩き出した。

正確に言うとあと10セットほど在庫は残っているが、あと数日で売り切れるだろう。この記事の公開時にまだ在庫があれば、ぜひお早めに。

売上に関しては、額面は大きいものの利益が全然出ない設定にしてしまっていたので、ぶっちゃけトントンぐらいだ。だが、あまり気にしていない。

Amazon という超巨大ECがいるなかで、「VALUE BOOKS っていう本屋があるんだ」と気づいてもらうのが何より大切だからだ。

そうそう、動画で紹介した本が Amazon で売れる、という悲しき事態がよくある。


こういう状況を見聞きする度に、「うんうん、自分の好きな本が広まるのは嬉しいぞ〜☆」という気持ちが半分、もう半分では「なぜ!なぜなんだ!なぜ VALUE BOOKS で買ってくれない!!積読チャンネルが続けられなくなるじゃないか!!」と慟哭を上げながら地べたをのたうちまわっている。

まぁ、しょうがない。単純に Amazon がオンライン書店として優れているという証左に他ならないのだから、僕らにできるのは企業努力を積み上げることだけだ(嗚咽を漏らしながら)。


なので、『螺旋じかけの海』がこれだけ VALUE BOOKS で売れてくれたのは、Amazon では電子版しか売られていないから、という事情も少しはあったのだろう。

自分たちの嬉しい事件にわざわざ水を差したいわけじゃないけれど、冷静な商人としてはそう思う。一応ね。

だとしても、だ。

それを差っ引いても、8,000冊の本が売れるなんて信じられないくらいの大事件だ。

恥ずかしい話、「幻じゃないよな? 本当に売れたんだよな?」と不安になって販売データを確認することがいまだにある。


https://www.valuebooks.jp/bp/VS0058887552


『螺旋じかけの海』事件は、素晴らしい漫画と、先生の優しさと、動画を信じて買ってくれた読者の心意気によって起きた奇跡だった。

「積読チャンネル」は、飯田の個人的な勢いでスタートした見切り発車チャンネルだ。無我夢中で走り続けてきたけれど、この事件のおかげで「自分の走っている道は、正しいのかも知れない」と強く確信できるようになった。


改めて、ありがとうございました。

時に大量の本をパワーで移動させたり、時に Amazon での売れ行きに血涙を流したりすることはあれど、来年もとにかく面白い本をあなたに届けていきます!

それでは!また来年お会いしましょう〜〜〜!!
じゃあね〜〜〜!!


この記事は「積読チャンネル非公式Advent Calendar 2024」の最終日の記事です。ほかにも素敵な記事がたくさん並んでいるので、ぜひ見てみてくださいね。


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