科学者はマイナスイオン・ブームの何に困惑させられたのか
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Macbookの中からこんな文書が発掘されました。たぶん、2009年7月16日に行われた日本機能性イオン協会主催の勉強会「マイナスイオンは偽科学か?!」のために書いたのではないかと思います。話せと呼ばれたので、行って話しました。
記録によると、僕が『科学者にとってマイナスイオン・ブームの何が問題だったのか』という題で30分話して、福井工業大学工学部機械工学科の浅田敏勝教授が『空気イオンの効用について』という題で30分話して、『マイナスイオンは偽科学なのか』という討論を僕と浅田さんと日本機能性イオン協会理事長の久保田昌治氏、東アジア機能性イオン協会会長の山田眞裕氏、日本機能性イオン協会理事の江川芳信氏でやったようです。マイナスイオン推進派の会合だから、めっちゃアウェーだったんですが、言いたいことを言って帰ってきた記憶があります。1対4だけど負けなかったな。
文書が発掘されたから、noteに転載しておきます。古い文書ですが、今でも役に立つところはあると思います。
はじめに
マイナスイオンなるものを謳う商品が市場に出回り、今はなき「あるある大事典」や「おもいっきりテレビ」等のテレビ番組で盛んに取り上げられるようになり、いくつもの書籍が出回ったとき、科学者の多くは困惑したのではないかと思う。少なくとも、筆者の周囲には困惑した研究者が多かった。
そもそも「マイナスイオンは身体によく、プラスイオンは身体に悪い」といった二分法的な表現は科学として異様であった。謳われる効能も、作業効率が上がるとか気分がよくなるとかいうメンタルなものから、免疫力を高めるといったあまり意味のわからないものまでいろいろあったが、結局「マイナスイオンなるものを吸い込むと気分や体調によい効果がある」ということらしかった。
しかしながら、イオン種を特定することなく「プラスは悪く、マイナスはよい」などと言えるのだろうか。また、それが量の多寡を無視して「気分や健康によい」などと言えるのだろうか。「気分によい効果」だとか「健康によい効果」だとかいうものはどのようにして検証されているのだろうか。マイナスイオンが流行りだしたころ、我々が抱いた代表的な疑問は以上のようなものであった。特に、イオン種を特定することなく、「量」についての議論もないままに、プラスは悪くマイナスはよいとする主張は、まともな研究者であれば誰しもが「異様」と感じるものであることをここで改めて強調しておきたい。「何を」「どのくらい」「どのような条件で」といった基本的な情報抜きに、いいも悪いも言えるはずがない、というのが、科学の常識である。すなわち、マイナスイオンはそのブームの初めから、研究者にとって「怪しいもの」であった。
ブームのきっかけとなったのが、山野井昇『イオン体内革命』(廣済堂)だったことは、多くの人が認めるところかと思う。それ以前にも山野井・堀口昇両氏による『マイナスイオンが医学を変える』などもあるようだが、影響力の点ではやはりこの『イオン体内革命』だろう。これが廣済堂出版から出された縦書きの本であったこと、つまり科学の専門書ではなかったことも、異様といえる。科学の専門家がこの本を見逃した理由もこれが科学書ではなかったからである。強いて言えば、ビジネス書だろうか。むろん、科学の専門書があった上で一般の人向けに簡単に書かれた本があるのなら、科学の普及という意味からもむしろ歓迎すべきことなのだが、ここでの問題は、専門家向けの本は存在せず、一般向けビジネス書だけがあるという点だ。要するに科学の専門家にとって、これは「科学ではない」のである。
この本を一読した際の困惑を研究者以外に伝えるのはむずかしいかもしれない。
書かれている内容は科学的にはほぼ「無内容」だったからだ。そこにあるのは、根拠のない推測と「風が吹けば桶屋が儲かる」式の強引な展開ばかりで、科学的に評価すべきところはまったくない。ただし、われわれが困惑させられたのはそれが「無内容」なことではなく、そのような無内容なものが広く受け入れられ、山野井氏がマイナスイオンの権威者のひとりと目されているという事実だった。
周知のとおり、初期のマイナスイオン・ブームを牽引したのは、この山野井氏と堀口昇氏・菅原明子氏の三名だった。堀口・菅原両氏の著書にも目を通してみたが、やはり論理展開のでたらめさや根拠のない推測の羅列であることは変わらない。むしろ、山野井氏の著書のほうがましだったかもしれない。テレビ番組にもこの三人が繰り返し登場して、マイナスイオンの効果について語ったが、彼らの発言の科学的内容のなさは、やはり我々を困惑させるものだった。
まずは以上の点をはっきりさせておきたい。彼らの著書も発言も、まともな研究者なら無視するか一笑に付すか、その程度のものである。
マイナスイオンとは何か
では、マイナスイオンとは結局何を指すことばなのだろうか。ブーム以前にもこの言葉の使用例はあるのだが、まともな学術用語として定着している言葉ではない。
ブームのきっかけとなった山野井氏の本に書かれているものから判断すると、放電や水破砕によってつくられる大気イオン、トルマリンから発生する何か、水中の陰イオンなどを十把一絡げに「マイナスイオン」と称しているようだ。しかし、水中の陰イオンと負の大気イオンとが共通の性質を持つはずもなく、これらをまとめて「マイナスイオン」と呼ぶ意味はほとんどないし、まして十把一絡げに「マイナスイオンは身体によい」などと言えないことは自明であろう。山野井氏の本では「マイナスイオン」という言葉は何か特定のものを指さない曖昧なものとして使われており、これにしたがった科学的議論など不可能に思える。
いっぽう、マイナスイオン研究者の中には「マイナスイオンとは負の大気イオンのことである」と決めてかかっている人もいるようだ。そうであれば、話は比較的クリアではある。ただし、そうだとすると、トルマリンを使った商品が「マイナスイオン」を名乗っていたり、「マイナスイオン水」なるものが存在するという現実には目をつぶるということになろうし、ブームの出発点となった山野井氏の本でいう「マイナスイオン」とは違う話をしていることを自覚する必要がある。しかし、それならそれで、「マイナスイオン」などという曖昧な言葉で呼ばず、「負の大気イオン」なりnegative air ionなりといった「きちんとした言葉」を使うべきであろう。「マイナスイオン」という言葉を使うかぎりは、仮に負の大気イオンに限った話をしていても、ブームに便乗して怪しい言葉を使っているという批判は免れえない。
それはそれとして、たしかに「マイナスイオン」の中で最も筋がいいのは大気イオンである。とりわけ、放電による大気イオンはよく調べられている。そもそも、コロナ放電で作られるイオンを除塵や静電気除去に用いるのは、ごく普通の技術であり、実際に広く使われている。これの応用として、冷蔵庫内の除菌や脱臭に使うという考えは、筋のよいものであろう(筋がよいのであって、効果の検証は個別に必要である)。しかしながら、そのことと「吸い込んだら気分がよくなったり、健康によい効果がある」という説とはなんの関係もない。もしも、放電による大気イオンによって気分がよくなると主張したければ、それを実証しなくてはならない。繰り返すと「放電による大気イオンによって除塵はできるが、そのことは健康効果の裏づけにならない」ということである。
水破砕のいわゆるレーナルト効果も同様である。大気イオン、それもおそらくは主として負の大気イオンが生成されるという説自体は、ある程度追試もあるようで、正しいかもしれない。しかし、そのことと、「吸い込んだら気分がよくなったり、健康によい効果がある」という説とは、なんの関係もない。
トルマリンは電気石と呼ばれるくらいなので、押したり熱したりすると、電気を発生する。しかし、だからといって、トルマリンを身につけていれば負イオンが発生するというわけではない。トルマリンを練りこんだ布のたぐいも、イオン発生が期待できるわけではない。単なる静電気発生を「イオン発生」と主張する商品もあるようだが、それは違う。もし、トルマリン商品から負の大気イオンが発生すると主張したいなら、実際に発生していることを実験によって検証しなくてはならない。もちろん、健康にいいかどうかの検証はその後に必要である。トルマリン以外の石やセラミックを使ったものも同様に、「大気イオンは出ているか」「出ているとして、それは健康によいか」のそれぞれについて検証がなされていなくてはならない。
放射性物質を使うものもある。たしかに宇宙線によって気体分子が電離するので、まったくイオンが発生しないというものではないかもしれない。しかし、放射性物質を敢えて使うだけの効果が期待できるかは疑問である。この場合も、放射線が出ていることではなく、「大気イオンが出ているか」「出ているとして、それは健康によいか」を検証しなくてはならない。なお、放射性物質を使う商品には「放射線ホルミシス」を謳うものもあるが、ホルミシス効果というものが実際にあるかどうかはまだ論争のさなかであり、決着はついていない。この効果は実際にあるかもしれないし、ないかもしれない。このように効果の有無さえ決着していないものを「効果」として謳うべきではない。
最後に「マイナスイオン水」について。山野井氏の「マイナスイオン水」は定義がはっきりしておらず、なんのことかわからないが、少なくとも水に溶けたマイナスのイオンを想定しているのだろう。水中の負イオンは普通「陰イオン」と呼ばれる。「陰イオンは健康によいか」「陽イオンは健康に悪いか」という質問がナンセンスであることは言うまでもない。これこそ、イオン種を特定しなくてはなんの意味もないし、また、「量」についても議論しなくては意味がない。たとえば、ナトリウム・イオンやカルシウム・イオンが身体に必須な陽イオンであり、しかし過剰摂取は障害をおよぼすこともまた周知である。
負イオンの健康効果
マイナスイオンブームの頃、多くの商品が「マイナスイオンが健康や気分によいことを示すデータ」として『医学領域 空気イオンの理論と実際』(木村・谷口、南山堂、1938)を引用した。ところが、どのような実験なのか知っておこうと思い、文献を探し始めて、おおいに困惑させられることとなった。そのような文献は見当たらないのである。ようやくわかったのは、これが極めて入手困難な古い文献だということだった。いったい、宣伝でこのデータを引用したメーカーの開発者は、この文献を本当に読んでいるのだろうか。もし、原文献をお持ちのかたがおられれば、コピーさせていただけるとありがたい。
実際にはこれが古い文献であることが宣伝に明記されることはない。消費者もよもや古いデータだなどとは思わないだろう。嘘はついていないが、データ引用の方法として「ずるい」といわれても仕方あるまい。さて、問題はなぜそのような入手さえ難しい古い文献をわざわざ引用するのか、である。もっと新しいデータを引用すればいいはずである。もし、新しいデータが存在せず古いデータしかないのであれば、そのデータの信頼性には疑問符がつく。要するに「その後再現されていない」データである可能性が高い。
さて、大手家電メーカーが出したマイナスイオン商品の多くはイオン発生法として放電か水破砕を用いている。サンヨーの掃除機にトルマリンが使われたことがあるが、例外的であろう。マイナスイオンブームのさなか、2002年にAP通信社が大手家電メーカーに対して行なったインタビューがある。ここでシャープは「負イオンに健康効果があるかどうかはわからない」と答え、松下は「製品から負イオンが出るとは謳うが、健康効果は謳わない。なぜなら健康効果は科学的に実証されていないから」と答えている。やはり、2002年時点で、科学的には負イオンの健康効果は実証されていなかったわけだ。なお、松下の「イオンが出るとだけ言う」戦略は消費者の誤解に期待するという意味で悪質なものと思う。松下に限らず、最近はこのような宣伝のしかたが増えているように思う。
では、大気イオンの専門家はどのように考えていたのか。2003年に日本大気電気学会が刊行した「大気電気学概論」に高知大学名誉教授・小川俊雄氏が次のように書いている。『マイナスイオンは健康によく、プラスイオンは健康によくないという言い伝えは、20世紀初めごろから今日までずっと続いている。このように長い年月にわたって言い伝えられていることにはなにかしら真実がある。そうでなければ1世紀も続かないだろう。今日の日本のように安定した社会では健康指向が強く、いろいろな商品にマイナスイオンの健康効果がうたわれている。』『一方、大気イオンの質量分析結果からマイナスイオンの物質は硝酸であり、プラスイオンの物質はアンモニアであることがわかってきた。硝酸は農業に大量に使われ、硝酸イオンは環境汚染の指標になっている。このようなマイナスイオンが本当に健康によいのか、またどうしてよいのか。プラスイオンはほんとうに健康に悪いのか、またどうして悪いのかが解決すべき問題となっている』
健康を謳う商品がたくさん売られているのに、「マイナスイオンが本当に健康によいのか」すら、これからの課題とされているのである。なお、小川氏はここで「マイナスイオン」という言葉をあくまでも「負の大気イオン」を指すものとして使っている。
結局、負の大気イオンには健康効果があるという説は昔から根強くあるが、マイナスイオンブームのさなかにあっても依然として「あるのかないのかもわからない」という状況だったわけである。したがって、その時点で「健康効果」を謳っていた商品にはまったく科学的根拠がなかったというのが結論である。
科学的根拠とは何か
先日、国民生活センターがゲルマニウム・ブレスレットについてコメントを発表したことはご存知のことと思う。しかし、その発表の中に、ゲルマニウム・ブレスレットに限らない重要なコメントが含まれていたことにお気づきだろうか。以下のようなものである。
『全ての銘柄に、ゲルマニウムが健康に対する何らかの効果を示す旨の表示がみられたが、独立行政法人科学技術振興機構の科学技術文献データベースで検索したところ、科学的根拠を示す文献は確認できなかった』また、それに続く行政への要望として『ゲルマニウムの健康への効果について、科学的根拠を示す文献が確認できなかった。景品表示法上問題があるおそれがあるため、監視・指導の徹底を要望する』
これはゲルマニウムに限った話ではない。だいじなことは、健康効果を謳うならきちんと論文として発表されていなくてはならないという点である。
では、どのような研究であればいいのか。少なくとも、科学論文としてまとめうるだけの「まじめな研究」でなくてはならない。「健康効果」を謳うのであれば、基本的には人間を対象とした試験、いわゆる「臨床試験」が必要である。そのためには「健康の専門家」が研究グループに含まれることが望まれる。イオンを専門とする工学者だけからなる研究グループでは、「健康」について何かを言うにははなはだ心もとない。もちろん、きちんと勉強すればできないわけではないが、最低でも、健康関係の専門論文誌に論文を投稿できるだけの研究でなくてはならないので、よほどきちんと勉強するか、さもなければ「健康」の専門家を研究グループに加えることである。また、少なくとも、対象群を設けて二重盲検法を使い、統計的に充分な解析ができるだけの被験者に対して、試験を行なう必要がある。仮に10人やそこらの被験者について二重盲検法も使わないような研究があったとすれば、それは「あるある大事典」のようなテレビ番組で行なわれる「実験と称するもの」となんら違いはない。それを実験と呼ぶのは自由だが、何かを立証するための「科学実験」としては無意味である。
「気分」や「作業効率」に対する効果も同様で、きちんとした実験は可能である。その際、対象群の設定と二重盲検法、充分な数の被験者と正しい統計解析は必要最低限の条件となろう。
では、たとえばマイナスイオン・ドライヤーはどうか。松下電工の技術報告を見ると、たとえば数人の被験者に数日使ってもらい、これまで使っていたドライヤーに比べて使用感はどうか、を尋ねる研究がある。この調査でおそらくは「ドライヤーとしての性能が高い」ことの感触は得られるだろうが、「イオンの効果」については何も言えない。「頭髪に対するイオンの効果」を立証したければ、まずは頭髪の専門家が必要である。その上で、イオン以外の効果とイオンの効果とをきちんと切り分けるように実験を設計しなくてはならない。
以上のような研究がなされて初めて、われわれは「科学的根拠がある」と言うことができる。ただし、もっと正確にいうなら、これだけできて初めて「学説」と呼べるようになる、ということである。そうでないものは「学説以前」であり、たとえば「学会発表した」というのは充分な科学的根拠と考えるべきではない。また、新しい「学説」は、その後に他の研究者による追試・検証を経て、その成否が決まっていく。つまり、本来ならこれはまだ出発点にすぎない。つまり、うるさいことを言うなら、学説が出ただけではまだ「充分な科学的根拠がある」とは言えないのである。たとえば、有名な「クラスターの小さな水はおいしい」という学説は、日本語の論文が存在するはずで、その意味では「学説」と呼んでよいだろう。しかしながら、この学説は他の研究者らによって否定され、今では「間違い」とされている。そもそも「水のクラスターが小さい」という表現自体に科学的根拠がないというのが、今の理解である。なお、特許は「科学的根拠」ではないことも付け加えておく。
もちろん、このような研究をしなくてはならないとメーカーに言いたいわけではない。メーカーがやろうが大学がやろうが、どこかの研究所がやろうが、それはかまわない。きちんとした研究結果がすでにあるなら、それでよい。ただし、注意しておきたいのは、何についての実験かをきちんと理解することである。培養細胞についての実験からマウスへの効果を言うことはできないし、マウスの実験から人間に対する効果を言うのも難しい。人間についての効果は、最終的には人間を対象とした実験で検証されていなくてはならない。当然、そのものの効果を調べた研究でなくては意味がない。放電で生成されるイオンの効果を調べた研究は、トルマリンの効果についての科学的根拠とはならない。
マイナスイオンがこのような「科学的根拠」のない状態でブームになったことは明らかであるように思える。「負の大気イオンには健康効果がある(あるいは作業効率を上げるとか、気分がよくなるとか)」という説は昔から根強くあった。しかし、上に述べたような意味できちんと科学的事実として確立したものとはとてもいえない。理由のひとつとは「仮に効果があるとしても、非常に微妙なものでしかない」からであろう。このようなものはよく「マージナル・サイエンス」と呼ばれる。アメリカでイオン発生器がブームになった頃、FDAが「効果はあるとしても微妙なものでしかない」という結論を出して、ブームがしぼんだという歴史もある。日本でのマイナスイオン・ブームにはその教訓が生きていないように思われる。
なお、科学的にはっきりした根拠がないにもかかわらず、あたかも根拠があるかのようにいうものについては、われわれは「ニセ科学」と呼んでいる。
何かあるのではないか
このような話をすると、「よく調べれば、マイナスイオンに健康効果があることが立証されるのではないか」という質問を受けることがある。それについては「その可能性はある」としか言えない。効果が立証されれば、その効果を謳う製品を作ればよいだろうし、現時点で効果が立証されていないのであれば、現時点でその効果を謳うことはできない。将来何が立証されるかなど、誰にもわからない。将来何かが立証されることと、今現在何をするかとはまったく別の問題である。効果が科学的に立証されたもの以外はその効果を謳ってはならないのである。
権威者は何ものだったのか
さて、マイナスイオンの権威者のひとり、山野井氏の肩書きは「東大医学系研究科・工学博士」であるから、工学出身の医学研究者なのだろうとは推測できる。テレビでもまず東大が映され、次に山野井氏が研究室らしきところでインタビューを受けるという構成が見られた。明らかに「東大」の権威を視聴者に印象付ける演出である。しかし、そのインタビューの内容は、著書と同様に科学的にはまったく無内容なものだった。
もちろん、理系の博士号を持ちつつ、科学的にはでたらめなことばかりを言う人たちをわれわれはたくさん知っているので、それ自体は、嘆かわしいことではあれ驚くことではない。それでも、天下の東大である。「医学系研究科」のどのようなポジションにいれば、こんな無内容な本が書けるのだろうかと、興味がわく。こういう場合、われわれはまず大学の「研究者総覧」という研究者データベースを参照する。そこには各研究者の所属・略歴・専門分野・業績一覧などが掲載されており、どのような研究をしているかがおおよそわかる。ところが、東大研究者総覧を検索しても、山野井氏の名前を見つけることはできなかった。いろいろ調べて、ようやくわかったのは山野井氏の東大での身分は研究者ではない、というとだった。だから研究者総覧に掲載されていないわけだ。テレビ番組中で「身分」が表示されなかったのは、テレビ局もそのことを知っていて、意図的に隠したことを意味する。もちろん、積極的に嘘をついたわけではない。しかし、隠すことによって視聴者の誤解を誘おうとしたことは間違いない。結局のところ、山野井氏はイオンの専門家でもなければ臨床医学の専門家でもなかったわけである。
堀口・菅原両氏についても似たようなものだった。堀口氏は医学博士(ただし国内ではない)だが医師免許はもたず、また、イオン研究の専門家であることを示すものはない。菅原氏は東大医学部の博士課程修了だが、保健学博士であって専門はイオンでも臨床医学でもない。また氏の略歴には「マハリシ国際大学客員」という肩書きがあるが、マハリシというのはビートルズにインド思想を教えたヨガの大家で、超越瞑想という瞑想法で知られていることは付け加えておいていいだろう。
もちろん、もともとの専門でなくても、勉強して専門家になることはできる。しかしながら、その著書のでたらめさは、とてもイオンや臨床医学の専門家のものとは言えない。また、「でたらめを言う自由」もまた言論の自由として保障されているので、どんな主張をするのも自由ではある。我々が困惑したのは、このように誰一人として普通の意味で「イオンの研究者」とは呼べそうにない人たちが、権威ある専門家としてマスコミにもてはやされ、企業がとびついたことだった。しかも、その著書に書かれているのは、科学的に意味があるとはとても思えないことばかりだった。我々はむしろ「なぜこのようなでたらめが受け入れられるのか」と、受け取る側の「科学リテラシー」に困惑させられたのである。
おわりに
「負の大気イオン」それ自体はなんらニセ科学ではない。きちんとした応用先はあるはずであり、役に立つ製品も作れるだろう。しかしながら、マイナスイオンブームの際に謳われたような「健康効果」については、科学的根拠があるとはとても言えないものだった。むろん、なんらかの効果はあるのかもしれない。それについて研究することもまたなんらニセ科学ではない。まじめに研究しようとしている研究者もたくさんいるはずである。ただし、科学的根拠がない段階では、あたかもそれがあるかのように主張してはならない。我々の困惑の種は結局そこにある。
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