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危うい「韓国フェミニズム」の全肯定。隠された難民排斥とトランスジェンダー差別の思想

ーーこれまで『人民新聞』は、関西地域に根ざすとともに国際情報も幅広く届けてきた。韓国に関連する情報を『人民新聞』で発表するにあたり、単に韓国の現状リポートに留まらず、読者の現場での課題に直結し、現場で活用できるような議論の紹介につとめたい。(編集部)


影本 剛(大学非常勤講師)


『根のないフェミニズム』の問題から

 今、日本で「韓国のフェミニズムと連帯する」という時、それはいかなるフェミニズムなのか。「韓国のフェミニズム」なる一枚岩があるわけでもない。たんにフェミニズム的なものに何でも飛びつくのであれば、市場原理主義や嫌悪と結びつくフェミニズムに簡単にからめとられてしまう。
 これは憂慮ではなく、現在起こっている事態を批判的に考えるために必要なことだ。以下に日本語に翻訳された『根のないフェミニズム』(アジュマブックス、2021)がかかえもつ問題を糸口にして、この問題を論じていきたい。
 最も問題が深刻なのは、本書の著者の一人であるクク・チヘである。クク・チヘはフェミニズムの名で難民排除、イスラム嫌悪、トランスジェンダー排除、ジェンダー概念排除を主張する論者である。にもかかわらず、そのような著者の論考が一切の注意書きなしに、さらには「フェミニズム連帯」の名のもとに、日本で出版流通してしまっている。
 本稿の目的は、日本語に訳されると、その論者が韓国でもっている社会的性格は消されてしまう──という問いを入口に、韓国の文脈に置きなおして批判しなおすものだ。そして、この問いは決して個別的なものではなく社会的なものであり、日本の現状を批判するためにも充分参照しうることを確認したい。

難民嫌悪とフェミニズム

 2018年、韓国では#Metoo告発が相次ぎ、フェミニズム運動が高調する中で、済州島に500名をこえるイエメンからの難民申請者がやってきた。ビザ無しで上陸できたことや、低価格航空便など、偶然の諸条件が重なった結果だ。
 だが、韓国では保守系団体を中心に、難民を悪魔化し、「韓国女性の安全を守るため」という名目で反対集会を繰りひろげた。犯罪のためにやってきたという「偽」難民というイメージも流布する。日本でいえば、漫画家はすみとしこの難民嫌悪を想起されたい。
 また同年9月、難民の大半に「人道的滞留許可」(難民認定ではなく、ほとんどの権利が制限される状態)が出されたことを受け、済州島の外で、つまりソウルなどで求職活動することが可能になった。そこでさらに難民嫌悪が上昇した。とくに焦点になったのは「女性の安全」であった。「自国の女を他国の男から守る」という極めて家父長制的な視角であるにもかかわらず、この「安全」言説と結びつくフェミニズムも登場する。いかなる論理で結びつくのか?
 いわく、「イエメン難民は戦場からやってきた男なので性暴力加害者予備軍であり、また既にイスラム圏の難民を受け入れているヨーロッパでは難民男性によるテロや性暴力が頻発していることからもわかるように、難民男性は韓国女性を害しうる」、ということだ。
 これは明確にイスラム嫌悪である。しかし、そのような嫌悪をかきたてる言説が「十分な根拠のある不安」として流通したのだ。つまり嫌悪ではなく、治安と安全を訴えるものとして正当化されたのだ。
 さらに、むしろ女子割礼や早婚こそイスラム教の女性嫌悪であると主張し、難民排除の論理を展開した。嫌悪する側が嫌悪から身を守るための安全を訴えるという逆転状況が出現した。この点で、韓国内の保守勢力とクク・チヘら一部フェミニズム運動が強く結びついた。

トランスジェンダーの排除

 また、クク・チヘは昨年、トランスジェンダーの軍人が自殺した事件について、「一人の男が死んだんだね」とSNSに書き込んで批判を浴びた。
 クク・チヘはトランスジェンダーを排除するか否かをめぐって、韓国女性ホットライン連合と仁川女性ホットライン連合が分離する際に、仁川女性ホットライン連合の分離を進めた主導者でもある。なお、韓国女性ホットライン連合は、韓国フェミニズムを論じる際にいまなお必読書である『韓国女性人権運動史』を刊行した運動体である。
 そして、クク・チヘは、ヨルダブックスという出版社の代表で積極的に出版活動に携わっている。クク・チヘ自身の書籍は『難民と女性嫌悪』がある。またヨルダブックスで刊行している韓国語への翻訳書は、シーラ・ジェフリーズ『ジェンダーは害だ』、『レズビアン革命』、キャロライン・ノーマ『慰安婦は女だ』などがある。この者らは、英語圏でトランスジェンダー排除を推し進める論者である。

「シスターフッド」を問い直す

 以上のように、クク・チヘの主張するフェミニズムは、「イスラムとクィアは女性を抑圧し、女性を道具化する嫌悪暴力である」という論理によるものだ。日本語訳された『根のないフェミニズム』は、そのような人物を無批判的にフェミニストとして紹介しているのだ。これは、女性を社会的少数者として議論するために他の社会的少数者を嫌悪してしまう回路の再生産だ。
 このような回路は、決してクク・チヘという個人や、『根のないフェミニズム』という一つの書籍を批判するだけではない、より社会的な批判を通して絶たれるべき再生産だ。
 そしてこのような現状を批判的に超えていくために、韓国で発せられるフェミニズム論から学ぶことができる。たとえば韓国でフェミニズムの議論を切り開いている一人であるクォンキム・ヒョンヨンは、昨年出版した『女たちの社会』で「シスターフッド」という言葉を警戒し、必要なのは「女たちの社会」である、と論じなおしている。
 シスターフッドあるいは姉妹愛は、一見なんの問題もないかのように思えるかもしれないが、韓国において女性以外の社会的少数者を排除する際に用いられてしまっており、素朴には使えない言葉であり、きちんとした線引きが必要なのだ。
 「女性ならばだれもが体験する共通的感覚があるだろうという前提は、女性というアイデンティティを特定の経験それ自体へと帰属させる。妊娠・出産を経験してこそ本当の女になるというような言葉や、女性であればだれでも性暴力の恐怖を感じるという言葉は、女性を特定の体の一部分として、被害者としてのみ呼びかけるという点で問題がある。またそれだけでなく、女性たちのあいだの差異を消してしまう。わたしたちは互いに似ていたり同じであるがゆえではなく、互いにかくも異なるが同等に異なるということを知っている前提において友情を結ぶ。」(『女たちの社会』37~38頁)

難民嫌悪と排除 日本社会の問題

 そして、難民嫌悪と排除は日本国家、日本社会の問題でもある。日本においても韓国の事例から読み取れるように、外国人嫌悪運動とフェミニズムが、無意識的で素朴な差別意識を栄養源にして深く結びつくことは、容易に考えられるからだ。(了)

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