経営者は嫌いだけど「日本には経営者が足りない」という人々
今日のX界隈でにわかに昔の経済教室が話題になっていたので,脊髄反射.X界隈の「地方嫌い/ブルーカラー蔑視/学歴大好き」はこれまでも指摘されてきましたが,個人的にはこれに「中小企業経営者嫌い」を付け加えてもいいんじゃないかと思う.
当該記事では日本の生産性の低さを中小企業の温存に求め,雇用のセーフティーネットを整備したうえで低生産性企業の淘汰を進めるべき...といっているんだけど,これ本気で言ってるとしたらあまりの会計・税務知識のなさにあきれる.そして分かったうえで言っているなら...かなり歪んだ主張だと思う.なお,↑の記事の松元元内閣府次官は財務省主計局出身^^
ちなみに大企業よりも中小企業の方が労働生産性は低いです.でも,これは中小企業経営者が無能だとか,日本の中小企業経営が異常な経済行動をとっている...みたいな理由ではないです.
そして,そもそも日本は自由主義経済の国です.倒産・廃業は経営者・オーナーの判断ですし,どの企業に勤めるのかも労働者の意志です.中小企業の淘汰を進めるために景気の悪化を放置すべきだって...そもそも本末転倒じゃない?
そして中小企業は優遇されまくってて,そのせいで通常ならば倒産しているはずの企業が生き残っている...というナラティブがあるようですが実例を見たことがありません.中小企業の方があっさり倒産します.
本日はデータ知識の補充とともに,私が結構ヤバいと思っている日本社会の空気についてお話しします.
ビジネスモデルと企業規模
まずは労働生産性とは何かについてから.労働生産性は付加価値を労働投入量(労働者数や時間)で割ったものです.そして付加価値は粗利のこと.
$$
労働生産性=\frac{付加価値}{労働投入量}
\\付加価値=売上-原材料費
$$
労働生産性を決める要因の一つが資本装備率.資本装備率とは労働者一人あたりの資本(機械・設備)の額です.要は大規模設備とたくさんの機械を使って生産活動をした方が「労働者一人あたり」の生産性は上がるよねというお話し.
大企業の方が資本装備率が高いです...そのため労働生産性は高いです.大企業・中小企業間の労働生産性格差の6~8割は資本装備率の差で説明できます.
上図は内閣府での深尾京司(一橋大学)による講演資料なのですが,縦軸の0.8というのは「大企業の労働生産性は中小企業の1.8倍」という意味です.2010年だとギャップの0.8のうち0.5が資本装備率(Capital-labor ratio)によるものです.
このギャップは経済合理的です.大企業の方が大規模設備・機械をたくさん使う...というのは正確ではありません.
・大規模設備・機械をたくさん使うビジネスモデルは大企業にむいている
・大規模設備・機械をたくさん使うビジネスモデルだと大企業になる
のです.銀座の高級寿司店よりも大手回転ずしチェーンの方が労働生産性は高いです.資本装備率が違うから.だからといってすきやばし次郎をつぶして寿司職人をくら寿司に移動させろ・・・っていう人はいないよね.
同じ産業でも中小企業がやっているビジネスと大企業がやっているビジネスは別物なのです.
TFP格差を生み出すもの
では残りの2-4割の労働生産性格差の源泉はどこにあるのでしょう.経済学的には全要素生産性の差ということになる.ただしこの説明は少々注意が必要で...資本装備率で説明できない生産性格差を全要素生産性と「呼んでいる」だけなんです.
このタイプの生産性格差はどこから来るのか.ひとつの有力な仮説が人的資本仮説です.さきほどの図では学歴差による生産性格差(Labor quality)は勘案されていますが...生産性に影響する人的資本の差って「大卒か高卒か」って話じゃないですよね.むしろ同じ大卒でもどのくらいの専門性や知識があるかが重要で,これを計量することはかなり難しい.
しかし...ここからは直感的で不適切な話.大企業と中小企業の全要素生産性による労働生産性差は20-30%くらいです.「大企業に就職できる労働者」と「そうでない労働者」の能力差...20-30%くらいありそうですよね.誰を雇用するか選り取り見取りの大企業と万年求人難の中小企業の労働者に能力差があるのはあたりまえだもん.
余談ながら「(平均的には)大企業の労働者の方が優秀」っていうと,これは「中小企業の労働者は優秀ではない」って言ってるようなもんじゃないですか.これ表では言いにくいのです.だからこの問題を理解している経済学者はついつい奥歯にものの挟まったような言い方になっちゃう.一方でこの論点分かってない人は勇ましく中小企業害悪論を発言する・・・ので論争だと負けちゃうんだよなぁ泣.
※ちなみに中小企業の低生産性の話題で「中小企業労働者のOff-JT(企業・業務外訓練)の機会拡大が必要」みたいな提言を出している経済・経営学者を見ると「あっ^^この人わかってて奥歯に何か挟まってんな」と思う.
大企業の生産性向上の正体
さて以上から,大企業と中小企業の生産性格差は「ビジネスモデルの違い」「従業員の質の差」でだいたい説明できてしまうことがわかりました.さらに90年代以降の大企業の生産性向上についてはもうひとつの重要な問題があります.
ここで先ほどの労働生産性について,もう少し分解してみましょう.付加価値は「付加価値率×売上」に分解できます.
こいつをさらに分解してやる(対数微分する)と労働生産性の変化率は,
と整理できることがわかるでしょう.労働者数は分母ですから,労働投入が増えると労働生産性は低下します.
この分解式にしたがって1990年代以降の製造業/非製造業,大企業/中小企業の労働生産性の変化を整理してやると下表のようになります.この表は,「製造業大企業の労働生産性は30.4%上昇した...その要因は付加価値率低下によって10.3%下がり/売上増加によって11%上昇し/人員を減らしたことによって23.6%上昇した(-×▲でプラス)」と読みます.
この分類の中でもっとも付加価値率を低下させているのが製造業大企業であることに注目してください.同期間の日本の製造業は,
・とにかく値下げして売り上げを伸ばす
・リストラで労働者を絞り込む
ことで生産性を向上させてきたことがわかります.この経営方針は個別企業戦略としては多少の合理性があるかもしれない.しかし...過去30年の製造業大企業が行ってきたような「生産性向上」は日本経済の生産性を向上させることはありません.
「企業は従業員をリストラできるが,日本国は日本国民をリストラできない」というのは小野善康(大阪大学)の名言です.大企業による人減らしは失業者という心ならずも生産性0の国民を生み出してしまう.マクロで重要なのは付加価値率をいかに上げるかなのです.
この点では製造業種では大企業よりも中小企業がまだ健闘しています.円高不況や大手企業による値下げ圧力の中で...付加価値率の低下は大企業の半分程度で耐えている.そのかわり大幅に売り上げを失うことになってはいますが.
赤字法人6割の理由
生産性格差を中小企業,なかでも中小企業経営に負わせる議論に説得性はありません.そのためか,近年では赤字法人の多さを理由に中小企業批判を行う議論が増えています.冒頭の論説などがその典型.
日本の中小企業...といったとき.みなさんどんなイメージですかね? 町工場の経営者というイメージが強いのではないでしょうか.日本の総企業数(337.5万社)のうち中小企業は336.5万社.うち製造業中小企業の割合は1割程度(33万社)です.圧倒的に多いのは卸売・小売,ついで建設・宿泊・飲食あたり.
「中小企業経営者」は『男はつらいよ』のタコ社長というより...『ちびまる子ちゃん』のひろし(青果店経営)や『さざえさん』の花沢家(不動産仲介業),バーのマスターやラーメン屋の大将のほうなんです.より現代的には自宅でSOHOワークしているプログラマやデザイナも多い.だいぶイメージ違うでしょ?
これらの小事業主は2000年代までは青色申告事業主でした.しかし,商法改正で資本金1円で株式会社ができるようになると...多くの個人事業主が形式上の法人化を選ぶようになります.
もちろん経営規模拡大(だいたい粗利が1000万を超えると法人化が節税になる)から法人化するケースが多いわけですが,法人化してある方が契約上有利(個人事業主とは直接契約してくれない大手・官庁もある)だったり,単純に自営より社長・CEO・代表取締役の方がかっこいいじゃんというものあるわけ.
その結果,日本では大量の「事実上は個人事業主なのに形式上株式会社」という企業が存在します.全企業337.5万社のうち,中小企業は336.5万社.そのうち285.3万社(84.5%)が小規模企業です.
※小規模企業=サービス業でパート含む従業員数5人未満/製造業・建設業・宿泊業で20人未満の経営体.
この規模の企業だと...収益を法人税で払うか/役員報酬にして所得税で払うかによって経営者個人の実収入が大きく変わります.私は税理士ではないのでこまかい話はさておき,粗利で1000万円前後までは....自分(と親族)への役員報酬にしてしまった方が税金が安く済むことが多いです.こういう事業主は本来「法人成」する必要ないんだけど...繰り返しながらみんな法人にしたがるんだよね^^
もちろん自分の裁量で節税できるというのは経営者の大きなメリットです.あと奥さんとか,引退した父母を取締役にして節税(脱税?)はずるいという批判もあるでしょう.まぁこれはよくないよね.
しかし...それって中小企業批判の人がいうほど重大な中小企業優遇策とは思えないんですよ.
零細企業の赤字は...役員報酬を高め設定することで「赤字にしている」のです.そして,このような赤字化が起きるのは中小企業の生産性が低くてもうからないからではなくその方が得な税制度だからです.
そして,赤字にしているのは個人所得税にした方が節税できるからにすぎません.そして中小企業経営者の個人所得税は...別に優遇されていません.勤め人と同じ税率です.
そもそも法人利益+役員報酬が少なすぎてやっていけないなら自主的に廃業するか倒産しているはずですからね.
新たなる日本の分断?
これでもなお日本の中小企業は優遇されている「はず」という人がいます.この手の議論には「では具体的にどのような優遇ですか」と聞いても具体的な答えが返ってくることはありません.
ちなみに中小企業庁による令和6年度概算要求ベースでの中小企業対策費は1336億円です.地方財政(都道府県+区市町村)における商工費が10兆円なので...これを中小企業への補助金だと思っている人がいますが,商工費のうち補助金は2兆円ほど,立地補助金など中小企業限定ではないものも多く正確に算定はできませんが中小企業限定での補助金はその1/3ほどです.しかも補助金のほとんどは設備導入等のコストの補助なので...経営者の懐に入るわけではありません.
中小企業経営者100人に聞いても,補助金がメインの収入だ,補助金がなければ廃業するというひとは1人いるかいないかでしょう.
「中小企業への手厚い支援によって非効率的な企業が温存されている」という話は思い込みです.
...それにもかかわらず,なぜこんなにも中小企業経営者を目の敵にする議論が多いのでしょう.そして,なぜそれがウケるのでしょう.
第一の仮説は中小企業経営者が身近にいる人の少なさです.これは東京・高学歴・ホワイトカラー層の出自の変化に一つの原因がある.かつての東京・高学歴・ホワイトカラー層の大供給源は地主・中小事業主の家でした.特に地方のほどほどのお家の次男・三男とかね.
しかし,戦後80年が近づくと「高学歴・大企業ホワイトカラー」のお家の出身の「高学歴・大企業ホワイトカラー」が増えていく.彼らにとって中小企業経営者は遠い存在です.そして,自分とは異なるコミュニティ,異なる価値意識で生きている人が金持ちだと...「なんかずるをして稼いでいるんじゃないか」と思ってしまう.
この所属コミュニティーの分断は経営層への無知にもつながります.これはX特有の事情かもしれませんが...Xの高学歴自慢の人って中小企業経営者の学歴を完全に見誤ってるんだよね.もちろん業種によるわけですが,地場の優良企業の2代目3代目って高学歴だよ.地方講演に行くと三田会(慶応)・稲門会(早稲田)・紫紺会(明治)のどれか,または全部の名刺が手元に残る.そして留学経験のある人も多いです.だって地場の優良企業経営者金持ちだもん^^
むろん藤野英人さんの『ヤンキーの虎』のように裸一貫系や自身の代でビジネスを大きく伸ばした人の中には学歴なんて関係ない!って人もいます.それはそれで,地場の伝統企業X代目高学歴よりもよほどすごいことで,蔑視する理由がどこにあるのかわかんないんよ.
そして第二の仮説は学歴絶対主義.学者・官僚・エリートサラリーマンののなかには「高学歴な人間は高収入であるべきだ」という強固な規範意識がある(としか思えない人に良く出会う).経営者としての手腕・実績と関係なしに.
だからこそ,東大法学部から財務省にすすんで幹部公務員を務めた自分よりも中堅大学卒の建設会社三代目,ましてや高卒中古車販売営業を経て飲食店を多数経営・・・というタイプの人材が自分よりも稼いでいるという事実に耐えられないんじゃないだろうか.
正直,高学歴で官庁・大企業に勤めて...ほどほど出世してって人生は大したリスクをとっていない.事業の失敗で全財産を失ったりはしないし,出世ルートから外れてもクビにはならない.
このような生き方を批判する意図は毛頭ありません.というか私もどちらかといえばローリスク組だし,(大学に職があるという)保険かけまくりでキャリア形成してますから.でもさぁ.ローリスクな進路を選んだ以上,リターンも大きくならないのは素直に受け入れようよ.
日本経済の停滞原因を中小企業に求める考え方はそれほど説得的ではありません.にもかかわらず高学歴・勤め人(エリート会社員・官僚・・・学者!)にはやたら人気がある.その理由は中小企業経営への無理解,そして根拠のない嫉妬・怨嗟にあるんじゃないだろうか・
日本にはアントレプレナーシップ(起業家精神)が足りないといいながら,返す刀で中小企業批判をする人を見ていると「高学歴な俺をもっと敬え!」という歪んだ自意識を感じてしまったりするのです.
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