ニュー選択的夫婦別姓訴訟を問い直す(7)驕りが招いた”寄り添い”戦術の破綻
〔写真〕法務省HPに掲載されている選択的夫婦別姓に関する解説ページ。1996年の答申内容も閲覧することができる。
【前記事】
1、無責任な代理人弁護士の沈黙
(6)の続き。
以前、ご紹介した井戸まさえ氏の記事によれば、このような経過をたどった、とされています。
「日本会議の提案内容が実現される訴訟です。ご協力ください」
この訴訟の担当弁護士・作花知志氏が日本会議に向けたメッセージである。
青野氏訴訟が「民法改正ではない法整備」という点、また「日本会議がかつて行なった署名での請願運動と類似点があること」を伝え、日本会議を訪問したいとの交渉を行なったとの報告が青野氏の支援者あてのメーリングリストに流れてきたのは2018年4月11日のことだった。驚いた支援者たちも多かったという。
作花氏が「提案内容が実現される」とまでいった、日本会議がかつて行っていた請願署名の内容を以下に抜粋する。
「『夫婦別姓』は、必然的に親子の間で姓が異なる『親子別姓』をもたらします。子供たちが受ける悪影響ははかり知れません。近年、子供の心の荒廃が社会問題となり、家族の絆や家庭の教育力回復の必要性が求められていますが、『夫婦別姓』制度の導入は、全く逆方向の政策です。
選択的夫婦別姓制度は、家族の間で統一した姓を定めている現民法上の家族の原則を崩壊させるものです。私共は、選択的『夫婦別姓』制度の導入に強く反対するとともに、働く女性の不利益の解消のためには、旧姓を通称として認めることが最善であると確信します」
なるほど「類似点」がある。確かに青野氏たちが求めるのは「旧姓を通称として認めること」。冒頭で私が「迷う」とした通り、「夫婦別姓」ではない。「夫婦同姓」であり「通称使用の拡大」なのである。しかしながら便宜上「夫婦別姓」訴訟と称すること、まさに「夫婦別姓」という「通称」を使うことで、より広範に人々の賛意を得ることに成功しているともいえる。
ただ、日本会議にはそれは通用しなかった。
これだけ親和性を強調したにもかかわらず、日本会議の返答は冷淡なものだった。
「具体的に夫婦別姓問題に取り組んでいるものではありません」
「この度のお申し出につきましてご辞退申し上げる次第です」
利用されることを察知し、是としなかったのだろう。日本会議の方がずっと上手である。
井戸まさえ氏のご指摘の通りというほかありません。
本来ならば、代理人である作花知志弁護士から、記事に一言あって然るべきところですが、残念ながら、本日にいたるまでコメントはありません。
なぜ、このような行動に出たのか。原告の1人である、青野慶久サイボウズ社長のツイッターから、おおよその意図を推測することができます。
これらの発言は、経営者としてならば、まっとうな発言と評価することもできます。
が、あえて言っておきましょう。青野氏のこのお考えは0点です。
完全に間違っています。
2、日本会議への”接近”というウブな交渉姿勢
私が最初にこの記事を読んだ時、あまりのバカバカしさに唖然とした、というのが正直な感想です。
当時、私の周囲にはニュー選択的夫婦別姓訴訟に期待している方がたくさんおられましたので、たぶんtwitter上でもリアルでも公言したことはありませんが。。。
「うまくいくわけねーだろ」と1秒で思いました。
もし、青野氏や作花弁護士がこんな提案が上手くいくとお考えだったとしたら、あまりにもウブだというほかありません。
日本会議を知らなさすぎる。
どんな連中であるかは、日本会議に関する新書をいくつか読むだけで、一般的な情報は手に入ります。
接近する、という選択肢は最初から考慮に入らなかったでしょう。
3、誰がこんな交渉権限を与えたのか?
そもそも、この1件は、いきさつから不自然なものです。
まず、日本会議は訴訟当事者ではありません。彼らが選択的夫婦別姓の実現にどのような影響力を行使可能なのか、全く不明です。
特に、訴訟代理人の作花弁護士の立場からすれば、被告・国側から何らかの和解案を引き出すために、彼らに何ができるかくらい調べるべきであったはずです。
そうした調査の痕跡はありません。
そしてもう1つ重要な点、この折衝は、作花弁護士への委任契約の範囲内であったのか、という点です。
少なくとも、原告の1人である青野氏は同意したでしょうが、作花弁護士が本件訴訟の代理人として日本会議と折衝するならば、交渉権限の委任が原告全員から取られていなければならないはずです。
一般的に、訴訟委任契約は訴訟の相手方への交渉権限は含まれていますが、法的な利害関係(政治的な利害関係ではない)のない、日本会議への折衝権限は契約外のはずで、仮に、原告全員の同意なくこんな行動をしていた、とするならば、完全な契約違反です。
4、これはビジネスの交渉ではない
そして、青野氏は大きな誤解をおかしている。
井戸氏の記事が出た後、青野氏はnote記事の中で、交渉の事実が「外部の井戸氏に情報が漏れたことは大変残念」と述べています。
私に言わせれば、青野氏のこの考えの方がよほど有害です。
なぜ、何百万人もの幸福がかかった、選択的夫婦別姓制度実現の折衝の事実が、たかが3人の原告とその代理人だけに共有されるべきなのでしょうか?
その考え方の方が、よほど不自然でしょう。
青野氏は何か勘違いされているようですが、これは企業の巨額取引やM&Aの交渉などではありません。そもそも守秘義務契約(NDA)が締結されていない以上、契約上の秘密保持義務は何ら存在しない。
ましてやジャーナリストの井戸氏には、憲法が保障する報道の自由があります。内容も公共性が十分に認められるものです。
百歩譲って、この交渉が「ビジネスセンス」で進められるとしても、その交渉術は目を覆うほど稚拙というほかありません。
5、稚拙な交渉戦略
まず、この交渉が行われたであろう時期にご注意いただきたい。
井戸氏の記事から、この交渉は、2018年1月~4月の間に行われた、と推測できます。
しかし、この当時はニュー選択的夫婦別姓訴訟の提訴がされて、第1回の口頭弁論すら始まっていません。(第1回期日は4/16)
つまり、原告側に交渉カードは何ら存在しない。
何の成果を見込んでこのような折衝をしたのか、目的が全く不明です。
そして、もう1つ注目する数字があります。
当時の安倍内閣の支持率です。
当時、安倍内閣の支持率は50%を超えて安定しており、不支持率を大きく引き離していました。
衆参両議院で憲法改正発議が可能な3分の2を超えており、全ての委員会の委員長は与党側で独占。法案を意のままに通すことが可能でした。
つまり、安倍内閣の支持する日本会議側も歩み寄るインセンティブは全くない。
こんなことは、井戸氏が長々と解説しなくても分かることです。
まだあります。
交渉事というからには、相手方の強弱の問題は必ずつきまといます。そもそも、弱者側が「寄り添う」だの「歩み寄る」だのの交渉姿勢に出た場合、相手はどう反応するか?予想がつかなかったのでしょうか?
相手は、法務省の答申を20年以上放置できるほど強大なのですが。。。
私の結論するところ、この交渉はビジネスセンスから見て、目的もゴールも得るべき成果もストラテジーも何ら共有されていない、稚拙という言葉すら穏やかな表現に思えます。
まあ、これまで書いてきたことは些末なことです。
本質的問題は次の点です。
6、「寄り添う」ことを呼びかける傲慢さ
です。
選択的夫婦別姓制度にぽっと入ってきた青野氏から見たら、賛成派のこれまでの姿勢は「不毛なイデオロギー論争」にさぞかし見えたことでしょう。
が、イデオロギーや思想は”不毛な”ものでも何でもない。
人が幸福に生きられる社会を構想するうえで、基本的かつ重要な要素です。
PCでいえば、OSのようなものであって、まさか青野氏もOSは不要とはいわないでしょう。
が、選択的夫婦別姓制度ではなぜかOSはいらないと言い出す。
要するに、基本的なことを調べてモノを言っていない。
だから、自らの驕った態度に無自覚なのです。
青野氏や作花弁護士を「驕っている」と論難する傍証はもう1つあります。
「ニュー選択的夫婦別姓訴訟」というネーミングです。
いったい何が新しいのでしょうか?
すでに過去の連載で何人もの学者(二宮周平教授、新井誠教授ら)が指摘し、水野紀子教授も指摘したことをご紹介してきましたが、戸籍法のみの改正で選択的夫婦別姓制度が導入可能かどうか、理論的に明らかではない。
そして指摘されたように、かつて1996年の法務省答申で示されたC案に類似するならば、そもそも「新しく」ない。
「焼き直し」という方が正確な表現でしょう。
かつて提案されたものをさも新しいものに焼き直した提案を「新しい」と表現しているだけにもかかわらず、「今までの主張が古臭い」と考えているフシが、どうもみられる。(上記の青野氏の3番目のツイートなど)
そして、その実態がC案に類似するならば、次の批判が可能です。
「それってただの後退戦術じゃないの?」
7、後退戦術は過去に何度も試されてきた
ここまで論証してきたように、青野氏や作花弁護士はどうも、今までの選択的夫婦別姓制度の歴史をよく調べていない。
再掲します。
こんなことを恥ずかしげもなく発言してのける。
ここで、twitterで相互フォローさせていただいている「たんぽぽ」さんのHPをご紹介します。
私などよりはるかに長く、選択的夫婦別姓制度実現に取り組まれていらっしゃいますが、そのHPには、これまでの市民運動のオーラルヒストリーが数多く詰め込まれています。
学術的な資料的価値が十分認められるものになるでしょう。
たんぽぽさん( @pissenlit_10 )さんHP「たんぽぽのなみだ」
この中には、強大な歴代保守政権と対峙しながら、何とかして夫婦別姓制度を実現しようとした、苦闘の歴史についても、数多くの資料が残されています。
実は、法務省答申からこれまでの間に、こうした「妥協」は何度も試みられてきました。
民法改正から婚外子差別の撤廃を切り捨てる
夫婦別姓を例外扱いする「例外制法案」
夫婦別姓の選択には家裁の認可が必要という「家裁認可案」
そして、こうした「例外戦術」で疎外した人が賛成派から離れていく、というのが実態だったのです。青野氏や作花弁護士の空想とは異なり、まさに「寄り添う」ことで運動は分断されてきました。
そして、その妥協は1つも実を結ばなかった。
ここに詳しく経緯をご紹介されています。
すでに長々と読まれた方にはお分かりでしょうが、私は青野氏と作花弁護士に、このことだけは大きな怒りを覚えています。
今までの苦闘の歴史を重ねてきた方々へのリスペクトが著しく欠けている。
彼らは自分たちが「寄り添っている」と勘違いしている。
単なる驕りだ。
実際には、敵にも味方にも寄り添ってはいないのです。
8、とはいえこうも思う
ここまで辛辣なことを書き連ねてきましたが、ニュー選択的夫婦別姓訴訟の関係者の皆さんに感謝している面もあります。
2015年の絶望的な社会状況から、比較的早期に運動が立ち直ってきたのは、間違いなく、ニュー選択的夫婦別姓訴訟が提訴されたからであり、青野慶久氏がいわばアイコンとなって、この訴訟を引っ張ってこられたからです。
その後、第2次訴訟だけではなく、全国の地方自治体レベルから導入の声を上げていく、全国陳情アクションといった運動も展開されるようになりました。
今回は、青野氏のツイートを題材に、辛辣な批判の言葉を書き連ねてきましたが、一般的な報道や公式の場での氏の発言をみるに、きわめて良識的な経営者であり、市民感覚も十二分に備えておられることがうかがえます。
ただ、本件に関して諫言するならば、「市民運動は経営とは根本的に違う」ということです。
その交渉の段取りや合意形成の在り方、情報公開など、発想ははるかにオープンでフラットであることが前提です。
営利企業のような一部の情報独占や権力勾配はあってはならない。
渡邊美樹氏や松田公太氏など、これまで何人かの「経営者」出身の政治家がいましたが、皆さん勘違いしています。
たぶん、生粋のIT経営者である青野氏は、ご自身で見方を修正される、と私は思っています。走りながら直していく、というタイプでしょう。
ただ、冒頭のツイートに「今でも腹を立てている」賛成派が一人いる、という記録は、ネットの片隅に残しておきたく。
【次回/最終回】
【注記】本記事の意見に関する箇所は、私(foresight1974)個人の見解です。意見の表現に関する文責は全てforesight1974にあります。
【Special Thanks】本記事作成にあたり、過去の選択的夫婦別姓導入運動の経緯については、たんぽぽさん( @pissenlit_10 )が公開されているHPの資料を参照しました。ご協力ありがとうございます。
【お知らせ】
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