ノア・スミス「雑居ビル:商業地区をつくるもっと優れたやり方」(2024年10月21日)

そろそろ,“zakkyo” を学ぶ頃合いだね

Photo by Stefano Huang on Unsplash

今回の記事は,もともと X での連続投稿だった.ところが,これを気に入る人たちがたくさんいたので,ブログ用にまとめ直した方がいいなって考えた.主題は,日本の都市だ――とりわけ,大半の他国にはない日本ならではの小売りスペースの形態について語る.

ぼくは大勢の都市計画専門家たちとつきあいがある.だいたい都市計画の人たちは,複合用途の都市開発が大のお気に入りだ――戸建て住宅や集合住宅とお店やレストランが共存しているあり方を,彼らは好んでいる.でも複合用途の開発と一口に言っても,そのかたちはさまざまだ.そして,日本は,世界各地の高密大都市とひと味違うことをやっている.

今回の記事では,複合用途開発を2つのタイプに区分する.世界中の高密都市でよく見られる「一階のみ店舗型」では,一階のレストラン・店舗の上に集合住宅がつくられる.他方,もっぱら日本で見られる「雑居ビル型」では,すべての階に店舗が入る.

ここでの議論でぼくが論じたいのは,ようするにこういうことだ――日本の都市をああいう消費者の楽園にしている特徴の多くは,少なくとも部分的に,雑居ビルによってもたらされている.ただ,その議論を展開していく前に,何枚か写真を眺めてもらって,日本以外の世界各地で,都市部の小売店舗にいまどういうアプローチがとられているのかを示しておきたい.

一階のみ店舗型の開発:お店の上に集合住宅

世界各地で行われている商業区での複合用途開発は,たいてい,お店とレストランが地上一階にあって,そこから上の階が集合住宅(ときにオフィス)になっている.これを「ショップトップ型」または「オーバーストア型」住宅という.基本的には,高密で高層建築が並ぶ地域の複合用途開発の標準的なやり方が,これだ.

ショップトップ型の住宅は,ニューヨーク市ではものすごくよく見られる.ニューヨーク市リトル・イタリーの一例を見てもらおう――地上一階にいろんなお店の正面口が軒を連ねていて,その上に集合住宅の窓が並んでいるのが見えるね:

Photo by Alex Haney on Unsplash

グリニッジ・ヴィレッジのいかにも典型的な地域がこちら.写真を見ると,ここにも同じパターンが見てとれる:

ショップトップ型の開発は,我が町サンフランシスコでも標準だ:

"San Francisco Street" by Anthony Albright, CC BY-SA 2.0

でも,これはアメリカにかぎらない.パリのマレ地区を見てみよう:

Jean Robert Thibault, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

これは,モントルゲイユ通りだ:

"Paris - Rue Montorgueil" by Jean-Christophe BENOIST CC BY-SA 3.0

どちらの例でも,お店が1階にあって,上層階が集合住宅(ときにオフィス)になっているのがはっきりと見てとれる.

こちらはロンドンの写真だ:

Photo by Surya teja on Unsplash

これはイスタンブール:

Photo by Ant Rozetsky on Unsplash

さらには,アジアの巨大都市の多くも,好んでショップトップ型の開発を行っている.これは,香港の賑やかな商業地区「尖沙咀 (チムサーチョイ)」だ:

Photo by Himmel S on Unsplash

西洋から来た多くの旅行者の目には,アジアの巨大都市は似たり寄ったりに見える.どれも,電飾看板がたくさん並んでいるからね [n.1].でも,じっくり見てみると,そういう年の多くで,看板は1階のお店にしかついていないことに気がつく.香港の旺角(モンコック)はこんな感じだ:

Photo by J Sharp on Unsplash

ともあれ,そろそろ概要がつかめたんじゃないかな.世界各地の大都市の大半は,高密な商業地区をつくりだすにあたって,店舗・レストランの上層に集合住宅をおくようにしたんだ.

こういうショップトップ型の区画は,総じて,すごく歩きやすくて,活気があって,心地いい.ただ,混合用途開発のやり方は,それだけにかぎられない.日本は,これに代わるやり方の先駆者だ.

雑居:お店の上にまたお店

日本語の「雑居」は,英語で “mixed use”「多用途・複合用途」と訳されることが多い.ただ,「雑居」が本当に指しているのは,幅広くいろんなレストラン・店舗・オフィスを含むビルのことだ(3階建てから8階建てくらいが一般的).外観はこんな感じだ:

Photo by Noah Smith

ホルヘ・アルマザン,ジョー・マクレイノルズ,ナオキ・サイトウ et al. の著書『東京の創発的アーバニズム』には,雑居ビルが東京をはじめとする日本各地の都市でこれほど一般的になった歴史に関するすばらしいセクションがある.もっと短いバージョンは,McReynolds (2022) にもある:

細長くそびえる雑居ビルでは,各階に複数の小さな店舗が入居できる.そうした雑居ビル群が集まることで,東京はたんなる高層のオフィスや住居に尽きない豊かな垂直方向の広がりを有している.(…)雑居ビルは,駅周辺の商業地区によく見られる.そうした地区では地価が高いものの潜在的な顧客は多数見込まれる(…).世界各地の大半の都市では,ビルの商業利用は通りに面した1階に配置されている.それと対照的に,雑居ビルはすべての階層で商業的な機能を垂直的に収用している.雑居ビルの上層階に赴くと,レストラン・インターネットカフェ・診療所・キャバクラがすべて同一のビルに混在していることがある.そこには,これといった序列や体系的な原則がない(…).一棟の狭い雑居ビルに,80もの小規模事業が入居している場合すらある.

雑居ビルとは,ようするに,都市の歩行者向けの垂直型モールだ.雑居ビルの内部がどうなっているかを示す便利な図解を,Jefffrey Tompkins の記事から引用しよう:

Source: Jeffery Tompkins

雑居ビルならではの特徴は,2つある.すなわち――

  1. 上層階にも人目につく看板がついている

  2. 通りから直接利用できる階段とエレベーターがある

この2つの特徴には,共通の目的がある:それは,歩行者が上層階のお店を見つけて訪れるのをものすごくかんたんにする,という目的だ.看板があることで,上層階のお店が通りかかった人の目につきやすくなる.通りからすぐに使えるエレベーターと階段があるおかげで,ロビーを通らず,目当てのお店に直行できる.

雑居ビルと言えば看板というくらい,上層階まで看板が掲げられている様はなによりも特徴的な視覚的な雑居ビルらしさだ.たいてい,日が暮れると看板には照明がともり,日本の都市の名物ともいえる「明かりの森」の景色を産み出している:

Photo by Kevin Doran on Unsplash

ただ,はるかに目にとまりにくいとはいえ,階段とエレベーターも,それに劣らず重要だ.階段とエレベーターによって,雑居ビルの規模は大幅に縮小している.そのおかげで,同じ面積にずっと多くのお店が入れる [n.2].それに,階段とエレベーターがあれば,たまたま通りかかった人がためしにそこのレストランで食事したりお店を覗いてみたりするのに上層階にものすごく上がりやすくなる.

雑居ビルはどのように日本の都市をすばらしいものにしているか

雑居ビルの長所は,たんにすてきな夜景をつくることにとどまらず,はるかに超えている.日本の都市があんなにも活力があって,世界中の人たちにとって魅力に満ちている理由を説明するとき,雑居ビルは外せない.

雑居ビルによって,その区画の商業密度は高まる――面積あたりの店舗数が増える.1階にいろんな店舗をひしめかせるのではなくお店の上にまたお店をどんどん積み上げていけば,1平方キロメートル(または1平方マイル)当たりに店舗をもっとたくさん成り立たせられる.これによって,消費者たちの選べる種類も増える――〔その区画まで歩いていったりなどの〕同じ手間で試せるものがずっと多くなる.

ある区画に店舗が100あったとしよう.各店舗は,6メートルの幅をとっている.その全部を地上1階に並べていったら,全部を見て回るのに600メートルも歩かないといけなくなる.でも,そうした店舗を上へ上へと積み上げていったら,4階建て雑居ビルに収まる.これを全部見て回るには,150メートルを歩けばいい.こっちの方がずっと足の負担が軽いし,時間も短縮できる.600メートル歩くのに比べれば,150メートルを歩ききる方がずっと成し遂げやすい.それはつまり,全部が1階にある区画に比べたら,雑居ビルが並ぶ区画の方が,ずっと多くの種類のお店に出会えるってことだ.

Photo by Koi Visuals on Unsplash

そうした種類の多様さは,幸運な出会いの確率も高める.たいていの消費者たちは,ただランダムに通りをぶらついてるわけじゃない.彼らには,ここぞという目的地がある――食事をしたいレストランだったり,買い物をしたいお店を目当てに歩いてる.都市のお店がぜんぶ平面に広がっていたら,それぞれの目的地に向かう消費者たちがその途中で偶然に出くわす新しい道のお店は多くない.

でも,いろんな店舗がひしめき合っていたら,新しい魅惑的な店舗を目にする確率は大きくなる.そしたら,お気に入りの場所が新たに増える.こうやって幸運な出会いを増やす助けになることで,雑居ビルは,目新しさを高める.それに,小売店舗にとっては,顧客獲得率を高めることにつながる.ある区画にある店舗数が多くなれば,そこの通りを通行するお客さんは増える.

まとめよう.日本があれほどの消費者の楽園になっている理由の一端は,雑居ビルにある.首都圏には,16万軒のレストランがある.他方,パリにはわずか 1万3,000,ニューヨーク都市圏には 2万5,000しかない〔リンク先のニューヨークタイムズ記事で引用されている数字はミシュランによるもの.なお,ニューヨーク都市圏 (Greater New York City) は東京首都圏 (Greater Tokyo) よりも大きいけれど,東京首都圏とパリでは面積に40倍近い差がある.〕.なぜこれほど多いかと言えば,ひとつには,日本政府が小さな小売店を強く支援しているという理由もある.でも,それだけでなく,雑居ビルによって,もっと小さな独立店舗を維持できるようになっているって理由もある.

こうしたことに加えて,さらに,雑居ビルは日本の都市に他にも大きな便益をもたらしているとぼくは思う.小売店のお客たちを密集させることで,雑居ビルは中心市街のすぐ近くに静かな住宅地が存在できるようにしているんだ.

下の2枚の写真を考えてみよう.1枚目の写真は,東京でも指折りに有名な(混雑でも有名な)ショッピング街である渋谷のど真ん中にある大交差点だ.かの有名なショッピングモールの SHIBUYA109 が見えるね.2枚目の写真は,鍋島っていう小さな落ち着いた公園だ.高台の緑豊かで静かな高級住宅街のなかにある.

"Shibuya 109 by night" by kalleboo, CC BY 2.0
"File:Parc Nabeshima Shoto (2).jpg" by Guerinf, CC BY-SA 4.0

で,ここがとんでもないんだけど,松濤と SHIBUYA109 は徒歩わずか8分の距離にあるんだよ!

実は,こういうことは日本の都市ではそんなに珍しくない.猛烈に喧噪が激しく賑わってるショッピング街からでもほんの数分歩いたところに,まるで離れ小島のように平和で静かな区画がある.

なぜこうなってるかっていうと,ひとつには,丹念な都市計画による部分もある.でも,ぼくの考えでは,雑居ビルによる部分もある(あと,小売りがものすごく密集する他の形態による部分も).ほんの小さな区画にものすごい数の買い物客たちを密集させると,静かな住宅街をつっきって歩く人たちは少なくなる.

(もちろん,サンフランシスコもこれをやってる――静かでたいてい人通りがない街路の静かで緑豊かな区画がたくさんある.そうした区画のなかには,小売り店がたくさん並ぶ通りに近いところもある.でも,サンフランシスコがこれを実現できてるのは,小さな店舗が少なくて,互いに遠く離れているからだ.東京は,一人当たりの小売店舗数がはるかに多いのに,これに比肩する結果をもたらしている.)

というわけで,日本各地の都市の快適で独特な特徴の多くは,雑居ビルを活用した複合用途開発が一因となって存在しているんだとぼくは思う.

アメリカの都市が雑居ビルを建てるにはどうすればいい?

雑居ビルがアメリカに到来したなら,文化的にいくらかこれに慣れる必要が生まれるだろうね.でも,たいていのアメリカ人は,きっと雑居ビルを大いに評価すると思う.ニューヨーク市の住人たちは――それにサンフランシスコやシカゴといった他の都市の高密な中心地の住人たちも――気づいていないかもしれないけれど,彼らの都市が少しだけ東京に近づいたら,きっと彼らは喜ぶはずだ.

というか,すでにニューヨーク市には(ほんの)わずかだけれど雑居ビルがある.コリアタウンには3つ建ってる:

"Koreatown manhattan 2009" by chensiyuan, CC BY-SA 4.0

また,ブルックリンの何の変哲もないビルも,すごく雑居ビルっぽく見える:

"Urban Oyster Immigrant Foodways Tour of East Williamsburg - Brooklyn, New York City" by David Berkowitz, CC BY 2.0

こちらは,クイーンズ区フラッシングのビル:

"So much packed into one side of one block! - Flushing, Queens" by pasa47CC BY 2.0

いま挙げたビルたちは,日本の雑居ビルにいま一歩及ばなく見えるけれど,それでもすばらしい.こういうビルが存在してるのは,アメリカ各地の都市が危険すぎて雑居ビルが建てられないわけじゃない証しだ.それに,多層の小売りビルにアメリカ人が文化的な拒絶感を抱いてるわけでもないって証明にもなってる.

「どうしたら,アメリカにもっと雑居ビルを増やせる?」 アメリカが都市に建設する必要がある他のあらゆることと同様に,建築規制・用途地域規制が重要なのは明らかだ.また,通りに面した階段・エレベーターを設置できるように規制をあらためる必要もある.でも,それだけじゃなく, Joe McReynolds は他にもアイディアを提案している:事業者たちが自分のビルにとりつけられる看板にかかってる規制をゆるめるって案だ.

ぼくの考えだと,アメリカに雑居ビルを普及させる上で大きな妨げになることとして,外観の看板規制がある.この規制は地域ごとにちがっていて,しかも,一部の都市では雑居ビルらしい看板を中華街/コリアタウン「だけ」に認めている.ここには,雑居ビルは「異質な」「アジアの」モノであってただの「すばらしいアイディア」ではないという見方が反映されている.

ニューヨーク市では,「付属看板」(つまり広告やビルボードではない店舗用の看板)に関する規則はややこしくて,用途地域規制と関連している.どの地域でも,看板の大きさにかかる規制は,建物の間口幅にもとづく計算式を使っている――これは,細長い(間口が狭い)雑居ビルとは真逆の制度設計だ.

ぼくには,これはすばらしいアイディアのように聞こえる.

目下の最重要事項は,とにかく教育だと思う.日本は――偶然による部分もあるけれど――都市の小売りを組織するほんとに新しくて画期的な方法を発明した.都市計画の専門家や計画立案者たちは,このことを知る必要がある.彼らみんなが “zakkyo” って単語を知るべきだし,「ショップトップ型住宅ばかりが複合用途開発の可能な方法ではない」ってことを認識すべきだ.



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"Takeshita Street" by Dick Thomas Johnson, CC BY 2.0

原註

[n.1] たいてい,こういう看板を「ネオンサイン」と呼ぶけれど,いまどき,そう呼ばれてるものはまずまちがいなくネオンじゃない.ほぼすべて,ただの LED だったり,色のついたプラスチックに電球を仕込んでいるだけだったりする.でも,香港ではいまでもわずかながら古典的なネオンサインがある.

[n.2] アメリカ各地で人気が高まってきてる「単一階段」改革 (single-stair reforms) の背後にあるのも,これと同じ原則だ.


[Noah Smith, "A better way to build a downtown," Noahpinion, October 21, 2024]


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