[ヘンテコ説]「北海道の先住民族はアイヌじゃない、縄文人なのだ」と言うことがなぜアホな話なのか、その3つの理由
「北海道には縄文時代に縄文人が住んでいたんだから、北海道の先住民族はアイヌ民族じゃない縄文人だ」、「北海道には縄文遺跡がたくさん見つかっているんだから北海道の先住民族は縄文人だ」。これは現在のアイヌ民族否定論のトレンドの一つである。最初にどこの誰が言い出したかわからないけど、これを言い出す愛国保守アカウントが増え出したのは竹田恒泰のこのツイートからだろう。
最初にこれを目にした時に、あまりのアホさ加減に、「へ?」と脱力したことを覚えている。実際そんなに人も多かったと思う。縄文時代とはただの時代区分のはず、なんでこんな単純なことがわからないのだろう、竹田恒泰の投稿には正直屁理屈以上のものは感じなかったのだが…。筆者も首を傾げながらも、竹田フォロワーと考えられるアカウントによる同様の投稿をツイッター、X上で見かけると「アホな話なのであまり人に言わない方がいいよ」と注意して回る活動を心がけていたのだが、その伝わらなさにだんだん面倒くさくもなっている。
では何がアホなのか、本来なら説明するまでもないことなのはもちろんなのだが、こんなものでもアイヌ民族否定論のトレンドになっているので、ここできちんと否定しておこうと思う。
理由(1)先住民族の定義に縄文時代は関係がない
身も蓋もない話を最初にしておくと、
「先住民族とは一地域に、歴史的に国家の統治が及ぶ前から、国家を構成する多数民族と異なる文化とアイデンティティを持つ民族として居住し、その後、その意に関わらずこの多数民族の支配を受けながらも、なお独自の文化とアイデンティティを喪失することなく同地域に居住している民族である」(アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会『報告書』(2009))。
これは国連の宣言である「先住民族の権利に関する国連宣言」に基づく定義です。噛み砕くと「先住民族」という考えは「近代国家成立後にその近代国家に居住地が国家支配され不利な地位に置かれた現存する民族であること」となる。
明治時代に国家による支配を受け、土地や文化を奪われ不利な地位に置かれたアイヌ民族はこの定義に当てはまり、国連がアイヌを先住民族として認めるよう勧告し日本政府が受諾した。だからアイヌ民族は日本政府にも国際的にも認められた日本国、北海道の先住民族となる。
つまりここに縄文時代の話は関係がない。もし近代国家成立前や現存しない民族を対象にするならば、いくらでも遡ることができてしまう。弥生人は?古墳人は?縄文人よりも前の旧石器人は?となる。だからこの(1)で、話はおしまいなのだけど……もう少し続ける。
理由(2)縄文時代からアイヌ文化期まで人も文化も連続している。
ここからは(1)を前提とした話だ。
しかしアイヌ否定論者は「国連何するものぞ」と思っているので聞き分けが悪い。日本政府がアイヌを先住民族と定めたとしても、これは「政治」の話で、実際に「先住」していたのは縄文人じゃないか!という屁理屈も飛んでくる。そして「北海道には縄文時代の遺跡があります」「年表にアイヌと書いてあるのは13世紀からです」と続ける。北海道に縄文時代の遺跡があることは当たり前だし、それが何かの証拠になると思っていることが自体が「アホなこと」と言える。何故なら人や文化の連続性をまるで考えていないからだ。
少し(かなりざっくり)歴史を紐解けば、本州、特に西日本では縄文時代の終わり頃、稲作文化とともに大陸から人の集団がやってくる。もともといた人たちと交わり文化も人も変化するが、以降、北海道を除く日本列島は大陸から伝わる稲作文化が主体となる。
一方で北海道では縄文時代からアイヌ文化期まで大きな人の入れ替わりはない。本州が大陸の文化と人を受け入れ弥生文化に移行た頃、北海道は縄文時代を受け継いだまま続縄文時代、擦文時代となる。擦文期にオホーツク海周辺、北海道東北部の沿岸にオホーツク人が生活し、その一部が擦文時代人に吸収されるが、あくまでもオホーツク人の影響は限定的で、主体は擦文時代人(縄文時代からそこに暮らしていた人たち)。そのことは人類学、考古学、民俗学、言語学、あらゆる分野の研究がそのことを肯定する。
時折「オホーツク人が縄文人を駆逐してアイヌになったのだ」という雑で乱暴なことを言い出すアカウントが現れるが、もちろんそんな証拠はない。
最新のゲノムの研究でもアイヌ民族と縄文人が遺伝的にとても近いということが分かっている(現代日本人のゲノムの中の縄文人由来は約1~2割、アイヌ民族のゲノムの中の縄文人由来は約7割)。ゲノムが民族を規定するわけではないが、この数字からも縄文時代からアイヌ文化期の間で大きな人の入れ替わりがなかったことが分かる。また以下のnoteのように多くの研究者が縄文時代からアイヌ文化期の連続性について言及する。
北海道にも縄文時代の遺跡はある。しかし言い換えればその遺跡はアイヌ民族の先祖にあたる古代、先史時代の遺跡だ。前掲の竹田恒泰が言う「アイヌ文化は13世紀に成立した」との言説にはこう答えられる。「たとえ現在のアイヌ文化が13世紀に成立したとしても、その境目はグラデーションで、何かが入れ替わったのではなく変化しただけだ。これは至極当たり前の話である」
和民族の文化だって、平安時代や鎌倉時代、江戸時代と現代では全く違っている。だけど江戸時代やそれらの時代を生きた人たちと現代の和民族は繋がっていると誰でも理解できるだろう。たとえ丁髷じゃなくても、たとえ着物を着ていなくても。あまり似た文化ではなかったとしても。これは当たり前のことである。
「元々縄文人が暮らしていた日本列島なんだから、和民族もアイヌも縄文人の子孫だ、だからアイヌだけが先住民族じゃない!」というこれまたアホな言説もちらほら。まず、アイヌ民族と縄文人の繋がりを肯定しているのであれば一歩前進かもしれないけど、できればアイヌ民族否定論者の中で意見を統一してほしいなとは思う。
どちらも縄文人にルーツがあることは否定しない。しかしその内訳に目を向けると、同じであるとはとても言えない。文化の違いはもちろん、前出のゲノムの割合ももちろん、日本語とアイヌ語では言葉も全く違う。アイヌ語の祖語はアイヌ語地名やその語順から言語学では縄文時代にまで遡る可能性が推測されていることに比べ、日本語の祖語は縄文時代ではなく西遼河流域(中国の北西部)に求められる説が有力だ(確定したものではないが)。稲や麦などの作物栽培と同時に約3000年前に日本列島に広がり始めたことが比較言語学の研究で明らかになってきている。
そもそも「同じ」であるならば、なぜアイヌ民族はアイヌ民族であるという理由で差別されたのか、なぜ文化を禁止されなければならなかったのか、差別した側が「同じ」と言う暴力性について考えてほしい。
当然、本州側にも古くから北海道に自分達とは違う異民族が暮らしていたことの記録はある。次の写真は徳川家康が松前慶広に与えた黒印状、これにより松前藩は蝦夷地における交易の独占を認められた。
このように、徳川幕府の最初の最初から北海道をアイヌモシリと認めていたから"蝦夷地"と呼んだのであって、これは徳川幕府もアイヌを先住民と認めていたという厳然たる事実だ。
つまりアイヌ民族は日本政府にも徳川幕府にも国際的にも認められた日本国、北海道の先住民族であり、同時に言葉の意味としても先住民族であるということになる。
理由(3)和民族の立場で「アイヌは先住民族ではない」と言う暴力
3つ目の理由、これが最もどうしようもなく情けない理由だ。アホと言うよりもクズな理由だ。
前出の竹田某も、それにぶら下がり同調する皆さんも、簡単に「アイヌは先住民族ではない、縄文人が先住民族だ」と恥ずかしげもなく投稿を繰り返す。しかしよく考えてほしい。これを当事者であるアイヌ民族の誰かが目にしたら、ということを。
多くの日本人が認識しているとは思えない事柄だけど、日本という国にとって北海道はアイヌ民族から正式に譲渡されていない。開拓の名によって植民地化された大地だ。アイヌ民族はセトラー・コロニアリズム(入植植民地主義・定住型植民地主義)と分類される植民地主義の犠牲になっている。これは日本という国の持つ歴史的な事実だ。だから和民族の立場から言う「アイヌは先住民族ではない」には常に理不尽な暴力性が付加される。そのことにいい加減気がついた方がいい。
と言っても、アイヌ民族の側から土地を返せと言っているわけではない。1992年12月10日国連総会「世界の先住民の国際年」記念演説で、当時の北海道アイヌ協会理事長の野村義一は、過去のことを言い募るのではなく日本政府と「話し合いましょう」とスピーチする。以下に全文が載っているのでぜひ読んでほしい。
まとめ
これが「北海道の先住民族はアイヌじゃない縄文人だ」ということがなぜアホなのか3つの理由だ。この素朴にも見える問いは、その素朴さゆえに信じてしまった人もいるかもしれない。しかし、少し冷静になってみればこれを言い出すアカウントや人物からは臭みの強いレイシストの匂いが漂っていることに気がつくだろう。その匂いはデオドラントシートでは取り除けない。澱んだドブのように世間と隔絶されどこにも流れずにその場でただ腐るだけだ。もしそうなりたくなければ早くそこを立ち去るべきだろう。レイシズムに加担してはいけない。
おまけ
「北の元寇によって追われた北方民族が北海道に移動した、それがアイヌである」だからアイヌは後からやってきたのだという輪をかけてアホな言説もちらほら。これはこちらのnoteで検証否定しているのでご覧ください。
(文責:縄文ZINE @jomonzine 協力:@YoshiHR2)
参考:
「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会『報告書』」(2009)
「平成三十一年法律第十六号 アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(2019)
『アイヌがまなざす』石原真衣,村上靖彦(2024)
Late Jomon male and female genome sequences from the Funadomari site in Hokkaido, Japan(2019)
Triangulation supports agricultural spread of the Transeurasian languages(2021)
国連総会「世界の先住民の国際年」記念演説(1992)
参考:
(作成2024.8.5、更新2024.8.6)