
アダルトビデオ(AV)出演被害の救済に向けた新法が、国会で議論されている。きっかけは今年4月の成人年齢引き下げによって、18、19歳が契約を取り消せなくなり、10代の被害増加が懸念されたこと。これまでほとんど議論されてこなかった問題だけに、被害救済に向けて「前進」と歓迎する声も上がる。法案の柱は「年齢や性別を問わず、映像公表後も1年間は無条件で契約解除できる」ことだ。
ただ、はたしてこの内容で救済できるのか。虐待や貧困、性暴力から抜け出すため、生きるために契約したものの、出演後も苦しみ続ける女性は多い。「自己責任」と言われ、出演が被害だったと認識するまで何年もかかるケースもある。被害に遭った女性2人に経験を聞くと、福祉などの支援からこぼれ落ちる実態も見えてきた。(共同通信=川南有希)
▽「きらきらした世界」
関東地方に住む舞子さん(仮名)は10年前、AV女優を募集する事務所で面接を受けた。
それまで教育関連会社を経営していたが、従業員を同業者に引き抜かれ、業績が悪化。家賃の支払いも厳しくなっていた。追い詰められて高収入の仕事を探し、悩んだ末にインターネットの検索ページに「AV」と打ち込んだ。

すると着飾ったり、タレント活動をしたりする女優たちが目に飛び込んできた。「きらきらした世界」と感じた。
面接に行ったその日に採用が決定。宣伝用の写真を撮影するため全裸になった。「100万円支払う」と言われ、「これで家賃が払える」とほっとした。
▽「心の傷」を再演させられる
すぐにAV監督の面接に連れて行かれた。過去の性体験を聞かれた時、就職して間もない頃に遭った性暴力の記憶がよみがえった。
宴会で取引先の男性に出された飲み物を口にし、気がつくと男性とホテルにいた。撮られた裸の写真を口実に1年間、関係を強いられ続けた。その経験を話すと「薬を飲まされた後にホテルでレイプされる役」での出演が決まった。
性暴力に心の傷を抱えていたが、前向きに捉えようとした。「AVに出れば、あの時のことを大したことないと思えるんじゃないかって。これで被害を乗り越えられる」。過去を再演することで、克服できるかもしれないと撮影に臨んだ。
その後の1年間で十数本に出演した。ただ、求められる演技内容は次第にエスカレート。「排せつ行為を見せて」「50人にレイプされるから」と演技の要求は過激になっていった。
▽自分を消費されていく怖さ
撮影には毎回、酒を飲んでから向かった。つらさを紛らわせないとカメラの前に立てなかった。そのうち、記憶が飛ぶようになった。病院で検査を受けると、脳が萎縮していると判明。医師から「相当なストレスがかかっていますね」と言われた。契約した事務所からは、整形や売春を勧められるようになっていた。「ここでやめないと大変なことになる」。心も体も限界だった。
「自分を消費されていく怖さ」も感じていた。自己破産してAVの世界から去ったが、ストレスの後遺症からか、今も難聴に苦しむ。
▽ネットに画像が残り続ける恐怖
出演したことは、家族を含め誰にも話していない。しかし、インターネット上に映像がいつまでも残る恐怖がつきまとう。出回った画像を取り消すよう、業者に求めるため何度も過去の出演作を探した。ただ、タイトルを見るだけで吐き気が込み上げてきて作業が進まない。

AVに出る中で、出演する人たちの中には、過去に性暴力や家庭での心身虐待を受けた人がいることを知った。だから、出演を「自己責任」という言葉を聞くとつらくなる。
社会の支援を最も必要としている人たちなのに、切り捨てられてしまうのではないか。生きるための選択肢としてAVを選ばざるを得ない人は多い。その前に医療や福祉にもっと確実につながる仕組みがあれば、と思っている。
▽虐待やネグレクト、歓楽街で生きるしかなかった
なつさん(仮名)は数年前、歓楽街のコンビニ前で、中年の男からこう声をかけられた。「本番して撮らせてくれたら2万円あげるよ」。当時18歳だった。
中学生になった頃から、父親が布団の中に入ってくるようになっていた。母親からは何度も暴言を受けた。学校や児童相談所で苦境を訴えたが、誰も手を差し伸べてくれない。大人に裏切られ続けるうちに「助けて」が言えなくなった。18歳になり、児童福祉法の支援の対象からも外れた。「大人が作った法律も制度も、自分を助けてはくれない」と思った。

身分証明書と親の存在がなくても、歓楽街ならお金と携帯が手に入る。男に声をかけられたのは「ここで生きる」と決めた時だった。
見せられた携帯電話の画面には、裸の女の子たちが並んでいた。写真だけなら5千円、性行為の動画も撮れば計2万円。コンドームを使わなければさらに5千円上乗せすると言われた。2万円あれば、ネットカフエに10日近く泊まれる。承諾すると、ホテルに連れて行かれた。
撮影後、男は動画を投稿サイトに載せ、販売すると言った。提示された領収書には「売り上げがあっても金銭をこれ以上求めない」という内容が記載されていた。
▽「法律はあくまで第一歩」
約2年後、性暴力撲滅を訴えるフラワーデモに誘われ、参加した。目の前でマイクを握る人たちも同じようにAVに出たり、性暴力を受けたりしていた。「自分も被害者だったんだ」。当たり前だと思っていたことが、性的搾取だと気づいた。

国会でAV出演被害を救済する法案が議論されていることを知った時、18、19歳の性的搾取を政治がやっと考えてくれたとうれしかった。しかし、それだけで自分と同じような経験をした10代を救えるとは思わない。「これは始まりで、あくまでも最初の一歩。法律をどう生かしていくのかが大切だから」
▽ターゲットは17歳以下、てなずけられる子どもたち
歓楽街では、今も女の子たちに声をかける男性が後を絶たないのをなつさんは見かける。性被害を聞くことも多い。
なつさんによると、成人年齢が18歳に引き下げられた4月以降、声かけのターゲットは17歳以下に移りつつあるという。
歓楽街で誘う手口は巧妙で「お金ないなら仕事あるよ」と声をかけ、最初はAV以外の仕事を紹介する。優しい言葉や親身な相談で手なずける「グルーミング」と呼ばれる手法を使う。そして18歳になると、AV出演へと仕向けていく。「マスクで顔ばれないよ」と、新型コロナウイルス禍を利用した手口もあった。
被害を受けても声を上げられない子どもたちに、社会がもっと関心を持ち、支援してほしいと願う。法律や制度はいつも、苦しんでいる子どもたちが不在のまま決められ、動かされていく。なつさんはそれが悔しい。「まずは子どもの話をしっかり聞いて。大人はこれ以上、私たちを裏切らないで」