なぜ今、米国がロシア「本丸」企業に制裁したのか ルーブル安の行方、戦時経済のアキレス腱はどこに

2024年6月5日、サンクトペテルブルク国際経済フォーラム会場で表示されたガスプロムバンクのロゴ(ゲッティ=共同)

 米国は2024年11月、対ロシア制裁で長年期待され、金融制裁の本丸と目されたガスプロムバンクに対する制裁を発表。市場は動揺し一時、大きくルーブル安が進んだ。同制裁は今後、どの程度の効果を持つのか、ロシアの戦時経済のアキレス腱はどこにあるのか、ロシアの経済情勢に詳しい北海道大スラブ・ユーラシア研究センターの服部倫卓教授に聞いた。(共同通信=太田清)

 ▽半分超の外貨が経由

ロシア西部クルスク州で、ウクライナ側に天然ガスを送り出すパイプライン関連施設=2006年(ロイター=共同)

 ―米財務省は2024年11月21日、ロシアへの追加制裁として、ロシアの天然ガス独占企業ガスプロム系列のガスプロムバンクを含む複数の金融機関の取引を制限すると発表した。同行への制裁がなぜ重要なのか。
 「同行はロシアから天然ガスを輸入した国が、代金を決済する窓口として指定されているが、ガス代金決済以外にも軍人への報酬支払いや軍関連の決済ルートにも使われているとの批判があり、ウクライナなどは対処を求めてきた。2022年のウクライナ侵攻以来、ロシアに入る外貨の半分以上が同行経由だった」

 ▽政権移行

 ―米政府は今になって、なぜ制裁に踏み切ったのか。
 「制裁で激減したとはいえロシアから欧州へのガス輸出は続いており、ハンガリー、スロバキア、オーストリアなどはロシア産ガス購入を継続。決済窓口であるガスプロムバンクに制裁を科せば、こうした国々の決済が困難になるとの配慮があり、米国も踏み切れないでいた」
 「しかし、ロシア産ガスの主要な輸送ルートであるウクライナ経由パイプラインの利用契約について、ウクライナは今年末の満了以降は契約を延長しないとしている。そうなればロシア産ガス輸入は困難となり、米国は制裁を科しても問題は少ないと判断したのかもしれない」
 「また一度、制裁措置が発効すれば、後に撤回することは難しい。2025年1月のトランプ米新政権への権限移譲を前に、バイデン政権が制裁を急いだ可能性はある」
 「今回の米政府発表を受け、ロシア産ガスへの依存度の高いハンガリーが、ガス決済を制裁の対象外とするよう要請。その後、欧州連合(EU)も同様の要請を行ったとの情報もある。ガス決済については、今後、何らかの形で代替ルートが見いだされるのではないか」

 ▽国庫潤す面も

ロシアのプーチン大統領(ゲッティ=共同)

 ―制裁発表を機にルーブル安が進んだ。今後の見通しは。
 「一時大きく変動し、1ドル=110ルーブルを超える場面もあったが、その後徐々に安定してきている。ロシアの外為市場は(参加者が少ないことから)矮小化され孤立したマーケットで、さまざまな材料で大きく変動する。今回の制裁も不安定さを増す材料の一つだが、だからといって、金融財政政策など対応する手段は残されており、歯止めがかからないほど通貨安が進むとは思わない」

 ―ルーブル安が国庫を潤すとの指摘もある。
 「ロシアの財政を支えるのは、企業が石油・ガス売却から得る利益から徴収する鉱物資源採掘税だが、ルーブル安が進めば税収が上がる仕組みとなっている。もちろんインフレなど負の面もあるが、資源産業など輸出業が恩恵を受けることに加え、ロシアの戦時経済にプラスとなる側面があることを見逃してはいけない」
 「ロシア政府の想定為替レートは2025年以降、2027年まで1ドル=90ルーブル後半から100ルーブル前半まで、徐々に切り上がっていくとしている。インフレ率に近いぐらいの割合で、じりじりと進んでいくルーブル安は容認するのではないか」

 ―インフレで国民の反発は起きないのか。
 「現在のインフレ率は8%台の高水準で、中央銀行が目標とする4%の水準から大きくかけ離れている。一方で、戦争に伴う兵士への報酬、人手不足などにより、国民の収入はインフレ率を上回って伸びており、実質所得はプラスだ。日本とは状況が違う」

 ▽あつれき

ロシア中央銀行のナビウリナ総裁=2024年6月6日(ゲッティ=共同)

 ―通貨防衛とインフレ抑制を最重要と考える中央銀行は政策金利を21%(2024年12月23日現在)と高い水準に設定している。高金利に反発する政財界とのあつれきはないのか。
 「ナビウリナ中銀総裁はルーブル防衛のためには、さらなる金利引き上げもいとわない厳格な姿勢を示している。金利引き下げを求める経済界からのバッシングは激しく、プーチン大統領がナビウリナ氏の去就を含めどう決断するのか、難しい判断になるだろう」

 ▽いたちごっこ

服部倫卓氏(本人提供・共同)

 ―結局、制裁の効果は限定的ということか。
 「ロシアに対し、ある制裁を科せばその抜け道を見つけるなど、いたちごっこの様相となっている。そもそもロシアのように資源が豊富な大国を、制裁だけで即座に弱体化させることはできない」
 「むしろ、制裁によりロシアは必要なテクノロジーを輸入できず、エネルギーや軍需など基幹産業に徐々に影響が出てくる。すぐに戦争を止められない歯がゆい面があるが、制裁を継続することが結局、プーチン政権を行き詰まらせることにつながる」
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 はっとり・みちたか 1964年静岡県生まれ。北海道大大学院文学研究科博士後期課程修了。ロシアNIS経済研究所長を経て、2022年10月から現職。

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