相手の会社を指す「御社」「貴社」や、自分の会社を指す「当社」「弊社」という言葉。ビジネスシーンでよく登場しますが、「今はどっちを使えば?」と混乱してしまうこともあるかもしれません。それぞれの言葉の意味合いと基本的な考え方、使い方について、『がんばらない敬語』の著者で、書き言葉と話し言葉のプロとして活躍するフリーアナウンサーの宮本ゆみ子さんに伺いました。
目次
「御社=話し言葉」「貴社=書き言葉」は絶対ルール?
「御社」と「貴社」とはどちらも相手の会社を指す言葉で、相手の会社を高めることで敬意を表す「尊敬語」です。そして、これらは一般的に次のように使い分けると言われています。
貴社(きしゃ) ……書き言葉で相手の会社を指すときに使う
しかし、「言葉は時代とともに変化する生き物である」という前提で、これらが使われるようになった経緯を振り返ると、実はいつどちらを使っても日本語として間違いではないのです。
書き言葉で「御社」を使っても間違いではない
じつは「御社」「貴社」という敬称は大正時代ごろから存在していたと言われ、もともと口語・文語という区別はありませんでした。1970年代ごろまでは、相手の会社を指す言葉として「貴社」が使われることが多かったのですが、80年代後半ごろから「御社」が社会人や就活生の間で使われるようになり、流行語のように広まって、今はすっかり定着したという経緯があります。
流行が定着した背景には、「貴社」に「記者」「汽車」「帰社」などの同音異義語があることが挙げられます。文字として目に映る際には問題ありませんが、会話の中ではほかの「キシャ」と紛らわしいと感じる人も多かったようです。「御社」にも同音異義語はありますが、「キシャ」ほど多くはありません。そのため、耳で聞いた場合には「御社」のほうがわかりやすく、誤解がなく伝わったからと推測されます。
「御社」という言葉が、「耳で聞いたときに誤解のないようわかりやすく」という思いやりから定着したことを考えると、会話では「貴社」よりも「御社」を使う方がより丁寧かもしれません。しかし同時に、書き言葉に「御社」を使ったとしても、それは日本語として間違ってはいません。
実際に、ビジネス文書やメールで相手の会社のことを「御社」と書く方も珍しくはありませんし、私自身、そうしたメールを受け取っても特に気にはしません。
「御社」と「貴社」を使い分けた方が良いケース
ただし、転職活動や就職活動においては、よく言われる通り、話し言葉は「御社」、書き言葉は「貴社」を使うと認識しておいた方がいいと思います。
なぜなら、企業の採用担当者の中には、これらの言葉の区分をビジネスマナーとして厳密に捉える方も多いからです。「シューカツ用語」のひとつと考えてもいいかもしれません。この場合は日本語的に正しいかどうかよりも、場の目的や相手の考え方に配慮することが大切です。したがって応募企業に電話をしたり、面接で受け答えをしたりするときは「御社」を、メールや履歴書、職務経歴書などで相手の企業を指すときは「貴社」を使うことをおすすめします。
相手が会社ではない場合の敬語表現について
ビジネスや転職活動の相手が一般的な会社である場合の敬称は「御社」や「貴社」となりますが、それ以外の場合は次のような言葉に変化しますので、覚えておくといいでしょう。
信用金庫……「御庫」「貴庫」
協会 ……「御協会」「貴協会」
○○法人……「御法人」「貴法人」
学校 ……「御校」「貴校」
病院 ……「御院」「貴院」
シーン別「御社」と「貴社」の使い分けと文例
ここでは口語と文語の使い分けに則って、「御社」と「貴社」のビジネスシーンや転職活動での使用例をご紹介します。なお、「御社」「貴社」は単独で敬語になるため、「御社様」「貴社様」などさらに “様”をつけてはいけません。
「御社」の使い方例
電話で話すとき
- 御社に着いたら、どなたを訪ねればよろしいですか?
- 承知いたしました。それでは、○月○日の〇時に御社にうかがいます。
- 本日、御社の○○様から書類一式をいただきました。
転職の面接で受け答えをするとき
- (自己PR)御社の既存顧客の満足度向上に、ぜひ貢献したいと考えております。
- (逆質問)御社の計画の中で、特に伸張を期待されている分野は何でしょうか?
「貴社」の使い方例
取引先へのメール
- お打ち合わせの件につきまして、下記のいずれかの日程で貴社におうかがいできればと存じます。
- ご提案いただいた価格に納得いたしました。貴社との今後の円滑な取引を心より願っております。
転職の応募企業へのメール
- 本日○○様のお話をおうかがいし、貴社の一員として貢献したい気持ちが一層強くなりました。
- 面接日に有休取得の調整を行いますので、○日以降で貴社のご都合の良い日時を教えてください。
転職の応募書類
- (志望動機)常に業界をリードする貴社の先見性に魅力を感じております。
- (本人希望記入欄)貴社の規定に従います。
「御社」「貴社」の使い方を間違えたときの対処法
上述したように「御社」「貴社」の使い分けルールは決して厳密なものではありません。どちらも相手を敬う表現なので、メールに「御社」と書いたり、会話で「貴社」と言ってしまったりしても、わざわざ訂正する必要はありません。転職活動など使い分けた方がよい場面で間違いに気づいたときは、次から話すときに「御社」、書くときに「貴社」とするよう気をつければいいでしょう。
「弊社」と「当社」の違いと使い分けは?
「御社」や「貴社」は相手の会社を指すのに対して「弊社」や「当社」は自分の会社を指す言葉です。これらのニュアンスの違いと、使い方について解説しましょう。
「弊社」は謙譲語、「当社」には敬語的要素はない
「弊社」と「当社」は「自分の会社」という意味で、話し言葉・書き言葉の両方で使います。
「弊社」は自身がへりくだることで、相手を立てて接する「謙譲語Ⅱ(丁重語)」に分類されます。一方「当社」も改まった言い回しですが、特に敬語の意味合いはないフラットな言葉です。
「弊社」と「当社」は一般的に、次のように使い分けられています。
当社(とうしゃ)……社内向けに使うほか、社外の対等な立場の相手や、不特定多数に対して使う
つまり、BtoBの関係である他社や、お客さまに対しては「弊社」、社内での会議や社内文書、企業ホームページなどで自社の特徴や考え方を述べる場合など、相手にへりくだる必要のない場面では「当社」を使います。
なお企業のホームページでも、伝える対象によって、下記のように「弊社」と「当社」を使い分けることもあります。
「各種施工のご依頼は弊社にお任せください」……「お客さま」と「お客さま予備軍」を対象にしているというニュアンスで「弊社」を使用。
「当社では個人情報の入力をお願いする電子メールをお送りしておりません」……不特定多数に対する告知というニュアンスで「当社」を使用。
自分の会社を指すその他の言葉について
「自分の会社」を意味する表現には、ほかにも「小社」「我が社」「自社」などがあります。それぞれのニュアンスの違いについて知っておきましょう。
小社(しょうしゃ)……「弊社」と同じ「謙譲語Ⅱ(丁重語)」。「私どもは本当に小さな会社です」といったニュアンスで、謙遜して相手を立てる表現。単に「小さな会社」の意味もあり、「商社」と読みが同じで紛らわしいため、使われる頻度はあまり高くありません。
我が社(わがしゃ)……「当社」と同じく敬語の意味を含まず、基本的には社内向けに使用。「私たち」というニュアンスが強く、社員の連帯感を促す意図で使われることが多い言葉です。
自社(じしゃ)……文字通り「自分の会社」のことで、「当社」よりもくだけた表現。社内の日常的な会話で「自社の強みは…」などと使うほか、「自社株」「自社製品」「自社開発」などのように、名詞と組み合わせて使うことが一般的です。
転職活動では「弊社」「当社」は使わない
ビジネスシーンでは自分の会社を「弊社」「当社」と呼ぶのが一般的ですが、転職活動の応募書類や面接においては、在籍中の会社なら「現職」「現在の勤め先」、すでに退職した会社なら「前職」「前の勤め先」と呼ぶのがふさわしいでしょう。
なぜなら、「弊社」や「当社」という言葉には「自分が会社を代表してここにいる」という意味合いがあるからです。転職活動は会社の代表としてではなく、あなたが個人として行っていることなので、それには当たりません。面接で「弊社」「当社」を繰り返せば、「今の会社にそれほど愛着があるのなら、なぜうちの会社を受けるのだろう」などと受け取られかねないので気をつけましょう。
シーン別「弊社」と「当社」の使い分けと文例
さまざまなビジネスシーンでの「弊社」と「当社」の使用例をご紹介しましょう。
「弊社」の使い方例
取引先との会話
- それでは、○月○日の○時に弊社までおいでください。
- その件に関しましては、弊社の○○が承ります。
- この度は弊社の不手際でご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございません。
取引先へのメール
- いつも弊社のサービスをご利用いただき、誠にありがとうございます。
- 請求書につきましては、弊社経理担当の○○までお送りいただけますと幸いです。
- 弊社の新製品についてぜひお話しさせていただきたく、ご連絡いたしました。
企業ホームページの顧客に向けた告知
- 弊社を名乗る不審な電話にご注意ください。
- 弊社システムのメンテナンスのため、○月○日○時〜○時は電話が繋がらなくなります。
社内での「当社」の使い方例
- 当社は本年度の売上げ目標として○○億円を目指しています。
- 当社の強みである○○をさらに強化した新しいサービスを提案します。
- 当社では来年度よりフレックスタイム制導入を予定しています。
社外に対しての「当社」の使い方例
企業ホームページの自社に関する説明・告知
- 当社が目指しているのは地域密着型のサービスです。
- この新製品は当社比で○%ものコストカットを実現しています。
- 当社のサービスをご利用いただくに当たり、以下のプライバシーポリシーを定めております。
会社説明会など
- 本日は就活生のみなさんに、当社のことをご理解いただければと考えています。
- みなさんが当社を知ったきっかけは、どのようなことでしたか?
他社への抗議やクレームへの対応
- 当社はその件には一切関わっておりません。
- 今回の貴社のご対応は、当社として到底受け入れられるものではございません。
(注)自社に全く関係のない不当なクレームに対しては、「当社」として相手と同じ立場に立つことが適切な場合もあります。しかし、少なくともクレーム主との間に取引がある場合は、こちらに落ち度がなくても「弊社」という形で相手を立てて、感情を受け止めることが大切でしょう。
使うべき場面を押さえておけば大丈夫!
社会人になると、文書や会話の中に敬語表現が増えて、「あれもこれも入れないと」と焦ることもあるでしょう。でも、おかしな場面で「弊社」とへりくだったり、「御社」にわざわざ“様”をつけたりなど、がんばって敬語を使おうとするあまり、かえって失礼になってしまうこともあります。まずは「こんなときはこの言い回し」という場面だけしっかり押さえれば大丈夫。難しく考えず、自然に使える言葉で、シンプルに表現することを目指しましょう。
株式会社ゴーズ・オン代表取締役、フリーアナウンサー 宮本ゆみ子さん
大阪大学人間科学部卒業後、FM石川にアナウンサーとして入社。その後、K-mix、FM群馬などを経て、2009年から大手人材育成・研修会社にて新入社員向け研修に携わる。書籍ライターとしても約30冊を上梓。現在、週4本のレギュラー番組を担当するかたわら、登録アナウンサー200人を抱えるキャスティング事務所の代表を務める。東京工業大学研究員。著書に『相手をイラッとさせない話し方のコツ がんばらない敬語』(日経BP)など。